映画『ドライブ・マイ・カー』をみる

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秀逸な映画であった。この週末、土日と2回続けて観に行ってしまった。村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』は事前に読んでいった。この小説をどのように映画にするのか疑問だったが、それは、『女のいない男たち』という短編小説集からいくつか別の短編を組み合わせて映画を成立させていた。まず、この点に驚かされた。これは村上の短編小説集の意図をよく理解していた証拠である。彼がこの本の「まえがき」でふれているように、短編小説は一気に書く、という村上の手法から、それぞれの短編小説がある連関をもっていることは明らかだからである。

さらに、この映画が興味深いのは、村上の短編小説の再構築だけでなく、その中にさらに演劇、ここでは『ゴドーを待ちながら』(ベケット)と『ワーニャ伯父さん』(チェーホフ)をモチーフに劇中劇をつくりだしていること、そして、それだけではなく、演劇自体が多言語演劇(手話をも含む)であること、また、ロードムービーとしても楽しめること、声の復権・・・etc.といった様々な要素がスーパーインポウズされていることである。

わたしの好きな映画時間は100分前後なのだが、この映画はおよそ3時間。しかし、長時間の映画でありながら、まったく退屈するような場面は何一つなく、ラストまで一気に魅入ってしまう映画であった。

この映画で重要なエレメントとなった赤のSAAB 900もよかった。国産車ではこの映画は成立しなかっただろう。原作ではイエローであったが、その配色では軽すぎただろう。また、俳優では運転手役を演じた三浦透子さんがよかった。感情を極端に制限した演技が見事であった。

映画のなかで繰り返し流れる演劇言語の力にも驚かされた。久しぶりに映画の中で言語(セリフ)の力を感じた映画であった。ベケットやチェーホフは熟読に値する。もしかしたら、今年中にもう一度観に行く映画になるかもしれない。

P.S.
映画の中で、広島市環境局中工場(谷口吉生設計、下写真)が登場する。この仕事は知らなかったが、広島平和記念公園から続く平和の軸線を遮断することなく、貫通道路(エコリアム)をつくっているという。谷口らしいコンセプトである。

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by kurarc | 2021-11-14 18:17 | cinema(映画)