檀一雄の絵画

柳川の白秋記念館で『檀一雄の柳川』という小冊子が販売されていたので、購入した。檀一雄生誕百年記念に出版された小冊子であり、そのとき、柳川の掘割沿いに石碑も建設されたようで、わたしも小舟での川下りの折に、その石碑に遭遇した。

この小冊子の中に、檀一雄の絵画が一枚掲載されていた。檀が19歳のとき描いた自画像である。檀一雄が福岡高等学校在学中、1年間の停学処分を受けたとき、祖父の経営する風呂屋の鏡の前で描いた自画像だという。

この絵画、なかなかの出来栄えであり、檀が画家を志そうと思っていた、ということもうなずける。この自画像についての一文が、同時に掲載されているのだが、その中に、この絵画の色彩が、この絵画を描いた40年後に訪れたポルトガル、エリセイラという街の建物の装飾 (多分、外壁のタイル)と似ているのでびっくりした、ということが書かれている。

以前、わたしはこのブログで「忘れえぬ街」について書いたとき、ポルトガルで名前は忘れてしまったが、心に残っている街のことを書いたが、もしかしたら、このエリセイラ(あるいはエリセイラ近郊)ではなかったか、とふと思った。マフラという巨大な修道院がある街の海沿いの街で、マフラを訪ねたついでに訪ねたような記憶が蘇ってきたのである。

九州、柳川という土地柄もあったと思うが、ポルトガル調の色彩のタイルが風呂屋に偶然貼られていた。そして、それは檀一雄の未来を予言していた色彩であった?と考えると興味深い。

*そういえば、以前、南伊豆伊浜という海沿いの街の宿に泊まったとき、檀一雄のサインが飾ってあり、驚いたことがある。(この宿、検索すると出てくるが、めぐみ荘という宿のようだ。)

by kurarc | 2019-10-11 22:09 | 九州ーKyushu

福岡 大川から柳川へ 「水の構図」

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福岡県大川、家具の街として知られる。東京でこの大川のある家具メーカーの方と名刺交換をしたこともあり、興味を持ち、大川の家具イベントがあった9日、家具視察のため大川に足を伸ばした。福岡に行くのは多分、30年ぶり近く、久しぶりの訪問となった。

大川は筑後川の河口にひらけた街であった。船舶技術や水車大工の歴史他木工技術をもつ街であったことから、家具の街へと転換した歴史をもつようである。大川だけでなく、全国から家具メーカーが集積し、大川の街の中、3地点で家具の商談などが行われるイベントである。

わたしはどのような技術をもつメーカーが出展されているのか、その一点に興味があった。残念ながら大川ではわたしの求める技術をもつメーカーには出会えなかったが、そのかわり、徳島県や中国などにはわたしの求める技術をもつメーカーが存在していることがわかったことが収穫であった。

大川は水郷の町として知られる柳川の最寄駅、西鉄柳川駅からタクシーで行くしかない(または佐賀から)のだが、せっかくなので、柳川の水郷、川下りを体験してきた。

柳川は、北原白秋のふるさとであり、また、檀一雄の育った街である。そうしたことにも興味はあったが、水郷の川下りの体験は、今まで味わったことのないような感覚がこみ上げてきた。それは、どこかわたしの遠い記憶の中にあるような体験であり、アジア人としての原体験を味わうような感覚と言ったら良いだろうか。
(この二人は、柳川の中でも沖端という漁師町に育った。そのことが、彼らの文学に強い影響を与えていることがわかった。白秋記念館には、金素雲との交流なども紹介されており、韓国やアジア諸国が近い世界に彼らは育った、ということである。)

ほとんど、地面と同じレベルの水郷(川や堀)を歩くような速度で進む小舟の時間は、東京で日常的に体験する時間とは異なり、穏やかで、優しい時間であった。小舟に揺られながら、その優しさに心が解放されるのである。時を超える体験であった。

*「水の構図」とは、白秋最後の著書のタイトルである。

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by kurarc | 2019-10-10 21:56 | 九州ーKyushu