『ロンドンー地主と都市デザイン』(鈴木博之著)を読む

『ロンドンー地主と都市デザイン』(鈴木博之著)を読む_b0074416_15413559.jpg


本書は、建築史家、故鈴木博之氏によるロンドン案内といった内容の著書である。時代はおよそ16世紀から1986年のサッチャー政権による大ロンドン県会(GLC:Greater London Council)解体までを扱っている。


副題にあるように、ロンドンを「地主と都市デザイン」に焦点をあて、ロンドンという都市の形成について論じていて、この点はわたしにとって大変新鮮であった。建築家とその仕事という視点だけでなく、建築家の仕事を成立させている背後の社会情勢や、都市(ここではロンドン)特有の社会背景まで論じてくれているからである。もちろん、本書はこれだけではないが、以下、ロンドンの地主とロンドンの形成についてメモしておきたい。


結論からいえば、ロンドンの形成は地主貴族(Ground Landlord)や大地主が深く関与した、ということである。ロンドンは地主貴族のような巨大な大地主によって土地が所有されており(現在でもそれは一部継続されている)、その大地主が現在でいう自治体のような組織の機能を果たし、ロンドンのまちづくりを行ってきた。大地主が所有する一団の土地を「エステート」と言い、大地主はそのインフラストラクチャー(下水、道路、広場、基幹施設ほか)まで建設をし管理を行った。エステート単位ごとに開発が行われ、エステートの中心には広場(通常、四角い「スクエアー」と呼ばれる広場を設置し、一族の名前を付した)がつくられ、こうしたエステートがモザイク状に連続してロンドンが形成されていった。


ロンドンを歩いていると、たまにフェンスに鍵のかかったスクエアーを見かけたが、こうしたスクエアーは使用権付きで開発されたスクエアー(私的庭園といったもの)であったのである。今さらながら、その意味が本書で了解できた。ロンドンのエステートの開発は、たとえば、日本で言えば三菱地所による東京丸の内の開発のようなものと思えばわかりやすいと思う。三菱財閥のように面として巨大な土地を所有している場合(鈴木氏はこうした地主を集中型大都市所有者と呼ぶ)、まちづくりができるという訳である。


こうして拡大していくロンドンに対して、19世紀中旬、首都管理法が制定される。地方自治組織の制定であり、ロンドンの範囲を制定しなければおさまりがつかなくなってきたためである。その後、地方行政法の制定、ロンドン県会の成立、20世紀になり、1963年、大ロンドン県会(GLC)に改組、また、1967年、環境を保全するためのシヴィック・アメニティーズ法の制定etc.


以上のような流れの中、ロンドンの開発を進めてきたが、ドックランズの開発に進んだ段階で、景気の後退もあり、とうとう、1986年、労働党支配に不満をもっていた保守党のサッチャー首相はGLCを解体、これをもって鈴木氏は「ロンドンの消滅」とし、ロンドンの組織自体の解体であるとする。サッチャーの方針は、ロンドンがもともと大地主により開発された街であるという英国型信念をつらぬいた結果であった。


これ以降のロンドンの開発手法についてはわたしもまだ把握していない。お盆休みは、災害文学を読む予定であったが、ロンドンという都市の形成過程が興味深く、読書が止まらなくなってしまった。当面、このままロンドンについての学習を継続し、並行してオランダやオランダの諸都市についても追って学習していく予定である。


*あとがきや参考文献の掲載がないなど、アマゾンの書評ではあまり評価はよくなかったが、読んでみるとやはり教養ある鈴木博之先生の著書だけあり、優れた内容であった。


*17世紀のロンドン大火後、建築家クリストファー・レンによるバロックの都市計画があったが、ロンドンではこの計画は実現しなかった。一方、建築家ジョン・ナッシュによるリージェント・ストリートは近世のロンドンにおいて唯一、都市計画として実現したものであった。リージェント・ストリートはロンドンを東西に分ける装置であると鈴木氏は言う。

もし、レンのバロック・プランが実現していたのなら、ロンドンは現在以上にわかりやすい街路計画になったかもしれない。しかし、歩いて楽しめるような街路の魅力に欠けた都市になってしまったかもしれない。


by kurarc | 2021-08-16 15:41 | books(本(文庫・新書)・メディア)