デペンデントハウス内の家具

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『占領軍住宅の記録(下)』を読み始めた。まずは、あとがきにあたる「栞」のなかで、デペンデントハウス内の家具デザインに関わった金子徳次郎の証言が興味深いので簡単に紹介したい。


国立工芸指導所に所属していた金子は、戦時中、木製飛行機の開発に携わっていたという。その中で、合板技術を研究していたこともあり、接着剤の扱いも心得ており、合板による家具デザインへの移行は容易であったことが述べられている。


戦後、金子はデペンデントハウス内の家具デザインに関わることになるが、デザインについては、アメリカ側との齟齬が存在した。モダンな家具といえば当時はマルセル・ブロイヤーの金属製パイプによる椅子であったが、そのようなデザインを日本側から提案すると、すぐに却下されたという。一般的なアメリカ人は木製の家具が好みであったこと、さらに、過剰にモダンなデザインは避けられたという。アメリカ人は、今でもそうだと思うが、伝統的な家具、装飾のある家具が好みで、たとえば、仙台箪笥は進駐軍からの注文が多く、生き延びることができたという。


また、GHQのデザインブランチのチーフであったクルーゼ少佐(建築家)は、アメリカのシアーズ・ローバック社のチーフデザイナーであったこともあり、シアーズ・ローバック社のカタログに掲載されている家具からデザインのイメージスケッチを起し、家具デザインを詰めていったということである。シアーズ・ローバック社は、消費者にカタログを郵送し、一括仕入れにより安価に商品を提供するダイレクトマーケティングを開始し、成功した企業である。


その他、クルーゼ少佐は木材の乾燥および塗装には厳しかったようである。クルーゼによれば、山から伐採した木は金属でいえば鉱石のようなもので、木材も乾燥処理が完全にされることで、材料といえるものになる、と説教されたという。


以上のような状況のなかで、デペンデントハウス内の家具が一つづつデザインされ、製作されていったのである。


*これと併行して、西山夘三氏の著書の批判的読解を進めたいと思っている。西山が戦前から戦後にかけて取り上げた住宅(西山の著書に従うなら「すまい」)研究について、特に日本のGHQ時代をどのようにとらえていたのか、比較検討したいと思っている。


by kurarc | 2021-06-26 17:13 | design(デザイン)