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言葉の無限

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ちょとした試みとして短編小説などに挑戦するようになって、改めて言葉について考えるようになった。言葉について、以前よりさらに興味をもつようになった。それは、言葉が身近でありふれたものだからでもある。

例えば、コンピューターもなく、スマホもなく、テレビやラジオもないような世界でも、言葉は失われない。言葉とは最も省エネの文化である。1年病院に入院することになったとしよう。上にあげたすべてのものがなくても、辞書一冊あれば、退屈はしないだろう。聖書一冊でもよいかもしれない。あるいは、長編小説1冊でもよいかもしれない。言葉に機械は必要ない。何なら、10冊の長編小説があれば、1年は十分楽しめる。

ジュリアン・グラックの『ひとつの町のかたち』(上)という書物をやっと古本で手に入れたが、このタイトルの「かたち」という単純な言葉の中に、グラックはゲーテまで遡ることを要求している。何気ない言葉の中には、その人の膨大な記憶と命がけの生き様が表現されるものであるということを見落としてはならない。

仕事で交わされる言葉はもちろん粗末にはできないが、精神を解放するようなことは稀で、むしろ言葉の世界を矮小化する場合が多い気がする。言葉はもっと創造性をもつものでありたいし、そのように使用したい。

そうした意味でも、創作として言葉を考え、トレーニングする習慣をつけることは大切である。言葉について、より深く考える習慣を身につけなければと思うこの頃である。

by kurarc | 2019-08-18 23:58

ブログの社会性

以前、「避難階段」というタイトルで書いたブログの検索がやけに多いと思っていると、あるブログでわたしの記事が引用されており、その波及効果によるものだということがわかった。「京アニ」火災に関するブログである。

ブログは有名人のブログは別とすると、非常に個人的なメディアで、わたしの場合は備忘録、メモに近い内容のものが大半である。そうした内容でも時には社会性をもつことになるのか、と少し驚いている。「京アニ」火災の問題は消防法だけでなく、建築基準法、条例など様々な観点から検証されるべき問題だと思うが、わたしも詳しく火災にあった建築について知り得ていないので、ここでは深入りしないでおきたい。

わたしは最近、福祉施設の設計がつづいており、特に老人の避難経路などには注意を払った設計に心がけるようにしている。消防法では建築を防火対象物として位置づけるが、それは、建築は火災が起こるものと想定しているからである。もちろん、この考えは正しく、万が一のときに備えて、建築の利用者が迷うことなく、避難できるようにしなければならない。また、近隣が火災にあったときに、防火できる仕上げをほどこさなくてはならない。

例えば、今回の「京アニ」のビルではバルコニーがなかった建築ではなかったかと思う。バルコニーは建築に必ず設置する必要のない空間であるが、わたしであれば、「京アニ」規模の建築であれば必ず設置したと思う。そこから避難器具で避難できるし、避難器具を設置する必要が法的にない場合でも、一時避難場所になる。

そうした余裕のある設計をすることが設計者には求められると思う。建築は火災にあうものである、という前提を忘れてはいけないのである。

*報道番組を見たが、「京アニ」ビルには小さなバルコニーはついていた。なぜ、こうした空間がありながら、避難できなかったのか不思議である。火災のメカニズムから検証すべき問題だと思われる。





by kurarc | 2019-07-26 19:22

コンビニ問題

都内でたまたま某コンビニの株主総会会場の前を通ることがあった。警察などが警備にあたり、並々ならぬ雰囲気を漂わせていた。コンビニオーナーと思われる方々が通り過ぎる市民にビラを配っている。わたしもそのビラを手に取った。

そのビラには、マスコミを騒がせている24時間営業の是非をはじめ、劣悪な労働環境について、過労死について、また、株価の低落など様々な問題が書かれていた。コンビニというビジネスモデルが崩壊しかけているということのようである。

コンビニは便利だ、という理由で利用する市民も悪いのだが、なぜ24時間営業になってしまったのだろう。それに、なぜこれだけの件数が増加したのだろうか。わたしは以前からコンビニを地域に密着したビジネスモデルに変換すべきと思っているが、なぜそのようにならないのか?どのコンビニに行っても、並んでいる品々は似たり寄ったりであるのはなぜか?疑問をあげれば切りがない。

コンビニを新たなビジネスモデルとして再構築できるかどうか、できるコンビニが生き残り、できないコンビニは廃業に追い込まれる、そのような構図になることは目に見えている。この時期に新しいコンビニへの転換を図るしかないと思われるが・・・

by kurarc | 2019-05-23 18:17

オーディオガイドアプリ

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来週、久しぶりに沖縄へ行くことになった。恩師のお墓参りを兼ねての旅である。考えてみると沖縄は22年ぶりくらいになる。随分とご無沙汰をしてしまった。モノレールもまだ見たことはない。首里城はどうなっているか?35年前に住んだアパートはどうなっているか?新しい建築はどのようなものがあるのか etc.・・・などいろいろと気になる。

首里城のHPを検索していると、オーディオガイドアプリをインストールできることを知り、早速スマホに取り込んだ。首里城のものばかりと思ったが、全国の観光地のアプリも含まれていた。首里城のものは無料で音声付きガイダンスを聴くことができる。なかなかしっかりとつくられている。勉強にもなる。首里城の復元はすべて終わっていないことなども恥ずかしながら知る。来週、沖縄に行ったときに、その復元状況を確認できそうである。

こうしたアプリははじめて使用するが、無料であることはありがたい。有料で旧那覇を紹介するアプリもあったので購入する。わたしの住んでいた辻の街の紹介もあった。昔は遊郭街であったというこの街には300もの遊郭が存在した・・・といった紹介を音声で聴くことができる。

スマホもすてたものではない。

by kurarc | 2019-05-22 21:21

平成を振り返る

平成が終わろうとしている。平成がはじまった年を振り返ると、わたしにとって第2のステップがはじまろうとしていた年だったような気がする。昭和は、わたしにとって建築の基礎を学習した時代であったとすれば、平成は建築をはじめ、様々な興味を掘り下げた時代であった。

社会人を4年ほどやり、建築学科を卒業した訳ではなかったため、建築の学習不足を感じて、大学院に入り直したのが平成元年(1989年)であった。それから1991年までの2年間は我ながらよく勉強したと思う。ちょうど28歳から30歳までの間である。修士論文は幸運にも日本建築学会修士論文賞を受賞した。仙台での授賞式に参加したが、ホテルはどこも予約が取れず、やっとのことで探した宿は窓のない3畳間ほどの宿であった。仙台駅近くにあったが今はないに違いない。

ベルリンの壁崩壊も衝撃的であった。壁のあったベルリンを旅していたこともあり、また、東ベルリンを体験してもいたからである。修士論文では、そのベルリンのジードルンク(社民党政権下の集団住宅)がサブテーマであったから、わたしにとってはなおさら印象深い出来事であった。余ったマルクを何に使うか迷ったあげく、東ベルリンの楽器店で購入したフェルナンド・ソルのクラシック・ギターのピースは今でも手元にある。

その後、Y事務所で2年、1級建築士となり、T大助手として2年、リスボンで2年、帰国してから鎌倉で12年、そして、生地の東京都三鷹市に戻ってからの7年がわたしのおおまかな平成である。

昭和の時代を28年、平成を30年、次の令和では人生の締めくくりをしなければならない。今まで以上に緊張感をもち、仕事に取り組むとともに、興味のあること、有意義なことすべてに全力をそそいでいきたい。



by kurarc | 2019-04-30 00:12

イチロー

イチローが引退した。野球にはあまり関心はないが、彼の言動は気になる。中学時代に野球部に所属していたこともあったが、その野球部の練習、試合のやり方がひどく、野球からは遠ざかることとなった。

引退後に放送された番組をyou tubeでみた。シアトルの豪邸にも驚いたが、彼の言葉にも驚いた。「引退は死と同じ」であるとか、一つ一つ選び出された言葉に無駄がないということが印象的であった。

これは新たな発見だったが、彼は一人で戦うのではなく、ある時期から周囲の人々を巻き込みながら成長してきたということである。オフシーズンの神戸での練習には一般人を参加させたり、高校生の応援団を参加させたりと、ポジティブな人々に門戸を開いていったのである。

冷静に振り返ると、彼が年間200本安打を打てなくなった時点で、彼は終わっていたのかもしれない。それ以後の年月は苦難を極めたと思われる。引退は苦渋の決断ではなく、ずっと前から予想されていた結論であったと思われる。

わたしが最も注目したいのは、彼の品格がどのようにしてかたちづくられたのか、ということである。あれだけの記録をつくったから生まれたのか、品格をもって練習にのぞんだから記録がうまれたのか、そのどちらなのか、あるいは、両方なのか?

イチローが今後どのような活動をするのか興味深い。少なくともバラエティー番組にたびたび出演するような芸能人になることはなさそうだ。

by kurarc | 2019-04-07 10:33

謹賀新年 2019

謹賀新年 2019
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by kurarc | 2019-01-01 00:00

同じ顔、違う言葉の人たちへ

明治以降、近代化の流れの中で、われわれは特に欧米圏の語学(特に英語、戦前、旧制高校では英語の他、ドイツ語、フランス語など)を必修としてきたが、そろそろこうした教育方針が不自然に思えてならない。

こういうわたしもアジアに興味がないわけではなかったが、むしろ視線はヨーロッパの辺境、イベリア半島に向いていた。それは悪いことではなかったが、少し視野の広さに欠けていた。その視線の途中には、アジアがあるのだが、そして、そのいくつかの国にも旅に出かけたが、その土地に住もうなどとは思わなかった。それはわたしの奢りでもあったと思う。アジアを旅しながら、日本より遅れている、いわゆる後進地域という認識であったことは否めない。

台湾や中国映画などアジアの映画をみながら、わたしの考えが少しずつ変わってきた。わたしと同じような顔の人々がなにか愛おしくなってきた。同じ顔で違う言葉を話す人々(特に中国、台湾、韓国の人々)がどのように育ち、何を考えているのかが気になってきた。アジアの一部の富裕層はわたしなどよりも徹底的に欧米教育を受けているものもいるのだろうが、日本人のように欧米にかぶれているような人は日本より少ないのではないか?

ジェイ・チョウのようなポップス系のミュージシャンがピアノを弾きながら、一方で伝統的な楽器も弾きこなしていることをYou tubeでみると、その懐の広さに驚かされる。アジアが少しずつわたしに近づいてきている。この懐かしさのような愛おしさをもちながら、一方で冷静にアジアを学習していきたいものである。

*下写真:映画『台北カフェ・ストーリー』の中で、リン・チェンシーが自転車で台北の街を走るシーン。この映画で最も気に入っているシーンである。この自転車のシーンと雷光夏(サマー・レイ)の主題歌が見事に調和している。こうしたシーンをみていると、何かアジア人としての血のようなものがふつふつと湧き上がってくるのである。この映画ではグイ・ルンメイより、リン・チェンシーのだらしない、かったるい演技が光っている。

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by kurarc | 2018-12-06 01:26

映画『軍中楽園』

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映画『軍中楽園』は非情に興味深い映画であった。金門島に実在した「特約茶室」と呼ばれる娼館を舞台とした映画である。この中で繰り広げられる男女4人を中心とした悲哀の物語。

映画としての完成度は高く、今年観た映画の中で、最も楽しめた映画であった。金門島という台湾の特異点とも言える場所を恥ずかしながら初めて知ったが、この場所で行われた台湾、国民党軍の訓練についても初めて認識させられた。

この映画では注意深さが必要であると、青井哲人氏(明治大教授)が指摘するように、この物語は台湾の外省人に偏った物語であるということである。男女4人の内、3名が外省人として想定され、その外省人の悲哀と喪失観が強調され、美化されている、と青井氏は指摘する。そうした細部を読み込むためには、台湾の民族性に熟知していなければならない。

それにしても、そうした細部に目をつぶる訳にはいかないが、映画としての出来はすばらしいものであった。特に映像と映像のつなぎが絶妙であり、退屈しないし、喜劇と悲劇がうまく共存している。また、特に注意をひいたのは、娼婦を演じたレジーナ・ワンの抑制された演技である。この映画の中で最も光っていたと思われる。

台湾は魅力的な世界であるが、その民族の混交した社会を理解するのは容易なことではない。映画の中で悲哀を悲哀としてぼーっと眺めていることは許されないのである。その悲哀がどのような立場の人間から発せられているのかについて常に意識していなければ、大きな誤解を生みかねないということである。

by kurarc | 2018-10-16 22:38

加藤耕一氏(東大教授)によるリノベーションの西洋建築史

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仕事の帰り、恵比寿の日仏会館に立ち寄り、日仏文化講演シリーズ第320回『時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史』を聴講する。講師は東大教授の加藤耕一氏であった。

建築の世界ではリノベーションや機能転換の仕事が注目されている。こうした文化を西洋建築史という文脈の中で相対化してみるとどうなるのか。パリに留学経験のある加藤氏は、パリの事例を中心として、スライドを交えながら講演が進められた。

興味深かったのは、古代からの時間軸を設定した場合、まずは再利用的建築観による建築利用が圧倒的に数多かったこと、つまり、建築は再利用されることが当然であった。(オーセンティシティーという概念も存在しなかった)16世紀になると大航海時代の影響もあり、西洋には外部の世界、また自らの中世という時代を「野蛮」と位置づけ、再開発的建築観が勃興した。その具体的事例で最も知られているのはローマのサン・ピエトロ寺院であるという。千年以上にわたる歴史のあった中世的意匠を残すサン・ピエトロ寺院を醜悪なものと認識し、ルネサンスの天才たちが新たな案を競い、よく知られているようにミケランジェロ他のプランによる再開発が行われたのである。(中世的意匠を残すサン・ピエトロ寺院は破壊された)

19世紀になると文化財という概念が生まれ、今度は再利用するのではなく、元の状態に戻すべきという復原思想が重要視されるようになる。こうした思想では、再利用しようとするような発想は押さえ込まれてしまうことになる。

21世紀はどうか。20世紀の発展という時代から収縮(shrink)の時代に移行し、再び我々は再利用という解決方法に注目するようになった。しかし、時代がそう思考させるということであれば、好景気になれば我々は再利用という解決を忘れ、再開発というスクラップ・アンド・ビルドの思想に逆戻りしてしまうのではないか?

我々は以上で述べたような2000年以上の建築史を相対化できる思考を備えている。よって、好景気になり安易に再開発思考に移行してしまったとすれば、人間は時代(経済)を凌駕することができない存在であることを証明することになる。理性は時代に勝つことができるのか、できないのであろうか?

by kurarc | 2018-09-18 23:48