馬 大陸の船

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およそ1ヶ月前、乗馬を初めて体験してきたが、馬という動物がずっと気になっていた。子供の頃、父親が戦時中、国内の駐屯地で馬の世話をしていた、という話を聞いたのが馬を意識するきっかけとなったが、大学卒業後、沖縄に就職し、沖縄のなかを巡っている時、東京ではすでに体験できないと思われるいくつもの「馬場」という空間に出くわしたことも興味をもつきっかけとなった。

また、競技としての馬の強烈な体験は、ポルトガルのリスボンに滞在中、イタリアに旅行したおりに、シエナの有名な祭り、パリオ(パーリオ)を見学できたことである。シエナの地区代表が馬に乗り、カンポ広場を3周するというこの競技の祭りを知ったのは、初めてイタリアを旅した1984年のことであった。このときもシエナに立ち寄ったが、一人の日本人青年にお会いし、会話を交わした時、「わたしはパリオを見るため1ヶ月前からにここシエナに滞在している。」と言われ、そこまでする価値のある祭りなのかとずっと思っていた。そして、やっとその15年後、実際に見学できたのである。

さらに、ポルトガルの闘牛の体験である。よくスペインとポルトガルの闘牛の違いは、牛を殺す(スペイン)か殺さない(ポルトガル)かの違いと説明されるが、もう一つの決定的な違いは、ポルトガルの闘牛が騎馬闘牛であり、馬に乗りながら牛を追い、その馬術をも披露する競技であるところである。

現在、『馬の世界史』(本村凌二著、中公文庫)を読んでいるのも、以上のような経緯からである。本書は、馬をテーマとしたユーラシア史といった内容の書物である。本書のはじめに馬の家畜化について記述する箇所があるが、その中心となった場所としてウクライナが登場する。ドニエプル川西岸のデレイフカで発見された馬の遺物から、紀元前4000年頃にはこの地ですでに馬の家畜化、騎乗が始まっていたのではと推測されるという。

馬は食用となることもあり、さらに駄馬、つまりものを運搬するための駄獣としての用途、そして、馬車を引く動物として、その馬車は現在の戦車のような機能も果たした。馬は軍事力として不可欠の動物でもあったのである。それは、日本でも同様である。また日本において現在はその痕跡は定かではないが、都市部の低湿地おいて「牧」(まき)と呼ばれる空間があり、馬を放つ場所が存在していた。こうした「牧」は古く『延喜式』などにも数多くの記載があるという。(『馬・船・常民』(網野善彦、森浩一共著)沖縄には琉球競馬という琉球独自の競技があり、こちらも走る速さを競うのではなく、馬術を競う採点競技であったというが、残念ながら1943年に終焉したという。(『古地図で楽しむ首里・那覇』(安里進、外間政明編著)

様々な事物を手掛かりとして歴史を読み解けるように、馬という具体的な動物を手がかりとしても、世界を知ることができるし、捉えることができる。最近、こうした歴史の捉え方に力を注いでいる。



by kurarc | 2022-05-09 20:28 | nature(自然)