インドの夏

6月だというのに梅雨が明けたという。1ヶ月早いという印象である。このうだるような暑さは、かつて旅をしたインドの夏を思い出した。

インドを旅したのは、1985年4月から5月、インドの真夏の時期である。インドに入る前、ヨーロッパから北アフリカ、中東を経由してインドに入った。もう少し早めに入り、インドの夏を避けるつもりだったが、予定が狂い、インドの夏を避けることができなくなってしまったのである。

アーメダバードのホテルでは、ホテルの部屋に入ると、部屋に水を撒いた。部屋の床はタイル貼りであり、10分もすると水は乾いてしまった。ニューデリーのホテルでは、宿泊客の中に何人かの日本人がいて、彼らと夜が更けた頃、ホテルの屋上に集まり、星を見ながら寝た。インドは暑かったが、寒暖差が激しい気候で、夜になると外の方が涼しいのである。屋上に毛布を持っていき、そのまま日本人と旅してきた国々の雑談しながら、夜を過ごした。

今から思うと、想像を絶する旅であった。アーメダバードでは40度を超える熱を出したが、気温がそもそも40度を超えていたので、熱があるのかないのかよくわからないのである。さらに、インドの体温計は華氏なので、わたしの摂氏の体温計をホテルの受付に見せても、よくわからないようであった。医者にリキシャーで行ったが、その医者の建物は、吹きさらしの店舗のような半屋外空間であり、その中で多くの患者が待っていた。幸い医者の対応は優しく親切で、消化の良いバナナやマンゴー、ヨーグルト(ダヒー)などを食べるようにアドヴァイスしてくれた。最後にもらった薬は、新聞紙に包まれていた。デカン高原にある街マンドゥー(この街を建築家ルイス・カーンが訪ねていると聞いた)では、お菓子のようなものを買ったとき、子供が勉強した後の計算用紙でお菓子が包まれていた。カルカッタのような大都市でも、ほとんどの人々は靴を履いておらず、都会の真ん中でも裸足で歩いていた。

インドはその後どのように変わったのだろうか?今でも、人々は裸足で歩いているのだろうか?また、医者はまだ薬を新聞紙で包んでいるのだろうか?



by kurarc | 2022-06-28 15:07 | saudade-memoria(記憶)