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「モナ・リザ」と「水」について

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母校主催による「ダ・ヴィンチ没後500年 夢の実現展」を観に、代官山ヒルサイドファーラムへ。

この展覧会では何と言っても、『最後の晩餐』VR体験が興味深かった。『最後の晩餐』のキリストの立つ位置にVR上で立つことができるのである。前方に見える食堂の奥行きや、背後の部屋の奥行き、左右のタペストリー、奥の窓越しに見える山の風景などがVRとして体験できる。さらに、テーブルに置かれた皿やりんごなどをつかむような体験もできる。

それとは別に興味を持ったのは、「モナ・リザ」の解釈についてである。いまだに、誰がモデルであったのか、「モナ・リザ」は本当に微笑んでいるのか、など謎に満ちた絵画であるが、本展覧会では、「モナ・リザ」と水の関係について言及していた。

レオナルドは、「世界と人間は相似関係にあると考えており、水の循環がひきおこす侵食と堆積、洪水によって、世界も人間と同じように生まれて育ち、やがて死を迎えるものとみなしていた。こうして、地熱で熱せられた地下水が地上に出て、地球を形作って、ぐるりとまわって戻ってくる循環が、モナリザの心臓と重なるように通っている」(展覧会カタログより抜粋)表現としてモナ・リザを描いているというのである。

わたしはこうしたモナ・リザの解釈を初めて知った。モナ・リザの背後に描かれた水や山岳の風景は風景ではなく、ダ・ヴィンチの世界観、宇宙観の表現であるという解釈である。

また、モナ・リザのモデルについては、現在、ジョコンダ夫人であるという説が有力であるが、この絵画はクライアントとの契約が破綻し、ダ・ヴィンチがずっと離さず持ち歩くことになるが、その中で、その顔にダ・ヴィンチは手を加え、彼の母親の顔に近づけたのではないか、といった説も紹介されていた。その証拠に、モナ・リザはダ・ヴィンチの自画像に似ているということ、赤外線照射により明らかになったもとのデッサン段階では、現在のモナ・リザの顔と微妙に異なっているからである。

様々な謎はそう簡単には解けそうもないが、わたしは謎のままずっと存在し続けて、多くのテクストを提供する絵画であり続けてほしいと思っている。

by kurarc | 2020-01-12 20:09 | art(藝術)

山岳写真家 白旗史朗さんを悼む

白旗史朗さんが先月末にお亡くなりになっていることを今日知った。

白旗さんには一度だけお会いしたことがある。わたしが高校3年の夏休み、山岳部合宿で北岳第4尾根(約250mの岸壁)を登っている時のことである。わたしたちのパーティは3名であった。朝、6時頃であっただろうか、私たちは登り始めたが、なにせこれだけの岸壁を登ることは初めてのこと。スローペースでゆっくりと登っていった。

何人ものパーティに追い抜かされていったが、頂上まであと80m付近に差し掛かったあたりだったと思う。撮影をしながらスイスイと登ってくる長髪のカメラマンがいた。それが白旗史朗さんであった。わたしたちは登るのがやっとであるのに、白旗さんは、岩から今にも落ちそうな体勢をとりながら撮影しては登りの繰り返し。あっという間に追い越されていった。

南アルプスにはそれから一度も行っていない。わたしたちの登った第4尾根は、2年後くらいに大きな崩落があったのを知ったこと、大学の方も忙しくなってきたこともあったが、その後、本格的な岩登りはあきらめて、沢登り程度を楽しむ山との付き合いに変更した。

山岳写真家はいわば二足の草鞋である。登山家であり、写真家、どちらも両立させて初めて成立する職業である。白旗さんはそのどちらも好きでたまらなかったに違いない。この場を借りて、ご冥福をお祈りしたい。

by kurarc | 2019-12-17 21:24 | art(藝術)

ボス(ボッシュ)『悦楽の園』とリスボン

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上尾信也著『歴史としての音 ヨーロッパ中近世の音のコスモロジー』を読みはじめた。第2章のはじめに、ボスの絵画『悦楽の園』が登場する。リスボンの国立古美術館にもボスの絵画『聖アントニウスの誘惑』があるが、以前からこの画家については、非常に気になっていたが、詳しく調べたことはなかった。ダ・ヴィンチの同時代人であることに気づいたこともあるが、現在、最も興味のある画家である。

リスボンの国立古美術館はわたしが暮らしていたカンポ・デ・オリーク地区南(ペソア・ミュージアムの隣の隣)から真南に800メートルほどいった距離にある。この美術館へは何度か足を運んだが、ボスの絵画が展示されているという美術館にふさわしい、と思った。それは、マドリードのプラド美術館のような豪奢なところが一切なく、リスボンの外れ、うらぶれた地区に位置する。そう、リスボンは人によって様々な印象を持たれることだろう。イタリアやフランスの都市のような優雅さを求めても、そうした優雅さは一切期待できない。忘れ去られた場所が偏在した都市といったらよいだろうか。リスボンは、特にリスボン郊外は、現在でも映画『白い町で』の中のリスボンと変わらないはずである。

ボスの『悦楽の園』は左、中央、右と順に過去、現在、未来を表現しているという。考えてみれば、わたしたちの感じる時間は大まかにこの3つの動態として考えられる。ポルトガル語には「不完全過去」といった言い方の興味深い時制(日本語にもある)もあるが、それは、表現を混乱させるだけであるから、こうした絵画のなかで表現することは不適当であろう。ボスの『悦楽の園』では、以下のような隠喩を匂わせている。

過去=エデンの園=愛の序階=聖界=天体の音楽の世界
現在=悦楽の園=性的な愛=俗界=人間の肉体や精神の調和としての音楽世界
未来=音楽地獄=罪罰の世界=地獄界=テクノロジカルな音の世界(楽器を道具とした音世界)

ボスによれば、われわれの世界は音楽地獄、ボスは楽器=機械とみなし、ルネサンスという機械文明の幕開けの危機感、嫌悪感を表現したと上尾氏は語っている。ボスの絵画に同時代性を感じるのは、まさにそうしたテクノロジーの果てに生きるわれわれの不安と危機を感じさせてくれるからであろう。ボスはわれわれに、わたしの絵を読み解くのは今だ、と訴えかけているようだ。

*アントニオ・タブッキの『レクイエム』によれば、ボスのような胴体のない頭と腕しかない生き物は、古代エジプトのアンティフィロスがすでに描いていたという。

by kurarc | 2019-12-10 19:54 | art(藝術)

国分寺 丘の上APT

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幼なじみと国分寺にある「丘の上APT」(上写真 HPより引用)へ。

こちらの建築は建築史家としても著名な藤森照信氏による設計である。その名の通り、国分寺の丘の上にあり、そこから二子玉川まで国分寺崖線が見渡せるという。こちらの画廊には、現在、古代アンデス染織や縄文式土器他が展示されていた。縄文式土器に興味があるという幼なじみが、是非行きたいというので付きあった。

画廊のご主人と古代の話になり、時間感覚が話題になった。日本人の原風景などと紹介される棚田のような水田風景も実は最近のことで、縄文まで遡れば、そのような風景はなかったのだ。その頃は焼畑が主流であり、水田は自然をある意味で破壊する行為であったなどと話がはずむ。

最近、すべてがインターネットの中にあるかのように錯覚してしまうが、それは大きな間違いであることに気づかされる。インターネットは何気なく検索する時点で、上位に配置される情報に左右され、自分の視野を実は狭めてしまっている。わたしの気になる建築家など、インターネット状に情報がないものばかりである。

ご主人は展示されているような古代の事物に若い人たちに触れてもらいたいと言っていた。漫画などでこうした古代を取り上げてくれれば良いのにとも。インターネットはこうした悠久の時を考えるような道具にはなりえていない。少なくともそうした意識を持たない限り、上澄みの情報に左右されるだけである。

画廊や美術館でよくするように、ただ鑑賞するだけではなく、展示されている事物を見ながら対話を楽しみ、広大、深遠な事物の時間を考えるような機会をつくるべきなのだと思った。丘の上APTは小さな画廊であるが、国立近代美術館などご立派な美術館へ行くより有意義な時間を過ごすことができた。

by kurarc | 2019-11-10 20:53 | art(藝術)

『モナ・リザ』のプロブレマティーク

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今年はレオナルド・ダ・ヴィンチ没後500周年ということもあり、世界では様々な催しが開催されている。しかし、日本では今のところ、目立った催しの情報は入っていない。

最近、様々な分野の本からダ・ヴィンチへの再会があったことから、暇を見てはダ・ヴィンチに関する書物を逍遙している。その中で興味深かったのは、『モナ・リザの罠』(西岡文彦著、講談社現代新書)である。『モナ・リザ』というと世界で最も有名な絵画といっても過言ではないが、未だに様々な謎につつまれている。そうした謎、あるいは誤解を発掘しながら、西岡氏は西欧美術史の中に『モナ・リザ』のプロブレマティークを取り上げ、読み解いていく。

大きくは、『モナ・リザ』のモデルは一体誰なのか、『モナ・リザ』の背後に描かれた風景画の謎、なぜダ・ヴィンチは油彩画を選択したのか、なぜダ・ヴィンチは人物画(肖像画ではなく)を描いたのか、『モナ・リザ』と印象派、『モナ・リザ』の日本における歴史 etc.様々なテーマを明解な解説と共に明らかにしていく。この著作を読み終えると、『モナ・リザ』という慣れ親しんだ絵画が次元の異なる絵画に変貌する、そんな名著であった。

もう一つ、童話『ジョコンダ夫人の肖像』(E.L.カニグズバーグ著、岩波書店)を読んだ。童話と言っても内容は大人向きの童話といってよいもので、『モナ・リザ』が、現在定説になっているジョコンダ夫人であることを前提に据え、ダ・ヴィンチと弟子サライとの生活と葛藤を織り交ぜて描いている。

この二つの著作だけを読んでも、ダ・ヴィンチは、ルネッサンス人の中で、突出した知性の持ち主であったことが理解できる。それは、ミケランジェロのような人間ともまったく異なる。単純に言ってしまえば、ダ・ヴィンチはラテン的知性とゲルマン的知性(南北ヨーロッパの知性)を統合したような人間であった。真のルネッサンス人といえる人間、それがレオナルド・ダ・ヴィンチであったということである。

今年は、ダ・ヴィンチ本を読書する本のリストにあと10冊程度含めておこうと思っている。

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by kurarc | 2019-07-11 19:40 | art(藝術)

モネ 絵画の復元とAI技術

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クロード・モネの絵画「
睡蓮、柳の反映」(上)がAIを利用して推定復元される過程のドキュメンタリー番組が放映された。

興味深かったのは、当初AIで復元された作品は、AIで学習された絵画が、モネの初期の作品が多かったため、色彩が明るく、モネの晩年の作風から逸脱していたということである。

それらを人間の眼で判断し、復元される絵画と同じ年代の作品をAIで再度学習させた後にアウトプットされた絵画は、色彩も落ち着き、晩年の作風に近似していた。

この結果はAIに限らず、人間の学習を考える上で参考になる。人間がインプットする情報の差異によりアウトプットされる作品(仕事)は異なる、という当然の結論を思わずにはいられない。

また、筆使い、タッチなど繊細な部分は現段階では人間の手作業が必要である、ということも興味深い。AIで学習することができる限界も存在し続けるのではないか、と感じられた。

AI技術は近い将来、建築の復元、さらに建築デザインに補助的に活用されること(すでに活用されているが)は確実だろう。建築家たちは将来AI技術を身につけることを強いられるだろうし、またはAI技術者に転換しなければならなくなるかもしれない。

*この番組で試みられたAI学習であるが、AIが学習できるのは作品という結果から推測するというテクニックの学習であり、ここではモネがどのように考えて絵画を描いたのかということまでは学習できないということである。つまり、AIはモネの意識より、むしろ無意識のようなものを抽出したのではないか、と考えられる。

by kurarc | 2019-06-17 23:03 | art(藝術)

ジョン・ルーリーの絵画 (2019)

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ジョン・ルーリー、わたしにとっては映画『パリ、テキサス』の中で突如登場する怪物のような男性、それがジョン・ルーリーとの出会いであった。

サックス奏者でもあった彼が、ライム病という難病におかされ、映画や音楽をあきらめ、絵画を描いていることを知ったのは10年ほど前のことである。2010年にワタリウム美術館で個展があったようだが、そのときには観ることができなかった。現在、再度ワタリウム美術館で個展が開催されているため、見学してきた。

古いものから最近描かれたものまで数多くの絵画を観ることができた。色彩が最近のものは明るく変化しているように感じた。また、細胞や遺伝子をモチーフとした?ような絵画が目立った。彼は現在も抗がん剤を続けているようで、副作用に苦しめられているようだが、その苦しみを解放していくような絵画の色彩感覚とその絵画に添えられた軽妙なポエムのような画題は相変わらずであった。

彼の絵画は、よく素人がうまく描こうとして描く絵画とは異なり、夢の中の世界のようであり、その色彩のバランスが絶妙である。作品集をもっているが、やはり実物を観るに限る。

*上画題「お尻みたいな花を咲かせた木、また満開」

by kurarc | 2019-06-16 21:21 | art(藝術)

自然言語と人工言語

2020年から小学生たちはプログラムを学ぶことが必修になるという。人間がつくりだしたコンピューターと会話することを現代の小学生たちは強いられることになる。それは、悪いことではもちろんない。このわたしも現在、コンピューターと積極的に会話することを怠っていたことを反省し、今年から新たな気持ちでコンピューターに向かおうとしている。

50代は入院することが度々あり、その都度、どのように暇をつぶすのか考えた。病院に普段読めないような長編小説も持ち込むこと、語学の入門書をもちこむこと、それにprocessingのようなデザインのためのプログラミングの書物を持ち込んだ。processingについては1冊を通読したが、そのプログラム言語をマスターするまでにはいたっていなかった。今年(今年以降)は、このプログラム言語をマスターすることに力を入れようと思っている。

19世紀には、人間と機械は対立するものとして捉えられたが、20世紀を経て21世紀になった現代では、共存していかなければならないものとして捉え直さなければならなくなった。その大きな要因は、言うまでもなくコンピューターの進化である。建築のような世界でも、素材とコンピューターは直接結びつくものとなった。マテリアル・コンピューティングのように、プログラムをする対象が言語だけではなく物質にまで及ぶようになったのである。このような状況では、19世紀のラッダイストのようにコンピューターを破壊してもはじまらない。コンピューターを介したデザインの再定義が必要となった。

わたしは特にプログラミングを機械を媒介した新たな生命体としての言語と捉えたいと思っている。21世紀以降の人間は、前世紀の人間が膨大な文学作品を残したように、プログラム言語を残すことにエネルギーを注ぎはじめている。このような人工言語が誕生したために、われわれが日常的に使用する言語は自然言語と呼ばれるようになった。近い未来にはこの自然言語と人工言語の境界は希薄化し、なんと呼んだらよいかわかないが、仮にX言語と呼ばれるような言語が出現するに違いない。

人間は永遠に何らかの言語を学ぶことを強いられる生き物であるようだ。

*3.11以降、反原発運動が盛んになったが、宇宙への進出を前提とすると、残念ながら、人間は核技術(特に核融合技術)からは逃れられない。月のような衛星では、万が一核爆発があったとしても、地球のような大気がないため、放射性物質は拡散しないらしい。多分、人間はそうした失敗を繰り返しながら、まずは月(または火星)に暮らすことをはじめるのだと思う。しかし、わたしはもし10年後に月居住が可能となったとしても、地球で暮らすことを選択するだろう。

by kurarc | 2019-03-16 00:43 | art(藝術)

Vieira da Silva(ヴィエイラ・ダ・シルヴァ)の絵画

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Vieira da Silva(ヴィエイラ・ダ・シルヴァ)の小さな作品集がイギリスから届いた。リスボンに住んでいた頃、住まいの近くであったこともあり、彼女の美術館(上写真)にたまに出かけた。彼女の作品集が無性に観たくなり、最も安価なものを購入したのである。

日本では相当絵画に詳しい方でない限り知られていない画家ではないだろうか。1908年、リスボン生まれ。その後、パリやリオ・デ・ジャネイロで活躍した。・・・ダ・シルヴァという姓は以前もブログで書いたがユダヤ系ポルトガル人だと思われる。

彼女の絵画はいわゆる抽象画であるが、そのセンスになぜか引きつけられる。後期には都市や建築物、空間などをモチーフとして線と小さな面の集合体で絵画を描いている。リスボンの美術館内で「The Thirteen Doors」(1972年)というタイトルの絵画を観て、彼女に興味をもったことを覚えている。直訳すれば「13のドア」だが、絵画にはどう数えても12しかドアが描かれていない。もう一つはどこに隠れているのだろうか、などと想像がふくらんだ。色彩も美しい。

彼女の絵画であれば購入しても良い、と思わせる。センスの良さ、としか言いようがないが、そこにはどのようなコンセプトや理論が隠されているのか興味が尽きない。

*下 「リスボンのアトリエ」と題された作品
この絵画をよく見ると、パースペクティブの消失点と画面全体の対角線が重ね合わされている。パースは狂っていることになる。つまり、立体感と平面が重ね合わされているのである。あるいは、異なる消失点が重ね合わされているという見方もできる。

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by kurarc | 2019-03-12 20:30 | art(藝術)

異境との接点としてのアール・デコ

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大学時代の友人とワールドカップの話になり、優勝したフランスは、フランスといえるチームなのか?という話題になった。つまり、黒人ばかりではないか、ということ。わたしの滞在したことのあるポルトガルも同類に属する国といえるだろう。

しかし、日本人から見るとそう感じるのは当然だとしても、フランスでは当たり前のことなのだろう。10月から催される『エキゾチック×モダン アール・デコと異境への眼差し』といった展覧会が、芸術におけるフランス文化の混血性を明らかにしてくれそうだ。アール・デコというと、モダン・デザインの論理、装飾の特徴のみに還元して理解しがちであるが、異境との文化の接点として理解すること。そもそも文化とは異質なものとの接点から生まれるものであると思うが、わたしはそうした背景をいつのまにかすっかり忘れてしまい、様式の運動として理解してしまうきらいがあった。

久しぶりに東京都庭園美術館に行けることもあるし、アール・デコの理解を深めるよい機会となりそうなので、この展覧会は是非訪れてみたい。

by kurarc | 2018-07-23 22:32 | art(藝術)