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カテゴリ:鎌倉-Kamakura( 54 )

大船今昔

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打ち合わせのため横浜の本郷台に出かけた。現在、お世話になっている工務店が本郷台にあるためである。本郷台は大船駅経由で行くが、大船は母の実家のあった街である。早く着いたこともあり、打ち合わせ前、大船観音(写真)を望みながら母の実家のあった周辺を歩いてみる。柏尾川沿いにあった母の実家は大きな庭をもつ典型的な日本家屋であり、洋間も併設された立派な住宅であった。子供ながら、夏休みなど滞在するのが楽しみであった。ここから、海水浴は必ず逗子に出かける。子供の頃の夏休みの定番の過ごし方であった。現在はアパートに建て替えられてしまい、その面影はひとかけらも残っていない。わたしが東京へ移るおよそ5年前、近くにわたしの子供の頃のままのお菓子屋さんが残っていたが、現在はなくなり、アパートに建て替えられていた。

打ち合わせ後、鎌倉に住む従兄に会い、昔話に花を咲かせた。わたしと17歳年上の従兄は、昔の大船のことをよく知っていて、わたしの知らなかった大船の街の姿を語ってくれた。興味深かかったのは、わたしの母の実家の近く(大船から藤沢寄り)に古くはよく栄えた商店街があったことであり、昔は母の実家の近くに映画館もあったこと、また銭湯もあり、そこに従兄がよく通ったが、その銭湯で笠智衆さんに度々会った、という話を聞いた。また、母の実家の隣の魚屋は、大船軒のアジの押し寿司のアジを一手に取り仕切っていたことなどを聞いた。この魚屋は笠智衆さんがよく立ち寄っていたということは母からよく聞いていた。

従兄は鎌倉に関する著作もあり、鎌倉に関してかなり詳しいのだが、笠智衆さんのお墓が、成福寺(大船-北鎌倉の間、横須賀線から見える)にある、ということも教えてもらった。鎌倉に住んでいた頃、この近辺をよく車や自転車で通っていたが、まさかこの寺に笠さんのお墓があるとは知らなかった。浄土真宗のお寺は鎌倉ではここしかないから、ということらしい。

従兄とはもちろんこうした話だけではない。ブログではとても書くことができないようなそれぞれの苦労話、涙なしでは語れないような話、家族の話など、従兄同士でなければできないような話を交わす。わたしにとって良き兄のような存在である。若いことは美しいが、若いものとは交わすことのできない話もある。笠智衆さんと一緒に風呂に入った人など、今どこにいるだろう。

by kurarc | 2019-02-27 23:55 | 鎌倉-Kamakura

鎌倉からの便り

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鎌倉から便りが届いた。鎌倉在住時、知り合いになった建築家の奥様からである。残念ながら建築家のご主人はお亡くなりになり、現在は稲村ヶ崎にお一人で暮らしている。

この建築家の方のお兄様も著名な建築家であり、鎌倉に名作といわれる住宅を残している。わたしは偶然にこの建築の耐震診断を行うことになり、知ったのだが、その後、この建築家の弟さんであることを後で知った。

そして、また偶然にもこの建築家の方とあるご夫婦でデザインしたスツールが天童木工で発売されており、わたしとわたしの友人でデザインしたテーブルも天童木工で発売されたこともり、こちらでもつながったのである。

偶然に偶然が重なったとはこのことで、それ以来、鎌倉で一杯お付き合いするような間柄になったが、知り合ってから5年ほどであろうか、旅立たれていった。

奥様からは、アルヴァ・アアルト展に行った感想が綴られていた。鎌倉にはもう6年は訪れていない。来年は一度、訪ねることにしよう。

by kurarc | 2018-11-22 16:46 | 鎌倉-Kamakura

古本屋

昨日、とある要件で、急遽、鎌倉に出かけることになった。少し早く着いたこともあり、時間をつぶすために、鎌倉の公文堂書店に立ち寄る。

この書店は、由比ケ浜通りに面した古本屋である。わたしは、見知らぬ街に出かけたりすると、目に付く古本屋をのぞくことにしている。古本屋に入ると、その街の人の脳みその中をのぞくことができるからである。古本屋のレベルの高い街は、その街の知的レベルも高い場合が多い気がする。

鎌倉の古本屋である公文堂書店の特色は、鎌倉に関する古本が多いということと、様々な分野の古本が比較的よくそろっていることである。わたしが鎌倉に住んでいる頃見かけた、神奈川県立近代美術館鎌倉館で開催されたピラネージ版画展のカタログ(1977年開催)がいまだに売れずにおいてあった。この展覧会のカタログは、以前ブログにも書いたが、わたしが建築に興味を持つきっかけつくってくれたものであり、わたしの宝物の一つである。

昨日は、前田愛著の『幻景の明治』(岩波書店)を購入した。「パノラマと『舞姫』」という章が目に入ったからである。これは、鴎外の小説『舞姫』は、鴎外のパノラマ経験が背景にあることを分析した小論である。ベンヤミンの『パリ 19世紀の首都』との比較あり、バルザックの小説との関連ありと、新しい知というものが、いかに当時の技術的知覚と密接に関わっていたのかを知ることができる。

公文堂は良い古本屋であると思うが、古本の単価が高いこと、書店内の整理が行き届いていないことなどが難点であろうか。とはいえ、鎌倉にずっと残ってほしい古本屋である。少し高いと思って購入するのをためらったポーランド語辞典を、今度行ったときには購入するかもしれない。
by kurarc | 2015-06-07 22:33 | 鎌倉-Kamakura

鎌倉 こ寿々(こすず)のファサード

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鎌倉の由比ガ浜通りを久しぶりに歩いた。駅寄りに新しい建築が数多く建設されているのには驚いたが、その乱雑な佇まいにも驚いた。

そんな中、わらび餅で有名な「こ寿々」(上写真)がある。入り口を中心として向かって右にショーウィンドーが、左に店内が竹垣を透かして見える。特筆すべきは、店の前に張り出した小庇。およそ2メートル程度の高さの位置に庇がついているが、このスケール感と店の規模とが調和していて、この前を通ると、なぜか店に吸い込まれて行くような吸引力をもつデザインになっている。

私はこの店のような数寄屋風のデザインは、あまり好まないが、「こ寿々」のデザインのもつ力には関心がある。この店のようなスケール感をもつ建築が周りから消え失せて行くために、この店が余計に際立ってきている。

鎌倉らしい甘味どころの一つといってよいし、こうした店はずっと維持していってほしい。
by kurarc | 2014-04-16 22:19 | 鎌倉-Kamakura

そなえる鎌倉 第3回シンポジウム開催

今年の8月より連続して行っている(社)ひと・まち・鎌倉ネットワーク主催による第3回目のシンポジウムを鎌倉の由比ケ浜公会堂で行った。

本日の講師は、東京大学大学院教授、中井祐先生。いろいろ興味深いお話を伺うことができたが、中井先生の被災地調査で明らかとなりつつあるという仮設の中に、「微高地」や「旧街道」沿いにつくられていた集落は災害を免れている、というもの。

昔ながらの集落は海に近い集落であっても小高い土地に集落が形成されていて、災害を免れているケースが数多く発見できたという。逆に地名として「新・・・」や「・・・浜」といった地名のところはおおよそ壊滅的な被害を被っているという。つまり、新・・・や・・・浜という地名のところは昔は砂浜であったり、低地であったりした地域を無理矢理近代以降都市化した地域。今回の津波災害によって、こうした地域は住宅も流され、結局もとの砂地、砂浜にもどってしまった。

人間を中心に考えると津波災害とはネガティブなものとなるが、そもそも津波とは自然を中心に考えると、自然に帰ろうとする現象の一つであると考えられる。土地には自然(今回は水)による記憶が刻まれている。そうした自然の痕跡を読み取り、自然の摂理を踏まえた街づくりが本来はもっとも望ましいのだ、というのが中井先生の考える長期的な街づくりの展望である。

また、近代以降、日本は「拡大」することこそ近代であった。今後は「縮小」するための論理なり哲学が必要になるということだが、これは全く未知の領域と言えるものであること。「縮小」し、街を「集約する」こと、そしてポジティブな意味でのコミュニティ(地縁のような)をどのように形成していくのかが、今後、防災、減災を考えたとき、都市に求められるということだろう。
by kurarc | 2012-10-21 21:01 | 鎌倉-Kamakura

梅雨明け

梅雨明けの猛暑の中、打ち合わせのため東京へ出かけ、夜9時前に帰宅。

東京との温度差を肌で感じる。東京は風が流れていなかったため、暑さが街の中に淀んでいる感じであった。夜鎌倉へ帰ると、暑さはそれほど感じず、心地よい風が流れていた。

いつもの北鎌倉の谷の田んぼには、まだかなりの数の蛍を発見できた。稲の中を飛んではまた降りの繰り返し。空の星と蛍が重なる。

我が家ではまだエアコンは使用していない。特に夜10時を過ぎると、涼しい風で暑さは感じられない。今年は湿気もそれほどでないため、かなり快適である。ビールを飲むにはちょうど良い室温である。

*本日、天童木工より新しいカタログが届く。強化ガラスのローテーブルが新たに一つ増えていた。天童木工らしく、我々の強化ガラスのテーブルも、強化ガラスに飛散防止フィルムが貼ってある。安全性を第1に考えた天童木工らしい気遣い。
by kurarc | 2012-07-17 21:14 | 鎌倉-Kamakura

鎌倉の境界線 腰越と片瀬

以前から鎌倉市の西の境界は腰越(鎌倉市)と片瀬(藤沢市)で分かれるが、グーグルなどで見るとわかりやすいが、むしろ境川までが鎌倉市の方が地形の特性上、素直であると思っていた。つまり、片瀬も鎌倉市に含まれていることの方が普通に感じられる。

腰越についてウィキペディアで調べてみると、18世紀、この腰越と片瀬を隔てる事件が起こっていたことに気がついた。この事件がきっと腰越ー片瀬を隔てる原因に違いない。

以下、ウィキペデイアより引用
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1768年(明和5年)5月 - 腰越村と片瀬村との間で境界紛争が起こる。

同年3月10日に、難破船の船板(長さ5間、幅3尺)が1枚、腰越村に流れ着いたが、これを片瀬村の者が引き揚げたことが発端となった。腰越村側の主張は、「1727年(享保12年)に腰越村と竜口寺との間であった争いの際に、片瀬村との境界は確定しており、杭も立てられていたが、片瀬村側がこれを抜き取り、杭の位置よりも2町腰越村寄りを境界としようとしている。」とするものであった。
これに対し、片瀬村は「船板が流れ着いた場所は、従来から片瀬村の者が地引網漁を営んできていた土地であり、1727年の判決に従ったとしても、問題の場所は片瀬村の土地であり、腰越村が片瀬村の土地を不当に奪おうとしているものである。」と主張した。
この紛争は1776年(安永5年)に決着した。判決では、双方の言い分とも採用されず、1727年の判決以前には竜口寺が「片瀬竜口寺」と呼び習わされていたことから、竜口寺を片瀬村側とするような境界が新たに定められた。また、腰越村は沖合い漁を、片瀬村は地引き網漁を、互いに入会(いりあい)として行ってきていたことを認定し、今後もこの慣例どおりとすることと言い渡された。

*市に分かれる以前の鎌倉郡の時代を含めると、私が考えたような単純なことではなかったようだ。片瀬が藤沢市になるのは戦後すぐ。それまでは、鎌倉郡に含まれている。
by kurarc | 2012-07-07 23:04 | 鎌倉-Kamakura

鎌倉の生け垣 アノニマスなデザイン

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鎌倉で市の募集する景観アドヴァイザーに就任していたことがある。市民から10名委員が選出される。委員会が月に一度催され、およそ2年間委員を務める。委員の最後にイベントが催され、私が就任したときには、鎌倉の住宅と道路の境界(敷地際)のデザインについて魅力的なものを公募し、表彰した。

その中には魅力的な生け垣が数多く含まれていた。鎌倉で感心するものの一つはこうした街路と住宅の境界部分の手入れが行き届いている住まいが多いことである。鎌倉らしいアノニマスなデザインの一つ。

今日も歯医者に行く途中、小町1丁目を歩いていると魅力的な生け垣に出会った。ブロック塀を隠すように美しい緑が覆う。ヒメイタビやイタビカズラといった植物によって、ブロック塀を緑の壁に変えてしまうような緑化方法も鎌倉でよく見かける。この手法は緑化ということと同時にブロック塀の転倒防止にもなる。こうした美しい生け垣を一度写真で収集したいと思っている。
by kurarc | 2012-06-01 00:14 | 鎌倉-Kamakura

北鎌倉のランドスケープ

北鎌倉は横須賀線を挟んで伸びやかな谷状のランドスケープをもつ。

昨日は昼過ぎに北鎌倉女子学園の裏にでる道を自宅の梶原から北鎌倉駅に下って行った。この道は、犬の散歩にはもってこいの山道で、山道にしては明るく、北鎌倉のランドスケープを堪能できる道。女子学園付近から円覚寺方向を望むスケール感は見事で、円覚寺までの距離はおよそ1km。眺望と呼ぶのにふさわしい距離感である。鎌倉の中で最も美しい谷風景と言えるのではないか。

しかし、この道の途中で大規模な開発が始まろうとしている。この付近には開発反対の旗が道沿いに並ぶ。最も美しい風景を狙い撃ちしたような開発事業である。この土地からの眺めはさぞかし美しいに違いないが、対岸の円覚寺方向からの眺望がどのようになるのか気がかりである。

女子学園の裏山の道は相当の鎌倉好きの方しか行かないと思われるが、名所旧跡巡りだけでなく、このようなガイドブックにも載っていないような山道を歩くのも鎌倉の楽しみの一つと言える。梅雨に入る前の新緑の季節、北鎌倉周辺や台峰と言われる地域は絶好のハイキングコースと言っていい。
by kurarc | 2012-05-27 00:56 | 鎌倉-Kamakura

鎌倉 春の音

今日は 午後11時過ぎに北鎌倉駅から自宅まで歩いて帰った。この時間に歩いて帰るのは女性では多少物騒なのだが、夜の鎌倉を味わうには格好の道である。

瓜ガ谷という谷状の道には小川が流れていて、初夏には蛍を楽しむことができる。今特に気になるのは夜に鳴き始めるウシガエル?の鳴き声だろう。昼間はウグイス。最近は昼間に狸を見たばかりだ。新芽を食べる台湾リスも騒がしい。ウグイスは姿を見せない鳥と言われているが、鎌倉ではよくお目にかかる。

鎌倉も開発が進んでいるとはいえ、まだまだこうした里山の自然を楽しむことができるが、これもあとわずかの時間だろう。そうなってはいけないのだが、危機感は日に日に増している。それと共に著名な建築家たちの仕事もあっという間になくなろうとしている。
by kurarc | 2012-04-16 23:37 | 鎌倉-Kamakura