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カテゴリ:music( 176 )

マルセル・カヤト 『LATIN GUITAR』(日本題名)

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ブラジルのクラシックギタリスト、マルセル・カヤト『LATIN GUITAR』は、クラシックギターCDの名盤である。少し前に「忘れえぬ都市」といった内容のブログを書いたが、この名盤も忘れえぬCDの一つと言える。それは、大曲ばかりが納めてあるようなCDではなく、2分弱の小曲が多く、それらの曲を丁寧に弾きこなしているCDだからである。何年かに1回はCD棚の奥から引っ張り出して聴きたくなる。

カヤトさんは、トゥリビオ・サントスに師事したギタリスト。わたしはポルトガル滞在時、ブラジルに行った最大の目的は、このトゥリビオ・サントスさんにお会いしたかったことであった。ヴィラ=ロボス記念館の館長をされていることは知っていたため、リオで早速記念館に向かうが、サントスさんは不在で、残念ながらお会いすることはできなかったが、ヴィラ=ロボスの直筆の楽譜などを職員の方に見せていただく光栄にあずかった。

その後継者とも言えるギタリストがマルセル・カヤトであろう。このCDの中では、ラウロのEL NEGRITO(エル・ネグリート)やバリオスのCHORO DA SAUDADE(追憶のショーロ)やブローウェルのOJOS BRUJOS(魅惑の瞳)といった小品が良い。

エル・ネグリートは、20代の頃よく弾いていたが、今では忘れてしまった。また練習したい曲である。わたしはこのCDではこの曲が一番好きかもしれない。ラウロに男の子が誕生したときにつくった曲のようで、意味は、黒人の子の意だが、髪が黒い子であったことから、こう名付けられたという。わたしにとって「忘れえぬ曲」である。

by kurarc | 2019-08-23 22:16 | music

寺尾聡『Reflections』

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歳のせいか懐メロがふと頭をよぎることが多くなった。コマーシャルで寺尾聰さんの「出航SASURAI」が流れるのを聴き、久しぶりにヒットした『Reflections』を聴きたくなった。

ほぼ40年前にもなるこのCDだが、全く古さが感じられない。全曲を寺尾さんが作曲していることにも驚かされる。編曲には井上鑑さんが参加、作詞は松本隆さん、そして大半の作詞を有川正沙子さんという少数の人間によってつくりだされた音楽である。当時ヒットした「ルビーの指輪」が収録されているが、むしろわたしはそれ以外の曲に名曲が多い気がする。

有川さんの詞には「・・・ぜ」という詞が多い。寺尾さんを意識した作詞なのだろうか。「タバコと男」という当時のイメージからつくりだされたのだろうか。今ではタバコは女のものだが、嫌味は感じられない。このCDには決して男と女がハッピーになるシナリオはないが、なぜかその不幸を糧に「出航」していこうとする男の明るさのようなものが感じられるし、マイナーな曲でもジメジメした感覚のない曲調がよい。

寺尾さんの低音の声も大きな特徴だろう。ここに収録された曲を女性がカバーすることもできないのではないか。そうした意味で、このCDは男の音楽になっている。それにしてもこれだけの曲をつくりだす寺尾さんの音楽的背景は何だったのだろう。そのあたりが一番気になるところだろうか。

『Reflections』というタイトルも斬新だ。直訳すれば「反射」だが、それはアルバムの中の文章にもあるが、「過去を映し出している光」のように捉えられている。つまり、経験を十分に積んだ大人の光を表現しようとした、ということらしい。



by kurarc | 2019-08-04 11:53 | music

KEITH JARRETT

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『武満徹 対談選』(小沼純一選)のなかに、キース・ジャレットとの対談が掲載されている。はじめてジャズを聴き始めた高校生の頃、ちょうど彼のケルンでのソロコンサートのアルバムが話題になっていた。これは当時、わたしに強い印象を残してくれた。

それから、キースの音楽をずっとトレースしていた訳ではないが、久しぶりに彼の音楽が聴きたくなり、CDを借りてくる。

武満との対談の中で、キースはわたしの心に残るような言葉を発していた。

「・・・例えば、人の声を紙の上に捉えようとしたところでそれはできない。紙の上にとどめることができるのは言葉だけです。・・・」

この言葉は、即興とはどのようなものか、ということを説明しようとしたときにでてきた言葉であるが、音楽にとどまらず、人の生命について語ったもののようにも思える。

キースは、本物の即興も紙の上に書くことはできないのだということを言いたかったのだ。この対談はケルン・コンサートから9年後になされたものだが、キースは未だにケルン・コンサートのキースだ、という見方をされていることに腹立たしさを感じている様子がうかがえる。すでに、彼はそれを超えていかなければならないのだという決意が文章から感じられる。本物の音楽家とはなんと自分自身に厳しい人間なのだろうか。

久しぶりに『ケルン・コンサート』を聴いて気がついたことだが、この録音はわたしの14歳の誕生日にケルンで録音されたものだということである。この音楽はこれからわたしの誕生日プレゼントの曲のように勝手に思わせてもらうことにしよう。

*ケルン・コンサートで特に親しまれたのは、パート1だろう。パート1の中心は今聴くと、マイナー・スケールの展開の曲である。特に日本人の心を捉えたのはこのマイナーな感じの雰囲気だったのだろう。

by kurarc | 2019-07-28 01:12 | music

ジョアン・ジルベルト ボサノヴァの死

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今年初め、中古クラシックギターを購入し、ジョアン・ジルベルトの完全コピー譜を少しずつ練習していたが、そのジョアン・ジルベルトが88歳で亡くなったという。

随分と前になるが、ボサノヴァをこよなく愛する人たちとお酒を飲んだことがあった。そのとき、ボサノヴァって何か?のような話がでたが、厳密な音楽理論についてはさておき、ある人が、それはジョアン・ジルベルトだ、と言ったのだが、ある意味正しい認識であったように今では思う。ボサノヴァをやっているというミュージシャンは数多くいるが、彼のようなギターと唄は誰にもまねはできない。

彼のコピー譜をギターでトレースしていると、その繊細で知的なコード進行、ハーモニーの感覚、多様なリズムの挿入には驚かされる。彼はかなり初期の段階(1950年代はじめ)でジャズ(ジャズ理論)を学び、その理論を自分の音楽(ブラジル音楽)へ昇華していったのだと思う。

もう一つ、わたしが感じるのは彼のポルトガル性といったような感覚である。彼の音楽はサンバのような身体の運動と結びつくようなものとはほど遠いが、静かなギターと唄にその運動としての音楽を閉じ込め、水平性を感じられる音楽に仕上げていく。それは、ポルトガルのバロックに通じる感覚でもある。波打つような壁をつくることではなく、平面のなかに波を感じられるようにするような。

ギターを通じて、彼の音楽感覚を身についていくことが、当面の課題である。

合掌

by kurarc | 2019-07-07 10:07 | music

クセナキス Psappha(プサッファ)

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数学者でありジャズピアニストでもある中島さち子さんの著作『音楽から聴こえる数学』で、クセナキスの打楽器曲Psappha(プサッファ)を知った。

紀元前7世紀頃のギリシアの女流詩人サッフォーの詩のリズム構造からインスパイアーされた曲だという。サッフォーの詩が数学的構造をもったものであったのか?そちらの方も気になるが、Psappha(プサッファ)も興味深い曲である。

わたしはYou tubeでのみ聴いただけだが、楽譜には打楽器の素材が大まかに記されているだけで、もちろん五線譜はなく、パーカッションのおくべき音の位置のみが記されているグラフのようなものらしい。さらに、その位置が数学者でもあるクセナキスらしくフィボナッチ数列に基づいているという。

You tubeで様々な演奏家のパフォーマンスを聴くことができるが、上野信一さんのパフォーマンスがよい。フランスで学ばれたということだけあり、打楽器へのタッチが軽やかで重々しさがない。

中島さち子さんの著作も興味深い。音楽と数学の関係を扱ったような書物の中では読みやすく、音楽への理解を深め、手助けしてくれる。一度、彼女の数学の講義を聞きに行ってみたくなった。


by kurarc | 2019-07-01 23:00 | music

ジョアン・ジルベルトのギター 驚異的なコード進行

仕事合間をぬって、ギタリスト鳩山薫さんによる『ジョアン・ジルベルト ボサ・ノヴァ・ギター完全コピー』を練習している。

今日はアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「SAMBA DE UMA NOTA SO(ワン・ノート・サンバ)」(正確には、SOのOにアセント・アグードがつく。)を練習する。シンプルなメロディーとして知られるこの曲に、ジョアン・ジルベルトは、日本人(わたしの)のハーモニー感覚では考えつかないようなコード進行をデザインしている。

Aメジャーのサンバは、「ミ」(Ⅴ度)のワンノートからはじまり、B♭7(♭5)で終わり、メロディーが「ラ」(Ⅰ度)へと展開、この展開の最後は普通であればB♭7(♭5)で再び終わってA△7で解決すると考えるが、ジョアン・ジルベルトはB♭△7(メジャー7)に変化させているのである。つまり、7度の音を半音上げて、より軽快なメロディーのサビへと連続させているのである。

こうしたデリケートなハーモニーを1950年代にギターで弾きこなしていたのだから、驚かされる。それも歌を歌いながら。ブラジル人のこうしたハーモニーの感覚を身につけたいものである。

by kurarc | 2019-06-06 21:23 | music

アナ・マリア・ヨペック 『ULOTNE 幻想』

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ポーランドの女性歌手アナ・マリア・ヨペックの最新作『ULOTNE 幻想』を聴いた。ブランフォード・マルサリスとのコラボレーションによるアルバムである。このCDで彼女の音楽世界が完成されたと思わせるような力作である。

今回は特に民族音楽からインスピレーションを受けた曲に力を入れて制作されている。いままでのCDではポーランド語のみが歌詞として付属していたが、今回のアルバムで初めて日本語訳がついた。これで、やっと彼女がどのような歌詞を歌っているのかが把握できることになった。日本に彼女の音楽が定着したことの現れだと思う。

今回のCDはポーランド音楽としか言いようのない透明なハーモニーと独特のモードを選択したメロディーが際立っている。そして、どこか東洋的な響きを感じさせる。このCDで驚いたことは、彼女が声によってインプロヴィゼーションできる能力をもっていて、2曲目の「カジドランスキ森」という曲で、ポレスワフ・レシミャンの詩を引用しながら行っていること。

ブランフォード・マルサリスのソプラノ・サクソフォンの演奏は洗練されていて、CDの完成度はいつもの通り高い。これだけのCDが制作できるという背景には、豊穣な民族文化がポーランドには蓄積されているということなのだろうか。多分、年内に日本でコンサートが行われるだろうから、是非、足を運びたい。

by kurarc | 2019-05-21 00:41 | music

A.C.ジョビン 映画『暗殺された家の記憶』テーマ曲

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ジョビンの『マチータ・ペレー』というタイトルで発売されていたCDは、タイトルが改められ、『Jobim』(上)というタイトルで発売されている。『マチータ・ペレー』は今まで聴いたことのないCDでずっと気になっていたものだったので、買い求めることにした。

収録曲の中に、映画『暗殺された家の記憶』テーマ曲4曲が収録されていて、これがよい。このテーマ曲で初めて気がついたが、ジョビンの実質的に最後のCDとなった『Antonio Brasileiro』の14曲目の名曲「ショーラ・コラサオン(日本語で「泣けよ心よ」といった意)が実はこの映画のテーマ曲であったことがわかった。その他、日本語で言うと、「失われた庭園」、「コーディスバーゴへの列車」、「奇跡と道化」の4曲が収められている。

実は、この「失われた庭園」という曲を伊藤ゴローのCD『ARCHITECT JOBIM』(下)で知り、『Jobim』に含まれていたこともあり、ますます購入したくなったのである。伊藤ゴローのCDは、ジョビン生誕90周年を記念してジョビンに対するオマージュとして製作されたもので、こちらも力作である。

『Jobim』(=『マチータ・ペレー』)は、ジョビンの中で最も評判のよくないCDであったが、実際聴いてみると、確かにジョビンの歌はよくないが、その他、彼のボサノヴァを超えた音楽領域を切り開いたようなCDとなっていて、聴き応えは十分であった。

アサド兄弟が、ギターで「失われた楽園」を弾いているという。そちらも是非聴いてみたいと思っている。

*コーディスバーゴはベロ・オリゾンチの北、ミナス・ジェライス州の街である。わたしが訪ねたオーロ・プレットはベロ・オリゾンチの南に位置する。映画の中でどのような街として取り上げられているのか気になる。


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by kurarc | 2019-05-13 20:02 | music

タクシー・サウダージ 日本人のボサノヴァの姿



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仕事をしながらNHK・FMを聴いていると、秩父生まれでタクシーの運転手をしながら60歳でデビューしたというボサノヴァ歌手、タクシー・サウダージさんの演奏が流れてきた。以前、日本人のボサノヴァは何かボサノヴァらしくない、といったことをこのブログで書いたが、タクシー・サウダージさんの歌とギターはその偏見を払拭してくれるものであった。

すでにYou Tubeなどでも聴くことができるが、秩父という風土の中から生み出されたボサノヴァは、民謡とボサノヴァとの融合のようでもあり、まずは素直な演奏に関心した。また、日本語で歌われた「イパネマの娘」も下手なブラジル・ポルトガル語で聴く演奏より、新鮮であった。

タクシー・サウダージさんは、その風貌もよいが、放浪の末、故郷の秩父に帰り、ボサノヴァを演奏するようになったという経歴の持ち主。その放浪先も、ブラジルやインドなど、私の世代が興味をもった地域と共通する。ギターを独学で学んだというが、そのテクニックもかなりのものである。

こうした音楽は大きくメディアに取り上げてほしくないが、一部のコアなファンだけのものにもしてほしくない。ここには気取ったボサノヴァ歌手にはない自然な音楽が感じられて、久しぶりにボサノヴァのあらたな魅力を発見することができた。

by kurarc | 2019-05-02 11:26 | music

マイルズからビル・エヴァンスへ

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平成最期の日は、仕事をしながらジャズを楽しんだ。マイルズ・ディヴィスのCDを初期のものから後期まで年代順に10枚ほど聴いていった。マイルズの実験音楽と言えるようなジャズを聴いて、時代と共に変化していく彼の音楽に圧倒されたが、やはり、弧線にふれるもの、ふれないものに分けられる。弧線にふれるものは以下の通り。

*MILESTONES
*KIND OF BLUE
*BITCHES BREW
*THE MAN WITH THE HORN

マイルズのCDは何百枚も発売されているが、その中で評論家が薦めるものは40枚程度である。そのすべてを聴いた訳ではないが、わたしは『BITCHES BREW』が最も好きかもしれない。マイルズの音楽は以外にも仕事の邪魔をするような音楽ではない。通俗的な調性音楽と異なり、彼の音楽は、「音楽という運動」のようなものだと個人的には思っていて、感情に訴えるよりも、身体に直接働きかけてくるようなクリエイティブな音楽である。

マイルズを10枚ほど聴いた後、先日ドキュメンタリー映画が公開されたビル・エヴァンスの『Walts for Debby』で締めくくる。映画の方は期待外れであったが、ビル・エヴァンスのピアノはマイルズとは異なり、感性、理性に働きかけてくるような音楽か。マイルズの音楽よりは感情にも響いてくるが、邪魔になるような音楽ではもちろんない。

最期の最期は、映画のタイトルにもなったビル・エヴァンスの『Time Remembered』でも聴いて終わることにする。

*以前紹介したが、ジョン・マクラフリンの『Time Remembered』はもうかれこれ25年以上聴き続けている。名盤中の名盤である。

*マイルズ・デイヴィス最晩年のCD『AMANDLA』もよい。特に、「 MR.PASTORIUS 」は泣ける。

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by kurarc | 2019-04-30 22:21 | music