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2019年 08月 22日 ( 1 )

忘れえぬ都市(まち)

国木田独歩の『忘れえぬ人々』という短編が好きである。独歩の忘れえぬ人というのは、親子、朋友知己、教師先輩など「忘れてかなうまじき人」ではない。アノニマスな人のことである。自分にとって取るに足りない人、いわば偶然巡り会い、通り過ぎていった人、すぐに別れてしまったような人でも、「忘れえぬ」ことがあるというのである。

わたしはそれと同じような経験を都市(まち)にも感じる。都市の名前も鮮明に思い出せないが、記憶の奥底に残っている都市がある。そうした都市はあるふとしたことで頭の中に蘇ってくる。パリやロンドン、ローマのような都市ではそうした想起はあまりおこらない。(こうした都市は常に鮮明に記憶に残っている)しかし、無名に近い都市に訪れ、何年かした後、そうした「忘れえぬ」経験がおこるのである。「忘れえぬ都市」とは必ずしも美しい都市ではない。

わたしは最近、そうした経験を詩に近い短編小説にまとめてみた。そうした都市の経験は、例えば、映画の舞台で使われる都市にも言える。例えば、映画『道』の中に登場する都市や街路の風景の中に「忘れえぬ」感覚をもよおすし、アントニオーニの映画に登場する都市にもよく感じる。

実は、そうした「忘れえぬ」都市というものが、もっともわたしにとって大切な都市なのではないか、と最近感じるのである。それはどういうことかというと、パリやローマに感動するのは、いわば能動的に感動しているのではなく、様々な情報を得ることから制度としての感動、受動的な感動なのではないか、つまり、一期一会の感動ではないのではないか、ということである。

人と巡り合う事も同様ではないか。会うべくして会った人より、何かの巡り合わせで偶然会ったような人ほど、忘れられない気がするのである。逆説的にいうと、半分忘れてしまっているような経験の中に重要なものが隠されている、と言えるのではないかということである。

*わたしにとって忘れえぬ都市(海外)のリスト抄
・リスボン(ポルトガル)のアノニマスな街路
・ギマランエシュ(ポルトガル)
・サンタレン(ポルトガル)
・エルバス(ポルトガル)
・アングラ・ド・エロイズモ(ポルトガル・アソーレス諸島)
・ブルージュ(ベルギー)
・ベルン(スイス)
・トリエステ(イタリア)
・オルヴィエート(イタリア)
・ブザンソン(フランス)
・メリダ(スペイン)
・オラン(アルジェリア)
・コンスタンチーヌ(アルジェリア)
・ブルサ(トルコ)
・シラーズ(イラン)
・マンドゥ(インド)
・台北(台湾)
・ジョクジャカルタ(インドネシア)
その他、名前も思い出せないような小さな都市

by kurarc | 2019-08-22 00:28 | saudade-memoria