Archiscape


Archiscape
by S.K.
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

2018年 05月 17日 ( 1 )

ナディア・ブーランジェとミシェル・ルグラン

b0074416_21354331.jpg
『ミシェル・ルグラン自伝』第4章に「マドモワゼル・ブーランジェー音楽の母」という章がある。わたしの興味ある音楽家、ピアソラ(タンゴ)やジスモンチ(ブラジルのギタリスト兼ピアニスト)、ルグランetc.はすべて彼女の門下生であった。その彼女がどのような人間なのか気になっていた。以前、ブーランジェに関する本を借りたが、読む暇はなかった。

ルグランの赤裸々な彼女との交流の記述から、彼女の人となりがよく理解できた。やはり、彼女は厳格な教師であったようだ。授業に遅刻することを許さず、あるとき、ルグランに毎日手紙を出すように告げた、という。その手紙の中には「・・・16小節の作曲とひらめいたばかりの楽想を一つ。そこに哲学的概念を一つ加えること。この義務を一回でも怠ったら、あなたとは絶好です!」と言われたという。

ブーランジェは生涯、結婚することもなく、子供をもつことなど考えたこともなく、恋すら興味の対象外、勉強を邪魔するような一切のものを排除したという。彼女にとって恋は病気であった、とルグランは書いている。

しかし、ルグランはそのような彼女の教育に5年間付き合い、音楽の基礎をたたき込まれる。そして、感動的な話が書かれていた。ブーランジェにバレー音楽『リリオム』を作曲するように依頼を受けたが、プロの世界での契約や若気の至りで断ったルグランであったが、その依頼をうけてから60年後、バレー音楽『リリオム』の作曲に取りかかることになる。2010年のことである。すでに彼女は他界、しかし、彼女の望みを60年ぶりに果たしたのである。

そして、2016年に日本でもそのバレエが来日したらしい。これは観て、聴くべきであった。DVDはないだろうか・・・
b0074416_21360285.png

[PR]
by kurarc | 2018-05-17 21:34 | music


検索
最新の記事
カテゴリ
Notes
HP here

e-mail here

■興味のあるカテゴリを見た後に、また最初のページに戻るには、カテゴリの「全体」をクリックしてください。

■カテゴリarchives1984-1985では、1984年から1985年にかけて行った11ヶ月の旅(グランドツアー)について紹介しています。
画像は30年前のスライドをデジタル化しているため、かなり劣化しています。

■カテゴリfragmentでは、思考のヒント、覚書き、論理になる前のイメージ等、言葉を羅列する方法で書いています。

ライフログ
画像一覧
以前の記事