宮沢賢治は忘れた頃にやってくる

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最近、星や鉱物に関心を注いでいるが、そうした書物を読んでいると必ず宮沢賢治に出会う。宮沢賢治は、星や鉱物、植物、動物などを登場させた詩(彼の言い方では心象スケッチ)や童話を数多く創作したことはよく知られている。その全貌までわたしは把握できていないが、宮沢の熱狂的なファンは相変わらず数多いと思われる。


以前から行きたいと思っていた三浦半島先端西にある小網代の谷(小網代の森)に関する本を読んでいると、ここでも宮沢が登場した。この森は、ひとつの流域が源流から河口まで自然のまま守られている貴重な場(自然)であり、この自然の保全に関わってきた岸由二(きし ゆうじ)氏は、この「流域」をキーワードとして都市再生論を展開している。この森の河口には宮沢が花巻駅東の北上川と瀬川が合流する川岸をイギリス海岸と名付けたように、同名の場を設けている。


前回のブログで紹介した『鉱物 ひとと文化をめぐる物語』(堀秀道著)でも、本のはじめに宮沢が登場する。彼はどうして石が好きになったのか、について、著者は宮沢の郷里へ出かけることで理解しようとする。宮沢の実家から近い北上川の中州(上写真、Google Mapsより)を観察すると、赤いジャスパー、緑れん石、角閃石(かくせんせき)や、東北に多くあるダイヤのように輝く高温水晶等を発見する。著者はこうした河原を体験して、宮沢の原点がここにあることを理解するのである。


このようにどの本を読んでも必ず宮沢に出くわすのである。これは何かの縁という以上のつながりを感じざるを得ない。宮沢が『春と修羅』第1集を創作したのは今からおよそ100年前の1922年(〜1923年にかけて)である。100年持ちこたえる創作を行うことは並大抵のことではできないだろう。宮沢の創作の深淵(科学と宗教だと思われるが・・・)に何があるのか、宮沢の創作の今日的意義などについてこの辺りでじっくりと考えてみたいと思っている。


by kurarc | 2021-12-09 20:39 | nature(自然)