『ロンドン縦断 ナッシュとソーンが造った街』(長谷川尭著)を読む

『ロンドン縦断 ナッシュとソーンが造った街』(長谷川尭著)を読む_b0074416_18174460.jpg


8月16日のブログで建築史家の故鈴木博之氏による『ロンドン 地主と都市デザイン』を紹介したが、もう一人の著名な建築史家、故長谷川尭氏の『ロンドン縦断 ナッシュとソーンが造った街』も紹介しておきたい。長谷川氏の方は、ロンドンを散策するように建築や都市を解説していくスタイルをとっていて、建築史家らしいロンドン案内といった内容となっている。副題にもある通り、その中心はジョン・ナッシュとジョン・ソーンという二人の建築家であるが、その中でも特にナッシュを中心に解説されている。


本書では、まず初めにジョン・ソーンにより建設された「サー・ジョン・ソーン建築博物館」についての解説から散策がはじまる。この博物館はわたしも1984年と1999年に訪れた。正直、プランや内部に陳列された収集品にはあまり興味をもたなかったが、正面のファサードの理知的な意匠には興味をもったことを記憶している。しかし、長谷川の解説を読んでいくと、この博物館を建設していく過程が重要であり、興味深いことがわかった。ソーンは、この博物館を建設するために、両隣のテラスハウスを(まずは向かって左から)購入し、増改築を繰り返し、博物館の輪郭を整えていったのである。そして、整えたのちに、資金繰りのため、右隣は売却、左隣は賃貸とし博物館の運用資金を捻出した。40年あまりを費やして、この博物館が整備されたのである。


本書には大きい手書きの地図が4枚挿入されている。この地図に散策していく方向が矢印で記され、非常にわかりやすい。ロンドンを旅するように本書の内容が進んでいく。この手書きの地図を作成したのは、以前、地元の大学の建築見学会を催した時に、その建築を解説していただいた建築家の佐藤健治氏であった。紹介される建築家と建築が数多いため、すべてについて触れないが、その中心は、ナッシュの関わったリージェント・ストリート周辺の計画の意義だと思われる。鈴木博之氏の本でも触れられていたが、ロンドンにおける初めての大規模な都市計画と言えるのものであるリージェント・ストリート周辺は、ナッシュの柔軟な対応により形作られたことにその意義がある。


南北にのびるこのストリートは、北端のポートランド・プレイスが先に完成され、南端のカールトン・ハウスとをいかに関連づけるかが問われる計画であった。この両起点となる建築は1直線状に結ぶことがまず困難であったのである。それを、ナッシュは、「クワドラント」と呼ぶ4分円の建築と街路を挟み込むことで、街路を屈曲させ、南北を巧みに結びつけたのである。さらに、途中、オール・ソウルズ教会周辺では小さな4分円の街路と、教会の尖塔をランドマークとなるようにファサードを調整した。その尖塔も、都市のスケールに合わせて巨大なスケールの尖塔とすることを避け、都市に馴染むように計画された。さらに、リージェンツ・パーク内には、田園を凝縮したような環境を整備し、後のハワードの田園都市の先駆けとなるような郊外住宅地のイメージを実現した。


長谷川氏は、ロンドンはパリのような権力によっって強引に街路を形作るようなことがなされなかったことが幸いして、身体的スケールに近い街路計画が施行されたと言う。長谷川氏はこうした計画は、体内通過感覚をもつものとし、それを、 キュービズムをもじって「チュービズム」という造語をあてている。ナッシュの計画には、ジョン・ソーンの計画のような正統性が欠けているが、ソーンとは異なり、柔軟な機能性を見出しうるとして、長谷川氏はその点を評価しているようである。


建築を専門とするものは、本書を片手に、一度ロンドンを巡らなければならないだろう。本書には実際に肌で感じるべきロンドンの建築と都市の歴史がつまっているからである。


by kurarc | 2021-08-28 18:21 | books(本(文庫・新書)・メディア)