Archiscape


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by S.K.
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カテゴリ:design( 157 )

日常の中のデザイン21 手ぬぐい

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手ぬぐいはあまり使用することはない。圧倒的にタオルを使う。しかし、建築現場でヘルメットを被るとき、夏場には手ぬぐいを一枚、ヘルメット内に入れて、汗取りとして使用する。剣道をする人はよく知っていると思うが、面を被るときに頭に巻くあの手ぬぐいのように。

手ぬぐいを1枚しかもっていなかったこともあり、「nugoo」という東京駅前KITTE内の店(上写真、nugooのHPより引用)でフレンチブルーの市松模様のものを1枚購入することにした。「市松模様」の「市松」とは人名で、昔は「石畳」と言ったようだが、歌舞伎役者の佐野川市松が舞台衣装の袴などにこの模様を用いてから市松模様と呼ばれるようになったのだという。

店員の方に、手ぬぐいのについての素朴な疑問をぶつけてみた。手ぬぐいの端部はなぜ切りっぱなしなのか?タオルは端部の処理が四隅になされているが、手ぬぐいは長手のみである。

この質問に対して、店員の方いわく、「よく乾くようにこうしている」ということと、もう一つ、「手ですぐに裂けるように昔からこうなっています」とのこと。非常に合理的な理由で、納得した。反物をただ切断しただけだから、だとも思うが、そのあたりは定かではない。

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by kurarc | 2018-05-18 23:51 | design

椅子の未来

長時間座ることが健康を害することが常識になってきた。そうしたデータをデザイナーたちはどのように受け止めるべきなのか?ほとんどのデザイナーは無視して、相変わらず工法だの素材にこだわったデザイン、あるいは北欧風(デンマーク風)の椅子をデザインし続けている。

椅子のデザインが破綻しているもう一つの事実は、椅子の補助具の普及にも現れている。座り心地や背骨、骨盤を矯正するような椅子の補助具が数多く出回るようになった。しかし、これらも一時しのぎの道具であり、こうした道具を使い座り続ければ、健康を害することは目に見えている。こうした補助具を使った方がよい、という程度だと思われる。

こうした状況を踏まえると、椅子の未来はどのように変化していくのだろうか?椅子をなくすことはもちろんできない。立ち続けて仕事をするようになるとも思われない。椅子に短時間しか座らなければどんな椅子でもよい、と言えるのかもしれない。30分座り、30分立つような作業ができるのであれば、現在の椅子でも支障はない。求められているのは机のフレキシブル性とも言えるのかもしれない。(実際、上下する机は先進的なオフィスでは導入されている)これらの机に対応した椅子が求められると考えると、立った状態で座れる(立った状態で座る、というこの矛盾した状態をなんと表現したらよいのだろう)ような椅子の必要性も生じてくるのかもしれない。(立った様態で座る必要はない、とも言えるが)

デンマーク風のデザインが相変わらず椅子のデザイン界を席巻しているが、こうした状況は20世紀の夢から覚めていないのと同じではないか。そういうこのわたしも、過去のデザインを参照し、それらを変化させただけのデザインを考え続けてきた。過去を学ぶことは大切だが、このことはヴィンテージ品を抜け出るものにはなり得ない。

もうそろそろ、根本的に椅子のデザインを考えなおさなければならない時期に来ているように思われるが、椅子という道具は保守的な道具(ある意味で普遍的な道具であり、古代エジプトから変化していない)であり、そう易々と変化していくような代物でもない気がする。つまり、机の変化の方が重要であり、椅子は従来のデザインをかたくなに守り続けるようにも思えてならない。

冷めたデザイナーは言うかもしれない。「単に長時間座らないようにすればいいだけだよ」と。

*試しに、「スタンディングチェア」で検索してみると、すでにいろいろなデザインの椅子が開発されていた。わたしが無知であっただけのようだ。

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by kurarc | 2018-05-03 23:47 | design

本棚と本の背表紙

25年くらい前になるだろうか、自分でデザインした本棚を6ヶ、ずっと使い続けている。奥行き300mmのもの4ヶと220mmのもの2ヶ、幅800〜900mm、高さは1770~1800mmで、吉祥寺に住んでいたときの部屋に合わせてつくったものである。もちろん、これだけでは不足するから、床に置いたり、市販の本棚で補足している。

奥行きが300mmになぜしたのか、本棚は自立させなくてはならないから、ある程度の奥行きが必要になること、そのくらいの奥行きであれば、かなりの大型本が収納できることからである。220mmの方は文庫や新書、それに小説のような単行本を収納するためにつくったものである。

問題なのは、本が増えてくるにつれて、本を奥と手前に二重に重ねて収納するようになったことである。そうすると奥の背表紙が見えないため、その本が常に目につかない状態になるし、取り出すのにも一苦労することになった。

こうした不便さを考えると、本棚は自立式ではなく、壁に奥行きを自由に設定できるような金物をしつらえて、本棚をつくることが理想のように感じる。本を二重に収納して、後方の本の背表紙を見えないようにしてしまうのは、本運?が悪くなりそうな気がするのだ。少なくとも、本を大切に扱うような収納方法ではない。

こうした不便さをなくすためにも、本棚を作り得る様々な場所、たとえば、トイレ、洗面所、廊下etc.にしつらえるのも一つの方法かもしれない。最近、安価な文庫本専用本棚を購入し、文庫を重ねて収納することをやめてみた。そのせいか、本が活き活きと自己主張しはじめたかのように感じる。本は背表紙を隠すことのないように、なるべく重ねて置かないように工夫したいものである。

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by kurarc | 2018-04-02 22:26 | design

ニコンF3復活

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ポルトガルへ遊学するおりに、建築写真を撮影するために中古のニコンF3とシフトレンズ28mmを購入した。帰国してからはデジタルカメラへ移行したために、ずっと保管したままになっていた。友人のカメラマンの勧めもあり、F3を復活させ、再度この名器といわれるマニュアルカメラを使うことにした。

今朝、早速、コダックの400TMAXという白黒フィルムを装備して、井の頭公園に向かう。桜はまだ5分咲き程度。桜を撮影するつもりではなく、幼い頃から気になっている場所、自然などを15枚ほど撮影してきた。これを現像し、友人のカメラマンの指導でプリントまで行う予定である。

1980年の発売から20年間愛されたカメラということで、現在でもプロのカメラマンにも愛されているという。久しぶりに重々しい感触と心地よいシャッター音を味わう。デジタルカメラのようにその場でどのように写ったのかわからないことが逆に新鮮である。昔は当たり前だったこうした感覚をすっかり忘却してしまっていた。今では露出を気にすることもなく、シャッターを切るようになってしまったが、そのことがカメラの理解から遠ざかってしまったような気がするのである。

これからでも遅くはない。F3を使っていると、やはりわたしはマニュアル派なのだ、と今更ながら気づく。どのような写真が撮影されているのか、きっと一ヶ月後くらいにしかわからないが、その間が楽しいのである。

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by kurarc | 2018-03-24 19:03 | design

日常の中のデザイン20 クリステル社の鍋

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料理研究家の有元葉子さんが、15年ほど前に出版した本、『有元葉子の道具選び』を手に取った。彼女がどのような道具で料理をするのか気になったからである。

最初にまな板の紹介があり、そのすぐあとに紹介されているのが、フランス、クリステル社の鍋である。鍋は台所ではかさばり、置き場所に困ることが多いが、クリステル社の鍋(上写真)は入れ子状に収納することができる。この鍋の廉価版が日本ではコマーシャルなどで紹介されているが、クリステル社の鍋がすぐれているのは、持ち手のデザインである。持ち手のハンドル、クリップが取り外しできるようになっていて、それぞれ、調理の仕方に従って使い分けができるように工夫されていることである。持ち手(長い柄)がないため、オーブンにもそのまま入れることができるデザインにもなっている。

好みの道具が見つかると、料理が目的なのに、いつの間にか、その道具を使いたいがために料理するという目的の転倒がおこる。音楽なども同様のような気がする。わたしの場合は、トランペットという道具から離れられなくなったがために音楽をやっているところもある。これは、あまり好ましいことではないかもしれないが、道具とは行動を促す媒介、相棒なのである。

最初に紹介されているまな板も興味を持った。オリーブのまな板だが、その形状が長方形ではなく、木を切ったカタチのままなのだ。日本のまな板は長方形、または正方形に近い形状がほとんどだが、考えてみれば、その形状にこだわることはない。しかし、こうした自由な形状のまな板を使う場合は、かなり余裕のあるキッチンが必要になるだろう。

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by kurarc | 2018-03-08 22:19 | design

富山デザインコンペティション

富山デザインコンペティションの受賞作品を掲載しているリーフレットをいつも郵送いただいている。わたしも毎回ではないが、作品を提出しているが、まだ入選、入賞はしたことがない。片手間でやっていることと、富山へ行く時間がなく、富山県のもっている技術力を実際に実感できないでいるので、なかなかリアリティのある作品を発想することができないのが敗因だと思う。

2017年のコンクールでとやまデザイン賞を受賞したのは、段ボールのガムテープを切断するためのカッターのようなもの。しかし、カッターではない。「石器」という意味のタイトルがついているように、石器時代の道具を想像させるデザインである。アマゾンなどで届く段ボールを開封するための道具といえる。段ボールとつきあうことが多くなった現代人に必要なものだが、そのデザインが非常に原始的であることが評価されたのだろう。

しかし、よく考えると、わたしはいわゆるカッターで開封すればよいのではないか、と思うのである。このデザインが万人に普及するとも思えない。このデザインは、そのフォルムの美しさが評価されたのであって、日常的に使用される道具とはなりそうもない。カッターは紙も切れるし、お菓子の袋も切れる。そしてもちろん、段ボールのガムテープも切ることができる。そうした汎用性は捨てがたい。

デザインコンクールにはそれぞれ入賞する作品にコンクール独自の癖のようなものが感じられる。その癖に自分の発想が受け入れられるのか、ということが入賞するには重要になる。つまり、審査員の顔をみて作品を考える、ということもある意味で必要になってくる。コンクールとはそもそもそのようなものかもしれないから、こうした事実は否定すべきものでもないと思うが、入賞するために努力するのではなく、あくまで商品として流通し、日常的に使用されるデザインを目指したいものである。



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by kurarc | 2018-02-22 23:01 | design

日常の中のデザイン19 歯ブラシ システマC41超コンパクト

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歯ブラシの選択は結構苦労する。文具もそうだが、日本ではあまりにも多種多様なデザインが発売されており、そのどれを選択するのか困惑してしまうのだ。

以前、入院した際、その病院の売店で購入した歯ブラシの大きさが使いよく、それからは超コンパクトの形状の歯ブラシを購入している。こうした歯ブラシだと、奥歯の裏までよく磨くことができるため、歯医者に行ったときに、磨き残しがある、といわれることはなくなった。(デンタルフロスの使用も必須であるが)

最近購入した歯ブラシの中では、システマC41超コンパクト(色:ナチュラル)が使いご心地がはなはだよい。堅さはふつうだが、歯茎にあたる感触はきつくなく、歯ブラシの腰が強いため、歯と歯の隙間もよく磨くことができる。さらに気に入ったのは、この歯ブラシは、枝が透明なデザイン(ナチュラル)があることである。歯ブラシの色彩などどうでもよいことかもしれないが、どういでもよいものであれば、色彩などないのがもっとも好ましい訳である。

歯ブラシは毎日使用するものだけに、選定には注意が必要である。

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by kurarc | 2018-02-04 20:36 | design

フォールディング・ファニチャー展記録集

武蔵美で行われていた椅子学講座最終日に、島崎信先生より紹介のあった『フォールディング・ファニチャー展記録集』を古書籍で購入した。1989年に開催された折りたたみ家具の展覧会の記録集である。折りたたみ椅子、折りたたみテーブルなど計162の家具がまとめられている。

日本には折り紙など折りたたむ文化が根付いているが、折りたたむことはもちろん普遍的な様態であるから、世界各国に様々な折りたたみ家具が存在する。日本では、新居猛氏の一連の家具が折りたたみ家具では知られている。

島崎先生の講義でも明らかにされたが、折りたたむたたみ方は、大きく4つの方法、「前後」、「左右」、「中心」、「多方向、その他」に分類される。家具によっては複雑なたたみ方になり、日常的な使用には不都合が生じるものもある。折りたたみ方が容易であり、折りたたんだ時に自立するものであればなお良いということになるが、なかなか自立するものは少ない。

家具のデザインでも同様だが、折りたたみ方にもデザインのセンスが現れる。コーレ・クリントのデッキ・チェア、プロペラ・スツールやモーエンス・コッホのフォールディング・チェア、ポール・ケアハン(ケアホルム)のフォールディング・スツールなどは、その中でも突出したデザインといってよいだろう。

わたしも事務所でイタリア製の安価なフォールディング・チェアを使用している。注意が必要なのは、フォールディング・チェアの場合、台代わりに乗るような使用法は避けることである。乗った時に折りたたまれてしまうことがあり、非常に危険だからである。

日本の座布団なども移動可能な調度品であるが、そうした調度品に近いフォールディング・ファニチャーを深化させることは、日本人のスペースの使い方に合致するものであり、今後もさらに研究が必要な分野と言えるだろう。


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by kurarc | 2017-11-16 13:27 | design

日本民藝館 ウィンザーチェア展へ

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昨日、武蔵美で行われていた島崎信先生による4回にわたる家具のレクチャーが終了。島崎先生の緻密な家具のレクチャーに参加でき、多大な収穫を得ることができた。その講義の打ち上げの中で、日本民藝館でウィンザーチェア展が開催されていることを知り、早速見学してきた。

日本民藝館は30年ぶりくらいになるだろうか。修士論文を書いている時に訪れたきりであったと思う。どのようなウィンザーチェアが展示されているのか楽しみであったが、その展示方法にいささかがっかりした。多くがガラスケースの中に収蔵され、そうでないものは、「お手を触れないでください」という張り紙が全てに付されていた。腰掛けられるものは皆無。なんのための家具展なのだろうか、と腹立たしくなった。

民藝については、修士論文を書いている時に少しだけ考えたことがある。修士論文で取り上げたブルーノ・タウトという建築家が民藝運動と関わったことがあったためである。もちろん、こうした運動がなければ、目に見える形で残ることはなく、様々な民芸品は消失してしまっていたのだろうが、ガラス越しにみる民芸品とは一体何物であるのだろう、と思ってしまう。これは、明らかに民芸品が藝術品へ転倒してしまった姿である。こうした転倒が果たして民芸品としてふさわしかったのかどうか、わたしには違和感しか残らなかった。(『民芸、理論の崩壊と様式の誕生』出川直樹著、新潮社などを参照)

日本民藝館の建築(上写真)もわたしにはキッチュに見える。大げさな大谷石の使い方と、貼り付けたようななまこ壁の意匠。これが藝術としての建築ならば、わたしはバラック建築で十分である。こうした重々しい意匠をまとわせることでどれほどの部材が過剰に使われるのかと思うと、無駄としか思えないのである。

ウィンザーチェアを手で触ることも座ることも許されないような展示方法に、腹立たしさしか残らず、帰路につくことになった。こうした方針は今後も続くのだろうが、少なくとも2、3脚について座ることができ、触れることができるような展示を考えるべきである。

*『民芸、理論の崩壊と様式の誕生』出川直樹著は、新版『人間復興の工芸 「民芸」を超えて』という新著でより深い次元で、民芸を批判している。驚いたことに、この新版の解説を、大学院時代にお世話になった内田雄造先生が書かれていたことを知った。この新版を手に取り、初めて気がついた。偶然とは思えない出会いであった。

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by kurarc | 2017-11-12 16:02 | design

トーネットの合板家具

ミヒャエル・トーネットは曲木の技術を確立させ、家具の工業化に成功したデザイナーであり、実業家である。わたしが天童木工から販売させていただいたガラステーブル(カテナリア)も、カテナリー曲線を使用するという構造的なコンセプトともう一つ、トーネットの曲木家具を曲板、つまり合板でつくる(合板に変換する)、という材料上のコンセプトから考えられたものであった。

しかし、武蔵野美術大学で受講している島崎信先生の家具のレクチャーの合間、島崎先生にガラステーブル(カタログで)を見ていただき、コンセプトなどについて説明させていただくと、

「トーネットは、最初、合板家具から出発しているのを知っていますか。」

と、言われ、我に返った。わたしのコンセプトの説明の仕方は間違っていたのである。つまり、以下のように正さなければならないということである。

「当初、トーネットは合板で家具をつくりはじめた。その時代のトーネットの思いを継承し、テーブルを考えてみました」

と、少なくともこの程度に正さないと的外れになってしまう、ということである。カテナリアは、しかし、トーネットの曲木家具から多くのインスピレーションを得たことは確かであるから、すべて間違いということにならないが、トーネットが合板家具から出発していたということを意識しなければいけなかったということである。

SD選書(鹿島出版会)の中にカール・マング著の『トーネット曲木家具』があり、わたしも読んだが、この本の最初に実はこの合板家具に関する記述がある。わたしはこの記述をすっかり忘れていただけだった、ということだが、無意識に残っていて、「合板によるトーネット」というコンセプトが生まれたのかもしれない。

*日本では多分大半の人は、曲木から合板へという流れによって、家具が進化してきたと思われていると思うが、それは逆で、合板から曲木という流れであったということである。変化は、接着剤や合板を有効に接着するための高周波機器が意外と新しい技術ということもあり、合板が新しい技術だと勘違いしているということだと思う。



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by kurarc | 2017-07-15 21:59 | design


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