泉鏡花と金沢


まずは『照葉狂言』(てりはきょうげん)と金沢、小説の舞台となった下新町(泉鏡花の生家があった街筋)の空間を理解する。

「照葉狂言」とは、嘉永(1848-1854年)の頃、大坂から始まり、安政年間(1855-1860年)に江戸におよび、明治後期に消滅した芸能。能狂言に歌舞伎や俄(にわか)の趣向を織り込む。演者はおおむね若い女性。男性が囃子方に回るところは近世初頭の女猿楽や女房狂言に通ずる。

『照葉狂言』は、「味噌蔵町焼け(みそぐらちょうやけ)」と呼ばれる明治25年の大火で下新町も被害に合い、その喪失感からこの小説が生まれる。

お雪との思い出、「一本の青楓」(ひともとのあおかえで)とその焼失(楓は実際に存在した。小説では洪水により破壊)。実際の火災(火)による焼失を、洪水(水)による破壊にイメージ変換し、小説に表現。

貢(みつぎ)を巡るふたりの女性、お雪(定住民)と小親(漂白する芸能民)との対比とその両者を横断する貢の視線、そこからの決別。

廃藩置県後、徳川瓦解後の地方都市金沢と小説のテーマとの連関。ふたりの女たちはいつの間にか異貌と化すその悲しみ。病を患った芸人の小六(ころく)は手品師に買われ、磔になる見世物によって生き延びる。(『泉鏡花集成3』種村季弘解説より)

澁澤龍彦『思考の紋章学』、「ランプの廻転」より。カフカと泉鏡花との対比あり。鏡花(水のイメージ)、カフカ(石、甲殻のイメージ)。両者の共通イメージは迷宮体験。澁澤龍彦が初めて読んだ鏡花の小説が『照葉狂言』であった。

泉鏡花とその周縁の作家たちへの興味。稲垣足穂、澁澤龍彦、種村季弘、山尾悠子、さらに遡って、柳田國男、平田篤胤ほか。


以上、『幻景の街 文学の都市を歩く』(前田愛著)を参照。


泉鏡花の文学は、読解(言葉遣い)が難解。現在、代表作品に現代語訳があるので、それらを併用すると理解が深まる。

下写真:泉鏡花生家跡地にある泉鏡花記念館と記念館近く主計町(かずえまち)の街並み
 (2020年8月9日、金沢訪問時に撮影)


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by kurarc | 2022-09-27 22:38 | fragment(断章・断片)