2017年 11月 18日 ( 2 )

(仮称)牟礼6丁目ディサービスセンター 建設過程-06

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今週、梁の耐火塗装(上写真)を確認した。今回の仕事では、1階食堂・機能訓練室と厨房、トイレ部分は天井内で防火区画しなければならない。通常は耐火被覆材を使用し、吹き付けて定着させる施工をするのだが、それを避けて、耐火塗装を選択した。

その理由は、周囲が住宅地であること、福祉施設であることが大きい。もちろん、現在アスベストは耐火被覆材に含まれていないが、周囲に被覆材が飛散することはどうしても避けられない。身体に影響がないにしても、周辺住民の方々はあまり気分の良いものではないだろう。耐火塗料であれば、そうした心配もいらない。耐火被覆材より単価が高いが、その方が総合的に考えて優れた選択と思えた。

周辺への配慮は、建築現場では常に求められる。よく問題となるのはアスファルト防水である。アスファルトを大きな釜で溶解させて塗るのだが、その時の匂いが強烈であり、近隣から苦情がくる場合が多い。(最近では、アルファルトを粘着させた防水材が使われることが多い。ガスバーナーでその都度溶解させて施工していくが、これも匂いは発生する)音の問題も苦情のタネになる。

建築をつくるということは、こうした近隣への配慮を考えていかなければならない。設計は、その土地で自己完結するものではないのである。建てる側からすると法規さえ守れば何をしてもよいではないか、と思いがちであるが、法規とは最低限の基準であることを忘れてはいけない。建築を計画するということは、その土地と周辺、そしてその街全体を含めて計画することが求められる。

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by kurarc | 2017-11-18 09:06 | 三鷹ディサービスセンター

映画『ジャック・ドゥミの少年期』を観る

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映画監督ジャック・ドゥミが少年から映画学校へ入るまでの物語を妻である映画監督アニエス・ヴァルダが撮影した映画が『ジャック・ドゥミの少年期』(原題:ナントのジャコ(ジャコはジャックの少年期の愛称))である。この映画の物語が真実に近いものであるならば、その後彼が発表する映画は、彼の少年期の様々な経験の中にすでに含まれていたと言える。

それが真実なのか創作なのかはむしろ問題ではないかもしれない。この映画では、ジャコが少年期の夢をそのまま一生涯の仕事にしてしまった物語が語られる。この映画を観ながら、ふと自分の少年期のことが思い出された。小学生の時に建築をやろうと思ったこと、小学生の頃住んでいた町工場のこと、である。わたしの実家は半分が町工場であり、普通の住宅ではなかった。玄関はなく、工場にまず入るのである。入るとすぐ頭上には工場で働く職人さんがセルフビルドでつくった昼寝用のスペース(4畳間ほど)である中二階があった。

現在進めている仕事で事務室の中に宙に浮いた吊り戸棚があるが、考えてみたらわたしの少年期に暮らした町工場の空間(中二階)とそっくりではないか。もちろん、この吊り戸棚は小屋裏収納がつくれないことからの苦肉の作ではあったのだが、わたしの頭の中にこうした吊り戸棚という回答がすぐに思い浮かんだのも少年期の町工場の空間を経験していたからかもしれない。

ジャコの映画は、映画をつくるための生涯であった、と考えるとわかりやすい。彼は10代までに経験したことを映画にするだけでよかったのであるが、そうした経験を映画という作品に孵化させることは並大抵の苦労ではなかったはずである。そのことをもっとも近くにいてわかっていたのがこの映画をつくった妻ヴァルダであったのだろう。ジャコはこの映画の撮影中、すでに難病に侵されていた。彼女はそうした苦労を語ることなく、ジャコの少年期の輝きを映画にした。そして、ジャコは少年のまま亡くなっていったのである。

*下写真は、ジャコを演じた子役たちとジャック・ドゥミ(右)。
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by kurarc | 2017-11-18 00:02 | cinema

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