民具を「手」から考える


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三鷹市文化財関連講座として開催される『暮らしの道具の知恵と技 民具の形の謎を探る』を受講することになった。全7回あり、講師は神野善治氏(武蔵野美術大学名誉教授)である。

三鷹市大沢にある峯岸家の水車小屋には、水車の他に夥しい民具(上写真、東京新聞webより)が残されている。それらが貴重なのは、すべての民具がその場所で使用されていたものであり、コレクションなどではないということ、さらに、すべての民具について、どのように使用されたのかがヒアリング調査済みであることである。神野氏はこの大沢の農家の民具調査会の代表を務められ、『水車屋暮らしを支えた民具』(三鷹市教育委員会)という報告書をまとめられた。こうして残された夥しい民具から、生活の道具のあり方を考える講座であり、特に本年は「手の機能」に着目して考察していこうという主旨である。

『水車屋暮らしを支えた民具』には1750あまりの民具が美しい手書きの図版と詳細な使用方法が合わせて収録されており、ながめているだけで興味深い資料だが、こうした資料を「手」を手掛かりとしてどのように読み取れるかという講座になるとのことである。

「手」についてよくよく考えたことはなかったが、「手」は道具をつくり、使うというだけでなく、様々な機能、動きがある。「つかむ」、「たたく」、「すくう」、「こする」・・・etc.などの機能を我々は知らずのうちに行っている。道具もこうした手の機能(動き)にともなって進化してきたと言える。今回の講座はこうした手の機能と残された道具の比較でもあるだろうし、そうした比較からさらに新たな道具への可能性も見えてくるようなこともあるのかもしれない。

本日が講座の初回であったが、神野氏の講義を聞きながら、民具という道具を考えることで、道具の根源まで遡行できるのではないかということ、さらに、民俗学の領域へも飛躍できる可能性もある(例えば、柳田國男が道具についていかなる考察を行っていたのかなどが気になる)のではないかということを想像した。また、まだ読みきれていなかったが、アンドレ・ルロワ=グーラン著『身ぶりと言葉』の理解の助けになるのではないかと思われた。

月に一度のペースで講座が開かれ、来年早々には各自が何らかの成果の発表をしなくてはならない。この講座を通じて、わたし自身の道具への哲学のようなものが深めれれたらと思っている。

*講座の中で、興味深い信仰が紹介された。三方石観世音(福井県)では、木製の御手形(下写真、三方石観世音HPより)と御足形が何万体も収められており、上半身が悪い場合は手形、下半身が悪い場合は足型を受け取り、痛い患部をさすって治癒を目指すというもの。快癒された場合、また使用しなくなった御手足形は返却し、その際、新らしい御手足形を購入し、本堂御宝前に納めるのだという。


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by kurarc | 2022-07-14 22:41 | 三鷹-Mitaka