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台湾映画『言えない秘密』

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台湾映画『言えない秘密』は、青春もののファンタジー映画としては出色のできであった。

監督ほか脚本、主演、音楽をも担当したジェイ・チョウは、そのどこにでもいそうな普通の青年(映画ではピアノの天才的プレーヤーだが)を演じるにはちょうどよい風貌であり、力の抜けた演技は、この映画の青年の役を考えたとき、納得できる演じ方であった。

もう一人の主演を演じたグイ・ルンメイは、映画の前半と後半で全くことなる心理状態を演じ分けなければならない重要な役であり、その対比を見事に演じ分けていた。

この映画を見終わると考えるのは、出会いと別れである。人は様々な出会いと別れを繰り返すが、それはなぜなのか?死は絶対的な別れであるが、別れはそれだけではない。生きている間、別れは度々訪れる。親しい友との別れ、恋人との別れ、一緒に働いた人との別れ・・・と数限りない出会いと別れの繰り返しである。

この映画では初恋の人との別れを描いているが、その初恋の人には思いがけない秘密が隠されていた・・・

台湾の淡水(淡水は、東京から言えば湘南の感じであろうか?)を舞台としたこの映画はその風景も映画の主題と重なる。西洋的なデザインであってもどこかなつかしい学校建築や海辺の風景、坂道の描写など、日本人にはその空間から郷愁を共感できる。

グイ・ルンメイの出演する映画を集中して観ているが、どうしてなのかこの映画を観てやっと気づかされた。髪型といい、風貌といい、中学生の頃、気になっていた女の子に似ていたからである。



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by kurarc | 2018-09-19 14:47

加藤耕一氏(東大教授)によるリノベーションの西洋建築史

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仕事の帰り、恵比寿の日仏会館に立ち寄り、日仏文化講演シリーズ第320回『時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史』を聴講する。講師は東大教授の加藤耕一氏であった。

建築の世界ではリノベーションや機能転換の仕事が注目されている。こうした文化を西洋建築史という文脈の中で相対化してみるとどうなるのか。パリに留学経験のある加藤氏は、パリの事例を中心として、スライドを交えながら講演が進められた。

興味深かったのは、古代からの時間軸を設定した場合、まずは再利用的建築観による建築利用が圧倒的に数多かったこと、つまり、建築は再利用されることが当然であった。(オーセンティシティーという概念も存在しなかった)16世紀になると大航海時代の影響もあり、西洋には外部の世界、また自らの中世という時代を「野蛮」と位置づけ、再開発的建築観が勃興した。その具体的事例で最も知られているのはローマのサン・ピエトロ寺院であるという。千年以上にわたる歴史のあった中世的意匠を残すサン・ピエトロ寺院を醜悪なものと認識し、ルネサンスの天才たちが新たな案を競い、よく知られているようにミケランジェロ他のプランによる再開発が行われたのである。(中世的意匠を残すサン・ピエトロ寺院は破壊された)

19世紀になると文化財という概念が生まれ、今度は再利用するのではなく、元の状態に戻すべきという復原思想が重要視されるようになる。こうした思想では、再利用しようとするような発想は押さえ込まれてしまうことになる。

21世紀はどうか。20世紀の発展という時代から収縮(shrink)の時代に移行し、再び我々は再利用という解決方法に注目するようになった。しかし、時代がそう思考させるということであれば、好景気になれば我々は再利用という解決を忘れ、再開発というスクラップ・アンド・ビルドの思想に逆戻りしてしまうのではないか?

我々は以上で述べたような2000年以上の建築史を相対化できる思考を備えている。よって、好景気になり安易に再開発思考に移行してしまったとすれば、人間は時代(経済)を凌駕することができない存在であることを証明することになる。理性は時代に勝つことができるのか、できないのであろうか?

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by kurarc | 2018-09-18 23:48

従兄のT君

千駄ヶ谷に住む従兄のT君を訪ねた。わたしと同世代のT君は、幼少の頃、父親(わたしの叔父)の仕事の関係で、アメリカ住まいとなったが、その際、ある病気から脳に障害をもってしまい、言葉を話すことができない。

久しぶりにT君を訪ねたが、元気そうで安心した。彼とどのようにコミュニケーションしたらよいのか、いつも迷うのだが、こちらから一方的に話すしかない。今日は彼の好物であるブドウとベーコンを持参した。

彼のことを思うと、自分の人生が幸せか、不幸せかと考えることは愚かなことだといつも思う。叔父は障害をもったT君を普通の生活ができるようにと遺言を残し、死んでいった。だから、T君は未だに施設に入ることもなく、自宅でヘルパーの方の力を借りながら生活している。

わたしはT君とコミュニケーションができないという先入観をもって接していたが、それは間違いであったということをポーランド映画『幸せのありか』から学んだ。彼は話せないだけで、きっとわたしの言うことや思っていることを感じとってくれているに違いないと今は思っている。

T君はわたしとほぼ同世代であるだけに、普通の生活ができていればわたしのよき相談相手になってくれていたのだろうと思うと残念で仕方がない。彼を思うと幸せか、不幸せかなど考えることは単なるわがままに過ぎないということに気がつく。外に出かけ、自由に歩き、人と話すことができるだけで、人は十分幸せなのである。

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by kurarc | 2018-08-12 16:29

ブログ スキン変更

長年使用してきたブログのスキンを変更した。今までのスキンのトップの写真は井の頭公園弁財天の水屋の装飾をかたどったもの。自分で撮影した写真では気に入っていたので使用した。今度はエキサイトブログの標準のスキンを使用した。多少建築的な雰囲気のあるスキンを選択してみた。

変更したのは、文字が小さくて、わたしがわたし自身のブログを読みづらくなったことが大きな原因。しかし、広告は大きくしっかりと侵入してくる。無料で使用させていただいているので、文句はつけられない。

これからも日常生活のなかで感じたことを書き続けるつもりである。

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by kurarc | 2018-08-04 22:55

マウスクリック腱鞘炎(けんしょうえん)

WindowsのPCでもCADを使うようになったが、2クリックのマウスだと、人差し指を酷使するため、最近、人差し指の付け根に軽い痛みが生じるようになった。どうも「マウスクリック腱鞘炎」という病の一歩手前かもしれない。

2クリックのマウスは大変便利だが、我々のようにCADを使う人間はその使う頻度、クリックする頻度が半端ではない。よって、腱鞘炎のような症状になる可能性は高いわけである。

Macではいまだにワンクリックマウス(それもボールマウス)を使用し、常に人差し指と中指でクリックしているためか、こうした症状に陥ったことは今までなかった。思わぬ落とし穴というほかはない。キーボードを一日中使う事務職の方々なども腱鞘炎になる人が多いという。

パソコンは指や目を酷使し、座る作業を強制するわけであるから、腰にも負担がかかる。パソコン病にやられるまえに手を打たなければならない。その対策として、わたしは、2クリックのマウスを人差し指ではなく中指と薬指で使ってみようと思っている。人差し指の酷使を少しでも軽減しなければ!

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by kurarc | 2018-08-03 23:00

「予実」という言葉

最近、「予実」という言葉を知った。わたしのように一人で仕事をしている人間は、予定をたて、その実績を分析するという習慣はなかった。しかし、ある集団、会社のような組織となると、この「予実」は深刻な問題となる。

予定していたことがそれと同等、あるいはそれ以上の実績があげられればまったく問題はない訳だが、予定より実績が大きく下回れば、それがどのような事由によるのか分析し、その対策を考えなければならない。

こういう言葉を知ると、やはり人間とは言葉によってつくられるのではないか、と思えてならない。ある概念を知らなければその人間は考えが及ばない。言葉を知り、それを血肉化している人間は、その生きた密度が異なるのは当然のことだろう。言葉が先行してしまう人もいない訳ではないが、様々な言葉を知り、その言葉に謙虚に生きる人間が大人、紳士といわれる人間であると思う。

新しい言葉との出会いはその人間の行動を変える可能性があるのである。言葉に対して常に新鮮な感性を持ち続けられることが人を豊かにしてくれる一つの方法であることは確かであろう。

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by kurarc | 2018-07-09 22:27

「かたづけ士」という仕事

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今日は自称「かたづけ士」という資格をお持ちのK氏のレクチャーを受ける。かたづけることを仕事とするK氏は、単にかたづけ方を指導するのではない。かたづけることにどのような意味があり、どのように計画していくのか、また、会社のような集団内でのかたづけがいかに大切か、かたづけとコミュニケーションについて等の講義をしてくれた。

かたづける必要性は常々感じているし、かたづけることが嫌いではないが、どうも苦手なのは机の周りのかたづけと衣服のかたづけである。机の上にいつも資料やレシート、仕事に関係のないもの、果てにはトランペットが横たわることもしばしばである。トランペットが机の上に置かれるのは、PCでYou tubeを見ながら練習することもあるからである。

「わたし」を変えるには、まず机の周り、クローゼットから変えなければならないのだろう。K氏によれば、かたづける範囲を細分化し、毎日1カ所15分、少しづつ行っていくのがよいとのこと。また、ものが置かれる前の空中にあるときに、捨てる、あるいはファイルするということを薦めている。ものが置かれてしまうと、「とりあえず」が続き、机にものがあふれてしまうことになる。

1日15分、かたづけの時間をとると、どれほどの変化が現れるのか、今年、挑戦してみようと思っている。

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by kurarc | 2018-07-07 21:52

iMacの修復

机の上のiMacの配置換えを行おうとして、iMacを移動しようとした時に、裏のスイッチを押してしまい、電源を切ってしまった。その後、iMacが立ち上がらなくなってしまった。サポートを利用することおよそ1週間。なんとか回復できた。

外付けハードディスクすらつけていなかったのは、わたしのミスであった。iMacの調子の良いのを過信しすぎていたのである。さすがに8年も使うと新しいOSでは立ち上がりまでかなり時間がかかる。もうそろそろハードの替え時なのかもしれない。

正直、PCに対する経費はバカにならない。1台交換するだけで、ソフトを含めるとすぐに40、50万円という経費がかかるが、これは、個人の支払う経費のレベルをはるかに超えている。一桁違うと思うのだが、普通のユーザーはこうした経費を支払うことをためらわない。携帯電話もいつのまにか7万、8万円が当たり前になった。これも、1、2万円前後が妥当な値段だと思うが、そういう風には考えない人が大半のようだ。

40万、50万円あればヨーロッパ旅行もできるし、2ヶ月くらいは過ごすことができるだろう。この金額をPCに回さなければならないのが21世紀である。

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by kurarc | 2018-06-02 12:12

Bachトランペットマウスピース 7CW

自分への誕生日プレゼントとして、Bach(バック)トランペットマウスピース 「7CW」を購入した。久しぶりのBach(バック)となる。

Bach(バック)トランペットマウスピースでは、「7C」というナンバーがよく知られている。バックのトランペットを購入すると付属しているもので、初心者向きのものと言われる。「7CW」を購入するために、久しぶりに「7C」を試奏したが、リム部分(唇があたるところ)のエッジがシャープで、わたしには合わなかった。それに比べて、厚い唇用である「7CW」は唇のセッティングも楽であり、内径もちょうどよいので、購入することに。

今年はバックの「6C(ラージレター)」と「シルキー12」で頑張ろうと思っていたが、これに加え「7CW」およびヤマハの「Bobby SHEW -JAZZ」の4つを比較検討しながら進むことに決めた。「7CW」とヤマハの「Bobby SHEW -JAZZ」は見た目、マウスピースの大きさがほとんど同じ感じで、現在はこの二つが甲乙つけがたい。

マウスピースの選定は唇の感覚に頼るしかない。おもしろいことに、その感覚は日々更新しているようで、日によっても異なる。わたしのようなアマチュアですらそうなのだから、プロのミュージシャンはさらに敏感なのだと思う。トランペットを始めた当初はこうした感覚はなかったので、少しは成長してきたのかもしれない。音楽は感覚を研ぎ澄ますトレーニングには非常に有効である。

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by kurarc | 2018-01-31 20:21

ATOK2017 for Mac

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わたしはMacユーザーである。Macを使い始めたのは、周りにMacユーザーが多かったことが大きい。Macが使いやすいからといった理由からではなかった。パソコンを使い始めた当初は、ウィンドウズ出現前(MS-DOS)のNECのパソコンであった。初めはMacユーザーではなかったのである。

CADが発達し、実務に使えるようになった頃、Macユーザーとなった訳だが、Macには相変わらず大きな欠陥と言える部分がある。それは、日本語変換機能の立ち遅れである。「ことえり」による日本語入力は正直苛立ちを隠せない。パソコンのハード面の進化が著しいにも関わらず、アップル社は一向に日本語変換には無頓着である。Macはあまりにも日本語変換が稚拙であるため、"ATOK2017 for Mac"を導入することにした。

初めにパソコンを使っていた頃、ATOKにはお世話になった。当初からドイツ語入力に対応していたことは助かった。わたしが修士論文で取り上げた建築家がドイツ人であったために、ドイツ語を入力できることは必須であったからである。このブログは久しぶりにATOKを使って書いているが、やはり、格段に使いやすい。漢字の変換ミスなど「ことえり」では注意が必要だが、ATOKではかなり正確に変換してくれるし、漢字の事例表示もわかりやすい。

なぜ今までATOKを使うことをためらっていたのだろう。馬鹿馬鹿しい忍耐をしたものである。これで少しは誤字が減少しそうだし、文章の推敲は時間が短縮できそうである。MacにもできればこのATOKと互角の日本語変換機能を付加してほしいものである。

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by kurarc | 2018-01-24 22:01

Archiscape


by S.K.
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