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デカルト 「思うわ、ゆえに、あるわ」

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柄谷行人著『世界史の実験』(岩波新書)に興味深い論考が挿入されていた。柄谷流のユーモアともとれるが、大真面目に彼は発言しているのだと思う。

それは、よく知られた「我思う、ゆえに我あり」というデカルトの『方法序説』の言葉についてである。柄谷によれば、デカルトは『方法序説』の中で、この言葉のみラテン語で書き、その他はフランス語で書かれているのだという。それはなぜなのか?

柄谷は、フランス語で書いたとすると、主語を省略することができず、

Je pense, donc je suis.

となり、主観の存在が強調されてしまう。しかし、ここでデカルトが言いたかったのは、一人称で指示されるようなものではなく、カントが「超越論的主観」と呼んだようなもの、一人称で指示される自己とは異なるものだというのである。

さらに、日本語もそもそも主語と言うべきものは希薄で、明治以後、英文法にもとづき考案されたものであり、西洋の小説の翻訳を通じて変化したものだという。

このような考察の後、デカルトの

Cogito ergo sum.

を関西弁で、

思うわ、ゆえに、あるわ。

に訳し直したいというのである。この場合の・・・わ、の「わ」は柳田国男も指摘していたというが、人称代名詞にあたるものだという。「先に行ってるわ」の「わ」である。わたしもたまにこうした言葉を使うが、これも日本語本来の一人称代名詞の表現であるということらしい。

『世界史の実験』の中で一息つける箇所であった。


by kurarc | 2019-03-20 23:24 | books

コルタサル『山椒魚』と映画『白い町で』

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コルタサルの小説に『山椒魚』という短編がある。パリの水族館で偶然に出会う山椒魚に魅せられてしまう男の話である。男は山椒魚を注意深く眺めている内に、そのじっと動くことのない堂々とした様態に、時間と空間を無化しようとする意志を読み取る。人間の姿に近い猿は、実は人間と近しい存在などではなく、むしろ男は山椒魚に近しさを感じとる。

このコルタサルの短編は、アラン・タネールの映画『白い町で』のシナリオに登場する。ブルーノ・ガンツ演じるポールは、彼の乗っていた船の船長が彼のことを山椒魚(アホロートル)と呼んだ、といった台詞があり、スイスで彼の帰りを待つ妻がコルタサルの言葉を調べるのである。

ポールが船(海)と陸で生活するという両生類のような男だということを意味するものでもあるのだろうが、このシナリオは明らかにコルタサルの『山椒魚』を示唆するものだろう。ポールは意志が空白になり、いわば何かに乗り移ってしまったかのような人間としてリスボンに暮らすのである。もはや正常な人間には見えない。

こうした人間の意識をシナリオ化したタネールの力量には驚かざるをえない。まったく意味をなさない詩のような台詞を繰り返しながら進行する映画。ガンツもこうした台詞を演じる日の朝に渡されたらしい。一体わたしは何を演じるのか、俳優たちも理解不能であったのではないだろうか。

この映画を改めて観たが、予想以上の名画であるような気がしてきた。また、音楽を担当したジャン=リュック・バルビエ(スイスのサックス、フルート奏者)の曲もよい。そして、最も感心したのは、リスボンという都市の空間性をよく捉えているということである。

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by kurarc | 2019-03-15 18:27 | books

柄谷行人著『遊動論 柳田国男と山人』

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柄谷行人著の『遊動論 柳田国男と山人』を読み始めた。1980年代後半から1990年代の前半に、わたしは柄谷の著書を集中して読んだことがあった。『マルクス その可能性の中心』や『日本近代文学の起源』などであるが、柄谷はこれらの著作と同時代に柳田国男論を執筆していたが、わたしはまったく気づいていなかった。

『遊動論』は近年の柄谷の「柳田国男論の中心」をまとめたものであり、改めて柄谷の著作に興味を持つきっかけとなった。柳田国男を通して、日本の近現代史をたどる内容でもあり、さらに柳田の伝記的著作にもなっていて、柳田の仕事の意義を改めて発見する手がかりを与えてくれている。

一部の軽薄な建築家は、一時期、「ノマド」などといった言葉を建築ジャーナリズムで発言していたこともあったが、この著作ではそうした「ノマド」という言葉自体を批判的に捉えなおしている。

柳田民俗学は、常民=農民をベースに構築されたと言われるが、それは彼の仕事の一部を取り上げ、そのように理解しているに過ぎないことがこの著作で明らかにされている。「遊動民」についても、定住以前、定住以後を区別し、厳密に論じているあたりは、さすがに柄谷らしい。

柳田国男の再評価、再定義に結びつく画期的な著作であることは間違いなさそうである。

by kurarc | 2019-03-07 21:18 | books

澁澤龍彦著 『鳥と少女』

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建築家青木淳氏の『建築文学傑作選』についていくつか書いてきた。青木氏による解説に焦点を絞っていたが、肝心の青木氏が選定した小説についてもふれておきたい。

10編の小説ほかの中に、澁澤龍彦著の『鳥と少女』が含まれていた。文庫本では『唐草物語』の最初に所収されている。この文庫は買ってあったが、読んではいなかった。澁澤は、建築(建築家)に言及した文章も数多くあり、『胡桃の中の世界』が最も建築的随筆といえるかもしれない。この中の「幾何学とエロス」では、フランス啓蒙主義時代の建築家、ルドゥーの建築について言及している。わたしもルドゥーのショーの理想都市(製塩工場)は34年ほど前に見学した。

澁澤龍彦著の『鳥と少女』を初めて読んだが、映画にでもしたくなるような美しく、悲しい物語である。ここで「鳥」とは「パオロ・ウッチェロ(イタリア語で鳥の意)」というルネッサンス初期の実在の画家をさす。「少女」は「セルヴァッジャ」と名乗る。このセルヴァッジャがウッチェロと暮らすことになるが、ウッチェロは生き物ではなく、生き物の形態に異常な興味を持つ画家であり、さらに、遠近法にとりつかれた画家であった。そうした偏屈な画家との暮らしは楽なものではなかった。食べるものもろくになくなり、とうとうセルヴァッジャは・・・

この物語を読んでいたときに思い浮かんできたのは、フェリーニの映画『道』であった。ザンパノという大道芸人と彼に付き添うジェルソミーナの運命。あれほど悲しい映画があるだろうか。わたしの最も好きな映画の一つ。そんな映画を思い浮かべた。

澁澤はこの悲しい物語を少しでもやわらげようと、最後に話題を変える。変えると言っても、『鳥と少女』という内容に即したオチを付け加えたのだが、澁澤当人にとっても悲しすぎたのだろう。イタリアらしい物語である。

by kurarc | 2019-01-15 23:23 | books

「仮託」という思想

建築家青木淳氏の『建築文学傑作選』について、少し前にこのブログでふれたが、その解説の中に、もう一つ重要な言葉を発見した。それは、「仮託」という言葉である。この「仮託」という言葉は以前、今関敏子著『旅する女たち 超越と逸脱の王朝文学』という書物の第4章、紀貫之の『土佐日記』を論ずる文章で出会った言葉でもある。紀貫之は、この日記文学で女性に仮託して新しい表現に挑戦した。

そこで、建築ではどうか。青木氏は興味深い建築作法について書いている。「建築は、自分が自分から離れるための行為でもある・・・」と。常々わたしが建築を設計するときに思っていたことを的確に表現してくれていた。それを青木氏は「仮託」という言葉で説いていたのである。

「建築家は、自分がいいと思うものをそのままつくっているわけではなく、自分の感覚を置いておいて、つまり丸腰になって注文主の懐に飛び込んで設計している。・・・つまり、建築家は注文主の感覚に仮託する。自分のための建築ではなく、他の人のために設計しているからである。」

以上のように述べた上で、さらに青木氏は以下のように付け加えている。

「仮託しなければ思い通りの建築ができるので、そのほうがうれしいか、というとそうでもない。なぜかというと、それでは、自分の感覚の枠組みを決してこえることはできないからだ。・・・仮託によって、自分の感覚が組み変わる瞬間、・・・この瞬間のために、建築をやっているといってもいい。・・・」

今まで、わたしが無意識に思っていた考えを明確に表現してくれたような言葉であった。これをわたしは「仮託の思想」と呼ぶことにしたい。それはわたしであり、わたしでもないものをつくること、表現する行為であり、わたしを超えるための思想となるだろう。

*「仮託」という言葉に出会ったのはおよそ10年程前に書いていたブログ「紀貫之の革新性 仮託という思想 旅する女たち」(2009年8月30日のブログ)であった。自分の言葉になるには随分と時間がかかってしまった。ここでも、わたしは「仮託という思想」という言葉を使っていたことをすっかり忘れていた。さらに、ここで、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの「異名」という表現行為についても言及した。


by kurarc | 2019-01-14 12:35 | books

タブッキ アソーレス諸島に関するノート

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アントニオ・タブッキの小説に日本語で『島とクジラと女をめぐる断片』と題された小説がある。この原題は『ピム港の女』。翻訳者の須賀敦子が小説の内容を踏まえて、「島と・・・」にしたものである。

わたしは以前にも書いたように、須賀の翻訳でポルトガルの小説であるにもかかわらず、「サウダーデ」を「サウダージ」というブラジルポルトガル語に翻訳した初歩的なミスを犯していることを知ってから、彼女が翻訳した(タブッキの)小説を読む気がしなくなった。しかし、少し前にブログで取り上げた建築家の青木淳氏がタブッキの小説として初めて『島とクジラと女をめぐる断片』を読んだことを知り、読んでみることにした。

この小説は、ポルトガルの大西洋沖にある群島アソーレス諸島を舞台としている。わたしもポルトガル滞在中、この群島の一つ、テルセイラ島のアンゴラ・ド・エロイズモという世界遺産となっている都市を訪れた。タブッキの小説を読む限り、わたしはタブッキがこの群島を訪れ、小説の題材となるような断片をノートし、その中から一つ一つを小説として仕上げていったのではないか、と想像された。わたしには小説というより、タブッキのアソーレス諸島に関するノートといった仕上がりである、というのが正直な感想である。

だから、この小説は、須賀が「・・・断片」と題したように、取るに足らないエピソードをノートし、またはカードにしたものを手がかりに書かれていると思われるから、必然的に断片にならざるを得なかったのではないか。よって、断片化という主題がタブッキの中にあったことは認められるも、その必然性もあったのだから、この小説のタイトルに「・・・断片」という言葉を入れることは実は必要なかったのではないか。わたしであれば、やはり原題通りでよかったのではないかと思ったのである。

それはさておき、この小説群のなかで、わたしは「アンテール・デ・ケンタル-ある生涯の物語」と「ピム港の女-ある物語」が特に読みやすく、印象深かった。前者はアソーレス出身のポルトガル詩人の生涯を凝縮した小説、そして、もう一つは、タブッキがアソーレス諸島滞在中に出会った老人から題材を借用したと思われるような小説で、どちらも映像が浮かび上がってくるような描写がよい。

アソーレス諸島という日本でもまだ知られていない群島であるために、この小説は日本人にとっては特に想像をかきたてられるものになっているかもしれない。小説の最後に補注があるが、この群島にはフランドル人の植民地化もあり、民族音楽、民間伝承にもその特徴が残っているという。ポルトガルの歴史は、この群島のことだけでなく、本国の歴史の理解のためにも実はフランドル世界との交流の理解が重要であるのだが、そのことはあまり知られていないかもしれない。

タブッキがポルトガル本国だけでなく、アソーレス諸島まで小説の題材としていることを知り、彼のポルトガル世界への興味の深さを知ることができたことは収穫であった。『インド夜想曲』も映画は観たが、須賀の翻訳であるので読んでいない。が、一度は読んでおいた方がよさそうである。

*ピム港はファイアル島オルタ(Horta)の南に位置する小さな入り江を指すようである。ピム港とグーグルで検索しても出てこない。

by kurarc | 2019-01-11 23:51 | books

建築家青木淳『建築文学傑作選』 文学、建築のゆらぎ

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建築家青木淳選による『建築文学傑作選』(講談社文芸文庫)という著書がある。わたしはこの選集で、青木が選定した10篇の作品よりも、まずはこの選集の解説(青木が担当)に心が奪われた。それは、青木の文学に対する「思考」であり、「指向」が明らかにされていたからであり、青木が文学を語りながら、その裏で、建築論にもなっているすばらしい解説であったからである。

10篇の初めに登場する須賀敦子の『ヴェネツイアの悲しみ』を青木は、「この小篇は起承転結に代表されるような静的な構造をもっていない。全体をつくる要素は、それぞれが独立するいくつものエピソードであって、それらエピソードが、その独立性をたもったまま、つながったり、とぎれたり、ほかのエピソードを入れ子状につつんだりしながら進んでいく。・・・人という存在の「たよりなさ」にもっとも見合った幾何学ではないか、・・・」と選定の理由を述べている。わたしであれば、須賀の文章の論理性のなさに呆れてしまうと評したいところであるが、青木はそれこそが彼女の文学のゆらぎであり、そのゆらぎのしなやかな構造に敬服しているのである。

この10篇の中に坂口安吾の作品は含まれていないが、坂口の文学の紹介もしていて、人間にとっての「ふるさと」を論じる坂口の文章を引用している。「・・・我々のふるさとというものは、このようにむごたらしく、救いようのないものでありましょうか。・・・むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが唯一の救いなのであります。・・・わたしは・・・人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる-わたしはそう思います。」(坂口安吾『文学のふるさと』)

こうした坂口の思想から、青木は、人を忖度しないこと、それは即物的なものにつながり、美しいものにつながる、ということを理解しようとしている。彼のこうした感性には脱帽した。文学の中に、言葉の中に建築を見て、建築の中に文学を見ることは可能なのだと思わされた。

現代はロラン・バルトの言葉で言うと、「ゆらぎ」の時代かもしれない。確かな構造ではなく、絶えず変化し、断片化し、連続し不連続であり、首尾一貫性をもたず、しかも、構築されていないということでもない。そういう「構築物」をつくることが新しい建築につながるだろう。そのように思わせる青木の解説であった。

by kurarc | 2019-01-08 19:22 | books

モノローグ 『ノヴェチェント ある独白』(『海の上のピアニスト』)

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映画『海の上のピアニスト』の原作、『ノヴェチェント ある独白』(アレッサンドロ・バリッコ著)を読了。1時間もあれば読める中編小説のような作品である。原作はモノローグ、すなわち一人芝居のかたちを想定した作品であるが、これを映画では壮大なドラマに仕立てた。

映画で登場したトランペッターは一応登場していた。しかし、「コーン」などという名前はつけられていない。また、映画の主題歌が誕生するシーンは映画用の演出で、こちらは原作には登場していない。多少の差異はあるものの、おおむね原作を忠実に映画化していることがわかった。

このモノローグと映画の両方を経験して考えたことは、この作品は「人間を取り巻くヒエラルキー」を表現しているのではないか、ということである。

ピアニスト=職業=生きる場所
船=社会=国家
海=世界=地球

のようなヒエラルキーが想像された。主人公は一生船から陸に降りることができずに、死んでいくが、わたしが疑問に思ったのは、主人公「ノヴェチェント」は生涯暮らした大型汽船ヴァージニアン号が廃船になったとき、なぜ別の汽船へと自分の生きる場所を求めなかったのか?ということである。この作品では作品としてのドラマ化を高揚させるためにもちろんそのような選択は避けられたのだろうが、普通に考えれば、ノヴェチェントの生きる道は存在したはずなのだ。

しかし、このものがたりは20世紀初頭。21世紀のわたしたちのものがたりではない。船を乗り換えることは、たとえば、イタリア人が日本人になるようなこと。その選択はノヴェチェントには不可能だったということなのだろうか・・・

イタリアではすでに200回以上もこのモノローグが上演されているという。一度、日本でも体験してみたいものである。



by kurarc | 2019-01-05 19:08 | books

『映画の天使』 宮川一夫、淀川長治対談集

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黒澤映画『羅生門』や溝口映画の『雨月物語』、『近松物語』のカメラを担当した宮川一夫氏と映画解説の淀川長治氏の対談集を正月早々読了。1時間もあれば読める対談集である。

昨年は映画の音楽に注目したが、今年はそれだけでなくカメラワーク、さらに原作、脚本など映画づくりに関連する諸々の作業を学んでいきたいと思っている。

宮川氏は世界の名だたる映画監督たちが尊敬するカメラマンである。この書物の題名は、ヴィム・ヴェンダースが黒澤監督の川喜田賞受賞パーティー席上で二人を見て、「東京の天使」と言われたというエピソードから名付けられたという。宮川氏がカメラワークを担当した映画はわたしの好きなものばかりなので、どのようなカメラワークの考え方で映画をつくるのか知りたかったのである。

この対談集ではカメラの手法についてはあまりふれられていないが、『雨月物語』の船のシーンは船を動かすのではなく、カメラをクレーンで吊って動かすことで、船の動きを表現したことなど、苦労話が語られている。

宮川氏は溝口の映画では『西鶴一代女』が凄い、と言っていて、これはわたしと同感であったので驚いた。しかし、カメラを担当したのは宮川氏ではなく、平野好美氏であるという。この平野氏はその後、消息が不明ということらしい。(昨年は近松に着目したが、今年は西鶴か・・・)

映画はいまやわたしの趣味を超える存在となっている。映画を見続けるのはもちろんわたしの本業である建築の糧となるからであるが、今年は映画をさらに深く理解できるよう、数多くの名作、傑作に出会えることを楽しみにしたい。

by kurarc | 2019-01-01 19:19 | books

ロラン・バルト著 『エッフェル塔』

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ロラン・バルト著の『エッフェル塔』を30数年ぶりに読み返した。これほど優れた名訳であったかと驚いたことと、初めて読んだときにあまり面白みを感じなかったと思うが、今回はこんなに楽しい書物であったのか、と一気に読んでしまう。

モーパッサンのエッフェル塔嫌いの紹介からはじまるこの小論は、バルトがエッフェル塔を経験することから湧き上がるイメージ、すなわち、歴史、自然、テクノロジー、パノラマ的視線、19世紀、動物から植物etc.を一気に書き留めたような小論であり、きっと、短時間にまとめ上げたものに違いない。

エッフェル塔という一つの塔からバルト流のエクリチュールがあふれ出したような小論は、興味が尽きない。エッフェル塔が「記念碑の零度」を実現していることが重要だとするバルトらしい発見、そのことが「過去の聖なる重さを振り払い、歴史の呪縛力への犯行と破壊行為」であることをバルトは見抜いている。

しかし、建築を生業とするものからみると、バルトが語り尽くしていないこと、それは、この構築物をいかにデザイン、設計していったのか、そのことがわたしはもっとも興味あることだが、バルトはそこまでは語られない。つまり、その部分は建築家、または建築史家が語らなければならない宿題であると思われた。

モーパッサンはエッフェル塔が嫌いなため、エッフェル塔のレストランで食事をしたという。ここがパリでエッフェル塔を見ないですむ唯一の場所だからだと。しかし、エッフェル塔は見るに値する塔であることはすでに明らかとなった。それはエッフェルがもちろん確信していたことである。

*エッフェル塔を実際に設計し、構造の検討を行ったのは、ステファン・ソーヴェストル(建築家)とモーリス・ケクラン(構造家)である。

by kurarc | 2018-12-22 17:59 | books