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カタストロフィーと建築、デザイン

新型コロナウイルスは、社会に大きい影響を及ぼしたが、この疫病により、今後どのようなデザイン、建築計画をしていくのかについて考えなおさなければならないことは数多くあるはずである。以前、このブログで、病院建築の動線について、様々な動線を組み替えられるプランを想定する必要があることを書いた。

日本において、さらに危惧されるのは、巨大噴火である。破局噴火とも呼ばれ、日本における最大のカタストロフィーとなることは間違いないだろう。私たちは、この最大の難局にどのように対処するのか、様々な分野で再考しなければならない時期に来ているのかもしれない。

建築においてはどうだろうか。巨大噴火が発生した場合、まず問題となるのは火山灰である。建築の窓はずっと閉鎖していなければならなくなることは目に見えている。よって、換気が安易にできなくなる。また、外気を吸い込むようなあらゆる設備も使用できなくなる。夏場にエアコンも使えず、窓も開けられない状況が生ずることも考えられる。そう考えると、日当たりを第一に考える日本の建築(特に住宅)の居室は温室化し、居住できるようなスペースとはならなくなるだろう。夏でも、あるいは冬でもエアコンの必要のないスペースが求められるだろう。(冬場は、薪ストーブなどの設備でしのぐことが必要だが、その時にも換気の対策が必要になる。)ソーラー発電で電気をつくるような設備自体も火山灰の影響で一時使用不可能になるだろう。

建築とは関係はないが、マスクも問題となる。現在、やっとマスクが供給され始めたが、火山灰を防せげるような仕様ではない。最低、防塵仕様が必要となる。マスクづくりがそれぞれの地域で始まっていると聞くが、自治体は、そうしたマスクだけでなく、高価な防塵仕様のマスクも備蓄すべきなのであるが、そこまで考えが及んでいるのだろうか?

火山灰は、電気通信機器も破壊する。テレビ、ラジオ、パソコン(特にインターネット)、携帯電話も使用できなくなることが想定される。(いわゆる、ブラックアウトが起こる可能性が高い。)かつ、電気、ガス、水道、および商品、食料の流通もストップするかもしれない。(病院機能が麻痺する可能性も高い)そのような状況で、どのように生き延び、コミュニケーションをとっていくのか、究極の防災計画が必要となることは間違いない。カタストロフィーを想定した建築、デザインを真剣に考えなければならないが、この問題は、建築、デザインの領域をはるかに超えているので、国家レベルで議論されるべき問題だろう。

by kurarc | 2020-06-02 09:34 | design(デザイン)

都市のなかで「座る」ことの意味

新型コロナウイルスの影響で都市の中から椅子が排除されている。都市のなかで「座る」という行為ができなくなっているのである。カフェやレストランの閉鎖、マクドナルドのテイクアウトのみの対応やビルの踊り場にあった椅子の撤去などがあちこちの都市で拡大している。都市へ出ることを控えなければならないが、そうした状況でも一服したくなることはある。それができないのである。

カフェとはコーヒーを楽しむスペースであるということが基本だが、その前に「座るという行為」を行うところである。都市のなかで人は遊歩だけで時間をつぶすことはできない。カフェに入り、「椅子に座り」本を読む、レストランや食堂で「座って」食事をするなど、都市に出るということは、家の外部に出て、なんらかの時間を過ごすために「座る」ことなのである。

都市の発生と「座ること」の成立はパラレルであるのかもしれない。つまり、椅子が普及しはじめたことが都市をつくったのかもしれない。このような考えは、こうした状況に遭遇しなければ考えつかなかっただろう。

それにしても、都市で生活するものにとって、椅子に座るということの重要性について改めて考えてみたくなった。

by kurarc | 2020-04-22 19:40 | design(デザイン)

ウィルス、花粉症時代の玄関しつらえ

このところ、ドラックストアに行列が目立つようになった。マスクを買い求めようとする人の行列である。新型コロナウィルスと花粉症の季節が重なってしまったこともあり、供給が追いつかないのである。商品があふれているような日本も、こうした緊急時には対応できるほどの余裕はないことが明らかとなった。

ここで住宅のプラン、特に玄関周りのしつらえについて考えてみたい。わたしの手がけた住宅の中にもいくつかあるが、玄関脇に土足のまま利用できるウォーキングクローゼットをしつらえるプランについてである。こうしたクローゼットに外出時に着用するコート、オーバー、スーツ、ジャンパーなどを収納する。こうすれば、住宅内部に花粉をもちこまずにすむ。換気設備ほか、空気清浄機なども必要かもしれない。

また、クローゼット内に手洗い器をもうければ、汚い手で住宅内部に入ることを防ぐことができる。現在、玄関内にアルコール消毒液を用意している家庭も増えているのではないだろうか。ただ、ここまで用意周到(ある意味で過剰)な設備設計はしたことがない。

多分、わたしが自邸をつくるときには、スペースに余裕があればこうしたしつらえにするかもしれない。ウォーキングクローゼットまではいかないまでも、クローゼットは玄関に一つほしい。

by kurarc | 2020-02-22 20:39 | design(デザイン)

宇宙から考えるデザイン

昨日取り上げた田中浩也氏の著書『SFを実現する 3Dプリンタの想像力』を読了した。

この著書の後半に、思いがけないデザインのフレームについての言及がなされていた。そもそも3Dプリンタは、自己複製という目標をかかげた技術であった。さらに、つくったものを組み立て、分解するという3Dアセンブラをも視野に入れている。また、つくるための素材のリサイクルも視野に入れていかなくてはならない。

これらの考えは、未来に宇宙空間で生活する人間を想定した技術である、ということがこの著書を読んで感じたことである。有限な宇宙空間のなかで、ものをつくるということは、つくり、廃棄し、また再生産するという素材の循環が必要になってくる。地球上でももちろん、有限性は意識されるようになったが、未だに廃棄を前提とした生産が行われている。それに対し、宇宙で生活することはより厳格な「有限性」を前提とした技術の開発が求められるだろう。

わたしは以前、宇宙に暮らせるようになっても、地球で暮らしていたい、ということをこのブログで書いたが、こうした考えは地球に甘えた考えであった。21世紀以降、地球と宇宙という境界自体を取り払わなくてはならないのである。地球ももはや有限の資源をどのように活用するのかが問われているのだから、それは、宇宙という領域からものづくりを発想するというように思考回路を切り替えていく必要があるということである。

地球も宇宙の中の一つだ、ということを視野に入れながら、デザインを発想しなければならなに時代に入ったということだろう。この著書から学んだ最も大きなフレーム、テーマであり、3Dプリンタ(将来は4Dプリンタ)が環境技術と密接につながっているということを自覚しておかなくてはならないということである。

by kurarc | 2020-02-16 21:14 | design(デザイン)

高岡 クラフトの街視察

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この連休中、富山県高岡を訪問した。以前からクラフトの街として注目していたが、ちょうどこの連休中、街でイベントが開催されることもあり、それに合わせて訪問した。

駅前は閑散としていたが、旧市街である山町筋、また金屋町は蔵造りの街と街屋が連続する街路が構成されていて、金屋町では富山大学の学生が着物姿で街屋の前に座り、観光客のアシスタントを務めていた。

高岡はもともと17世紀初頭、前田利長により開かれた街(つまりもともとは加賀藩)であり、その後、大阪から鋳物職人を連れてきて、金属加工の文化と漆器の文化を築き、商工業の街として栄えた。また、北前船による交易により莫大な富を築いた街である。

およそ400年以上にわたる文化が蓄積された街であり、その全貌を知るまでにはもちろん行かなかったが、街に残る街屋のつくりを見ただけで、その文化の蓄積は十分感じられた。

東京にはもちろんこうした蓄積はない。できればこうした文化都市とつながることでわたしのデザインの幅を広げていきたいと思っている。近いうちに再度訪問できればと思う。
(写真:上から山筋町蔵造りの町並み、金屋町の町並み、その街屋軒先きに吊るされた風鈴)

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by kurarc | 2019-09-23 14:48 | design(デザイン)

防災用品 固形燃料エスビット

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最近、防災用品を準備している。賞味期限の切れたミネラルウォーターを買い替えたり、パック入りのご飯、缶詰、レトルトなどの用意、それに固形燃料としてエスビット(上)のラージサイズを購入した。

わたしは高校、大学と山岳部に所属していた。エスビットは高校時代(40年前)には山用品店で販売しており、日帰りの山行などによく携帯した。主に山でお湯を沸かす時に使用した。初めての海外旅行時にも持参した。ヨーロッパでは山用品店に行けば、エスビットの固形燃料を調達できた。わたしの高校時代は、3日程度の縦走にはホワイトガソリンを燃料としたストーブ(ホエーブス)を持参したが、現在、生産が終了してしまったようだ。

エスビットはミリタリーグッズであり、屋外での使用を想定しているため、室内での使用はお薦めできない。匂いがかなりきつい。また、固形燃料は猛毒であると聞くので、お子さんがいるような家庭では管理に気をつけなければならない。

非常時にベランダやバルコニーに出て、あるいは庭先でお湯を沸かすのには重宝すると思う。また、これは山用品でもあるから、趣味で山登りをされる方は、日常的に使用できる。

あとは、トイレと光、電力の確保だろうか。少しずつ準備をして、災害に備えておきたいと思っている。

*賞味期限の切れたミネラルウォーターはもちろん捨てたりはしない。お湯用にとっておく。以前、賞味期限切れのミネラルウォーターは沸騰させたら飲料可能かメーカーに問い合わせたが、明確な回答は避けられた。そのような使用は考えられていない、といった回答だったと思う。

by kurarc | 2019-08-26 00:02 | design(デザイン)

蔵書票(EXLIBRIS)

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40年以上も前にお世話になった英語の先生からいただいたオリジナルの蔵書票(EXLIBRIS)がある。わたしの名前入りで、エッチングで、ある作家の方に製作していただいたものである。蔵書票は蔵書に貼り付けるものだと思うが、ずっと貼り付けるのがもったいなく、そのまま、保存しておいた。

かなり枚数をいただいたと思うが、今では3枚しか手元になくなっていた。このままにしておくと、いつか失われてしまうと思い、この蔵書票を飾る額縁のようなものをずっと探していた。今日、台湾フェスタの帰りに立ち寄った下北沢のアンティークショップで手頃なガラスの額縁(上写真)を見つけ、購入した。

このアンティークショップでは以前、アルヴァ・アアルトの椅子を購入したことがある。30年以上前のことになる。アンティーク・ショップにはなぜか引きつけられる。それは、懐かしさだけではない。商品として、現在流通していないものに巡り会えるし、こんなデザインができるのか、という新しい発見を楽しめるからだと思う。



by kurarc | 2019-07-28 23:55 | design(デザイン)

大橋晃朗先生 アルミの椅子

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大学時代の友人から大橋晃朗先生のアルミの椅子(ストリート・ファニチャー)が府中の病院の一角に残っていることを聞き、同じ大学の友人と見学に行った。

元都立府中病院があった傍らに池があり、その池の前のスペースに大橋先生のアルミの椅子が4脚ならんでいた。1981年に発表されたボード・チェアシリーズと同じデザインであり、内部での使用のものはアルミが練り付けられた合板で製作された。

こちらは外部で使用されることもあり、アルミの無垢板で製作されたもののようだ。わたしは学生時代、元府中病院の敷地内(確か駐車場)の整備計画のような仕事のデザイン案を見学したが、そのとき、この椅子があることは知らなかった。その当時、すでにあったものか、少し時間が経って設置されたものか、詳しい経緯はわからない。

残念なのは、メンテナンスが行き届いていず、汚れたまま、放置されていた。ニューヨークの近代美術館や香港M+に作品が保管されるようなデザイナーの仕事であることを知らないのだろう。これでは折角の椅子が台無しである。管理者を探してこの椅子をメンテナンスするように近々お願いするつもりである。

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by kurarc | 2019-07-14 23:51 | design(デザイン)

東芝ポータブルCDプレーヤー

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最近の楽器の教則本には、CDが付属しているものが多い。模範演奏や伴奏などを収録したものだが、これらのCDを聴きながら楽器練習用として使用し、重宝するのが、東芝ポータブルCDプレーヤー(スピーカー付き)である。

スピーカーの付属は、CDを聴きながら楽器を練習するには必須である。ヘッドホンをしていては、楽器は練習できないからである。スピードコントロールの装置も着想されていて、曲を練習する場合、わずかにスピードを落として練習ができる。もともとは語学学習用に製品化したものと思えるが、これが楽器を練習するのにちょうどよいのである。

デザインは決してよいものではないが、スマホの普及などにより、こうしたCDプレーヤーは減少したのだろう。現在はスピーカー付きはこの1台しか販売されていないのだという。スマホでは曲をただ聴くのにはよいが、たびたび繰り返して聴きながら練習する場合、パネルタッチではシャープに操作はできない。このCDプレーヤーは曲を聴き終えたところから再生する機能もついているので、時間のロスも少ない。

しかし、このCDプレーやが廃番になるのも時間の問題かもしれない。大切に使用して、少しでも永く使い続けられるようにするしかない。

by kurarc | 2019-06-07 20:15 | design(デザイン)

パリのノートルダム 水平性と垂直性


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ノートルダムの大火災から一夜が過ぎ、少し落ち着いてこの大聖堂を改めて眺めてみた。この大聖堂の特徴は、西側のファサードに限ると、その水平性と垂直性を見事に解決した造形であることに気がつく。

アミアン大聖堂、ランス大聖堂等と比べても、水平性の強調が目につく。ゴシック建築というと垂直性ばかりに目がいってしまうが、ノートルダムに限っては水平性と垂直性の対立を統一した大聖堂といった方がよいのではないだろうか。

この大火災の前日にたまたま『大聖堂のコスモロジー』(馬杉宗夫著)の古本を購入していた。この書物にもそのことが書かれていて、「王のギャラリー」と言われる旧約聖書に登場するユダヤの王たちを表現した水平性とその上部に表現された水平帯の表現は素直で、他の大聖堂と大きく異なる要素になっており、バランスのよいデザインにまとめられている。

「王のギャラリー」の像はフランス革命時に破壊され、19世紀に復元されたものだという。1977年、偶然にも彩色の残るオリジナルの像の断片が工事中の現場から発見されたということだが、このようにこの大聖堂は、何百年の間、様々な苦難に耐えてきた建造物なのである。

よって、再建されることは間違いないのだが、マクロン大統領が言うように、早急に再建すべきではないし、できるものでもないと思う。大聖堂のオリジナリティー、オーセンティシティーを慎重に議論した上で再建されるべきである。

*わたしが2年ほど過ごしたポルトガル(スペインも同様)では、「水平性(水平的)ゴシック」という様式がある。

by kurarc | 2019-04-17 23:11 | design(デザイン)