『グローバリゼーションの中の江戸』(田中優子著)を読む

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江戸ブームを牽引した一人、田中優子さんによる江戸論である。それも、岩波ジュニア新書による中高生に向けた江戸論であり、特に、グローバリゼーションと江戸についてテーマを絞り、語っている。岩波ジュニア新書は中高生向けの新書であるが、このところ、様々な分野のものをよく購入して楽しんでいる。とても中高生向けとは思えないような内容のものが多いが、この新書も教科書だけで歴史を学ぶ中高生には目からウロコが落ちる内容だと思われる。


グローバリゼーション、あるいはグローバル化など、もはや中高生でも口にするような言葉になったと思われるが、歴史家や経済学者の間で、たとえば、いつグローバル化が始まったのかについて様々な議論がある。マクロ経済、あるいはミクロ経済の方向からも議論が分かれるところだが、現在、1571年、スペインがマニラ市を建設した年、メキシコのアカプルコとマニラがガレオン船で結ばれたことをグローバル化の始まりとするという考えが一般的である。こうした太平洋航路が開発されたのは、メキシコやペルーの銀を中国へ輸出することが主な理由だが、ちょうど、日本においても朝鮮の灰吹き法を導入して、石見銀山で大量の銀生産がはじまった時期と重なり、最初期のグローバル化は、日本が深く関わっていたことは意外と知られていない事実かもしれない。


田中優子さんはこうした時代の後に現れる江戸時代を「もの」(ここではファッションや陶磁器、ガラスなど)や新たに出現した視覚(レンズ、眼鏡、遠近法、中国版画、カラー浮世絵、風景画、書物など)により、「鎖国」という閉じたイメージで語られる江戸時代が、実は現代の先駆のようにグローバル化された時代であったことを教えてくれている。


最終章では、江戸時代という出現理由をポスト秀吉の時代を築こうとした徳川家康から始まる外交政策に求め、江戸城を中心とした疑似冊封体制によるものと捉えていること。また、特に朝鮮からの印刷技術(銅活字)、木綿栽培、銀の精錬、陶磁器の製作ほかを学び、取り入れたことの重要性(その実現には、多くの朝鮮人を拉致したことも含む)や琉球王国やアイヌ民族への侵略といった負の側面についても語っている。


以前から疑問をもっていたことだが、なぜ中国が大航海時代をリードできなかったのかについて、田中優子さんは、東アジア文化圏は「徳」という普遍的価値観を共有していたため、物理的な世界征服を必要としていなかったとしているが、この点については日本の侵略行為を明(当時)がどのように防御したのかが関係しており、この点についてさらに深い考察が必要と思われた。また、「鎖国」という用語の日本での普及は、和辻哲郎の著書『鎖国-日本の悲劇』で主張した世界観が影響しており、本書の最後で和辻を批判している。


本書は、岩波ジュニア新書のなかでも<知の航海>シリーズとして著され、このシリーズは、日本学術会議が関わり、中高生のための「学術への招待状」として刊行されているという。日本学術会議は、大学や大学院、研究機関などの分野での話だと思っていたが、こうした中高生たちへの学問の普及にも大きく関わっているということを本書ではじめて知ることができた。


by kurarc | 2022-01-23 19:01 | 江戸・東京-Edo・Tokyo