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澁澤龍彦著 『鳥と少女』

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建築家青木淳氏の『建築文学傑作選』についていくつか書いてきた。青木氏による解説に焦点を絞っていたが、肝心の青木氏が選定した小説についてもふれておきたい。

10編の小説ほかの中に、澁澤龍彦著の『鳥と少女』が含まれていた。文庫本では『唐草物語』の最初に所収されている。この文庫は買ってあったが、読んではいなかった。澁澤は、建築(建築家)に言及した文章も数多くあり、『胡桃の中の世界』が最も建築的随筆といえるかもしれない。この中の「幾何学とエロス」では、フランス啓蒙主義時代の建築家、ルドゥーの建築について言及している。わたしもルドゥーのショーの理想都市(製塩工場)は34年ほど前に見学した。

澁澤龍彦著の『鳥と少女』を初めて読んだが、映画にでもしたくなるような美しく、悲しい物語である。ここで「鳥」とは「パオロ・ウッチェロ(イタリア語で鳥の意)」というルネッサンス初期の実在の画家をさす。「少女」は「セルヴァッジャ」と名乗る。このセルヴァッジャがウッチェロと暮らすことになるが、ウッチェロは生き物ではなく、生き物の形態に異常な興味を持つ画家であり、さらに、遠近法にとりつかれた画家であった。そうした偏屈な画家との暮らしは楽なものではなかった。食べるものもろくになくなり、とうとうセルヴァッジャは・・・

この物語を読んでいたときに思い浮かんできたのは、フェリーニの映画『道』であった。ザンパノという大道芸人と彼に付き添うジェルソミーナの運命。あれほど悲しい映画があるだろうか。わたしの最も好きな映画の一つ。そんな映画を思い浮かべた。

澁澤はこの悲しい物語を少しでもやわらげようと、最後に話題を変える。変えると言っても、『鳥と少女』という内容に即したオチを付け加えたのだが、澁澤当人にとっても悲しすぎたのだろう。イタリアらしい物語である。

by kurarc | 2019-01-15 23:23 | books

「仮託」という思想

建築家青木淳氏の『建築文学傑作選』について、少し前にこのブログでふれたが、その解説の中に、もう一つ重要な言葉を発見した。それは、「仮託」という言葉である。この「仮託」という言葉は以前、今関敏子著『旅する女たち 超越と逸脱の王朝文学』という書物の第4章、紀貫之の『土佐日記』を論ずる文章で出会った言葉でもある。紀貫之は、この日記文学で女性に仮託して新しい表現に挑戦した。

そこで、建築ではどうか。青木氏は興味深い建築作法について書いている。「建築は、自分が自分から離れるための行為でもある・・・」と。常々わたしが建築を設計するときに思っていたことを的確に表現してくれていた。それを青木氏は「仮託」という言葉で説いていたのである。

「建築家は、自分がいいと思うものをそのままつくっているわけではなく、自分の感覚を置いておいて、つまり丸腰になって注文主の懐に飛び込んで設計している。・・・つまり、建築家は注文主の感覚に仮託する。自分のための建築ではなく、他の人のために設計しているからである。」

以上のように述べた上で、さらに青木氏は以下のように付け加えている。

「仮託しなければ思い通りの建築ができるので、そのほうがうれしいか、というとそうでもない。なぜかというと、それでは、自分の感覚の枠組みを決してこえることはできないからだ。・・・仮託によって、自分の感覚が組み変わる瞬間、・・・この瞬間のために、建築をやっているといってもいい。・・・」

今まで、わたしが無意識に思っていた考えを明確に表現してくれたような言葉であった。これをわたしは「仮託の思想」と呼ぶことにしたい。それはわたしであり、わたしでもないものをつくること、表現する行為であり、わたしを超えるための思想となるだろう。

*「仮託」という言葉に出会ったのはおよそ10年程前に書いていたブログ「紀貫之の革新性 仮託という思想 旅する女たち」(2009年8月30日のブログ)であった。自分の言葉になるには随分と時間がかかってしまった。ここでも、わたしは「仮託という思想」という言葉を使っていたことをすっかり忘れていた。


by kurarc | 2019-01-14 12:35 | books

タブッキ アソーレス諸島に関するノート

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アントニオ・タブッキの小説に日本語で『島とクジラと女をめぐる断片』と題された小説がある。この原題は『ピム港の女』。翻訳者の須賀敦子が小説の内容を踏まえて、「島と・・・」にしたものである。

わたしは以前にも書いたように、須賀の翻訳でポルトガルの小説であるにもかかわらず、「サウダーデ」を「サウダージ」というブラジルポルトガル語に翻訳した初歩的なミスを犯していることを知ってから、彼女が翻訳した(タブッキの)小説を読む気がしなくなった。しかし、少し前にブログで取り上げた建築家の青木淳氏がタブッキの小説として初めて『島とクジラと女をめぐる断片』を読んだことを知り、読んでみることにした。

この小説は、ポルトガルの大西洋沖にある群島アソーレス諸島を舞台としている。わたしもポルトガル滞在中、この群島の一つ、テルセイラ島のアンゴラ・ド・エロイズモという世界遺産となっている都市を訪れた。タブッキの小説を読む限り、わたしはタブッキがこの群島を訪れ、小説の題材となるような断片をノートし、その中から一つ一つを小説として仕上げていったのではないか、と想像された。わたしには小説というより、タブッキのアソーレス諸島に関するノートといった仕上がりである、というのが正直な感想である。

だから、この小説は、須賀が「・・・断片」と題したように、取るに足らないエピソードをノートし、またはカードにしたものを手がかりに書かれていると思われるから、必然的に断片にならざるを得なかったのではないか。よって、断片化という主題がタブッキの中にあったことは認められるも、その必然性もあったのだから、この小説のタイトルに「・・・断片」という言葉を入れることは実は必要なかったのではないか。わたしであれば、やはり原題通りでよかったのではないかと思ったのである。

それはさておき、この小説群のなかで、わたしは「アンテール・デ・ケンタル-ある生涯の物語」と「ピム港の女-ある物語」が特に読みやすく、印象深かった。前者はアソーレス出身のポルトガル詩人の生涯を凝縮した小説、そして、もう一つは、タブッキがアソーレス諸島滞在中に出会った老人から題材を借用したと思われるような小説で、どちらも映像が浮かび上がってくるような描写がよい。

アソーレス諸島という日本でもまだ知られていない群島であるために、この小説は日本人にとっては特に想像をかきたてられるものになっているかもしれない。小説の最後に補注があるが、この群島にはフランドル人の植民地化もあり、民族音楽、民間伝承にもその特徴が残っているという。ポルトガルの歴史は、この群島のことだけでなく、本国の歴史の理解のためにも実はフランドル世界との交流の理解が重要であるのだが、そのことはあまり知られていないかもしれない。

タブッキがポルトガル本国だけでなく、アソーレス諸島まで小説の題材としていることを知り、彼のポルトガル世界への興味の深さを知ることができたことは収穫であった。『インド夜想曲』も映画は観たが、須賀の翻訳であるので読んでいない。が、一度は読んでおいた方がよさそうである。

*ピム港はファイアル島オルタ(Horta)の南に位置する小さな入り江を指すようである。ピム港とグーグルで検索しても出てこない。

by kurarc | 2019-01-11 23:51 | books

建築家青木淳『建築文学傑作選』 文学、建築のゆらぎ

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建築家青木淳選による『建築文学傑作選』(講談社文芸文庫)という著書がある。わたしはこの選集で、青木が選定した10篇の作品よりも、まずはこの選集の解説(青木が担当)に心が奪われた。それは、青木の文学に対する「思考」であり、「指向」が明らかにされていたからであり、青木が文学を語りながら、その裏で、建築論にもなっているすばらしい解説であったからである。

10篇の初めに登場する須賀敦子の『ヴェネツイアの悲しみ』を青木は、「この小篇は起承転結に代表されるような静的な構造をもっていない。全体をつくる要素は、それぞれが独立するいくつものエピソードであって、それらエピソードが、その独立性をたもったまま、つながったり、とぎれたり、ほかのエピソードを入れ子状につつんだりしながら進んでいく。・・・人という存在の「たよりなさ」にもっとも見合った幾何学ではないか、・・・」と選定の理由を述べている。わたしであれば、須賀の文章の論理性のなさに呆れてしまうと評したいところであるが、青木はそれこそが彼女の文学のゆらぎであり、そのゆらぎのしなやかな構造に敬服しているのである。

この10篇の中に坂口安吾の作品は含まれていないが、坂口の文学の紹介もしていて、人間にとっての「ふるさと」を論じる坂口の文章を引用している。「・・・我々のふるさとというものは、このようにむごたらしく、救いようのないものでありましょうか。・・・むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが唯一の救いなのであります。・・・わたしは・・・人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる-わたしはそう思います。」(坂口安吾『文学のふるさと』)

こうした坂口の思想から、青木は、人を忖度しないこと、それは即物的なものにつながり、美しいものにつながる、ということを理解しようとしている。彼のこうした感性には脱帽した。文学の中に、言葉の中に建築を見て、建築の中に文学を見ることは可能なのだと思わされた。

現代はロラン・バルトの言葉で言うと、「ゆらぎ」の時代かもしれない。確かな構造ではなく、絶えず変化し、断片化し、連続し不連続であり、首尾一貫性をもたず、しかも、構築されていないということでもない。そういう「構築物」をつくることが新しい建築につながるだろう。そのように思わせる青木の解説であった。

by kurarc | 2019-01-08 19:22 | books

モノローグ 『ノヴェチェント ある独白』(『海の上のピアニスト』)

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映画『海の上のピアニスト』の原作、『ノヴェチェント ある独白』(アレッサンドロ・バリッコ著)を読了。1時間もあれば読める中編小説のような作品である。原作はモノローグ、すなわち一人芝居のかたちを想定した作品であるが、これを映画では壮大なドラマに仕立てた。

映画で登場したトランペッターは一応登場していた。しかし、「コーン」などという名前はつけられていない。また、映画の主題歌が誕生するシーンは映画用の演出で、こちらは原作には登場していない。多少の差異はあるものの、おおむね原作を忠実に映画化していることがわかった。

このモノローグと映画の両方を経験して考えたことは、この作品は「人間を取り巻くヒエラルキー」を表現しているのではないか、ということである。

ピアニスト=職業=生きる場所
船=社会=国家
海=世界=地球

のようなヒエラルキーが想像された。主人公は一生船から陸に降りることができずに、死んでいくが、わたしが疑問に思ったのは、主人公「ノヴェチェント」は生涯暮らした大型汽船ヴァージニアン号が廃船になったとき、なぜ別の汽船へと自分の生きる場所を求めなかったのか?ということである。この作品では作品としてのドラマ化を高揚させるためにもちろんそのような選択は避けられたのだろうが、普通に考えれば、ノヴェチェントの生きる道は存在したはずなのだ。

しかし、このものがたりは20世紀初頭。21世紀のわたしたちのものがたりではない。船を乗り換えることは、たとえば、イタリア人が日本人になるようなこと。その選択はノヴェチェントには不可能だったということなのだろうか・・・

イタリアではすでに200回以上もこのモノローグが上演されているという。一度、日本でも体験してみたいものである。



by kurarc | 2019-01-05 19:08 | books

『映画の天使』 宮川一夫、淀川長治対談集

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黒澤映画『羅生門』や溝口映画の『雨月物語』、『近松物語』のカメラを担当した宮川一夫氏と映画解説の淀川長治氏の対談集を正月早々読了。1時間もあれば読める対談集である。

昨年は映画の音楽に注目したが、今年はそれだけでなくカメラワーク、さらに原作、脚本など映画づくりに関連する諸々の作業を学んでいきたいと思っている。

宮川氏は世界の名だたる映画監督たちが尊敬するカメラマンである。この書物の題名は、ヴィム・ヴェンダースが黒澤監督の川喜田賞受賞パーティー席上で二人を見て、「東京の天使」と言われたというエピソードから名付けられたという。宮川氏がカメラワークを担当した映画はわたしの好きなものばかりなので、どのようなカメラワークの考え方で映画をつくるのか知りたかったのである。

この対談集ではカメラの手法についてはあまりふれられていないが、『雨月物語』の船のシーンは船を動かすのではなく、カメラをクレーンで吊って動かすことで、船の動きを表現したことなど、苦労話が語られている。

宮川氏は溝口の映画では『西鶴一代女』が凄い、と言っていて、これはわたしと同感であったので驚いた。しかし、カメラを担当したのは宮川氏ではなく、平野好美氏であるという。この平野氏はその後、消息が不明ということらしい。(昨年は近松に着目したが、今年は西鶴か・・・)

映画はいまやわたしの趣味を超える存在となっている。映画を見続けるのはもちろんわたしの本業である建築の糧となるからであるが、今年は映画をさらに深く理解できるよう、数多くの名作、傑作に出会えることを楽しみにしたい。

by kurarc | 2019-01-01 19:19 | books

ロラン・バルト著 『エッフェル塔』

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ロラン・バルト著の『エッフェル塔』を30数年ぶりに読み返した。これほど優れた名訳であったかと驚いたことと、初めて読んだときにあまり面白みを感じなかったと思うが、今回はこんなに楽しい書物であったのか、と一気に読んでしまう。

モーパッサンのエッフェル塔嫌いの紹介からはじまるこの小論は、バルトがエッフェル塔を経験することから湧き上がるイメージ、すなわち、歴史、自然、テクノロジー、パノラマ的視線、19世紀、動物から植物etc.を一気に書き留めたような小論であり、きっと、短時間にまとめ上げたものに違いない。

エッフェル塔という一つの塔からバルト流のエクリチュールがあふれ出したような小論は、興味が尽きない。エッフェル塔が「記念碑の零度」を実現していることが重要だとするバルトらしい発見、そのことが「過去の聖なる重さを振り払い、歴史の呪縛力への犯行と破壊行為」であることをバルトは見抜いている。

しかし、建築を生業とするものからみると、バルトが語り尽くしていないこと、それは、この構築物をいかにデザイン、設計していったのか、そのことがわたしはもっとも興味あることだが、バルトはそこまでは語られない。つまり、その部分は建築家、または建築史家が語らなければならない宿題であると思われた。

モーパッサンはエッフェル塔が嫌いなため、エッフェル塔のレストランで食事をしたという。ここがパリでエッフェル塔を見ないですむ唯一の場所だからだと。しかし、エッフェル塔は見るに値する塔であることはすでに明らかとなった。それはエッフェルがもちろん確信していたことである。

*エッフェル塔を実際に設計し、構造の検討を行ったのは、ステファン・ソーヴェストル(建築家)とモーリス・ケクラン(構造家)である。

by kurarc | 2018-12-22 17:59 | books

ロラン・バルト再入門

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最近、わたしはロラン・バルトに再び注目している。彼は一時忘れられた批評家、思想家であったが、近年、新訳などが相次いで出版されるようになったことや、石川美子氏によるロラン・バルトの入門書ともいうべき、『ロラン・バルト 言語を愛し恐れつづけた批評家』によって、バルトの思考の全容が理解しやすくなったことが大きい。

石川氏の著書によれば、バルトはかなりの苦労人であることがわかった。父親を1歳にもみたないとき第一次大戦でなくしたため、父の記憶もなく、20代の大半を結核の治療に費やしている。居所も次から次へと転居し、やっとパリに落ち着くのは40歳を超える頃であった。

日本におけるバルトの後継者とも言える多木浩二先生の講義を大学時代に受けたものの、『零度のエクリチュール』の難解さもあり、バルトの全貌を理解するまでには及んでいない。多木先生の著作の理解のためにもバルトの批評への理解は不可欠であることもあり、再び学習し始めたのである。

特に最近読み始めた『明るい部屋』という著作の新鮮さは、バルトをまた新たな眼差しで捉えるきっかけとなった。この著作は、彼の写真に対する思考の軌跡が素直に綴られていて、非常に読み安い。この著作によって、『零度のエクリチュール』のような難解な作者という印象を払拭できたのである。

彼の終の住処は、パリ、セルヴァンドニ通り(上写真)というサン=シュルピス教会とリュクサンブール公園を結ぶ小径に面したアパルトマンであったという。その6階と屋根裏部屋が彼の住居となり、屋根裏部屋が彼の書斎であった。(後に、母親の身体が弱ってきたときには、同じアパルトマンの3階に移った)このささやかな小径をグーグルアースでみると、パリの中でもバルトらしい静寂な空間を住まいとして選んだということがよく理解できる。

常に権威づけられたものを嫌い、「自然」なものとして押しつけられることを嫌った彼の「零度」の概念、思考をもう一度学びなおしたいと思っている。

by kurarc | 2018-12-12 17:32 | books

薫啓章(トン・カイチョン)著 『地図集』

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台湾や中国関連の映画を観ていて、出会った書物である。その書物のタイトルにまず興味をもったことと、香港人によるボルヘス、カルヴィーノ風小説だ、という点にも興味をもった。わたしとほぼ同世代の作家である。驚いたことに、香港文学がその原文から翻訳されたものは、この書物が初めてということである。

読み始めたばかりであるので、詳しくは語れないが、論文を読んでいるような感覚でありながら、それらはすべてデタラメ、そしてれっきとした小説である。この書物には『地図集』以外の小説も含むが、『地図集』は理論篇、都市篇、街路篇、記号篇という4つのパートからなる。1997年のイギリスから中国への香港返還がこの小説を書く動機となったということだが、そのタイトルからわれわれのような建築や都市を考えているものにとって刺激となる。カルヴィーノの『見えない都市』が様々な都市を記述しながら、それらの都市が実は一つの都市ベネチアを舞台としているように、この小説も香港という唯一の都市の記憶とそこから発生する幻想を小説に現したようである。

たとえば、地図篇の「取替地|displace」では、地図の本質(地図という虚構)が語られる。最近、日本でも北方領土問題がメディアで取り上げられるが、そもそも北方領土とは「日本固有」の領土(土地)であるのか?

薫啓章(トン・カイチョン)は上の章でこんなことを語っている。
「・・・地図上すべての場所は取替地であり、どんな場所もかつてはそれ自身でなかったし、永遠に別の場所に取り替えられるのである。・・・実のところ地図では、我々は永遠に行きたい場所にはたどり着けず、同時に我々はすでに避けようもなく、その場所の取替地へたどりついてしまっている・・・」

地図(場所)、都市、街路、記号・・・などを問題としていることからわかるように、彼はわたしと同時代の知を生きてきた青年であったようだ。それは香港という場所で育ったからなのだろう。台湾と同様、香港人の知性にも敏感でいた方がよいようである。

by kurarc | 2018-11-27 22:12 | books

『BUILDING THE ESCORIAL』 ジョージ・クブラー著


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久しぶりにアマゾンで洋書(古本)を購入した。イギリスからおよそ1週間で届いたが、その古書を見て驚いた。どうも、大学の図書館から盗まれたものらしく、ロンドンの"BIRKBECK COLLEGE LIBRARY"の印が押してあった。アマゾンも気をつけてほしいものである。

今年、ジョージ・クブラーの翻訳本が出版された。日本では多分初めてのことではないだろうか。クブラーは中南米美術の研究者であり、その関連で、スペインやポルトガルの美術、建築に造詣が深い。

エル・エスコリアルを訪ねたのは、ポルトガル滞在中の1999年であった。マドリードから列車で1時間ほどであったと記憶している。エスコリアル宮という特殊な建築を見学するためだが、その当時、この建築とポルトガルの建築との関連性などは考える力もなかった。しかし、このエレーラによる建築が、スペインで無装飾様式と呼ばれ、同時代のポルトガル建築の無装飾性とどのように関連しているのかは、クブラーにとって重要なテーマであったに違いない。スペインとポルトガルの影響下にある中南米を研究するためには、必然的にイベリア半島全体の文化の探求が不可欠になることは言うまでもない。

スペインにおける無装飾様式というテーマを研究するものが日本にいるのかどうかは知らないが、興味深いテーマである。それは、機能主義、合理主義建築の発端を考えるときに重要であるから。クブラーは両国の無装飾様式、スペイン(ディスオルナメンタード)とポルトガル(エスティロ・シャオン)の文化的差異についてどうも本書で結論づけている。そこが知りたかったのである。



by kurarc | 2018-11-20 23:40 | books