E.S.モースとの再会

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現在、三鷹市が主催する民具の研究会に参加している。昨日、第2回目を受講してきた。三鷹市大沢に残る新車と呼ばれる水車とその水車経営農家に残る膨大な民具を考察することが研究会の目的である。昨日は民具の実物のいくつかを手に取り観察したが、かつて、修士論文でテーマとしたブルーノ・タウトという建築家についての研究をしているとき、E.S.モースについても調べたのだが、彼が日本で収集した膨大な民具のことを思い出した。

E.S.モースは動物学者(および博物学者)として明治10年(1877年)に初来日してから、計3回、述べ2年半にわたり日本で様々な研究に従事した。彼は大森貝塚を発見したことで有名だが、当初は腕足類(貝のような動物)の研究目的のための来日であったが、次第に日本の住まいのフィールドワークや、博物学者として日本の陶器や民具の収集を行い、膨大なコレクションをアメリカに持ち帰ることになった。E.S.モースは絵も非常に巧みで、東大の講義では黒板に向かって両手でスケッチをするような特技の持ち主でもあり、日本にダーウィンの進化論を紹介するなど、東京大学における生物学(動物学)の基礎をつくり、多くの研究者を育てたことで知られる。

わたしの修士論文の「タウトと日本」の章の一部で、幾人かの日本に来日した建築家や研究者らの日本感を比較した。そのうちの一人に、モースの日本感を取り上げ、タウトとモースの日本感の違いを建築家と博物学者という立場で研究態度の違いが現れていることを指摘した。幸いにも、当時モースの研究書の出版や国立民族学博物館で開催された展覧会でモース・コレクションが里帰りしており、モースが収集した民具をカタログなどで見ることができた。30年以上前のことになるが、今回の民具の研究会を受講しながら、ふと当時のモース・コレクションのことが頭によぎったのである。

不思議なもので、若い頃、何かのきっかけで学んだこと、学ぼうとしたことは後々まで尾を引いていて、その続きがまだあるからもう一度学習し直しなさいと、どこからか声がしてくるようなのである。当時はモースの住まいに関する研究を中心に学習したが、彼の残した民具のコレクションも改めて注視してみようと思っている。

by kurarc | 2022-08-13 14:05 | design(デザイン)