小田原 江戸城石垣の石丁場

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江戸城の石垣の石はどこから来たのか?その多くが現在の小田原、真鶴や伊豆半島全域からもたらされた。石材を付近の港まで挽き、そこから石船で江戸まで運搬したのである。


東京から最も近い石丁場が小田原の早川にある。近くに秀吉の策略により一夜で築いたように見せかけた「太閤の一夜城」と言われる築城跡地(上写真)周辺にある早川石丁場群という石丁場である。残念ながら地図もなしに歩いて行ったため、国指定史跡となっている場所までたどりつくことができなかったが、その途中に最上写真のような石が散見できた。


伊豆半島は日本で唯一、フィリピン海プレート上にある土地であるという。60万年前ははるか海洋上にあった火山島が本州に衝突して現在の半島が形成された。そうした経緯から様々な種類の石(岩石)が伊豆半島に存在している。安山岩、玄武岩、凝灰岩といった岩石が、東から西伊豆までほぼすべての領域で採取できるのである。江戸城には主に安山岩が運搬された。その数はおよそ100万個(1個あたり60センチ角と計算)を超えると言われている。


石にはそれぞれ刻印(サイン)が施され、その刻印によりどこの石丁場で算出されたものか、あるいは、どの大名の管轄の石かといった情報や年代などの情報を読み取ることができるという。撮影した石には矢穴と言われる石を割る前に加工する穴が残っていた。この矢穴に楔を入れてげんのうで叩き割るのだが、中には石の目を読み違えて割れない石も出てくる。現場に残るこうした石は多分うまく割れなかったものではないかと推測されている。


江戸城の石垣を見学するときには、こうした石に残る痕跡を読み取るとその楽しみに深みが増すことになる。


*下写真:石垣山一夜城歴史公園のパーキング上より撮影。相模湾全景が俯瞰できる。手前の建築は一夜城ヨロイヅカファームというレストラン兼ショップ。ここで昼食にパンをいただいたが、今まで食べた調理パンの中で最も美味であった。



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by kurarc | 2021-12-05 18:17 | 江戸・東京-Edo・Tokyo