カテゴリ:cinema( 200 )

映画『台北カフェ・ストーリー』

b0074416_22170429.jpg

台北でカフェをオープンした姉妹の物語。全く性格も生き方も異なる姉妹が、物々交換をテーマにカフェを営んでいく。その中で、「もの」にはそれぞれ固有の物語があり、「もの」の価値はそれぞれの記憶、思い出など人の心が決めるものだと気づいていくが・・・

魅力的な映画である。こうしたある意味で軽い映画が最近、心地よい。映画には映画監督の思い入れがあるのはわかる。しかし、その映画を観るものには重さに耐えきれないときもある。一時、キム・ギドクの映画を集中して観た時期もあったが、今は観ることができない。あまりに残酷なシーンが多く、なぜそうしたシーンを観せられなくてはいけないのか、と疑問に思ってしまう。

映画『台北カフェ・ストーリー』は爽やかさが残る映画である。姉は勉強を母から押しつけられ、妹は世界旅行を押しつけられ育ったが、今度は姉が世界旅行へ旅立つことになるが、その理由はなぜか・・・

映画の中の音楽がよい。また台湾のミュージシャンを発見した。雷光夏という女性のシンガーソングライターである。50歳?くらいの女性であるが、その声を聞くと50歳とは思えない。日本で言えば大貫妙子のような感じだろうか?アジア人のボサノヴァと言えるような語りかける音楽である。残念ながら歌詞はわからないが、映画とのコラボレーションが絶妙である。それにしても、やはり台湾は興味深い。

*この映画のストーリーは、映画の中の台詞にも登場する「カウチサーフィン」(海外旅行などをする人が他人の家に宿泊させてもらえるという仕組み)というシステムがヒント(下敷き)になっているようだ。

b0074416_22172145.jpg

[PR]
by kurarc | 2018-11-15 22:17 | cinema

映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』

b0074416_20502983.jpg

先日観たポルトガル(ポルト)を舞台とした映画『ポルト』に続いて、ポルトガルと日本(浜松)を舞台とした映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』を鑑賞。

映画は2部からなる。第1部は18世紀。リスボン大震災後のポルトガル、リスボンが舞台。復興にかり出された日本人奴隷を柄本佑と中野裕太が演じる。第2部は東京オリンピックが終了した2021年の日本(浜松)。外国人労働者が働く日本が舞台。この二つの時代に時間を超越した男女の恋物語が重ねられる。

アクチュアルな映画である。日本における3.11のカタストロフィ、そして現在、外国人労働者の法案がもめている時期でもある。その問題を先取りしたような題材を日本とポルトガルという二つの世界から描いている。まったく無関係といえるような出来事にもある必然性があるのではないかと思わせる映画である。

日本人俳優ふたりの間に立つポルトガル人女優アナ・モレイラがよい。彼女は映画『トランス』や『熱波』以来。ヨーロッパ人の女優の中で、どこの国とも異なるポルトガル人女性としか思えない彼女の佇まいがよい。個性的な女優である。フランスで言えば、イザベル・ユペールであろうか。そうした女優を感じさせる。

この映画は決してポルトガルを美化していないのもよい。リアルな時代と同時代を描いている。そして、「ジャポネイラ」とポルトガルで呼ばれる椿の花にからむラストシーンがよかった。

*たとえば、わたしがポルトガルに住むようになったのも、単なる偶然とは思えない。もしかしたら、わたしの祖先の中にはポルトガルに連れて行かれた奴隷がいたのではないか?または、ポルトガルが支配していたマカオと交流があったのではないか?などと思うことがある。わたしはそうした祖先の軌跡をたどることになったのではないか?その理由として、わたしは沖縄から台湾、そしてタイを通過してヨーロッパへ向かったのである。まさに祖先が通過していったであろう?軌跡をたどっていったような旅路を歩んでいるのである。

*映画のタイトルは今ひとつ。原題 ”Lovers on borders" をうまい日本語に変換できなかったのだろうか。

[PR]
by kurarc | 2018-11-11 20:49 | cinema

台湾映画『遠い道のり』

b0074416_23543237.jpg

不思議な映画であった。ストーリーのようなものはない。不倫をする女性(写真:この女性を演じたグイ・ルンメイ)、別れた恋人に台湾の東海岸の音をカセットテープに録音し送り続ける録音技師の男性、精神を病んだ精神科医の3人の生活が同時に進行する。カセットテープは、たまたま別れた男性の彼女が住んでいたアパートに不倫する女性が住んでいて、その女性が封を開け、その音に興味をひかれる。この3人がどのような接点をもつようになるのかが気になってくる。男と精神科医は偶然に出会うのだが、女性の方はどうなるのか?

この映画はこうしたひと癖ある男二人、女一人がそれぞれ台湾の東海岸へ旅をすることになる。そして、その美しい風景に最終的には救われるような流れとなるが、本当に救われたのかどうかはわからない。多くの余韻を残してラストシーンを迎える。

台湾映画をこのところ続けて観ているが、少し気になってきたのは、ヨーロッパ映画から引用されたと思われるシーンの展開の仕方である。この映画ではテープ(音)を届けるというシーンは、たとえば、わたしの好きな映画『ふたりのベロニカ』で重要なシーンとして展開されている。台湾映画を観ているとこうしたヨーロッパ映画からのヒントを映画にしている場面が数多く見受けられる。引用の仕方の成功しているものもあり、失敗しているものもある。引用することはどのような名画にもあるので、悪いことではないが、その引用の仕方のセンスは問われることになる。

この映画で特によかったのはラストシーンの後に流れる音楽である。ARA KINBOというミュージシャンだが、ファドのような情感を感じる歌声。台湾音楽も奥が深そうである。


*16世紀、ポルトガル人が台湾近海を通過し、台湾の自然豊かな情景をみたとき「formosa」(ファルモーサ 美しいの意)と呼んだ、といったことが台湾に関する本を読むと出てくるが、発音は「フォルモーザ」である。この映画でもこの言葉が印象深く使用されている。



[PR]
by kurarc | 2018-11-05 23:55 | cinema

韓国映画『建築学概論』

b0074416_00431638.jpg

建築に携わるものとして、このタイトルに惹かれ、ずっと観ようと思っていた映画である。

建築家ともと付き合っていた彼女との物語。過去と現在が折り重なるように映像化される。最後に、建築家はその彼女の住宅をつくることになるが・・・

ラブストーリーとしてよくできていた。笑えるような場面もいくつかあり、楽しめる映画であった。韓国ではかなり流行ったようで、実際につくられた住宅は現在カフェとして利用されるようになったという。(映画でつくったものとはデザインが多少変更されたようだ)

やはり興味深かったのは、映画の中で実際に建築学概論の講義が行われるが、その課題の出し方である。ある課題は、自分の住む街を旅し、観察し、写真に収めなさいといった課題。またある課題は自分の住む街から「遠い」ところとはどういうことか考えなさいなど、建築だけでなく、都市的な視点を考えさせるような課題であったことである。

実際に設計された住宅も興味深かった。フラットルーフの上に瓦屋根が載り、フラットルーフ部分は芝生で覆われていた。屋根が芝生の上に帽子を被せたように載っている感じである。屋根から流れた雨水は芝生の上に注がれ、その芝生はルーフガーデンにもなっている。

建築をテーマとしたもの、あるいは建築家が主人公の映画はたまにあるが、建築事務所の中が舞台となることは珍しい。そうした意味で、この映画は希少価値がある。しかし、映画『ル・コルビュジェの家』のような毒のある映画を知っているが故に、少し物足りなさは残った。

*最近観た台湾、韓国映画での共通点、それは、恋人たちが音楽を共有する場面である。こうしたシーンを観るとわたしが思い出すのは映画『ラ・ブーム』の印象的なシーンである。この映画から影響を受けてつくられたことは予想できる。それだけ、『ラ・ブーム』はアジアにも浸透していたのだろうか?

b0074416_10202348.jpg
b0074416_10210543.jpg
b0074416_10202680.jpg


[PR]
by kurarc | 2018-10-30 00:38 | cinema

映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』

b0074416_11400319.jpg

以前から観たいと思っていたエドワード・ヤン監督の映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』をやっと観終わった。4時間近くの映画である。こうした上映時間の映画は最近ではあまりお目にかかれないが、こうした長時間の映画を観るのはベルトリッチの『1900年』以来かもしれない。

問題作である。この映画を理解できる日本人は数少ないと思われる。わたしが受けた印象は、アンゲロプロスと小津、溝口の映画を同時に観ているような印象であった。この映画を理解するためには、台湾の1960年前後の台湾人心理を知っていなければならないし、もちろん、台湾の戦後史を理解していなければならない。

実際に起きた少年の殺人事件をもとにヤン監督が映画にしたものだというが、この映画はホウ・シャオ・シェン監督の『悲情城市』の影響もあったに違いないし、台湾の民主化の影響にもよるだろう。台湾人が冷静に台湾の戦後を見つめること、表現することが許される政情になったことがこの映画の出現する大きな要因になったことは間違いない。

こうした「暗い」映画を好んで台湾人が観るとは思えないが、ヤン監督にとって表現しなければという衝動を抑えきれなかったのだろう。外省人の苦悩、そして戦後にも消えない日本の陰についてこれほど濃密に表現した映画はこの映画以降ないのではないか。

b0074416_11414290.jpg

[PR]
by kurarc | 2018-10-27 11:38 | cinema

映画『PORTO』

b0074416_00451515.jpg

ジム・ジャームッシュ製作総指揮による映画『PORTO(ポルト)』を鑑賞。結論から言えば、この映画は、リスボンで撮影されたアラン・タネールの映画『白い町で』(1983年)のポルト版といえるものではないか、ということ。

この映画で再認識したのが、ポルトの都市(まち)の美しさである。この映画を観ていただくと、ポルトガルの都市が他のヨーロッパの都市とは異なる様相を帯びている、ということがわかるのではないだろうか。それは、霧がかかっていなくとも、霧に覆われたような都市、むしろ東欧諸国の都市の様相に近似しているのかもしれない。

映画に登場する"CAFE Ceuta"はどうみても21世紀のカフェとは思えない。それは日本で言うと昭和のイメージであり、1950年代くらいの雰囲気を漂わせる。"Ceuta"(セウタ)とは、ポルトガルがアフリカの植民地活動に乗り出したときに初めて足がかりとし、攻略した都市であり、現在はスペイン領となっている。わたしもモロッコへの旅はこの都市へスペイン、アルヘシラスから船で渡ることから始まった。

この映画は、アメリカ人(男)とフランス人(女)のラブストーリーだが、こうした物語はポルトガルや他のヨーロッパの都市においてもリアリティがある。様々なルーツの異なる人々が交錯し、そこから恋愛がうまれることはヨーロッパでは日常茶飯事だからである。そういった意味ではごく普通の物語なのだが、実は、この映画の主人公はポルトという都市なのである。『白い町で』もそうであったが、1980年代初期のリスボンという都市の暗さを映画の中でよく表現していた。人はその時代の都市という霧の中に包まれてしまう存在であり、都市という舞台から抜け出す訳にはいかないのだと思う。ポルトというポルトガル特有の濃霧状の都市の中で、男女は「ポルトのような」愛を交わすしかできないのであろう。この映画は、『白い町で』ほどの後味の悪さはないが、それに近い余韻を残して終わる。

時間の流れを感じさせない都市、時が止まったような都市ポルト。恋愛にはふさわしい都市と言えるのかもしれない。


[PR]
by kurarc | 2018-10-20 00:44 | cinema

ベルイマン 映画『秋のソナタ』 母と娘の愛憎劇

b0074416_20084635.jpg
ベルイマン生誕100年映画祭が下高井戸シネマで開催されていることもあり、ベルイマンの映画『秋のソナタ』を初めて鑑賞。ベルイマンの映画はかなり前にいくつか観たが重い映画が多く、ずっと避けていた。しかし、傑作といわれている『秋のソナタ』はその重々しさが清々しさに変わる希有な映画であった。映画館は立ち見が出るほどの活気に満ちていた。ベルイマンファンは多いのだろうが、イングリット・バーグマン目当てに来られている方も多かったに違いない。

母と娘の確執、母と娘の愛憎劇と評される映画だが、その構成の簡素さ、母と娘の対話に絞った映画の作り方は、映画を観ているというより、生の演劇を鑑賞しているような迫真性が感じられた。ここでは、バーグマンよりも娘を演じたリヴ・ウルマンの演技が圧巻。

・・・のソナタというと、エリック・ロメールの『春のソナタ』や『恋の秋』を思い出してしまうが、こうした重厚な映画を観た後には、ロメールの映画も無性に恋しくなった。映画祭は19日まで。もう一回くらいは行けるだろうか。購入したベルイマンの生誕100年を記念したパンフレットもよい。様々な映画監督に影響を与えたというベルイマンを再度観るきっかけをつくってもらった気がする。

[PR]
by kurarc | 2018-10-14 20:06 | cinema

台湾映画『星空』

b0074416_00212892.jpg

仕事の合間を縫って相変わらず台湾(中国)映画を観ている。忙しいときには、映画は助かる。時間が決まっているし、気分転換にもなるから。それにしても台湾映画『星空』は名作であった。トム・リン監督の作品は初めて観たが、中学生世代の男女がもつある苦悩とファンタジーを見事に調和させた映画であった。

原作がジミー・リャオによる絵本だというが、台湾映画はファンタジーを挿入させる映画が多いのだろうか?映画『星空』の完成度の高さには驚かされた。音楽の使い方も新しい。心情を表現するような音楽をバックに流すのではなく、音楽を一つ(一人)の俳優のように扱っている、といった方がよいかもしれない。

この映画はいわゆる学園ドラマではあるが、その狭い世界を描くのではなく、そこから10代の頃にもつ多感な感性や不安、自然や宇宙との親近性についての表現に飛躍しているのがよい。

版権の混乱から日本での公開が遅れたということだが、こうした優れた台湾映画はこれからも続くのだろうか?日本映画はこうした名作に対抗できるレベルなのだろうか?当分、台湾、中国映画への逍遙が続きそうである。

*こうした映画を観ていて感じるのは、日本と同様、台湾や中国人への西洋文化の影響について、それは日本とどのように相違(あるいは相似)しているのかが気になってきた。

[PR]
by kurarc | 2018-10-03 00:26 | cinema

映画『海洋天堂』

b0074416_00111151.jpg

ブログは最近、映画紹介に偏ってきたが、それはよい映画に巡り会っているということであり、ご容赦いただきたい。

映画『海洋天堂』は自閉症児とその父が死ぬまでの物語である。監督のシュエ・シャオルー(女性監督)は、14年の間にわたる自閉症児に対するボランティア活動から、この映画の脚本を書き、自ら映画監督としてメガホンをとることになった。

中国での自閉症児は、1980年代の一人っ子政策での子供が多いという。一人っ子は、将来親が死んでいくとき、どのような道を歩まねばならないか、さらにその子供が自閉症であった場合、どのような運命に遭遇するのか?シュエ・シャオルーはそのような現実に起こりえる社会状況を踏まえて、この映画をつくろうとしたらしい。

主演で父親役のジェット・リーとその子で自閉症児を演じたウェン・ジャンの熱演がひかる。今回は脇役としてグイ・ルンメイがスパイスを効かせてくれている。

障害者を扱った映画はいまだに数は少ないと思うが、この映画は障害者の子を持つ親がみたら、きっと共感できる映画になっているに違いない。この映画が優れているところは、障害者に対し、感情に流されるのではなく、時にはユーモアを交え、あくまで映画作品として表現している点だと思う。ドキュメンタリーのような手法は徹底的に排除されているのがよい。

父を熱演したジェット・リーは現在病に伏し、仕事から遠ざかっているという。こうした優れた映画に出演したジェット・リーには早く回復してもらい、再びよい映画作品で出会いたいものである。

[PR]
by kurarc | 2018-09-25 00:14 | cinema

ジャック・ドゥミの映画 ファーストシーン

b0074416_22223420.png

このところ以前にこのブログで書いたジャック・ドゥミ監督の映画『シェルブールの雨傘』ラストシーンに関するアクセスが多い。映画『LA LA LAND』で再び脚光をあびるようになったジャック・ドゥミであるが、彼の映画のファーストシーンも忘れられないものが多い。

『シェルブールの雨傘』での上空からの雨傘の動き、リズムの捉え方、『ロシュフォールの恋人たち』でのダンスから運搬橋の上空へと移動するカメラアングル。この二つの映画は特に関連付けられ撮影されたこともあり、『ロシュフォールの恋人たち』のファーストシーンでも上空からのアングルが意識的に選択されたと思われる。このアングルは個人的には妻のアニエス・ヴァルダの提案ではなかったかと思っているが、定かではない。

『LOLA』のファーストシーンは、上の二つに比べると消極的だが、海岸を走る車のシーンは後の映画『天使の入江』でニースの浜辺を疾走するシーンへと展開することになる。このファーストシーンほど秀逸なものは数少ないと思われるが、単に疾走するだけでなく、ジャンヌ・モローの顔のアップからはじまり、その疾走中に流れるルグランの音楽がさらに映画への期待を膨らませる。

ジャック・ドゥミはエンターテイメント性に長けた映画監督であり、そのエンターテイメントの品の良さが何度も繰り返し見返すことができる映画の質を保証してくれていると思う。

*上写真 FILMAPより引用(映画『天使の入江』の冒頭の一シーン)

[PR]
by kurarc | 2018-09-14 22:16 | cinema

Archiscape


by S.K.
画像一覧