『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』(与那原恵著)を読む

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本を読むときには、どのような良書でも眠気を催すことがあるものだが、この著書は眠くなるどころか、読み進むうちに脳が覚醒される、そのような良書であった。文庫本でおよそ470ページの大著であったが、読むことがまったく苦になることはなかった。


広く沖縄学(特に琉球藝術工芸全般)の研究者として膨大な資料を残した鎌倉芳太郎の初の評伝、『首里城の坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』(与那原恵著)は、河合隼雄学芸賞と石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム賞を受賞した著書であるということもうなずけた。与那原さんの力強い筆力と詳細に調べ上げた沖縄近現代史の背景に描かれる鎌倉氏の生涯は感動的であり、鎌倉氏の評伝ではあるものの、沖縄の戦前、戦中、戦後史の一断面としても読める著書である。


鎌倉氏がまず大きな貢献をしたのは、戦前の首里城を破壊することから守りとおしたことであった。それは、建築家であり、建築史家であった伊東忠太を介して、その建造物としての意義を沖縄に示したことであった。また、戦前から戦後にかけて沖縄学の基礎を築いた人物たち、末吉麦門冬(ばくもんとう)や伊波普猷、真境名安興(まじなあんこう)らとの交流、さらに、初めて沖縄を訪れたときの下宿先、座間味家で鎌倉氏の”あやあ”(お母様の意)がわりのように接した座間味ルツとの出会い、そして、そこで覚えた首里言葉(沖縄方言)は、戦後、彼が再び訪れることになった沖縄において、沖縄人とのコミュニケーションに役にたつことになる。


その他、鎌倉氏が残した写真の意義、沖縄戦やアメリカの占領政策にふれながら、琉球の伝統工芸(特に紅型の型紙の保存)の研究、死ね寸前に出版にこぎつけた『沖縄文化の遺宝』までの鎌倉氏の情熱には心打たれるものがある。その物語を与那原さんは見事に描き切っている。読み終わったとき、5、6時間の長編映画を見終わったときのような感動に襲われた。


本書の内容は、以上のような短文では表現することは不可能であるが、琉球(沖縄)の建築、藝術、伝統工芸に興味のあるものにとって、本書は必読の文献であることだけは確かである。


by kurarc | 2021-10-17 19:00 | 沖縄-Okinawa