Archiscape


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by S.K.
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カテゴリ:music( 152 )

ホルスト

属している吹奏楽団でホルスト作曲(編曲 三浦秀秋(1982ー))の『吹奏楽のための第一&第二組曲 NSBスペシャル』という曲を練習し始めた。

ホルストの『吹奏楽のための第一組曲』、『吹奏楽のための第二組曲』を大胆にアレンジしたものだが、これがなかなか楽しい。かなりポップな感じであり、坂本龍一のイエローマジックオーケストラの中で奏でられる曲のような感じなのである。

ホルストの原曲、特に『吹奏楽のための第一組曲』は名曲である。わたしもこの原曲を練習し始めて初めて聴いたが、ホルストの曲は親しみやすい。ホルストはトロンボーン奏者でもあったというから、吹奏楽にはかなりの思い入れがあったものと思われる。日本でもポップスの歌に取り入れられたり、作曲家としての知名度は高いと思われるが、アマゾンで検索しても、彼単独の書籍(自伝、または伝記のような書籍)は見つからなかった。

以外にも日本において彼の研究者は少ないのかもしれない。惑星を主題にした曲で有名だが、彼が占星術に興味を持っていたこととも関連しているという。このあたりも気になる。夏までにホルストの曲を手当たり次第聴いてみようと思っている。

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by kurarc | 2018-06-04 22:26 | music

ナディア・ブーランジェとミシェル・ルグラン

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『ミシェル・ルグラン自伝』第4章に「マドモワゼル・ブーランジェー音楽の母」という章がある。わたしの興味ある音楽家、ピアソラ(タンゴ)やジスモンチ(ブラジルのギタリスト兼ピアニスト)、ルグランetc.はすべて彼女の門下生であった。その彼女がどのような人間なのか気になっていた。以前、ブーランジェに関する本を借りたが、読む暇はなかった。

ルグランの赤裸々な彼女との交流の記述から、彼女の人となりがよく理解できた。やはり、彼女は厳格な教師であったようだ。授業に遅刻することを許さず、あるとき、ルグランに毎日手紙を出すように告げた、という。その手紙の中には「・・・16小節の作曲とひらめいたばかりの楽想を一つ。そこに哲学的概念を一つ加えること。この義務を一回でも怠ったら、あなたとは絶交です!」と言われたという。

ブーランジェは生涯、結婚することもなく、子供をもつことなど考えたこともなく、恋すら興味の対象外、勉強を邪魔するような一切のものを排除したという。彼女にとって恋は病気であった、とルグランは書いている。

しかし、ルグランはそのような彼女の教育に5年間付き合い、音楽の基礎をたたき込まれる。そして、感動的な話が書かれていた。ブーランジェにバレー音楽『リリオム』を作曲するように依頼を受けたが、プロの世界での契約や若気の至りで断ったルグランであったが、その依頼をうけてから60年後、バレー音楽『リリオム』の作曲に取りかかることになる。2010年のことである。すでに彼女は他界、しかし、彼女の望みを60年ぶりに果たしたのである。

そして、2016年に日本でもそのバレエが来日したらしい。これは観て、聴くべきであった。DVDはないだろうか・・・
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by kurarc | 2018-05-17 21:34 | music

再び「民族音楽」へ

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先日、このブログでコルシカ島のポリフォニーについて書いたが、この音楽をきっかけに「民族音楽」に再び意識的に付き合いたいと思うようになった。井の頭コミュニティーセンター内図書館で、『民族音楽 世界の音を聴く』(江波戸昭著)を借りてくる。この書物を借りたのは、コルシカ島のポリフォニーが取り上げられていたからである。(わたしが所有していた他の民族音楽に関する本はコルシカ島のポリフォニーを取り上げていなかった)

江波戸氏は、「はじめに」の中で重要な指摘を行っている。すべの音楽は「民族音楽」である、と。われわれはそれらを時に「クラシック音楽」や「ジャズ」と呼ぶだけなのだが、このことを以外と意識していない人が多いのではないか。特に、クラシック音楽を「民族音楽」といったら、怒り出しそうな人もなかにはいるかもしれない。

但し、江波戸氏は、「民族・・・」という言い方には、西洋の規範に対する非西洋を対置する言い方であり、本来は好ましい表現でないという指摘も忘れてはいない。しかし、日本での表現の状況を踏まえてあえて「民族音楽」という差別化した表現を使用した、と断っている。

コルシカ島のポリフォニーにふれたが、それでは対岸のサルディーニャ島にはどのような音楽があるのか。この書物では、サルディーニャ島にもポリフォニー音楽があり、さらに、シチリアには・・・というように、音楽を通じて、世界を連続した文化として捉えられる見方が示されている。コルシカで言えば、これらの音楽はジェノヴァやニースあたりにも同様の音楽があり、ヨーロッパ本土とのつながりも指摘されていて興味は尽きることがない。

わたしの専門とする建築についても同様の見方が可能であろう。日本という枠を超えようとしても、日本という民族性がどこかに顕在化してしまうことをいち早く述べたのは建築家の坂倉準三であった。コルビュジェの弟子でありながら、その建築を吸収し、自らの表現を模索しながらも、坂倉はその中に「日本」という避けて通ることのできない民族性が現れることを述べている。坂倉が優れていたのは、初めから「日本」を意識し、表現しようとしていたのではない、ということである。「日本」を超えようとしているにもかかわらず、「日本」が避けようもなく現れることを指摘したのである。

「民族」という枠組みを超えることは果たして可能なのだろうか?民族を超える、ということを考えること自体、実はナンセンスなのかもしれないが、民族音楽を聴きながら、そのことについて今後も考えてみたい。

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by kurarc | 2018-05-12 17:52 | music

you tubeで学ぶ音楽(ジャズ)理論

最近、you tubeをよく活用するようになった。you tubeで多くのことが学べるからである。特によいのは音楽。様々な演奏者の貴重な映像をみることができることと、若手のミュージシャン(著名なミュージシャンも)が音楽理論、演奏法などの講義を行ってくれているので、いわば、大学の講義を聴講するように、音楽を学ぶことができるのがよい。

わたしは20歳の頃、ジャズ理論を学んだが、よく理解できなかった。特に、最初のダイアトニックコードやダイヤトニックスケールすら理解できなかった。まだ、感覚的に理解できればよかったのだろうが、それすらできなかった。なぜ3度づつ音を積み重ねるのかがわからなかったのである。

先日の日曜日、宇田大志というジャズギタリストの音楽理論(ジャズ理論)講座をyou tubeで聴講。その5回にわたる講義を最後まで聴くと、やっとダイヤトニックコードやスケール、モード・スケール・・・etc.のことが理解できた。(補助テキストとして、宇田氏著の『3年後に確実にジャズ・ギターが弾ける練習法』を参照した)きっと、普段から吹奏楽に親しんでいることも大きかったのだろうが、頭と感覚の両方で理解できたのである。

つまり、あとは練習(実践)あるのみ、ということである。
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by kurarc | 2018-04-30 22:16 | music

A Filetta(ア・ヴィレッタ) コルシカ島の民族音楽

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トランペット奏者パオロ・フレスのCD『Mistico Meditarraneo』は、コルシカ島のコーラスグループ、A Filetta(ア・ヴィレッタ)との共演によるCDである。

コルシカ島といって思い出されるのは、あのナポレオンの生地くらいのもので、わたしももちろん訪れたことはない。コルシカ島はフランスに属する島であるが、その文化的背景はイタリアに帰属するという。南にサルディーニャ島があるからこの島の影響をすぐに想起してしまうが、文化とはそんなに簡単なものではない。地理的条件と文化的背景はかならずしも一致しない。コルシカ島はその文化的背景をトスカーナ、ピサ、ジェノヴァといった地方の支配、つまりイタリアの影響が刻印されているようだ。

コルシカ語によるポリフォニー音楽を奏でるA Filetta(ア・ヴィレッタ)は、男性のみによる7名の構成であり、通常、楽器は一切使われず、声のみの音楽だが、今回はフレスとバンドネオン奏者、Daniele di Bonaventuraが加わっている。

コルシカでは1970年代から、こうしたコルシカ語を使用した音楽ユニットが形成され始めたというから、単にEU統一の流れの中で形作られた伝統、歴史への目覚めといったことだけでは理解できそうもない。きっと、昔から民族音楽への愛着の強かった地域であったと推測される。(CDの中にはなぜか、チベットのマントラが含まれる。これが名曲 !!)

音楽の方は、かつて聴いたことのない合唱曲であり、以前、ブルガリアン・ボイスが日本で流行したこともあったが、そうした音楽とも異なり、土の香りの強い音楽(感覚的な言い方であるが)である。わたしはフレスのトランペットと彼らの音楽とのコラボレーションというだけで満足なのだが、もう少し、コルシカ島の民族音楽について知りたい気持ちになった。
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by kurarc | 2018-04-25 11:29 | music

吹奏楽 夢の時間

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週一度のペースで、母校の小学校音楽室に集まり、吹奏楽を楽しんでいる。わたしが小学生の頃と音楽室の位置は変わっているが、校舎の外観や内観はほとんど変わっていない。

3月終わりには校舎内部からみえる桜(上写真)を楽しんだが、それは45年以上前に見た風景と同じ。少し記憶が薄れてはいるが、小学生の頃を思い出しながら音楽を楽しんでいる。

「夢の時間」と書いたのは、なにも音楽の演奏がすばらしい出来であるからではなく、わたしのような稚拙な演奏でありながら、音楽を楽しんでいる時間は、夢の中での出来事のように感じられるのである。それは多分、音楽が現実の苦悩を忘れさせてくれるからかもしれない。

とはいえ、音楽に打ち込むこともまた新たな苦悩、苦労のはじまりでもある。しかし、その苦労は現実とは異なり、創造的苦悩であるから、楽しめるのであろう。これがプロとなると金銭的苦悩が生じるのだから、音楽を楽しむことは二の次になってしまうこともあるだろう。

この夢の時間が今後とも続くことを願って、少しでも音楽が上達することを目指したい。

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by kurarc | 2018-04-14 21:04 | music

ギブソンのエレキギター

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エレキギターメーカーのギブソン社が苦境だという。アメリカではギター離れが進んでいて、ギターが売れないらしい。レコーディングなどもわざわざギターを弾くこともなく、ギターの音をつくることができるシンセサイザーやコンピューターでの打ち込みが当たり前になったこともあるのだろう。

ギブソンといえばレスポールモデルのギターが思い浮かぶ。ミュージシャンですぐに思い浮かぶのはわたしの場合アル・ディ・メオラだが、日本では渡辺香津美のアルバム『TO CHI KA』での音が思い浮かんだ。1980年にニューヨークで録音したCDである。この中の「UNICORN」という曲は一時コマーシャルにも使われた。天才ギタリストと言われた渡辺香津美がこのCDによって、渡辺の世界を築き上げた記念すべきCDである。

”TO CHI KA"とは、渡辺が当時飼っていた犬(写真下、ジャケットの裏面に登場)の名前。このCDの三曲目にその愛犬を思って作曲した「TO CHI KA」という名曲が収録されている。こちらは、オベーションのアダマスというモデルが使用されている。最近ではあまりお目にかからなくなったが、当時、流行ったギターである。このCD の中でもっとも好きな曲は「SAYONARA」だろうか。CDの中で、もっともスローなテンポの曲。録音された場所、ニューヨークへの別れを惜しむ様と新しい世界へと旅立っていくという二つのイメージを重ね合わせた感じの曲。フレットレスベースがこの曲によく合っている。

日本ではギターは売れているのだろうか?ギターを担いで電車に乗ってくる若者は相変わらず見かけるし、女性が担いでいる姿を見かけることも多くなった。わたしもトランペットだけでなく、もう一度ギターに挑戦したい。できれば、ジャズをギターで奏でられるようになりたいのである。
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by kurarc | 2018-03-09 17:40 | music

吹奏楽「 LA LA LAND」から「エビカニクス」まで

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地元の吹奏楽団で3月の演奏会に向けての練習がはじまった。子供たちと一緒に演奏する曲が多いため、その選曲も子供向けのものが多数含まれている。

わたしも初めて知ったケロポンズの「エビカニクス」というひょうきんな曲。こうした曲は実はあなどれない。単純な曲であるだけに、基礎的な技術を向上させるのにはもってこいの曲なのだ。「ダンシング・ヒーロー」といった荻野目洋子の曲も含まれている。このあたりの選曲は世代がばれてしまうかもしれない。もっとも演奏したいのは映画「LA LA LAND」から「Another Day of Sun」だろうか。残念ながら編曲は今ひとつだが、吹奏楽にも適したよいリズムの曲である。

自分では絶対に目もくれないであろう曲を演奏することは意外と多くのことを学べる。集団で音楽をやること、吹奏楽団に入ることの意義はもしかしたら自分の世界を崩してくれることなのかもしれない。どのような曲に対しても手を抜かないで演奏することが大切であり、そのことが自分の技術向上につながる、ということである。

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by kurarc | 2018-02-03 19:03 | music

麗美(REMEDIOS)の音楽

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疲れると女性ボーカルを聴きたくなる。少し前、映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』で久しぶりに彼女の音楽に再会して、1枚もっている彼女のベスト盤『Reimy / Best of Best』を久しぶりに聴く。

わたしが女性ボーカルを聴くのは、そこに「女性」を感じたいからというより、女性の声に、女性性と同時に、少年の頃の声、声変わりする前の声を聴いている気がする。女性の声はわたしにとって二重の意味をもっている。だから、カンツォーネのミルバのような特別な女性ボーカリストを除いて、高い声、少年のような声の女性ボーカルを好んで聴いている気がする。

このCDで好きな曲は『Love レクチャー』。前半は少女の恋を素直に歌っているかと思っていると、後半で不倫の曲であることがわかる。それも、こんなに不倫の曲を明るく歌っている歌も珍しいのではないだろうか。メロディーが美しいのは、『Fortune Kiss』だろうか。映画音楽のような曲で、映画監督の岩井俊二が彼女に自分の映画音楽を担当させようと思ったのもうなずける。

麗美さんはわたしと同世代。あまり表には出ずに活動されているようだが、わたしとしては成熟した大人の音楽を披露してほしいし、是非コンサートなども行ってほしいミュージシャンの一人である。

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by kurarc | 2018-01-30 19:49 | music

ジョビン ”Antoio Carlos Jobin em Minas ao vivo piano e voz"

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ジョビンのCD ”Antoio Carlos Jobin em Minas ao vivo piano e voz"を久しぶりに聴く。日本語に訳すと、「ミナスのジョビン・ライブ、ピアノと歌」といったところか。ミナス・ジェライス州ベロオリゾンチでの1981年3月15日ライブ版である。ベロオリゾンチは、かつて、ブラジルへ行ったとき、バスでオウロ・プレットへ向かう途中、バスを乗り継いだ街である。

このCDが貴重なのは、ジョビンの歌とピアノだけによるライブであること。ヘタウマなジョビンの歌とピアノを堪能できるCDである。途中、ピアノのミスタッチなどもそのまま録音されていて、愛着が持てる。このCDを聴くとジョビンが決して器用なミュージシャンではないことがよくわかるが、メロディーに対して重ねられるピアノのコード音の洗練された音が興味深い。

聴き慣れたメロディに付加された意外なコード音にも驚かされる。現在、ギターで”CORCOVADO"を練習しているが、その”CORCOVADO"での歌とピアノがよい。メロディーとは重ならないハーモニーをピアノが奏でる。こうしたハーモニーを奏でる中で歌を歌うことは普通のミュージシャンではなかなかできるものではない。ヘタウマなどと言うことは失礼なことかもしれない。

”CORCOVADO"は大好きな曲である。メロディーとして使われる音は限られているが、そのメロディに与えられるコードトーンが素晴らしい。ジョビンがこの曲を作曲したのはかなり若い頃と思われるが、若さはまったく感じられない、完成された大人の曲である。ジョビンが作詞まで担当した曲としても貴重である。それにしても、”CORCOVADO"は、冬、星が輝く夜に聴くには最高の曲である。
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by kurarc | 2018-01-21 22:14 | music


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