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三鷹市大沢 復原された「わさび農家」(旧箕輪家)見学

三鷹市の文化財市民協力員養成講座の一環として、三鷹市大沢のわさび農家を見学。

三鷹市大沢に残る旧箕輪家住宅主屋が今年復原工事を終え、11月から一般に公開される。三鷹市民の有志がこの農家の由来などを学び、見学に来られる人々にガイドするための事前学習会が今日行われた。

公開前なので、写真は掲載できないが、思った以上に優れた農家であり感心した。まずは明解な構造とわさび田(現在は整備中)に開かれたプラン、また屋根は防火上銅板で葺かれたが、オリジナルは「麦から」を使用したことが復原工事の段階でわかったという。麦を使って屋根を葺くのは大変珍しいことだという。

また、興味深いのは、オーナーが土壁を塗るのにお金がかかるため、竹小舞が残され、露出した壁があったということだが、その壁をそのまま残したことで、竹小舞がどのように組まれているのかがわかり、学習しやすいこと。結果として、訪れた人々に大変説明しやすい状態となっている。

農家のスケール感もよく、この農家を建設した大工は、相当腕のよい大工であったことが想像される。残念なのはわさび田の手入れがなされていず、当時の風情を感じるまでにはいたっていないこと。湧水の量もかなり減少し、わさびを育てるには厳しい環境であるということだが、なんとしてもわさび田を含めて復原し、三鷹に残っていたわさび農家の原風景を感じられる環境へと成長してもらいたいと思う。

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by kurarc | 2018-09-16 00:04 | design

ヘリンボーン模様

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現在進めている住宅で、クライアントの方からヘリンボーン(herringbone)仕様(正確には、フレンチ・ヘリンボーン、写真上下はWikipediaより引用、建築や布に現れたもの))の床組にしたい、というご要望があった。この模様をどこかで記憶していたが、先日久しぶりに訪ねた従兄の家の床組がこのヘリンボーンであった。

日本語では、杉綾とか矢筈模様などと表記されるようだが、英語の意味は「ニシンの骨」の意味。こうしたどこの世界、土地にも普遍的に現れる模様には、幾何学的、数学的合理性が潜んでいることは間違いない。この模様を立体的に積み上げたのが、ブルネレスキによるフィレンツェのドーモのレンガ積みであることは建築学でよく知られている。

昨日行った恵比寿ガーデンプレイスの床のタイルもこのヘリンボーン模様であった。この模様は靴底にも使用され、その模様の特性からだと思うが、滑り止めとしての効果を発揮する。建築になぜこのような模様が使われるようになったのかは不明だが、やはり、構造力学上、また、床のような箇所では、堅牢に組み上げられることなど、その機能的特性に優れているからだと思われる。

こうした模様の組み方が最初、どのような土地で使われたのかも不明だが、わたしは現在のエジプトや中近東のイスラム圏であったのではないかと想像する。タイルの発達しているこうした地域で、日干しレンガなどの組み方の中に、最初に現れてきたのではないか?と想像するが、確かなことはわからない。

模様は平面だけでなく、立体的にどのように展開できるかを考えていくと興味深い。ブルネレスキの矢筈積みというのも、なんとはなしに頭に思い描くことはできるが、どのようにレンガを積んでいったのか未だ理解できていないし、謎である。

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by kurarc | 2018-08-19 11:57 | design

日常の中のデザイン23 ビル表示盤

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五反田の東京デザインセンターへサンプルを受け取るために立ち寄った。東京デザインセンターは、マリオ・ベリーニの建築である。日本人では発想できないオフィス建築だな、と行くたびに思わされる。

敷地が傾斜地であり、その斜面を利用した建築は表と裏でまったく様相が変化する。4階のショールームからでも斜面の緑が目にはいてくるから、4階にいる感覚はない。裏側につくられた開放的なギャラリーもよい。重い建築であるのに、その重さが重さとして感じられない。落ち着きと言ったらよいのだろうか。大人の建築である。

今日は、エントランスの壁面にデザインされたビルの表示盤(上写真)に目が行った。これも、ベリーニのデザインなのだろうか?一つ一つのオフィス(ショールーム)の名称が美しく飾られた表示盤である。こうした細部まで手の抜いたところは見られない。いつも思うのは、こうした建築がもっと近くにあればと思うのだが、立地の斜面もこの場所特有の斜面なので、やむを得ないのかもしれない。

わたしは日本人にはできないようなデザインに興味をもっている。いわゆる日本的なものは苦手である。

下:ベリーニ氏デザインの椅子(キャブ・アームレスチェア)とテーブル(ラ・ロトンダ)
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by kurarc | 2018-08-02 18:22 | design

日常の中のデザイン22 長財布

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日常よく使用する道具に長財布がある。現金を持たないという若い世代が増える中、わたしは相変わらず財布を持ち歩いている。以前、カードの不正使用を経験し、現金派になったこともあるし、最小限のカード入れとして必要な道具であるから、長財布は手放せない。

使用していた長財布がかなり傷んできたので、新しいものを購入することにした。ずっと使用していた財布は、小銭入れ部分に不満を感じていたこともある。小銭入れ部分にマチがなく、小銭が端部にひっかかってしまうのである。

地元の百貨店で「CYPRIS」というブランド名の長財布(上写真)を購入することにしたのだが、この長財布はカード入れ部分がハニーセルと名付けられ、袋状に編んであり、カードが取りやすいデザインであったこと、小銭入れにマチがついていたこと、最小限の大きさであったことが購入の決め手となった。

以前持ち歩いていた長財布は収納量が多く、それが仇になっていろいろなものを詰め込んでしまい、膨れ上がり、その結果、鞄の中でかさばり、鞄を太らせる要因になっていた。購入したものは、お札、小銭とカード入れのみというシンプルな構造であり、収納量は少ないが、財布が膨れ上がる心配はなくなった。

いつの頃から長財布を持つようになったが、人前でも恥ずかしくない財布をもつことを意識したことがきっかけだったかもしれない。鞄と同様、財布は個性が現れる道具である。お金を入れる道具であるだけに、品のあるものをもつよう心がけたいと思っている。

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by kurarc | 2018-07-29 00:26 | design

携帯防災用具

大阪で巨大な地震が起きた。小学生の少女がコンクリートブロックの下敷きになるというむごい事故も起きた。最近、東京には大きな地震が起きていなかっただけに、目を覚まされる思いであった。

3.11時に、知り合いの建築家の方が、東京から自宅の藤沢まで歩いた、という話を思い出した。この話を聞いたとき、外出時にはいつでも歩いて自宅まで帰ることができるようにしなくてはならないと思ったが、そんなことはどこ吹く風、頭からまったく消え去っていた。

わたしはこの機会に、外出時(都内)、最低限の携帯防災用具について考えてみることにした。今、思い浮かぶのは以下のような用具である。

01)携帯用地図・・・都内から自宅までの道のりがわかるもの
02)非常食・・・8時間程度歩けるくらいの行動食(のどの通りのよいもの)
03)下着上下一着・・・汗をかいたときの着替え(最低、下着上のみ)
04)雨具(冬場は防寒用具)・・・雨対策用
05)歩きやすい靴・・・8時間程度歩いて疲れない靴を常時使用する
06)水筒(ペットボトル)・・・常に500mlくらいの水を常備
07)ライト・・夜間の歩行のため。停電していることを想定
08)携帯電話用バッテリー・・・携帯電話が3日間程度機能するように。
09)以上を入れて持ち歩ける鞄・・・リック型(ディパック型)になるか
10)眼鏡(携帯用)・・・万が一、眼鏡を紛失、破壊してしまったときのため
11)その他

これだけを常に持ち歩くのは、かなりかさばるし重いだろう。しかし、いざというとき困らないためにも、以上のような用具を厳選しながら、なるべくかさばらず、軽い用具を選定することが求められる。

そういえば、東京都から配布された『東京防災』も一度、熟読しなければ・・・



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by kurarc | 2018-06-25 22:15 | design

日常の中のデザイン21 手ぬぐい

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手ぬぐいはあまり使用することはない。圧倒的にタオルを使う。しかし、建築現場でヘルメットを被るとき、夏場には手ぬぐいを一枚、ヘルメット内に入れて、汗取りとして使用する。剣道をする人はよく知っていると思うが、面を被るときに頭に巻くあの手ぬぐいのように。

手ぬぐいを1枚しかもっていなかったこともあり、「nugoo」という東京駅前KITTE内の店(上写真、nugooのHPより引用)でフレンチブルーの市松模様のものを1枚購入することにした。「市松模様」の「市松」とは人名で、昔は「石畳」と言ったようだが、歌舞伎役者の佐野川市松が舞台衣装の袴などにこの模様を用いてから市松模様と呼ばれるようになったのだという。

店員の方に、手ぬぐいのについての素朴な疑問をぶつけてみた。手ぬぐいの端部はなぜ切りっぱなしなのか?タオルは端部の処理が四隅になされているが、手ぬぐいは長手のみである。

この質問に対して、店員の方いわく、「よく乾くようにこうしている」ということと、もう一つ、「手ですぐに裂けるように昔からこうなっています」とのこと。非常に合理的な理由で、納得した。反物をただ切断しただけだから、だとも思うが、そのあたりは定かではない。

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by kurarc | 2018-05-18 23:51 | design

椅子の未来

長時間座ることが健康を害することが常識になってきた。そうしたデータをデザイナーたちはどのように受け止めるべきなのか?ほとんどのデザイナーは無視して、相変わらず工法だの素材にこだわったデザイン、あるいは北欧風(デンマーク風)の椅子をデザインし続けている。

椅子のデザインが破綻しているもう一つの事実は、椅子の補助具の普及にも現れている。座り心地や背骨、骨盤を矯正するような椅子の補助具が数多く出回るようになった。しかし、これらも一時しのぎの道具であり、こうした道具を使い座り続ければ、健康を害することは目に見えている。こうした補助具を使った方がよい、という程度だと思われる。

こうした状況を踏まえると、椅子の未来はどのように変化していくのだろうか?椅子をなくすことはもちろんできない。立ち続けて仕事をするようになるとも思われない。椅子に短時間しか座らなければどんな椅子でもよい、と言えるのかもしれない。30分座り、30分立つような作業ができるのであれば、現在の椅子でも支障はない。求められているのは机のフレキシブル性とも言えるのかもしれない。(実際、上下する机は先進的なオフィスでは導入されている)これらの机に対応した椅子が求められると考えると、立った状態で座れる(立った状態で座る、というこの矛盾した状態をなんと表現したらよいのだろう)ような椅子の必要性も生じてくるのかもしれない。(立った様態で座る必要はない、とも言えるが)

デンマーク風のデザインが相変わらず椅子のデザイン界を席巻しているが、こうした状況は20世紀の夢から覚めていないのと同じではないか。そういうこのわたしも、過去のデザインを参照し、それらを変化させただけのデザインを考え続けてきた。過去を学ぶことは大切だが、このことはヴィンテージ品を抜け出るものにはなり得ない。

もうそろそろ、根本的に椅子のデザインを考えなおさなければならない時期に来ているように思われるが、椅子という道具は保守的な道具(ある意味で普遍的な道具であり、古代エジプトから変化していない)であり、そう易々と変化していくような代物でもない気がする。つまり、机の変化の方が重要であり、椅子は従来のデザインをかたくなに守り続けるようにも思えてならない。

冷めたデザイナーは言うかもしれない。「単に長時間座らないようにすればいいだけだよ」と。

*試しに、「スタンディングチェア」で検索してみると、すでにいろいろなデザインの椅子が開発されていた。わたしが無知であっただけのようだ。

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by kurarc | 2018-05-03 23:47 | design

本棚と本の背表紙

25年くらい前になるだろうか、自分でデザインした本棚を6ヶ、ずっと使い続けている。奥行き300mmのもの4ヶと220mmのもの2ヶ、幅800〜900mm、高さは1770~1800mmで、吉祥寺に住んでいたときの部屋に合わせてつくったものである。もちろん、これだけでは不足するから、床に置いたり、市販の本棚で補足している。

奥行きが300mmになぜしたのか、本棚は自立させなくてはならないから、ある程度の奥行きが必要になること、そのくらいの奥行きであれば、かなりの大型本が収納できることからである。220mmの方は文庫や新書、それに小説のような単行本を収納するためにつくったものである。

問題なのは、本が増えてくるにつれて、本を奥と手前に二重に重ねて収納するようになったことである。そうすると奥の背表紙が見えないため、その本が常に目につかない状態になるし、取り出すのにも一苦労することになった。

こうした不便さを考えると、本棚は自立式ではなく、壁に奥行きを自由に設定できるような金物をしつらえて、本棚をつくることが理想のように感じる。本を二重に収納して、後方の本の背表紙を見えないようにしてしまうのは、本運?が悪くなりそうな気がするのだ。少なくとも、本を大切に扱うような収納方法ではない。

こうした不便さをなくすためにも、本棚を作り得る様々な場所、たとえば、トイレ、洗面所、廊下etc.にしつらえるのも一つの方法かもしれない。最近、安価な文庫本専用本棚を購入し、文庫を重ねて収納することをやめてみた。そのせいか、本が活き活きと自己主張しはじめたかのように感じる。本は背表紙を隠すことのないように、なるべく重ねて置かないように工夫したいものである。

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by kurarc | 2018-04-02 22:26 | design

ニコンF3復活

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ポルトガルへ遊学するおりに、建築写真を撮影するために中古のニコンF3とシフトレンズ28mmを購入した。帰国してからはデジタルカメラへ移行したために、ずっと保管したままになっていた。友人のカメラマンの勧めもあり、F3を復活させ、再度この名器といわれるマニュアルカメラを使うことにした。

今朝、早速、コダックの400TMAXという白黒フィルムを装備して、井の頭公園に向かう。桜はまだ5分咲き程度。桜を撮影するつもりではなく、幼い頃から気になっている場所、自然などを15枚ほど撮影してきた。これを現像し、友人のカメラマンの指導でプリントまで行う予定である。

1980年の発売から20年間愛されたカメラということで、現在でもプロのカメラマンにも愛されているという。久しぶりに重々しい感触と心地よいシャッター音を味わう。デジタルカメラのようにその場でどのように写ったのかわからないことが逆に新鮮である。昔は当たり前だったこうした感覚をすっかり忘却してしまっていた。今では露出を気にすることもなく、シャッターを切るようになってしまったが、そのことがカメラの理解から遠ざかってしまったような気がするのである。

これからでも遅くはない。F3を使っていると、やはりわたしはマニュアル派なのだ、と今更ながら気づく。どのような写真が撮影されているのか、きっと一ヶ月後くらいにしかわからないが、その間が楽しいのである。

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by kurarc | 2018-03-24 19:03 | design

日常の中のデザイン20 クリステル社の鍋

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料理研究家の有元葉子さんが、15年ほど前に出版した本、『有元葉子の道具選び』を手に取った。彼女がどのような道具で料理をするのか気になったからである。

最初にまな板の紹介があり、そのすぐあとに紹介されているのが、フランス、クリステル社の鍋である。鍋は台所ではかさばり、置き場所に困ることが多いが、クリステル社の鍋(上写真)は入れ子状に収納することができる。この鍋の廉価版が日本ではコマーシャルなどで紹介されているが、クリステル社の鍋がすぐれているのは、持ち手のデザインである。持ち手のハンドル、クリップが取り外しできるようになっていて、それぞれ、調理の仕方に従って使い分けができるように工夫されていることである。持ち手(長い柄)がないため、オーブンにもそのまま入れることができるデザインにもなっている。

好みの道具が見つかると、料理が目的なのに、いつの間にか、その道具を使いたいがために料理するという目的の転倒がおこる。音楽なども同様のような気がする。わたしの場合は、トランペットという道具から離れられなくなったがために音楽をやっているところもある。これは、あまり好ましいことではないかもしれないが、道具とは行動を促す媒介、相棒なのである。

最初に紹介されているまな板も興味を持った。オリーブのまな板だが、その形状が長方形ではなく、木を切ったカタチのままなのだ。日本のまな板は長方形、または正方形に近い形状がほとんどだが、考えてみれば、その形状にこだわることはない。しかし、こうした自由な形状のまな板を使う場合は、かなり余裕のあるキッチンが必要になるだろう。

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by kurarc | 2018-03-08 22:19 | design

Archiscape


by S.K.
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