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災害をおもう

最近、自然災害が絶えない。特に、今回ショックだったのは、上田周辺の災害で、わたしの姓の故郷といえる別所までの上田電鉄の鉄橋の崩落である。9月末に富山、金沢への旅の折、この辺りの風景を見ながら新幹線を通り過ぎたばかりであったので、信じられない光景であった。

今回は、堤防の決壊が大きな災害の原因となった。しかし、この堤防がつくられる前はどうだったのだろう?堤防に隣接する田畑や住宅ももしかしたら古代、あるいは中世の頃は川だった箇所ではなかったか?もしそうだったとすると、自然は単に元の状態に戻ろうとしているだけであって、災害を引き起こしているのは、強引な堤防建設をした人間の方に無理があったのではないか、と思えてならない。

わたしの住む地域も、少し南へ下ると、古代の多摩川の流れのあった地域に遭遇する。調布の街あたりは古代多摩川の中に開けたような街である。よって、古代の人間からすると川の中に住んでいるようなものである。

3.11の時にも先人たちが残した神話のようなものが取り上げられた。寺や神社がなぜこの位置に建設されたのかなども注目された。こうした災害を見ると、我々の街づくり自体に問題があったのではないか、と思わざるをえない。街を広げすぎたのである。街をつくるとき、我々は古代にまで視野を広げてつくることが必要になってきているのではないか。自然に対してもっと素直に街をつくるべきではないか。災害に会うたびにそう思う。

# by kurarc | 2019-10-15 19:30

ドビュッシー 『沈める寺』

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青柳いづみこ著『ドビュッシーとの散歩』の中に、ドビュッシーの『沈める寺』に関する文章がある。

ドビュッシーがこの曲を作曲したのは、パリの語源となっている「イス」(Par-Is イスを超えるの意)という街の伝説を知ったことがきっかけだという。(これはあくまで伝説)ブルターニュの海辺の街「イス」は、4、5世紀頃、悪魔にそそのかされた王女が水門を開けたため、海に沈んだという伝説である。この街には巨大なカテドラルがそびえていた。海に沈んだ後も、海中から僧侶の声と鐘の音が聴こえてくるという伝説だそうだ。

この曲の原題 "La cathedrale engloutie" を直訳すると「沈んだカテドラル」、あるいは「消滅したカテドラル」である。現在でも「沈める寺」として流通しているのは何故なのだろう?多分、お偉い方がこのように訳されたのだろう。それを現代的に変えるようとする人はいないのかもしれない。

青柳氏によれば、楽譜を見ると、様々な教会のアーチが組み込まれているのだという。このあたりも、ドビュッシーらしい。そうした独創的な手法をとりながら、一方で様々なハーモニーとスケールを組み込んでいるに違いない。7分弱のピアノ曲だが、モダンな音づかいは素人のわたしでもよく理解できる。こうした短い曲から自分でアナライズできるようになりたいと思う。

# by kurarc | 2019-10-14 23:15 | music

ヴィスコンティ 映画『白夜』 

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ヴィスコンティの映画『白夜』を観る。DVDは買っていたが、ずっと観ることを逃していた。この手のDVD は現在安く手に入るのでありがたい。

以前、ロベール・ブレッソンの映画『白夜』を観たが、こちらとどのように異なる表現になっているのか興味があった。ブレッソンは舞台をパリに選定していた。ヴィスコンティは運河のある架空の都市を舞台としていた。それもすべてセットでつくられたものであるという。その遠近感のあるセットが素晴らしい出来であり、セットにはどうみても見えない。日本のように木造建築のセットであればすぐに組み立てられるが、ヨーロッパのように石造り、レンガ造りのセットは相当時間がかかるのではないだろうか。

ヴィスコンティの『白夜』はイタリア人らしく、ブレッソンのものよりわかりやすい表現になっていた。わたしが関心したのは、主人公の背後に何気なく登場する通行人や酔っ払い、職人や浮浪者、犬などの動きである。ヴィスコンティはこうした背景まで見事につくりこんでいるのがわかる。

孤独な青年を演じたマストロヤンニは、この映画が転機となって、のちにフェリーニの『甘い生活』で一躍名声を獲得する。妄想から逃れられない少女を演じるマリア・シェルの熱演も光っていた。ニーノ・ロータの音楽も抑制の効いた素晴らしい音楽であり、映画と見事に調和していた。

ヴィスコンティの映画の中ではあまり取り上げられない映画にも思えるが、バランスのとれた名画といえるのではないだろうか。ブレッソンのものもかなり前に観ているので、記憶が定かではない。改めてもう一度観て、比較したいと思っている。



# by kurarc | 2019-10-13 23:00 | cinema

檀一雄の絵画

柳川の白秋記念館で『檀一雄の柳川』という小冊子が販売されていたので、購入した。檀一雄生誕百年記念に出版された小冊子であり、そのとき、柳川の掘割沿いに石碑も建設されたようで、わたしも小舟での川下りの折に、その石碑に遭遇した。

この小冊子の中に、檀一雄の絵画が一枚掲載されていた。檀が19歳のとき描いた自画像である。檀一雄が福岡高等学校在学中、1年間の停学処分を受けたとき、祖父の経営する風呂屋の鏡の前で描いた自画像だという。

この絵画、なかなかの出来栄えであり、檀が画家を志そうと思っていた、ということもうなずける。この自画像についての一文が、同時に掲載されているのだが、その中に、この絵画の色彩が、この絵画を描いた40年後に訪れたポルトガル、エリセイラという街の建物の装飾 (多分、外壁のタイル)と似ているのでびっくりした、ということが書かれている。

以前、わたしはこのブログで「忘れえぬ街」について書いたとき、ポルトガルで名前は忘れてしまったが、心に残っている街のことを書いたが、もしかしたら、このエリセイラ(あるいはエリセイラ近郊)ではなかったか、とふと思った。マフラという巨大な修道院がある街の海沿いの街で、マフラを訪ねたついでに訪ねたような記憶が蘇ってきたのである。

九州、柳川という土地柄もあったと思うが、ポルトガル調の色彩のタイルが風呂屋に偶然貼られていた。そして、それは檀一雄の未来を予言していた色彩であった?と考えると興味深い。

*そういえば、以前、南伊豆伊浜という海沿いの街の宿に泊まったとき、檀一雄のサインが飾ってあり、驚いたことがある。(この宿、検索すると出てくるが、めぐみ荘という宿のようだ。)

# by kurarc | 2019-10-11 22:09 | Portugal

福岡 大川から柳川へ 「水の構図」

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福岡県大川、家具の街として知られる。東京でこの大川のある家具メーカーの方と名刺交換をしたこともあり、興味を持ち、大川の家具イベントがあった9日、家具視察のため大川に足を伸ばした。福岡に行くのは多分、30年ぶり近く、久しぶりの訪問となった。

大川は筑後川の河口にひらけた街であった。船舶技術や水車大工の歴史他木工技術をもつ街であったことから、家具の街へと転換した歴史をもつようである。大川だけでなく、全国から家具メーカーが集積し、大川の街の中、3地点で家具の商談などが行われるイベントである。

わたしはどのような技術をもつメーカーが出展されているのか、その一点に興味があった。残念ながら大川ではわたしの求める技術をもつメーカーには出会えなかったが、そのかわり、徳島県や中国などにはわたしの求める技術をもつメーカーが存在していることがわかったことが収穫であった。

大川は水郷の町として知られる柳川の最寄駅、西鉄柳川駅からタクシーで行くしかない(または佐賀から)のだが、せっかくなので、柳川の水郷、川下りを体験してきた。

柳川は、北原白秋のふるさとであり、また、檀一雄の育った街である。そうしたことにも興味はあったが、水郷の川下りの体験は、今まで味わったことのないような感覚がこみ上げてきた。それは、どこかわたしの遠い記憶の中にあるような体験であり、アジア人としての原体験を味わうような感覚と言ったら良いだろうか。
(この二人は、柳川の中でも沖端という漁師町に育った。そのことが、彼らの文学に強い影響を与えていることがわかった。白秋記念館には、金素雲との交流なども紹介されており、韓国やアジア諸国が近い世界に彼らは育った、ということである。)

ほとんど、地面と同じレベルの水郷(川や堀)を歩くような速度で進む小舟の時間は、東京で日常的に体験する時間とは異なり、穏やかで、優しい時間であった。小舟に揺られながら、その優しさに心が解放されるのである。時を超える体験であった。

*「水の構図」とは、白秋最後の著書のタイトルである。

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# by kurarc | 2019-10-10 21:56 | archi-works

ポスト・バークリー・メソッド

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自分なりに現代の音楽理論の学習をし始めたが、やっと同時代の音楽状況がある程度つかめてきた。菊池成孔氏と大谷能生氏著による著書『憂鬱と官能を教えた学校』がその回答を用意してくれている、ということである。

この著書は、バークリー・メソッドに触れており、そのベースとなる理論づけがナディア・ブーランジジェにより行われたことが示されている。彼女は、菊池によれば、バッハに帰って、現代音楽理論を再構築しようとした新古典主義者として位置付けられている。

つまり、調性音楽の再構築を行おうとしたということであり、その延長線上にバークリー・メソッドがあるということである。

現代ではMIDIといったデジタル化の時代に進化したこともあり、バークリー・メソッドはもはや過去のものとなりつつあるということである。

著書『憂鬱と官能を教えた学校』がポスト・バークリー・メソッドのパースペクティブを与えてくれていることが見えてきた。この著書を読めば、やっと、同時代の音楽理論への見通しがつきそうである。


# by kurarc | 2019-10-05 22:06 | music

マイルズ 『Kind of Blue』再び

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マイルズ・デイヴィスの『Kind of Blue』を繰り返し聴いている。「モード」によるジャズを主題としたアルバムとして知られている。1曲目、ドリアン・スケールのみで展開した「So What」もよいが、後半の「Blue In Green」からの音楽が深い。

ジャズ・ピアニストのフィリップ・ストレンジ氏は岡田暁生氏との共著『すごいジャズには理由がある 音楽学者とジャズ・ピアニストの対話』で「All Blues」という4曲目を分析してくれている。ストレンジ氏は、マイルズの特徴を「モティーフ的思考」と分析していて、「All Blues」が4つのモティーフの展開であるとしている。

マイルズは、初めのテーマを6度で、その後2度、その次に同音反復、さらに3度という4つのモティーフを論理的に展開しているのである。アドリブという一見自由に音を展開できる演奏方法の中で、マイルズはモティーフの原則に忠実に従いながら、クリエイティブな音楽を創造しようとしていると捉えられる。

わたしはこうした彼の音楽に結晶、あるいは鉱物質と例えられるようなジャズを感じる。それは、知的に組み立てられた音楽であり、音を抑制しながら、最小限の音によるジャズを形づくっているのである。建築家で言えば、ミースのようなイメージだろうか。

今聴くとこうした音楽が、マイルズの若かりし頃の音楽の出発点となっているということが不思議だ。むしろ、晩年に到達すべき境地だとしてもおかしくはない。老成した音楽なのだ。マイルズはむしろ老年から若年へと変化していったミュージシャンのように感じられてきた。

# by kurarc | 2019-10-01 23:30 | music

高岡 吉久の街並みと映画『ナラタージュ』

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高岡の市電に乗り、海の近くまで行くと「吉久」(上写真)という米の流通で栄えた街があることがわかり、高岡滞在中に出かけてみた。

高岡には市電(下写真)があることは前から知っていた。映画『ナラタージュ』の舞台が高岡で、重要な場面で登場していたのを記憶していたからである。この映画は特別に好きな映画ではないが、高岡の街は印象に残っていたので、そうしたこともこの街を訪ねたいという動機であった。

市電で「吉久」という駅で降りようとしたが、アナウンスがわかりづらく、その先の「中伏木」という駅まで間違えて行ってしまった。この駅を降りて気がついたのだが、映画『ナラタージュ』のラストシーンで登場する駅だったのである。偶然とはいえ、映画の舞台を訪ねることになった。

「吉久」の街並みは、ごくわずかな通りとはいえ、東京では見ることができない街家がひっそりと残っていて、高岡らしい風情が感じられた。ここには、江戸時代から明治まで多くの人々で賑わっていたのだろうが、流通方法が変化した今では当時の面影を残すのみとなった。

こうした街を見ていつも思うことは、それでも人はここに住み続け、普通の生活を営んでいる人々がいる、という愛おしさである。

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# by kurarc | 2019-09-29 11:43 | cinema

金沢21世紀美術館

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金沢に行った目的の一つは、金沢21世紀美術館を訪れることであった。この美術館の評判はすこぶる良い。それが何によるのか確かめたいということであった。

結論から言うと、この美術館はコンセプトのみを浮かび上がらせた美術館と言えるものであり、建築自体に興味は持てなかった。しかし、それはこの美術館が優れていないと言っているわけではない。むしろ、稀有な美術館である、と言うことである。

美術館は、いわゆる芸術品を収める場所であるから、多くは大げさな意匠を行う建築が多い。しかし、この美術館にはそうした過剰な意匠はまったく見あたらない。円形のボックスに、高さの異なる直方体が突き刺さったような建築、それだけなのだ。さらに、直方体と直方体の間は室内の街路空間と言えるスペースとなっていて、美術館内を自由に歩き回ることができる。つまり、この美術館は都市内都市として計画されているのである。

こうしたことをやっただけで、大げさなことは一切省かれている。これほど明快なコンセプトを体現した建築はあまりお目にかかれない。建築家たちは通常、ディテールなどを見せびらかしたがる。この建築にはそうしたいやらしさが見あたらない。

こう書くと、この建築を絶賛しているように思われるかもしれないが、そう言っているわけでもない。コンセプトのみが浮かび上がるが、ものとしての魅力には欠ける。この辺りのバランスは非常に難しいが、もう少し、意匠を突き詰められたら、もっと優れた建築になったに違いない。

*ここで、「コンセプト」という言葉を使った。学生などが課題発表のとき、よく使う言葉だと思う。もしかしたら、今ではもう死語なのかもしれない。ジャズギタリストの高内春彦氏の著書を少し前に紹介したが、この著作の中でも「コンセプト」という言葉の定義のようなことが言及されていた。
絵画で言えば、遠近法の表現ではなく、印象派以後の表現、これが「コンセプト」である。「コンセプト」とは自己の定義による表現形式のこと。芸術全般は、19世紀のある時期から自ら定義するものとなった。音楽では、ドミナント・モーションが捨てさられたとき、「コンセプト」がはじまる。印象派の音楽である。「コンセプト」という言葉は、実は近代以後の言葉なのだと高内氏の著書から気づかされた。


# by kurarc | 2019-09-27 23:39 | architects

金沢市立玉川図書館

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およそ40年ぶりに金沢を訪れた。金沢21世紀美術館なども訪れたが、わたしにとって思い出深い建築は、金沢市立玉川図書館であったこともあり、再訪した。

谷口吉郎監修、設計は谷口吉生氏という親子共同による仕事として著名な建築であり、40年前にも訪ねた。改めてこの建築を見学したが、日本の図書館建築で、わたしが見学したものの中で最も興味深い建築である。これが金沢中央図書館ではなく、分館であるということにも驚かされる。金沢の建築文化の質の高さを思い知らされる。

この建築が優れているのは、隣接する近世資料館との対比であろう。様式建築とモダニズムの建築がこれほど明確に対比される様相を他に見たことはない。様式建築に媚びることなく現代の建築を素直に設計している。もちろん、隣接する様式建築のプロポーションや高さには注意を払いながら、レンガという素材感だけは何気なく中庭に取り入れて、内部からレンガの質感を鑑賞できるようにして、隣接する近世資料館と連続するようにデザインされている。中庭は連続するための装置でもある、ということになる。

今回、メインは富山の高岡であったため、金沢には時間がかけられなかったが、安い宿でも探し、3日、4日滞在して、じっくりと金沢建築を堪能したくなった。

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# by kurarc | 2019-09-26 02:00 | architects