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カテゴリ:cinema( 221 )

映画『青天の霹靂』

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劇団ひとり監督の映画『青天の霹靂』を観る。劇団ひとりさんの芸人としての才能に感心するが、それだけでなく、作家として、あるいは映画監督としてどのような仕事をしているのか興味をもったこともあり、この映画が観たくなった。

もちろん、それだけではない。映画のロケ地として信州上田を選択し、ロケを行ったということにも興味をもった。上田映劇という劇場から映画館へと100年以上も続く劇場+映画館をメインの舞台に採用していることもこの映画を観たくなった理由である。上田はわたしの姓を名乗る人が数多く住み、地方都市の中で親近感を感じている都市であるからである。

映画の出来もよかった。息子であるマジシャンが40年前にタイムスリップして、自分の父親(父親もマジシャン)、母親と再会し、ひと騒動起こすという映画である。笑いあり、涙ありの映画で、むしろ、涙の方が多い映画であった。

こうした映画を観ると、劇団ひとりさんの中には、昭和の時代を生きてきた芸人に対する並並ならぬ興味があるのだろう。そうした芸人に対するリスペクトもあるのだろう。映像からそうした彼のこだわりが伝わってきた。原作である小説も読みたくなった。『陰日向に咲く』の方も。

by kurarc | 2019-08-18 00:06 | cinema

映画『霧の中の風景』

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久しぶりにアンゲロプロス監督の映画『霧の中の風景』を観る。アンゲロプロス監督の映画音楽の中で最も好きな作品でもある。この映画は、映画と音楽が一つに結び合っている。映画と音楽がこれほど親和性を持つ映画はめずらしい。

姉弟の父親捜しの旅を描いた映画だが、その父は「不在の父」である。ドイツにいると母親は言うが、それはどうも嘘で、父親はどこにいるのかわからない。それでもこの姉弟はドイツにいることを信じ、旅を続ける。その旅の中で、姉と弟は様々な苦難を経験し、大人へと成長していく・・・

この映画では、もう一つの旅、旅芸人たちの旅が重ね合わされる。それは同じアンゲロプロスの映画『旅芸人の記録』と重ね合わされ表現されている。

この映画の何がよいかといえば、それは各シーンとシナリオが美しいこと、また、そこに流れる音楽が素晴らしいこと。政治的な場面を描きながらも、それを詩的でシュルレアリズムのような手法に置換して表現していること。映画としか言いようのない表現に到達していることetc.・・・

わたしはこの映画の冒頭から、あまりにも映像が美しすぎて涙がこぼれそうになる。このような映画は他には見当たらない。美しいと言うのは、ただの美しさではもちろんない。表現しようとしていることを表現しきっていること、そういう美しさである。

アンゲロプロスの映画をまたすべて見直すことにしようと思う。

*下:アンゲロプロスの映画音楽を担当しているエレニ・カラインドルーの映画音楽を集めたCD。このジャケットの写真(『霧の中の風景』の一場面)がよい。

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by kurarc | 2019-08-02 23:38 | cinema

大林宣彦監督 映画『ふたり』

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大林宣彦監督の映画を最近続けて観ている。今日は新・尾道三部作の第1作目『ふたり』を目黒シネマで初めて観る。これは、予想以上に名作、力作であった。

この映画のストーリーも予告も、原作も知らずに観たが、それでもまったく問題はなかった。石田ひかりさんが主演第1作ということだが、その台詞の舌足らずな話し方がこの映画の主人公のキャラクターを的確に表現していて、感心した。

この映画も尾道のランドスケープは映画のストーリーと見事に調和していた。それは、日本で言えば長崎のような坂の街のランドスケープだが、そのランドスケープが映画の中に近景だけではない、中景、遠景をかたちづくり、映画に奥行きを与えている。ストーリーも想定外に展開し、最後まで飽きることがない。

偶然とは思うが、この映画が公開された年、ポーランドでは映画『ふたりのベロニカ』が公開されている。『ふたり』は死んだ姉と妹という「ふたり」であり、『ふたりのベロニカ』は、クラクフとパリの他人であるが、まったく容貌が同じふたりの女性を主人公に設定している。

両者とも一方の「死」が生き残るもう一人に大きな意味を与えることも一致しているが、その描き方はまったく異なる。死者との対話、対立でもある二つの映画は、東西世界という「ふたつの世界」がすぐそこにあった時代とどこかで通底しているようで興味深い。

目黒シネマは初めて利用したが、昭和の面影を残す東京でも数少ない映画館のようで、天井高の高い落ち着いた映画館であった。この映画を観るにふさわしい場所であった。

by kurarc | 2019-06-23 22:34 | cinema

映画『天地明察』 渋谷春海と関孝和

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映画『天地明察』を観る。17世紀、改暦に貢献した将軍家碁所であり、和算家でもあった渋谷春海の生涯を描いた映画である。日本映画としてよくできていたが、数学者の藤原正彦氏(著書『天才の栄光と挫折 数学者列伝』文春文庫)によれば、春海の業績はあまり評価されていない。そして、人間的にもである。

藤原氏が評価するのは圧倒的に関孝和である。関は春海と同世代。生年も同じと考えられているが、春海の方は囲碁の名家に生まれ、一流学者に教育を受けたいわばエリートであるのに反して、関の方は田舎侍にして7歳で両親に死に別れ、養子に出された苦労人であったこともあるが、その数学的な業績の深さは比べものにならなかったからである。

春海は確かに当時流布し、誤差の激しかった授時暦から、貞亨暦への改暦に貢献したが、これは、授時暦の常数や係数を調整した、と言う程度に過ぎなかった。それに比べ、関の方は、その探求が根源的であった。授時暦を理解し、清から輸入されたいわゆる『天文大成』80巻を読破。日本独自の方程式の解法、点竄術(てんざんじゅつ)を導いた。筆算代数を創造し、デカルトと同時代人といえるようなレベルに達していたのである。和算によって、代数学、微分積分学に到達したということである。

現在、わたしが興味をもつ17世紀人の中で、特に日本におけるその代表は関孝和である。しかし、こうした天才も子供には先立たれるなど、晩年は恵まれなかったようであるが、その意志は、一番弟子の建部賢弘に引き継がれることになる。

by kurarc | 2019-04-08 23:25 | cinema

映画『ローズヒルの女』

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アラン・タネール監督の映画『ローズヒルの女』を鑑賞。タネールの映画はこれで3本目である。日本ではVHSでしか観ることができないから、VHSデッキを所有していなければ鑑賞できない。わたしはかろうじて、最後のものといえるVHSデッキを所有しているから(DVDにならない映画を鑑賞するため)タネールのいくつかの映画を鑑賞することができる。

映画『白い町で』の6年後の映画となるが、作風は近い。舞台は霧で霞むスイスの山の中の村。ここにインド洋(ローズヒルという街から来たことになっている)の島(多分、モーリシャス)からの女性が嫁いでくるが・・・ここでもタネールは男の愚かさを容赦なく描いている。そして、いつも登場する行き場のない人、ここでは「ローズヒルの女」ジュリーが最後に悲劇を迎えることになる。

タネールの映画はかなりしっかりとした物語性があるのだが、映画を見終わった後、その物語がいったい何だったのかが宙づりにされてしまう。そして、タネールの映画は観ることで大きな満足感は得られないために、すぐに何度も繰り返し観たいとは思わないのだが、ある日、記憶の中に突然、彼の映画が蘇ってくるのである。

『白い町で』のパンフレット内のフィルモグラフィーを注意深くみると、彼は1966年に『ル・コルビュジェ-チャンディガールの町』というドキュメンタリーを撮影している。これは、いつか公開されることを望みたい。そして、わたしはもう一度『レクイエム』というタブッキの小説を映画化したものを観たいのだが、VHSにもならない。残念である。

by kurarc | 2019-03-11 22:35 | cinema

映画『熱波(原題 Tabu)』再見 テレーザ・マドルーガとの再会

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映画『熱波(原題 Tabu)』(ミゲル・ゴメス監督)を久しぶりに再見。この映画でピラールという信心深い中年女性の役で登場するテレーザ・マドルーガ(下写真)の演技を確かめたかったからである。

テレーザ・マドルーガは映画『白い町で』の中でブルーノ・ガンツの相手役としてポルトガルの女性らしい演技で印象深かった。そのテレーザがこの映画に出演していることを以前この映画をみたときには気づかなかった。彼女を初めて映画でみて、35年経っていたから、気づかないのも無理はないが、再びこの映画を観て、幼なじみに35年ぶりに再会したような感激があった。彼女は着実に演技を磨き、その落ち着きと、地に足の着いた演技を身につけていた。

この映画をみるのは2回目になるが、かなり実験性の強い映画である。サイレントの手法を取り入れたり、ポップスの音楽を挿入したり、アフリカでの映像にかなりの比重をおいたりと、主題はタブーを犯した二人の男女の恋愛を描いたものだが、その単純な過ちの中に様々な情景と時間を重ね合わせた映画と言える。最初にみたときよりも見応えのある映画であることに気づかされた。特に、テレーザの演技がよい。お手伝い役に黒人を配役したり、植民地での原住民との交流など、いかにもポルトガル世界の過去を想像させる。そうした時間、歴史の挿入に嫌気がさすような鑑賞者も存在するかもしれない。

この映画でもっとも感心したのは、最初と最後に挿入されたJoana Sa の演奏による「Insensates」の変奏曲である。よく知られたアントニオ・カルロス・ジョビンによる曲のアドリブであるが、「Insensates」の原義「軽率な行動」の意があるから、映画の主題「Tabu タブー」と対置させたのかもしれない。(『Tabu』はムルナウの映画の名前から採用されたとWikipediaにあるが・・・)

テレーザ・マドルーガはリスボンを舞台とした映画『イマジン』にも出演していたことを最近知った。わたしが彼女のことを忘れていただけで、彼女は多くの仕事の経験を積んでいたのである。決して美しい女優とは言えないが、個性的な名脇役といえる女優である。彼女の円熟した演技を今後も期待したい。

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by kurarc | 2019-03-02 23:45 | cinema

映画『くりびるに歌を』と鉄川与助の教会建築

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映画『くちびるに歌を』(三木孝浩監督)を鑑賞。わたしは10代、特に中学生や高校生を俳優とした青春映画が好きである。すでに忘れそうになってしまった10代を思い出すことができるし、若い俳優たちの演技が好きだからである。

舞台は五島列島の福江島である。まず、この島のランドスケープの美しさに引き込まれた。起伏のある地形、坂道、そして、海を望み、その中に佇む美しい教会の姿。この教会は鉄川与助設計の水ノ浦教会(下写真)であることをあとで知った。わたしの手元にある『鉄川与助の教会建築 五島列島を訪ねて』の中には掲載されていない教会であった。鉄川の最晩年の仕事である。

五島列島での中学生たちが合唱コンクールを目指す物語だが、その先生役には新垣結衣が演じる。彼女は憎たらしい教師を演じていて、かわいらしい様子は一切みせないという役柄であり、なかなかの名演技であった。

それにしても、たびたび登場する鉄川の教会建築の美しさに心が奪われてしまった。真っ白い色彩と、小さな尖塔が海に面するロケ地、岐宿町と見事に調和している。隠れキリシタンの島として有名な五島列島は一度訪ねてみたいと思っていたが、この映画を観て、その思いはますます膨らんだ。

三木監督の丁寧な映画の作り込みにも感心した。音楽をテーマとした映画は数多くあるが、その中でも映画『スウィング・ガール』のようなユーモアのある作品と異なり、真摯な物語に仕上がっている。三木監督の映画はこれが初めてだが、他の作品も観たいと思わされた。

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by kurarc | 2019-02-23 22:08 | cinema

ブルーノ・ガンツ追悼

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ブルーノ・ガンツが亡くなられたという。彼の演技に初めてふれたのは、多分映画『白い町で』(上写真)だと思う。ちょうど、この映画でガンツとの不倫を演じた女優、テレーザ・マドルーガが気になっていて、久しぶりに『白い町で』を観たいと思っていたところであった。(映画『熱波』に彼女が主演していたことをまったく気づかないでいたためである。)わたしはこの映画で初めてリスボンという都市を意識したといってもよい。この映画を観て以後、リスボンに暮らすことになった訳だから、ガンツはわたしにとって大切な俳優の一人といってよい。

晩年の演技では、アンゲロプロスの最後の映画『エレ二の帰郷』が、わたしが観た最後の演技であったかもしれない。この役は非常に悲劇的な役どころであり、こうした狂気を内在しているような役どころが彼の真骨頂であったような気がするが、きっと、実生活では人の良い紳士であったのではないだろうか。

1970年代から80年代はヴェンダース映画の常連として、また1990年代からはアンゲロプロスの映画で輝いた俳優であった。実はわたしはまだ『永遠と一日』のガンツを観ていない。これはなるべく早く体験したいが、できれば映画館で観てみたいものである。彼の映画特集がどこかの映画館で企画されることを望みたい。

合掌

by kurarc | 2019-02-22 19:33 | cinema

映画『FIRST MAN』



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映画『FIRST MAN』を調布にて鑑賞。なかなかよい出来の映画であった。月面着陸はわたしの子供の頃、最も大きなニュースの一つであった。わたしはニール・アームストロングら宇宙飛行士が持ち帰った「月の石」を見るために大阪万博に家族と出かけ、3時間程度真夏の路上で行列し、やっとの思いで「月の石」を眺めたことを今でも忘れられない。

この物語は、わたしと同時代の物語であり、ニール・アームストロングの物語だが、彼は、この月面着陸という目的を果たすために、多くの命を失った経験が語られていた。最も大きな死は、1961年に娘カレンを病で失ったこと、そして、1967年、親しく付き合っていた同僚を失ったこと。こうした死がなければ、彼はアポロ11号に乗り込むことはなかったと思われる。これは、ニールの運命としか言いようがない。

この映画は良き時代のアメリカを描いたものとして、政治性をもってしまうことも予想されたが、そのあたりをうまく交わして、人間のドラマを中心に描かれている。また、映画音楽もかなり手が込んでいて、アナログ・シンセサイザーやテルミンを使ったり、ノイズ音楽を思わせる音が各所に挿入されている。(町山智浩氏の解説による)

出来の良い映画であったと思うが、なにか強烈なインパクトに欠けている。それが何なのか?ライアン・ゴズリングの一人芝居的なところが目立ってしまったのか?配役に問題があったのか?シナリオか?映画としてもう一つ詰めが甘かったように思われた。よく言えば、こうした大きな歴史的事件をさらりと描ききったことかもしれない。ニールは冷静沈着で、私生活を表に出さないタイプの人間だったというから、その影響もあるのかもしれない。ニールらしい映画に仕上げたということだろうか。

*シアタス調布は、55歳以上はすべての映画を1,100円で鑑賞できるサービスを行っている珍しいシアター。椅子の座り心地、音響もよい。

by kurarc | 2019-02-17 20:48 | cinema

高田世界館

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高田への旅の続きを書く。高田へ行った目的の一つは、高田世界館という日本で最古級の映画館を訪れることであった。以前、このブログでこの映画館を舞台とした映画『シグナル 月曜日のルカ』と言う映画について書いた。

最近、新しい映画館が数多く建設されているが、その中で、居心地のよい映画館は残念ながら少ない。いくら高級な素材でつくられていても、天井の高さが低かったり、椅子の座り心地が良くても、空間のスケールが貧弱であったりと不満が多い。

高田世界館がよかったのは、まずはそのスケール感、天井の高さ、そして、舞台に向かって下る傾斜角度の適切な勾配であった。そしてなによりも時間が経過した落ち着き、期待はしていなかったのだが、椅子の座り心地もよかったのである。

高田映画館で映画を観ながら思ったことは、この映画館は母体内空間に近いのではないか?ということである。暗闇の中で前方に光るスクリーンを経験する訳だが、それは、子供がまさに子宮から母体の外部に向かって進んでいるときの光を経験しているようではないかと思ったのである。それは、東京にある新しい映画館では感じられたことはなかったが、高田世界館はそのような肉感的な空間が感じられたのである。

母体としての映画館といえる空間であるから、居心地の良いのは当たり前のことであったのかもしれない。上映された映画『モリのいる場所』がコミカルな映画であったこともあるが、映画を見終わったとき、微笑ましい気分で映画館を後にすることができた。

高田世界館、またいつか訪ねたい。

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by kurarc | 2019-02-12 23:05 | cinema