「不完全な過去」としての建造物

ポルトガル語を独学で学び始めた頃、文法の中の魅力的な言葉に出会いました。それは、直説法の「不完全過去」という言葉です。英語の仮定法にあたるものです。完全過去が、過去の行為や事実を表すのに対し、不完全過去は、過去と現在とに関係がある時に用いられる動詞の用法です。たとえば、日本語で、「そのことは知らなかったなあ」とため息をつくような場面はよくあると思いますが、遠い過去から現在にわたって知らなかったという時間感覚が含まれています。そういったニュアンスの用法です。
過去の建造物においても、その建物が現在、存在している限り、その建物は過去のものではなく、「不完全な過去」を引きずっていると言えるのではないか、と最近思うようになりました。保存の対象としてとりあげられている建物の図面などを眺めていると、その思いはいっそう強くなります。過去のものとなるのは、その建造物が解体され、存在しなくなったときであって、存在している限り、建造物は、「不完全な過去」の事物としてあり、新たな息を吹き替えすのをじっと待っている、過去は生きていると言えるのではないでしょうか。

by kurarc | 2006-05-11 15:09 | archi-works