映画『草原の実験』を観る ソラリスとしての大地


映画『草原の実験』を観る ソラリスとしての大地_b0074416_18573116.jpg


ロシアの蛮行は相変わらず続いているが、わたしはむしろこの蛮行以前より、ロシア(旧ソ連を含む)に興味をもつようになった。最近ロシア映画を観ていなかったこともあり、映画からでもロシアを知りたいと思い、アマゾンで高評価のこの映画を観ることにした。映画のストーリーなどまったく調べることもぜず、予習もせずこの映画を観ることに。

まず驚いたことに、セリフが一切なく、映画が進行していくではないか。まさかこんなことはあろうはずがない、いつかは一言でもセリフが出てくるのではないか、と思っていたが、その期待は裏切られた。地平線のなかに太陽が沈み、爆弾のような雷が落ちる大地を舞台として、父と娘の生活が描かれ、そのなかにその娘を慕う少年2人が現れ、無言のストーリーが展開していく。

映画を見終わるとわかるのだが、この映画は、映画のクライマックスであるラストシーン一点に収束させるために仕掛けられた沈黙であったのだ。

この映画を多くの人に観てもらいたいこともあり、ストーリーを描くことはやめておこう。見終わってから調べてわかったことだが、この映画はある事実(実験)に基づき製作されたという。その事実とはなにか?このことを話してしまうとこの映画の大半の楽しみを奪ってしまうことになるので、やはり、話すことは避けておく。

監督はアレクサンドル・コット、音楽はアレクセイ・アイギ。この大胆なコンセプトの映画を撮影したコット監督に敬意を評したい。そして、広大な大地を舞台とした映画にふさわしいアイギの音楽も素晴らしい出来であった。ヒロインと言えるエレーナ・アンは韓国人の父とロシア人の母を持ち、現在は韓国で暮らしているという。彼女の沈黙の演技も素晴らしかった。

こうした優れた映画が製作されるロシアと現在の状況はまったく相容れない。ロシアとはあのスタニスワフ・レムの『ソラリス』のような大地(海ではなく)に感じられてきた。ソラリスは地球上に存在していたのである。それにしても、わたしはロシアについてあまりにも無知であった。日本では北海道くらいで広大な大地を想像するが、ロシア人には滑稽に思われるだろう。たかが小さな島に過ぎないと。最近、海に視点を集中させて歴史を復習していたが、大陸(世界島)にも目を向けることを忘れてはならないと、この映画からも教えられた。


映画『草原の実験』を観る ソラリスとしての大地_b0074416_18574729.jpg



by kurarc | 2022-04-17 18:58 | cinema(映画)