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カテゴリ:archi-works( 195 )

2級建築士 製図講師へ

某学校の2級建築士製図講師を務めることが決まった。今年の夏は忙しくなりそうである。

わたしは大学が美大ということもあり、1級建築士の受験資格を得るためには、まず2級に合格しなければならなかった。2級建築士合格はまず一つの大きな山であった。2級建築士を受験することなしに1級を受験できる工学部の卒業生をうらやましいと思ったが、現在ではそうは思っていない。すべての建築士は2級から受験すべきとまで思っている。

わたしの仕事は2級建築士が設計監理できる規模をぬけでていないのが現実なので、1級建築士の資格がなくても困ることはない。1級建築士はいわばステータスで、使用しないがもっていて当たり前という世界、それが建築士の世界である。大手の設計事務所でも勤務しない限り、1級を必要とはしない。宝の持ち腐れなのである。

その点、2級建築士は基本的に木造製図が必須(3年に一度、鉄筋コンクリート造になる)であり、設計事務所を営むものにとってもっとも身近な課題が提出される。また、相変わらず手書きの図面が要求される。このPCの時代に手書きを試されるとはいかがなものか、という議論も当然あるかもしれない。近い将来、CADによる試験が行われるようになるかもしれないが、手を使って描くことの大切さを学ぶ場として、2級建築士の製図は、CADが当たり前となった時代、ある意味で大変貴重な経験となる。

iPadにもPencilを使うように、どのようにITが進化しても、手でなんらかの発想をすることは、人間である限り、なくなることはない。手とPCの両刀づかい、二つの自由で柔軟な使い手こそ求められているといってよい。試験に合格するというだけでなく、その大きな目標の過程として2級建築士製図をとらえてほしいと思っているが、受験生にそこまでの余裕はないのも現実だろう。

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by kurarc | 2018-05-13 11:31 | archi-works

龍安寺石庭の謎

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わたしはよくある典型的な日本庭園を好まない。自然を模した人工の局地と言えるような日本庭園は生理的に受け付けない。しかし、そうした庭園とは異なる手法の庭園が日本には存在する。例えば、龍安寺石庭(いわゆる枯山水)である。砂と石、それに石に付着したわずかな苔のみによって、主に庭園がかたちづくられている。その背景には、菜種油を混ぜた土による強固な油土塀が続く。自然は借景として取り込まれている。

この石庭は、いまだに誰が作庭したのか、石にはどのような意味があり、その配置はどのように決定されたのか、といった様々な疑問が未解決のまま放置されている。その難問に、多くの学者が説を繰り広げている。ある学者は、この石の配置がカシオペア座を投影したものだという。また、ある学者は西洋的手法や黄金分割を読み取るものもいる。

果たしてどの説が真実に近いのか、わたしにはわからないが、この石庭が多義的であり、人によって多くの想像を呼び覚ます力を持っていることに敬服する。15の石は実は14であり、一つは崩れた末に15に見えるようになったとも言われており、石の数ですら、確定できない有様なのである。

最近、わたしはこの石庭に特に興味を持つようになった。この石庭は多分、中学の修学旅行時以来訪ねたことはないが、謎の多い庭であるが故に興味をそそられる。先にも述べたように、この庭が、擬似的な自然を模していないことも惹かれる。それは、心の中を模しているようでもあり、哲学的でもある。

こうした古典であれば、わたしは是非その謎解きをしてみたいと思う。まだ、参照している文献はわずかだが、まずは、近いうちにこの庭を訪れ、その魅力を堪能してみたいと思っている。


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by kurarc | 2017-12-13 18:10 | archi-works

放送大学プログラム 『世界文学への招待』

放送大学をテレビで見ることはほとんどなかったが、偶然、講義の副題が気にかかり見るようになったものに、『世界文学への招待』という講義がある。

この講義がよいのは、世界各国へ講師が出かけ、現地の文学者へインタビューをし、同時代の作家の思考、思想を紹介していることである。また、訪れる国々も幅広く、わたしがはじめに見たのはマルチニック島を訪ねた講義であり、パトリック・シャモワゾー(『クレオールとは何か』の共著者の一人)のインタビューを聞くことができた。

その後、パレスチナ、パリからプラハへと広がり、その講義の内容自体もそれぞれ興味深い。パリでは、作家を支えた2軒の書店を取り上げ、ヘミングウェイやジョイス、ベンヤミンらの媒介者としての書店の役割を考察した。また、プラハでは、カフカとポスト・カフカの作家であるフラバルやアイヴァスといった作家のインタビューから、プラハの街の言語(民族、眼差し)の複数性を浮かび上がらせた。(カフカの小説には”固有名詞がほとんどでてこない”という指摘は、プラハという都市の複数性(多様性)から理解できる。つまり、特定の場所、民族、言語の優位性を避けたというカフカの意図であった?)

文学者の語る言葉が、不思議と文学から都市や世界、あるいは哲学を考える言葉を包含するものであるため、わたしのような専門外のものが聞いていても、示唆に富む言葉、表現が多い。また、彼らの言葉が、実は遠く離れた東京に住む人間にとって、状況は異なるが、日々大都市の中での経験とつながっていることを感じるのである。

放送大学の講義も、選択次第で大きな糧になる。

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by kurarc | 2017-12-03 15:16 | archi-works

1級建築士定期講習会終了

3年に1度の1級建築士定期講習会を受講してきた。この拷問のような講習会にはいつも閉口する。建築士事務所を営む限り、建築士(建築家)は死ぬまでこの講習を受講しなければならないのである。なぜ3年に1回なのかも合理的な理由はないはずである。3年に1回は認めるとしても、なぜ1万円以上の講習料なのかも不明だ。我々意匠を担当するものはこれだけでよいが、構造設計1級建築士、設備設計1級建築士の方々は、この講習に加えて、専門の講習も受講しなければならない。

講習会の最後の1時間に行う修了考査もあまり意味はない。それより、講習会時間を1時間増やしてくれた方がよい。朝10時から夕方5時頃までの講義は、あまりにも内容が大すぎるために、ほとんど棒読みに近い講義が続く。なぜ、これだけの内容をすべてにわたり網羅しなければならないかもまったくわからない。ご年配の方は、修了考査のマークシートの仕方もわからず、質問をしている有様だ。わたしはまだ40代後半から始まったからよいが、今の若い建築士、建築家たちは、20代から受講しなければならないのである。これは悲劇といってよい。

本来であるならば現場で実地講習などを行うべきなのだが、何十万という建築士がいる状況では不可能である。どうせならば身になる講習会を望みたいが、それは望んでも無理な注文というところか。せめて、受講料を現在の半分の5,000円程度にすべきと思うが、それも無理な注文だろうか。現在の受講料であるならば、テキストをもっと充実したものにすべきである。このテキストに1万円以上を払うことはとても納得がいかないのだが・・・

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by kurarc | 2017-11-29 23:32 | archi-works

古典研究から

大学時代、古典研究という講義があった。例えば、ルドルフ・ウィットカウアーのミケランジェロの論文(英文原書)を読む、といった講義だったが、新しい分野だけでなく、過去に目を向けて、その中に同時代性を読むことと、今この時としての同時代を批判的にみる眼差しを養うことが目的であったと思う。

最近、自分で古典研究を意識的に行なっている。日本の古典、特に江戸以前の世界に興味が湧いてきた。それは、専門の建築だけでなく、少し前にふれた近松門左衛門の人形浄瑠璃(文楽)であるとか源氏物語といった文学の古典、古代の夢の世界であるとか(『古代人と夢』西郷信綱著)、遊民、漂流民の世界(瞽女、道の人など)等々。日本の漂流民からは、ユダヤ人についての興味へ、また、カリブ海流域のクレオール文化への興味へとつながっていっている。建築では、現在、龍安寺石庭や法隆寺夢殿など、「もの」としての捉え直しではなく、文化としての捉え直しに興味を持っている。

こうした分野へなぜ興味を持つのか。それは頭の中の認識を流動させること、固定した歴史観を疑うためである。例えば、『古代人と夢』(西郷信綱著)からは、古代において「夢」とは、ある特権階級の者にとっては個人を超え、祭式的なものであったこと。夢託を乞い、公的な性格をもつものであったことなどを知ると、今まで「夢」という言葉から想像していた世界は一気に崩れ去り、また新たな世界が見えてくるという新鮮な認識を獲得できる。(この著書のあとがきで市村弘正氏が言及しているように、西郷氏の認識は、ベンヤミンにもつながっていく)

こうした自己認識の揺さぶりを行う時期というものは、それぞれある年代の中で行われていくものだろうが、ちょうどわたしの場合は、この50代後半という年齢が適齢期を迎え始めたということなのかもしれない。今はそうした様々な分野での発見がおもしろくて仕方がないような状況である。この歳になって遅ればせながら「学ぶ」ということがやっとできるようになった、ということなのかもしれない。

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by kurarc | 2017-11-21 01:04 | archi-works

六条院 光源氏の住まい

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日本の文学が気になり始めたこともあり、まずは源氏物語まで遡らなくてはと、入門書などを眺めていると、光源氏の住まい(架空の住まい)、六条院の復元模型(上写真)が掲載されていて、その空間の雄大さに驚かされた。

あくまで復元なので、真実の姿(紫式部が思い描いていた姿)とは言えないが、源氏物語の内容から、この寝殿造りは四季、すなわち春夏秋冬をコンセプトとしていて、それぞれ東西南北に敷地を4分割し、建築物を配置している。

3つの寝殿造りと冬をテーマとした(西北の町)だけは対屋が並んだ形である。春(東南の町)と秋(西南の町)をコンセプトとした寝殿造りが前面に、夏(東北の町)と冬(西北の町)をコンセプトとした建築はその裏側にそれぞれ配置されている。4つの建築物は廊で連結され、回遊できる。池の形は不定形ではなく、四角形であった可能性もあるとのこと。

それにしても、四季をテーマとして四つの建築物を配置するという考えは、現在でも斬新である。現代であれば、一つの建築の中に四季を埋蔵させるようなテーマも可能だろう。できれば住宅という形式の中で、こうした考えが実現できれば興味深いプランになりそうな気がするが、それはロマン主義に片寄りすぎる考えかもしれない。

*冬(西北の町)をテーマとした町だけ対屋(寝殿造りでない)なのは、他の町の夫人より身分の低い明石の御方の住まいであるから、ということらしい。
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by kurarc | 2017-10-03 22:50 | archi-works

Office365 Solo

Office365 Soloを購入した。手持ちのOfficeのバージョンがあまりにも低く、役に立たなくなってきたためである。

Office365 Soloは名前の通り、1年間有効のソフトである。5年間延長できるという。マイクロソフト社のこうしたサービスは非常に優れている。ソフトを安く提供しようというコンセプトに忠実だからである。それに比較してCADソフトは融通がきかないソフトが多い。余計なおまけをたくさん付属させてソフトの単価を上げていくことに余念がないのである。ユーザーの方を向いてつくっているソフトとは思えないのだ。

Office365 Soloの価格はおよそ1万円程度になる。割引と定価にしたら1500円程度のマニュアルが付いてくるからである。1年間使えて1万円という価格設定は購入しやすいことはいうまでもない。すべてのソフトはこの程度の価格に収まるはずなのだ。あるいは、収まるように無駄を省いたバージョンをつくるべきである。贅肉だらけのソフトに無駄なお金を使いたくはない。

わたしは現在、アップル社のPCを使っているが、初めて使ったPCは、MSーDOSというマイクロソフト社のシステムを使用していた。1990年頃のことである。これで修士論文も書き、データベースもつくっていた。しかし、わたしが使い始めた頃のMS-DOSはあまりに使いづらかった。そのためにPC離れしてしまったのである。

今、パソコンを使い始める学生たちは羨ましい。しかし、携帯電話のおかげでPC離れしているというからもったいない話である。

*上のようなことを書いていたら、AUTO CADは同様なサービスを始めたことがわかった。AUTO CADに変更した方が良いのかもしれないが、Macユーザーは融通がきかないから困ったものである。

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by kurarc | 2017-05-24 22:31 | archi-works

20代

以前勤務していた建築事務所の所長O氏より、小さな改修の仕事を手伝ってくれないか、と日曜日に突然電話が入った。もちろん、快諾したが、我々のような独立して仕事をしているものは、忙しい時と暇な時との差が極端に激しい場合が多い。仕事が忙しい時に、さらにこれでもかと仕事が舞い込んでくる。そういう時には、プライベートでも忙しい場合が少なくない。

日曜日に所長O氏の案内で現場を車で尋ねながら、その帰りに調布飛行場のの脇を通過する。いつも通っている東京外国語大学裏の道である。自宅から近くにありながら、わたしは初めてここを通り過ぎた。調布飛行場にはカフェもできているのだとか。今度ゆっくりと尋ねてみたい。

久しぶりに元所長O氏と仕事の打ち合わせをしながら、働いていた20代の頃が思い出された。この事務所で働いている時、父が死去し、退所して1年後に今度はすぐ上の兄が死去した。20代は近親者の死が続く10年であった。(祖父も死去した)それは、わたしに何か特別な緊張感を与え、社会人入試での大学院へ進むことを決意させ、修士論文を書き終える。この論文をほぼ書き終えた時、何か表現できないような身体の興奮と脱力感のようなものが同時に訪れ、涙が止めどなく流れてきたのを覚えている。今思うと、20代が終わったと感じられた瞬間であったのかもしれない。

そうした経緯から、この論文にかなりの自信があったこともあり、日本建築学会の優秀修士論文賞の候補として提出してから、わたしは図々しくも受賞発表はいつになるのかと職場から2回ほど学会に電話をかけた。幸い、論文は受賞。この受賞は死んだ父と早死にした兄に助けられての受賞だったといっていい。

20代は大学卒業後、沖縄へ、そして海外旅行、その後、仕事、そして論文と慌ただしく過ぎていったが、わたしの20代、つまり1980年代はわたしにとって最も思い出深い10年となった。映画もなぜか1980年代の映画が好きである。それは、この頃を思い出すことができるからかもしれない。




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by kurarc | 2017-05-22 19:50 | archi-works

notebook

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手帖をそろえる季節になった。パソコンがこれだけ普及しても、手帖の需要は衰えないという。それに、iPadもついに手書き入力が可能となる機種が出そろった。「手」のもつ力はいつのまにか復権しつつあるかのようだ。

大学の授業を受けたときにノートをとるということは日々行っていたが、社会人になってからは職業柄スケッチをするということはあるが、自分のノートをしっかりとつけるという努力を怠っている。

リスボンに暮らしていた頃、ルジーアダ大学での講義、また、国立リスボン大学建築学部での講義のノート(上写真)や、リスボン時代の旅行の記録、レストランへ行った記録、観た映画の記録その他様々な記録を一冊の丸善製ノートに収めた。このノートはわたしの宝物の一つだが、今見ると、日々の暮らしを大切にしていたということが実感できるノートである。こうしたノートが、日本での生活の中からも生まれでてくるようにならなければと思う。

ポルトガルから帰国して、すぐ、立教大学の中南米音楽の講座(濱田滋郎先生)を受講したが、その講義ノート(下写真、こちらも丸善製ノートを使用)も今みるとすばらしい内容である。講義は日本語だが、黒板に記述された言語はすべてスペイン語かポルトガル語であり、濱田先生の教養の深さをうかがい知ることができる。このノートもわたしの宝物である。

年の終わりにこのようなことを書いたのは、来年から特にノート(notebook)についてこだわりたいという思いからである。自分の興味のある分野について各々ノートをつくりたいと思っているが、様々な分野をどのように整理するのか、どのようなノートづくりの可能性があるか、年末年始に考えてみたいと思っている。
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*最上段のノート右上には、リスボンでお世話になったオラシオ・ボニファシウ先生がわたしのノートに参考文献を記してくれた痕跡が残っている。『PARA ALEM DA BAIXA』という書物(
Eにアクセント記号がつく)。ポンバリーナ建築に関する書物である。この書物は英文のもの、ポルトガル語のもの両方購入し、現在手元にある。ノートの内容は国立リスボン大学建築学部でのもので、ヨーロッパ建築史の内容。バロックの都市の部分。

*上中間はリスボンで見たエリック・ロメールの映画の絵葉書が貼付けられている。先日このブログで紹介した『秋物語(日本では「恋の秋」のタイトルで紹介された)』。

*上の下段は、リスボンからパリに旅した時に宿泊したホテルのレシートがノートに貼付けてある。サンジェルマンのHOTEL LENOXに宿泊したことがわかる。今度パリに行くことがあれば、また利用したい。→グーグルマップで調べてみると、廃業していた。残念である。
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by kurarc | 2015-12-27 10:14 | archi-works

HP 一つの仕事として

新しいHPをやっと公開することができた。PCの相次ぐ故障によって、無駄な時間を費やしてしまった。

幸い、HPのソフトが無償でバージョンアップできることに気がつき、今後はさらに新しい機能を取り入れられそうである。しかし、動画画像であるとか、写真を動かす、といったことはいまのところやるつもりはない。ブログを取り込むことは近いうちに行う予定である。

HPを専門家に頼むこともできるが、経費の問題はばかにならない。HPをつくることは、設計作業と同じく、一つの仕事としてこなさなければならないのだと思う。こうした作業をすることは、過去の仕事を顧みることになり、また新しい発想を生み出す原動力につながっていく。

建築家の名刺をみると、その建築家がどのような仕事をするのか、およそ見当がつくが、HPも同じことだと思う。だから、あまり気をぬいたものはつくれないが、かといって、あまりに凝ったものも必要ないと思う。過去に行った仕事や現在の考えが、素直に伝われることを大切にすればよいのだと思う。
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by kurarc | 2015-09-13 14:25 | archi-works


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