ビートルズとリヴァプール

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最近、雑駁ではあるが、ロンドンやイギリスを中心にブログを進めてきたが、その目論見は大きく言えば、ポスト・コロニアルな世界に対する興味である。わたしの場合、ポルトガルに暮らしたこともあり、必然的に1492年というコロンブスの新大陸「発見」以後の世界が頭から離れられない。そして、それより前に沖縄に暮らしたことは、コロンブス以後、ポルトガルが西から東へと進んだ航路を沖縄から眺めること、つまり東から西へという視線も発生し、その交錯した世界を眺めてみたくなるのである。(それらに加えて、トランス・アトランティックの世界も)


そのような大きな歴史のフレームを考えながら読書を続けているが、イギリスにおいてポスト・コロニアルの世界を考えるとき、外してならない都市はリヴァプールである。リヴァプールはイギリスにおける奴隷貿易や綿花、砂糖といったステイプルの集積地として賑わった港町であった。さらに、リヴァプールは貧しくアメリカに渡ることのできなかったアイルランド移民(ユダヤ移民らも)たちに労働を提供する都市でもあった。すなわち、リヴァプール市民は、「アイルランド性」といった気質、文化をもつ多くの人々で賑わう労働者たちの都市であったのである。


また、リヴァプールは最もアメリカに近い都市でもあった。イギリスの中でいち早く黒人とともにアメリカの音楽が入り込んだ。ブルース、リズム&ブルース、1960年代初頭にはロックンロールがリヴァプール港に入港した。そして、リヴァプールと言えばビートルズである。彼らはリヴァプール生まれだが、彼らの内、リンゴ(スコットランドにルーツをもつ)を除く3人のルーツはアイルランド系であり、楽曲の中にその影響がみてとれる。カトリック信仰を基盤とした曲、移民することなしには生きられなかったアイルランド人の運命、アイルランド音階の使用など、彼らの楽曲の宗教性や政治性のなかにアイルランド性が見えがくれしている。そして、こうした雑多な背景をもつリヴァプールという都市が彼らにとってかけがえのない都市であり、帰属意識の高い土地となったことは必然であったのである。


ビートルズの音楽の背景をみていくと、彼らの音楽はリヴァプールという都市が大きな影響力をもったことは確かであり、まさにポスト・コロニアルな世界の中から生まれてきた音楽であることがわかる。


*以上、『ビートルズ都市論』(福屋利信著)より


by kurarc | 2021-09-01 21:36 | music(音楽)