人気ブログランキング |

コンバージョン 形態と機能の切断 都市の建築

建築の保存・活用やそれに伴うコンバージョン(機能転換)などをここ10年以上に渡り注視してきた。たとえば、コンバージョンは現在では常識的な建築活用法になった。

東京中央郵便局はその機能を一部残しながら、百貨店のような機能、スペースに転換された。また、篠原一男設計の『直方体の森』と名付けられた住宅は、現在、大半を美術館として使用されている。こうした事例はあげれば切りがないほどである。当初、建築家たちはクライアントのために一生懸命に特殊解としての建築を設計し、つくりあげる。しかし、その建築も時間の経過とともに、建築家がまったく予想もしていなかった機能に転換、変換されてしまう。

このような現象を最近、もう少し精緻に考えてみようと思っている。こうした形態と機能の切断について、設計当初、どのように想定していればよいのだろうかとか、コンバージョンを考えたときに、はたして建築の形態(デザイン)とはどのような意味をもつのか、機能転換を前提とした建築デザインとはetc.・・・などについてである。

建築が長生きをするとき、建築はまったく別人格になってしまうことがある、ということなのである。建築家はそんなことを考えても仕方がない、という意見もあるだろう。また、それは建築家の知ったことではない、と言う方もいるかもしれない。建築家たちはたとえば70歳、あるいは75歳以上生き、活動する場合、自分の過去の仕事が、予想だにしなかった機能に転換される場に立ち会うことが予想される。そうしたとき、建築家たちはどのように感じるのだろう。

建築の機能転換は、建築が新たな価値を付加され、生まれ変わることを望まれたのだから、そのような建築はある意味で優れた建築だといえる。わたしはそうした建築をアルド・ロッシの著作の名を借りて、ひとまず「都市の建築」と呼んでおきたいと思う。「都市の建築」は、都市の一員として再認識され、都市の中にしっかりと根付いていく建築であり、その後、都市の中に埋もれて、その存在をことさら主張することもなく、生き延びていく建築である。

# by kurarc | 2019-06-15 23:38 | archi-works

トランペット 水道蛇口奏法

月に2回ほどジャズトランペットのレッスンを受けている。ジャズ理論は難しいが、現在教えてくれているU先生は非常に教え方がうまく、わかりやすい。難解なジャズ理論が大分理解できるようになった。20歳の頃にも挑戦したことがあったが、その頃、渡辺貞夫著の『JAZZ STUDY』程度の本しかない状態であったから、素人には理解しずらかった。それに比べ、最近では英語の参考書のように教本を選択するのに苦労するほどである。

いくら理論を理解しても、トランペットの音がよくならなければどうしようもない。U先生は理論だけでなく、奏法についても丁寧に教えてくれる。わたしはタンギングをするときにお腹を知らない間によく動かしていた。タンギングするたびにお腹に力を入れるような奏法を行っていた。

U先生からは、そうではなく、お腹をなるべく動かすのではなく、はじめに息を入れ、くちびるを閉じ、水道から水が絶え間なく流れるように息を吐き出すようにすることを薦められた。タンギングはその息の流れをただ止めるだけ。つまり、息は絶えずくちびるから流れているような意識を持ち続けつつ、くちびるはその流れを止めたり、開いたりする機能だけ。

そのようにしているうちに、トランペットの中に軽やかな空気が流れるように感じられると、それに伴って、音もクリアになってくる。トランペットの中を風が通り抜けるように息が通るようになり、くちびるへの負担も減少し、軽々と吹くことができるようになる。

こうした状態を毎回キープできるようにすることが、これからの課題である。こうした奏法をひとまず「水道蛇口奏法」と名付けておこう。以前、トランペットの「ため息奏法」について書いたが、ため息奏法は力まずに息を入れる訓練にはよいが、クリアな音を出すにはこの「水道蛇口奏法」をマスターしなければならない。



# by kurarc | 2019-06-13 21:57 | trumpet

リスボン 聖アントニオ祭

b0074416_21452420.png

明日12日から13日にかけて、ポルトガルのリスボンではリスボンの守護聖人聖アントニオを祝うお祭りが始まる。

リスボンでこの祭りを経験した人ならば、誰もがまたこの時期にリスボンを訪ねたいと思うに違いない。リスボンのアルファマ地区の階段は、単なる通路としての階段から、祭りの舞台としての階段に変化し、その中で、夜な夜な宴会が続いていく。

日本でも最近は6月にいわし祭りと称して、様々な飲食店でこの祭りにちなんだイベントが催されるようになった。しかし、このリスボンの聖アントニオ祭を経験してしまうと、少々寂しさを思わずにはいられない。

今、リスボンにいる日本人がうらやましくて仕方がない。

*ポルトガル人の男性の名に多い「アントニオ」(「ト」にアクセントがつく)は、そのアクセントの通り、「トー」というあだ名で呼ばれる。学生たちは、アントニオという名前をもつ友人を「トー、トー」と呼ぶ。ちなみに、ペドロは「ペー」である。

# by kurarc | 2019-06-11 21:42 | Portugal

30年前

T事件から30年が経過したという。未だに真実は明らかにされていないというが、テレビのドキュメンタリー番組で、おおまかではあるが詳細が明らかにされている。SNSもなく、携帯電話もスマホもない時代であったこともあり、市民の間でも情報は限られている。わたしと同世代の若者たちが何百人も殺された事件であった。

1989年、わたしはちょうど大学院に入学した年であった。その2年ほど前に父親が死去していた。父は歳をとっていたからわたしは普通の子供より早く父親を亡くすだろうとは思っていたが、予想外にそれは早く訪れた。父の死のせいか、なにかもう一度建築を学習し直さなければという漠然とした考えが浮かび、3月入試を行っていた大学(当時は2大学しかなかった)を選び、大学院に入学した。

先日、久しぶりに沖縄を訪れたが、T事件を振り返るとき、いつもこの沖縄での悲劇、沖縄戦について著された大田昌秀氏の著書を思わずにはいられない。沖縄在住時に購入した大田昌秀著の『沖縄戦とは何か』の最後に、大田は「軍隊は、民衆を守るものではない」という結論を述べて終わる。T事件とはまさに、その結論を証明したような事件であった。1989年は、今思えば21世紀がはじまった年であったのかもしれない。



# by kurarc | 2019-06-09 21:56 | saudade-memoria

東芝ポータブルCDプレーヤー

b0074416_20132114.jpg

最近の楽器の教則本には、CDが付属しているものが多い。模範演奏や伴奏などを収録したものだが、これらのCDを聴きながら楽器練習用として使用し、重宝するのが、東芝ポータブルCDプレーヤー(スピーカー付き)である。

スピーカーの付属は、CDを聴きながら楽器を練習するには必須である。ヘッドホンをしていては、楽器は練習できないからである。スピードコントロールの装置も着想されていて、曲を練習する場合、わずかにスピードを落として練習ができる。もともとは語学学習用に製品化したものと思えるが、これが楽器を練習するのにちょうどよいのである。

デザインは決してよいものではないが、スマホの普及などにより、こうしたCDプレーヤーは減少したのだろう。現在はスピーカー付きはこの1台しか販売されていないのだという。スマホでは曲をただ聴くのにはよいが、たびたび繰り返して聴きながら練習する場合、パネルタッチではシャープに操作はできない。このCDプレーヤーは曲を聴き終えたところから再生する機能もついているので、時間のロスも少ない。

しかし、このCDプレーやが廃番になるのも時間の問題かもしれない。大切に使用して、少しでも永く使い続けられるようにするしかない。

# by kurarc | 2019-06-07 20:15 | design

ジョアン・ジルベルトのギター 驚異的なコード進行

仕事合間をぬって、ギタリスト鳩山薫さんによる『ジョアン・ジルベルト ボサ・ノヴァ・ギター完全コピー』を練習している。

今日はアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「SAMBA DE UMA NOTA SO(ワン・ノート・サンバ)」(正確には、SOのOにアセント・アグードがつく。)を練習する。シンプルなメロディーとして知られるこの曲に、ジョアン・ジルベルトは、日本人(わたしの)のハーモニー感覚では考えつかないようなコード進行をデザインしている。

Aメジャーのサンバは、「ミ」(Ⅴ度)のワンノートからはじまり、B♭7(♭5)で終わり、メロディーが「ラ」(Ⅰ度)へと展開、この展開の最後は普通であればB♭7(♭5)で再び終わってA△7で解決すると考えるが、ジョアン・ジルベルトはB♭△7(メジャー7)に変化させているのである。つまり、7度の音を半音上げて、より軽快なメロディーのサビへと連続させているのである。

こうしたデリケートなハーモニーを1950年代にギターで弾きこなしていたのだから、驚かされる。それも歌を歌いながら。ブラジル人のこうしたハーモニーの感覚を身につけたいものである。

# by kurarc | 2019-06-06 21:23 | music

祖先解析

遺伝子解析が低料金でできることを知り、挑戦してみることにした。唾液を提供して解析を行うものである。病気のリスクなど自分がどのような病気にかかりやすいかといったデータが提供されるが、それとは別に、祖先解析もあり、あくまで母系のものだが、どのようなルーツで日本に移住したのかの概略を教えてくれる。

アフリカから発生したと言われる人類は、まず東へ進み、その後さらに東へと進むものと東西に分かれて進むものの二つに分類されるらしい。わたしの祖先はおよそ3万年前にユーラシア大陸を海岸伝いに移動、東アジアへと拡散し定着したものと、ベーリング海峡を渡り、アメリカへ移動したグループと解析された。「残念ながら」日本人に最も多いタイプであるという。

これはあくまで母系のものであるから、父親の方はどのような祖先かはわからない。先日、沖縄から帰ったばかりだが、考えてみれば、わたしは大学卒業後、沖縄へと向かい、その後、ポルトガルに住む経験をしたが、これは、半ば祖先たちが移動してきた道のりを逆行していくような移動である。もちろん、現在の日本は、西洋化という時代の終着点にいる民族であることから、西へと向かうことは当然の移動なのだが、わたしの場合、沖縄を経由して、その後西へと移動したことは、偶然とは思えないのである。

わたしの祖先の中には沖縄を経由して、日本に漂着したものもいたのではないか?などと想像をふくらませてみたくなる。こうした祖先解析はまだ大まかな解析しかできないようだが、わたしのグループもいくつかに分類されている。それらがさらに精緻に解析できるようになるにはまだかなり時間がかかりそうである。

# by kurarc | 2019-06-04 20:40 | asia

蝶と食草

b0074416_14023061.jpg

沖縄の学校を数多く見学してきたが、沖縄では蝶のオオゴマダラ(上)の食草であるホウライカガミ(下)を学校の生け垣に植え、この蝶を保護していることが流行っているという。

このような流行は沖縄だけでなく、全国の学校でも流行らせてほしいものである。わたしが知らないだけで、他の日本の学校の生け垣には、昆虫の食草を植えることを積極的に行っているところも数多くあるのだろう。

興味深いことは、ホウライカガミは毒があって、それをオオゴマダラが食べることで、オオゴマダラは毒を蓄え、自らの個体を外敵から保護しているらしいこと。これは人間にもいえることなのだろう。

オオゴマダラの蛹(さなぎ 下))は黄金色に輝いているという。

*22年前、あるいは24年前だったと思うが、斎場御嶽に行った帰りに蝶の大群に遭遇したことがあった。これはきっとオオゴマダラであったに違いない。

b0074416_14023997.jpg

b0074416_14024455.jpg




# by kurarc | 2019-06-03 14:03 | nature

沖縄 原点への旅

b0074416_09352350.jpg

22年ぶりに沖縄を訪ねた。1984年から85年にかけて沖縄で働いていたときお世話になった建築家末吉栄三さんが亡くなられ、そのお墓参りを兼ねて、5日間滞在した。梅雨の時期ではあったが、幸い建築を見学中に雨に降られることもなく、傘を使うことはなかった。

那覇市内中心部の変貌ぶりには驚かされ、モノレールにも初めて乗った。都市部は物質的には本土並みに整えられ、東京と変わらないが、相変わらず時間の流れ方は穏やかである。

今回は末吉さんの仕事を中心に見学し、また、いつも沖縄でお世話になる建築家の山田正永さんの仕事も見学させていただく。その他、北部大宜味村まで車を走らせ、過去に訪ねた集落や建築を含め見学してきた。

末吉さん、山田さんの仕事は小学校、中学校、幼稚園など学校建築が多く、それぞれ見学先で沖縄の子供たちにもふれ、その人なつっこさ、明るさに元気をもらってきた。那覇市内の学校は末吉さんをはじめとする建築家たちの努力もあり、東京の学校建築にはみることができない豊かな空間づくりに成功している。

いつもながら末吉さんの事務所の先輩や、今回は末吉さんの息子さん、末吉礁君とも多くの時間を過ごすことができ、沖縄について多くを教えていただき、充実した滞在となった。わたしの方は東京での生活に追われ、沖縄についての学習を怠っていたことに改めて気づかされた。

沖縄はわたしが社会に出て初めて過ごした場所。これからもこの場所を大切にし、もう少し頻繁に訪れることができるようにしたい。

*写真は那覇市前島の「ふみや」という料理屋。わたしが沖縄で働き始めた初日に末吉さんに連れてきていただき、「ジューシー」と「イナムドゥチ」をご馳走になった。この味が忘れられず、沖縄を訪れるときにはいつも立ち寄る。今回も初日と最終日に立ち寄った。35年前と変わらない味と店構え。次に訪ねられるのはいつだろう。


# by kurarc | 2019-06-02 09:46 | architects

コンビニ問題

都内でたまたま某コンビニの株主総会会場の前を通ることがあった。警察などが警備にあたり、並々ならぬ雰囲気を漂わせていた。コンビニオーナーと思われる方々が通り過ぎる市民にビラを配っている。わたしもそのビラを手に取った。

そのビラには、マスコミを騒がせている24時間営業の是非をはじめ、劣悪な労働環境について、過労死について、また、株価の低落など様々な問題が書かれていた。コンビニというビジネスモデルが崩壊しかけているということのようである。

コンビニは便利だ、という理由で利用する市民も悪いのだが、なぜ24時間営業になってしまったのだろう。それに、なぜこれだけの件数が増加したのだろうか。わたしは以前からコンビニを地域に密着したビジネスモデルに変換すべきと思っているが、なぜそのようにならないのか?どのコンビニに行っても、並んでいる品々は似たり寄ったりであるのはなぜか?疑問をあげれば切りがない。

コンビニを新たなビジネスモデルとして再構築できるかどうか、できるコンビニが生き残り、できないコンビニは廃業に追い込まれる、そのような構図になることは目に見えている。この時期に新しいコンビニへの転換を図るしかないと思われるが・・・

# by kurarc | 2019-05-23 18:17