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by S.K.
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カテゴリ:gastronomy( 129 )

ライ麦パン プンパニッケル

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わたしはご飯かパンかといえばパン派である。しかし、血糖値が高めということもあり、GI値の低いライ麦パン(あるいは全粒粉パン)を食べるようになった。

そのなかでもライ麦100%のプンパニッケル(上写真)をよく購入している。プンパニッケルは意外と多くのパン屋、またはスーパーで購入できる。いわゆるドイツパン、黒パンである。価格も思ったほど高価ではない。外出するときにはこのパンでサンドウィッチをつくり、今の季節であれば自家製のマリナードなどとともに昼食を楽しんでいる。

フランスパンも好きだが、一度プンパニッケルになれると物足りなくなる。ライ麦を噛みしめながら食べる感覚がくせになるのだ。残念ながら糖質は結構高いらしいが、GI値が低いので、食後血糖値の上昇が緩和されることを期待している。

こうしたライ麦パンを食べるようになって、グルテンについて気にするようになった。小麦に多く含まれ、中毒性をもつというグルテンであるが、血糖値を気にするようになってから、結果としてあまりグルテンを含むものを多く食べなくなっている。食習慣というものも、ネガティブに考えるとある意味で中毒性のものが発端になっていると言う見方も可能ではないか。麺類を食べずにはいられないような人はきっとグルテン中毒にちがいない。

健康にばかり気をつけていても疲れてしまうが、何も考えないわけにはいかない。世の中のあらゆることには、常に大きく対立する二つに流れがあって、そのどちらの立場なのかが問われる。食事のことで言えば、健康派なのか、健康無頓着派といったように。わたしはどちらかと言えば健康派かもしれない。口にするものは自分で納得のいく選択をしたい。それを眉間にしわを寄せてやるのではなく、楽しんでやっているだけである。

*写真のプンパニッケルは、薄切りにされているが、パンとパンがくっついて、うまく剥がれないという欠陥があるので注意。



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by kurarc | 2018-05-11 22:49 | gastronomy

塩分から 日本食の破綻

このブログでは、いわゆる日本食に疑問を投げかける内容の文章をたびたび書いている。今回は塩分についてである。

わたしは血糖値が高めであることから、先日、ある都立病院の食事指導を受けてきたが、ここで指導されたのは、糖分に関する点だけでなく、1日の塩分量についても指導され、この病院で塩分は1日6〜8gと指導を受けた。

最近、良心的な食事を提供することを装っている定食屋(その他、ファミレス)などでは、メニュー内にカロリーや塩分量などが表示されているが、たとえば、O屋の定食の塩分量をみてみると、定食1食で、1日の塩分量に達してしまっているもの、または、それを超えてしまっているものが少なくないのがわかる。その理由は、おかずだけでなく、定食には必ず味噌汁(その他、お新香など)がついてくるから、塩分量が必然的に多くなってしまうのである。

日本食には味噌汁がつきものだが、塩分摂取のことを考えると、1日1回飲んだとしても、塩分を相当の量摂取することになってしまう。これだけみても日本食に習慣となっている味噌汁、お新香(梅干しなど)といった食習慣は、破綻していることがわかる。

わたしは友人に味噌を買わないし、自宅で味噌汁は飲まない、などと言うと怪訝な顔をされるが、塩分のことを考えれば、当然のことなのである。毎食、味噌汁を飲む方がおかしいのであるが、そのことに日本食の好きな日本人はなかなか納得してくれないようだ。

塩分摂取はそれほど問題ないという主張もあるから、一概に言えないが、一般論を前提にすると、塩分に関しても労働食の延長として日本食(定食)が措定されているとしか思えないのである。

*塩分で言うと、今回病院の指導で気づかされたのは、パンに含まれる塩分である。パンにはかなりの塩分が含まれているから、食べ過ぎには注意が必要である。塩分の点から言えば、米の方が優れている。パン好きであれば、自ら無塩(減塩)のパンを焼くしかないだろう。

*1食で1日の塩分量を使用して定食を提供している定食屋は、そもそも、そのメニュー内容がおかしいと思わないのであろうか?情報を提供していることだけで満足していて、あとは、食べる側の良識、選択(定食とぜず、おかずだけ単品で頼むような選択)に委ねられるということなのだろうか?

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by kurarc | 2018-05-05 19:32 | gastronomy

和紅茶の展開

先日、三鷹市民センター(市役所)に隣接するレストラン(さんさん館)で和紅茶を飲んだ。「和紅茶」という言葉は初めてだった(地紅茶、国産紅茶などの呼び方もあるという)ので、何なのか店員の方に聞くと、国産の紅茶だという。わたしが飲んだのは伊勢が産地であった。味は独特で、今までに飲んだことない香りと味であった。

今日、自動販売機でも「知覧にっぽん紅茶」を偶然見つけたので、試飲してみる。こちらも、今ままでのペットボトルで販売されている紅茶の中では最も香り高く、おいしい紅茶であった。

緑茶がコーヒーなどの飲み物のおかげで、日本国内ではあまり飲まれなくなり、その代わりとして、紅茶生産に転換した農家が多い、ということなのだろうか?ペットボトルでもこれだけおいしいのだから、きっと、今後、アッサムだのダージリンに匹敵するような紅茶が生産される(すでに生産されている?)に違いない。

問題は、コーヒーとどれだけの競争力があるのかどうかだ。「カフェ」のような空間が紅茶でつくられうるのか?現在、スタバなどでは紅茶は飲めるが、あくまでサブとしての飲み物という位置づけである。今後は、コーヒーと紅茶を対等に扱うような両刀づかいのカフェになるのか?カフェはこれから紅茶の進出でまた新たな様相を帯び始める予感がする。

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by kurarc | 2018-04-28 17:36 | gastronomy

味噌汁とスープ

先日、かつての建築事務所勤務時代の同僚と忘年会をやったとき、わたしはほとんど味噌汁は飲まない、と言うと、同僚たちからどうしてといった顔をされた。もちろん、味噌汁は嫌いではないが、自宅ではほとんどつくらない。外出時、定食屋で出てくる味噌汁を飲む程度である。

どうしてそのようになったのかというと、スープを飲むこと(食べること)が日常化したためである。フランスではスープは「食べる」という動詞が使われるというが、汁物に食べる要素を加えるようになり、必然的に味噌汁よりもスープの方が食べやすいから、味噌汁を飲まなくなったのである。

味噌汁の中の具材を豊富にして、食べる味噌汁をつくることも可能だが、味噌汁とスープが根本的に異なるのは、味噌汁はどんなに具を入れても、味噌汁を味わうことが主となるが、スープはその具材が出汁になるということの差である。味噌汁ももちろん様々な出汁を効かせることは可能だが、味噌の個性が強いため、やはり味噌汁から抜け出せない。スープは工夫次第で、様々な素材の味を楽しむことができる。

わたしがスープにこだわるのはそのせいである。ポルトガルに2年間住んだことも大きい。ヨーロッパ人の習慣がわたしには馴染みやすかったのである。繰り返し言うが、味噌汁が嫌いな訳ではない。現在のわたしの食習慣に味噌汁が合わなくなってきたということである。

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by kurarc | 2017-12-27 20:45 | gastronomy

スターバックス カフェベロナ

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普段使いのコーヒーはいつも迷う。コンビニやスーパーで手に入るものが手軽で助かるが、なかなか良いものが売っていない。高級なスーパーに行くとそれなりの品揃えはあるが、パッケージが凝っているだけで、味の方はなかなか好みに合うものがない。

今日はたまたまコーヒーを切らしてしまい、お客様用コーヒーを買わざるを得なくなり、仕方なくスターバックスのカフェベロナ(中挽き)を買い、試してみることにした。わたしはこのブログで度々書いているように、スターバックスはほとんど利用しない。価格が高いと思われることと、置いてあるパンやお菓子などがどれも糖分過剰のものしかなく、その無神経さに嫌気がさしているからである。

しかし、このカフェベロナはなかなかユニークなコーヒーで美味しかった。このコーヒーがユニークなのは、ローストであるにもかかわらず、甘みをもたせていること、スターバックスのHPでもいっているようにココアのようなコーヒーであるということ。スターバックスは甘口が好きだから、こうしたコーヒーをブレンドしたのかもしれないが、普段使いには良いし、お客様に出すコーヒーとしても無難である。ローストの苦味が好きではないが、しっかりしたコーヒーが飲みたいという人にはお薦めかもしれない。

このコーヒーはコンビニやスーパーで購入できるのも助かる。普段使いのコーヒーの選択肢の一つとしてカフェベロナを加えることにした。

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by kurarc | 2017-12-19 21:17 | gastronomy

コーヒーか紅茶か

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カフェがあっという間に都市の中に定着した。知らない間に様々な業態のカフェが出没している。それに比べて、紅茶専門店の方は少し地味だが、こちらも確実に定着してきている。

地元吉祥寺には、意外にも紅茶専門のティールームが数多い。但し、紅茶はコーヒーに比べて一杯あたり(1ポットあたり)の単価が高いため、気軽に入るという訳にはいかない。2杯から3杯と量を飲むことができるので、一杯あたりの単価は安いと言えるが、およそ800円から900円/一杯が相場である。

最近、コーヒーに少し飽きてきたこともあり、紅茶に注目している。あまりにも紅茶について無知であったこともある。あのジョージ・オーウェルがこだわった紅茶の淹れ方までいかなくとも、わたしも少しは紅茶について詳しくなりたいと思うようになった。

先日、地元の知り合いの方と紅茶専門店に入ったが、ダージリンにしても農園の違い、ファーストフラッシュ、セカンドフラッシュといった摘む時期の違いなどによって全く異なる味であることを知った。紅茶の解説本によれば、ミルクティーのミルクにしても低温殺菌牛乳を使用することが欧米では常識であるという。低温殺菌牛乳は、ガゼインミルクというタンパク質が上部に浮かび、(この部分をクリームラインと呼ぶという)、このクリーム状の成分が紅茶に注がれることで、美味しいミルクティーが生まれるらしい。

あまり神経質にこだわりたくはないが、ある程度、紅茶についての見識を深めたいし、最近は、紅茶風呂などを楽しむようにもなり、紅茶の楽しみ方が増えている。様々な健康を増進する機能が紅茶にあることも注目している。コーヒーだけでなく紅茶(あるいは広義のお茶)文化について知識を深めていくことは、文化史の視点においても興味深く、今後が楽しみである。

*イギリスの紅茶文化はよく知られているが、そのイギリスに紅茶をもたらした国はオランダとポルトガル経由であるという。(『基礎から学ぶ 紅茶のすべて』磯淵猛著)ポルトガルからは、1662年、ポルトガルの王妃、キャサリン・オブ・ブラガンザ(ポルトガル名、カタリーナ・デ・ブラガンサ)がイギリスのチャールズ2世に嫁いだとき、薬として紅茶を持ち込んだことが、イギリスに紅茶文化をもたらすきっかけを与えたという。

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by kurarc | 2017-11-13 12:43 | gastronomy

宮崎 チョウザメのグリーンカレー

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先日、新宿のショールームに行った帰りに、いつも前を通り過ぎていた"みやざき物産館"に立ち寄った。

わたしにとって、九州は憧れの土地である。花田清輝、作家の檀一雄、建築家では磯崎新など独創的な仕事をする人が九州生まれには数多い。わたしは、東よりもむしろ東京より西の土地に惹かれてきた。沖縄へ行ったのもそのあらわれであるし、それが高じてポルトガルにまで行き、住むことになってしまった。九州の中で、佐賀と宮崎にはまだ行ったことがない。以前、宮崎生まれの建築家、武田光史氏の事務所で熊本のプロジェクト(この建築は日本建築学会賞を受賞した)のお手伝いをさせていただいたこともあるし、宮崎生まれのクライアントの方の仕事をさせていただいたこともある。

武田さんの事務所でお手伝いをさせていただいているとき、宮崎の郷土料理屋に連れていっていただき、冷汁の味も知った。奄美大島にも冷汁に似たご飯の食べ方(鶏飯、冷汁のように冷たいものではない)がある。義理の姉が奄美出身のこともあり、冷汁を食べた時、鶏飯を思い出し、南国を感じたのである。

宮崎はチョウザメを食べる文化があるようで、わたしは店の中を歩きながら、美しいグラフィックに惹かれたこともあり、また、グリーンカレーが好きなこともあり、レトルトを買って帰った。チョウザメは鶏肉にも例えられ、白身のあっさりとした味である。グリーンカレーの具材としてもよく調和し、美味であった。

チョウザメという魚のことを詳しくは知らなかったが、世界最大の淡水魚であり、サメの仲間ではなく、チョウザメ科として独立した種であるという。鱗が蝶のかたちに似ていることと、姿がサメに似ていることからチョウザメと命名されたが、サメとは似て非なるものということである。宮崎県では養殖が盛んであるらしい。

宮崎に行くことがあれば、チョウザメの寿司など、チョウザメ料理を堪能できればと思う。そして、できればキャビアも味わいたい。

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by kurarc | 2017-10-28 18:22 | gastronomy

西国分寺 クルミドコーヒー

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先日、雑用のため西国分寺に行ったついでに、以前から気になっていた西国分寺南口のクルミドコーヒーに立ち寄った。西国分寺の駅を降りるのは30年ぶりくらいになるが、南口駅前は高層の集合住宅の立ち並ぶ住宅街に変化しており、中央線沿線では珍しい景観となっていた。クルミドコーヒーはその中のこじんまりとした集合住宅のB1階、1階、2階を利用したカフェであった。

まずは、クルミドコーヒーの中の深炒りを注文した(深深炒りもあった)。こちらのコーヒーは水出しコーヒーである。わたしが入った地下の空間の壁際にいくつも水出しコーヒー用の機器が並び、水出しコーヒーをつくっていた。

評判のカフェであるので、かなり期待して訪れたが、結論から言えば、わたしには合わなかった。まず、東京の郊外で普通のブレンドが650円という値段設定が信じられない。少なくとも500円以下にすべきだろう。(先日麻布十番で入ったオスロコーヒーですら一杯500円であった。味もこちらの方が美味しかった)味も650円を出すほど美味しくはない。それに、わたしは地下に案内されたが、カフェに入り、座席を案内されるという方針も合わない。レストランであれば致し方ないが、カフェでは座る席は自分で選択したい。また、案内された地下空間は空調機の音が気になり、落ち着かなかった。こちらのカフェであれば、2階の方が心地よさそうだ。

また、伝票の代わりに、動物の小さな木製の置物が置かれる。会計はそれを持って会計するのだが、こうした「かわいい」をコンセプトにしたやり方は、わたしには「気持ちが悪い」。日本はいつからこうした「かわいい」に媚びた均質化が始まったのだろう。いい加減にやめてほしいと思う。

この近辺に住む住人もきっとこのカフェを利用する人と利用しない人の二つにはっきり分かれると思う。コーヒーはそもそも650円を出して飲む飲み物とはわたしは思っていないので、こうしたカフェが流行るのは、わたしは好ましいこととは思っていない。わたしはドトールで十分である。欲を言えば、ドトールがスタバ並みにもう少しインテリアデザインを考えて店舗をつくってくれることを願っている。

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by kurarc | 2017-10-09 17:39 | gastronomy

佐賀のお菓子 肥前ケシアド

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カステラがポルトガル伝来のお菓子(スペイン伝来の可能性も否定できない)であることは広く知られている。すでに世界各国の華やかなスィーツが手に入る日本では、素朴なカステラを食べる人は相当減少していると思われる。しかし、わたしは躊躇なくカステラをスィーツ、あるいは和菓子の代表と考えたい。この究極の厳選された素材でつくられる菓子、洋と和を融合した結晶のような菓子は他に思い浮かばないからである。

ポルトガルではもう一つ代表的なお菓子がある。「ケイジャーダ」と言われるチーズタルト(ポルトガル語でチーズを「ケイジョ」という)で、シントラというリスボンからほど近い街のものが有名だが、地方ごとにそれぞれ独自の「ケイジャーダ」がある。

そして、驚いたことに、このお菓子も日本に伝わっていたことを最近知った。佐賀の鶴屋という和菓子店で、その製法が伝わっていたが、当時、チーズの入手、製造が困難だったこともあり、その代わりにかぼちゃを代用したのだという。そして、最近になってチーズ、かぼちゃ、シナモンなどを使った独自の「ケイジャーダ」を当時の言い方に習い「肥前ケシアド」(上写真、鶴屋HPより借用)と名付け、販売している。

わたしもまだ食べたことはないが、使う素材から、どう考えても美味しいとしか思えない。血糖値が上がりやすい体質のため、最近スィーツは控えているが、このお菓子は一度体験してみたいと思っている。残念なことに、東京では手に入らない。購入したい場合は、直接店に注文しなければならない。

*下に鶴屋のHPよりその由来を示した文章を引用しておく。(由来の中には「ケイジャータ」と記されているが、正しくは「ケイジャーダ」である。)

由来~
 創業370年(1639年創業)の当家には、代々伝わる「鶴屋文書」という4冊の菓子の
製造書があります。江戸時代中期の宝暦5年(1755年)頃書かれたと思われるこの中の
1冊に「菓子仕方控覚」というものがあり、ここに南蛮菓子のひとつ「ケイジャータ」の記載が
あります。これは「長崎夜話草」(1720年)にも当時の長崎土産として紹介されています。
 元来「ケイジャータ」はチーズを使ったタルト風の菓子で「ケイジョ」とは、ポルトガル語で
「チーズ」を意味します。「ケイジャータ」は現在でもシントラ地方の伝統菓子として有名です。
鶴屋文書では、当時入手困難であったチーズの代用として、当時佐賀で比較的簡単に
入手できた「ぼうぶな」(かぼちゃ)の餡を使用したと書かれています。そしてこの「ぼうぶ
な」を使った「ケイジャータ」は「けし跡」「けし香」などの名前で佐賀藩主鍋島家にも献上
されたことが同じく「鶴屋文書」に残されています。しかし、残念ながらこの菓子は、製法が
むずかしいため時代とともに姿を消し、今では「鶴屋文書」に製法を残すのみとなっていま
した。
 鶴屋では、この伝説の菓子の再現を試みました。「鶴屋文書」に残る製法に従い、そこに
当時の職人たちが手に入れられなかった(手が届かなかった)チーズやシナモンを加える
ことで、職人たちの「あこがれ」を表現しました。
そしてこの度「肥前ケシアド」として復刻し、皆様に御賞味いただけるようになりました。
江戸時代の昔、「肥前の国、佐賀」にあったこの菓子を偲んで、末永く御愛顧いただけま
すようにお願い申し上げます。 


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by kurarc | 2017-09-30 11:04 | gastronomy

弁当は美味しいか?

ここで取り上げたいのは、手作りの弁当ではなく、コンビニやスーパーで売られている弁当のことである。健康志向が進み、カロリー制限から糖質制限といった流れも定着してきたが、相変わらず弁当の貧しさに変化が見られないのはどうしたことだろう?

コンビニやスーパーへ行っても、食べたい、買いたい、と思われるような弁当は並んでいず、もしそういうものがあれば、女性たちによってすぐに買われてしまい、残るのは唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当など揚げ物を中心とした貧しい弁当の売れ残り。男たちはそうした貧しい弁当を500円程度払い、10分程度で食べて、昼食は終わる。

日本食が大々的に取り上げられ、その「健康的」な食がメディアに度々登場するのにもかかわらず、この現実との落差はどういうことなのだろう。不満があるなら自分でつくるしかないではないか、と言われればそうかもしれないが、わたしが海外で経験した食生活を思い出してみても、イギリスのサンドイッチと日本のコンビニ弁当は良い勝負ではないか。

問題は、価格なのか、買う側の問題、あるいは弁当をつくる側(コンビニやスーパー)の意識の問題なのか?ポルトガルのようなラテン世界で過ごした経験のあるものには、この貧しさにはなかなか慣れることができないし、憤りすら日々感じてしまうのである。そもそもラテン世界ではコンビニのような空間はなく、あっても、日本の弁当のような売り方はしないだろう。イタリアであれば充実したお惣菜屋が街には必ずある。バルは昼にはレストランに変わり、おばさんたちがつくる昼食が安く提供されているから、常にできたての昼食が味わえることになる。現在でも価格は日本円にして500円〜600円程度だと思う。

日本人の食生活は貧しいのか、豊かなのか?弁当を見ているといつも考えてしまうのである。

*上のことは、「弁当」だけでなく、「定食」という食文化にも言える。

*コンビニは、すでに21世紀の食文化を考えるとき、モデルとして破綻していると思わざるを得ない。コンビニは、例えば、各県単位(あるいは都市単位で)で独自のモデル(独自の品、独自のサービスほか)をつくったら面白いのかもしれない。ローソン、ミニストップ、セブンイレブンなどしかコンビニがない、というのはどこかおかしい。

*コンビニを利用するときにいつも感じる空虚さ、白々しさはなくならない。ものを買うためにだけ行き、便利だからつい利用するわけだが、ただそれだけなのだ。何かを買う、ということには文化が感じられるべきだと思うのだが。

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by kurarc | 2017-09-26 12:52 | gastronomy


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