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カテゴリ:archi-works( 213 )

福岡 大川から柳川へ 「水の構図」

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福岡県大川、家具の街として知られる。東京でこの大川のある家具メーカーの方と名刺交換をしたこともあり、興味を持ち、大川の家具イベントがあった9日、家具視察のため大川に足を伸ばした。福岡に行くのは多分、30年ぶり近く、久しぶりの訪問となった。

大川は筑後川の河口にひらけた街であった。船舶技術や水車大工の歴史他木工技術をもつ街であったことから、家具の街へと転換した歴史をもつようである。大川だけでなく、全国から家具メーカーが集積し、大川の街の中、3地点で家具の商談などが行われるイベントである。

わたしはどのような技術をもつメーカーが出展されているのか、その一点に興味があった。残念ながら大川ではわたしの求める技術をもつメーカーには出会えなかったが、そのかわり、徳島県や中国などにはわたしの求める技術をもつメーカーが存在していることがわかったことが収穫であった。

大川は水郷の町として知られる柳川の最寄駅、西鉄柳川駅からタクシーで行くしかない(または佐賀から)のだが、せっかくなので、柳川の水郷、川下りを体験してきた。

柳川は、北原白秋のふるさとであり、また、檀一雄の育った街である。そうしたことにも興味はあったが、水郷の川下りの体験は、今まで味わったことのないような感覚がこみ上げてきた。それは、どこかわたしの遠い記憶の中にあるような体験であり、アジア人としての原体験を味わうような感覚と言ったら良いだろうか。
(この二人は、柳川の中でも沖端という漁師町に育った。そのことが、彼らの文学に強い影響を与えていることがわかった。白秋記念館には、金素雲との交流なども紹介されており、韓国やアジア諸国が近い世界に彼らは育った、ということである。)

ほとんど、地面と同じレベルの水郷(川や堀)を歩くような速度で進む小舟の時間は、東京で日常的に体験する時間とは異なり、穏やかで、優しい時間であった。小舟に揺られながら、その優しさに心が解放されるのである。時を超える体験であった。

*「水の構図」とは、白秋最後の著書のタイトルである。

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by kurarc | 2019-10-10 21:56 | archi-works

大仕事

かつてない規模の実施設計がもうすぐ収束を迎える。本来ならば2名でやるべきではあったが、わたし一人でやり通した。

近隣説明+中高層審査から景観審査、福祉のまちづくり条例、省エネルギー検討など規模が大きくなると、実施設計図面を描くだけでなく、役所仕事が3倍、4倍に膨れ上がる。何度役所に通いつめたであろうか。

近隣の方々は良心的な方々ばかりであったので、非常に幸運であった。今回は周辺が住宅地であるので、この中で新築工事を行うことは神経を使う。改めて、建築を設計するという仕事の難しさを思い知らされる。

苦労する仕事の時には以前にも書いたように、ブルネッレスキという建築家の生き様を思い出す。現在、ガウディーに関する本を読んでいるが、彼も苦労人である。彼は31歳という若さであのサグラダ・ファミリア教会の仕事を得る。この仕事は、聖ヨセフ信仰教会という狂信的な超保守集団の仕事であった。この仕事を引き受けたのは相当の覚悟が必要だったはずである。

建築以外の仕事をしたことがないので、わたしは他の分野の方々がどのような苦労をしているのかわからない。それぞれの分野、それぞれの立場で様々な苦労があることだろう。それを一つづつ乗り越えた先に、今までに経験したことのないような素晴らしい仕事に巡り会えるかもしれない。それを期待しながらやり続けるしかない。

by kurarc | 2019-08-28 00:19 | archi-works

建築短編小説

仕事の合間に短編小説を書いている。すでに8編の短編を書いたが、出来の方はテーマによってバラバラである。まあまあと思えるものもあれば、稚拙だと思われるものもある。初めて書いたのだから仕方がないが、ちょっとした時間のアキに小説を書くことは意外と性に合っている。

今日は、書き始めて途中で投げ出していたルネッサンス期の建築家ブルネッレスキに関する短編を仕上げた。一応建築短編小説のようなものになったが、彼が建設に携わったフィレンツェの花のドームが竣工した時、彼はどのように思ったのか、そして、引き続き仕事をするつもりだったランタン(頂塔)の仕事が上手くいかなかったことに、彼はどのように憤慨したのか、そのあたりを短編にしてみたのである。

ロス・キングの評伝によりすっかりブルネッレスキという建築家を尊敬、敬愛するようになったのだが、それだけではない。建築家の運命のようなものを彼に見出したのである。様々なライバルとの闘いや騙し合い、そして誹謗中傷との闘い、役人との確執、同業者の裏切り、仕事での大失敗など建築という仕事に携わるとき遭遇する様々な困難を彼は体験している。そうした困難との闘いを乗り越えていったことに興味をもった。

創造はそうした困難の中での閃光のようなもので、困難に会えば会うほど、その光は強度を増していくのである。彼がフィレンツェの中心に位置するあのドームを遠くから眺めたとき、一体どのような感慨を持ったのか?それは非常に興味深いし、できれば本当のことが知りたいくらいだが、それは望めない。

だから、わたしは短編小説にして、彼の心情を表現しようと思ったのである。

by kurarc | 2019-08-11 21:28 | archi-works

YKK80ビル

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秋葉原に出たついでに、YKK東京本社であるYKK80ビルに立ち寄った。ここは3年ほど前、現場をお手伝いさせていただいた。内部までは見学できないが、エントランスホールまでは自由に入ることができ、その精度の高い建築を見学できる。こうした建築は、一人の力ではまったく太刀打ちできない。建築、構造、設備設計のコラボレーションによる総合的なデザインの成果である。このビルの大きな特徴は、天井輻射冷暖房で、天井に冷水や温水が流れ、内部の空調をコントロールしている。(実は住宅でもこうした設備設計は可能である。普通はデザイン性ばかりの容貌が多いが、今後は設備に最もコストを費やすデザインの選択肢を想定しておく必要がある。)

1階に一般でも自由に入れるカフェがあり、この近辺では穴場になっている。料金も手頃、静かで、取りそろえてあるパンやクッキーの類いも選定が行き届いている。わたしはカフェオレとココユタのビスコッティ(抹茶)をいただく。

ココユタは川崎、百合ヶ丘のビスコッティ店らしい。これほどおいしいビスコッティを食べたのは初めてかもしれない。原料名のなかにベーキングパウダー(アルミニウム不使用)とあり、驚く。ベーキングパウダーの中にアルミニウムがはいっているものがあるようだ。

by kurarc | 2019-07-08 22:56 | archi-works

コンバージョン 形態と機能の切断 都市の建築

建築の保存・活用やそれに伴うコンバージョン(機能転換)などをここ10年以上に渡り注視してきた。たとえば、コンバージョンは現在では常識的な建築活用法になった。

東京中央郵便局はその機能を一部残しながら、百貨店のような機能、スペースに転換された。また、篠原一男設計の『直方体の森』と名付けられた住宅は、現在、大半を美術館として使用されている。こうした事例はあげれば切りがないほどである。当初、建築家たちはクライアントのために一生懸命に特殊解としての建築を設計し、つくりあげる。しかし、その建築も時間の経過とともに、建築家がまったく予想もしていなかった機能に転換、変換されてしまう。

このような現象を最近、もう少し精緻に考えてみようと思っている。こうした形態と機能の切断について、設計当初、どのように想定していればよいのだろうかとか、コンバージョンを考えたときに、はたして建築の形態(デザイン)とはどのような意味をもつのか、機能転換を前提とした建築デザインとはetc.・・・などについてである。

建築が長生きをするとき、建築はまったく別人格になってしまうことがある、ということなのである。建築家はそんなことを考えても仕方がない、という意見もあるだろう。また、それは建築家の知ったことではない、と言う方もいるかもしれない。建築家たちはたとえば70歳、あるいは75歳以上生き、活動する場合、自分の過去の仕事が、予想だにしなかった機能に転換される場に立ち会うことが予想される。そうしたとき、建築家たちはどのように感じるのだろう。

建築の機能転換は、建築が新たな価値を付加され、生まれ変わることを望まれたのだから、そのような建築はある意味で優れた建築だといえる。わたしはそうした建築をアルド・ロッシの著作の名を借りて、ひとまず「都市の建築」と呼んでおきたいと思う。「都市の建築」は、都市の一員として再認識され、都市の中にしっかりと根付いていく建築であり、その後、都市の中に埋もれて、その存在をことさら主張することもなく、生き延びていく建築である。

by kurarc | 2019-06-15 23:38 | archi-works

「プラナビ」から取材を受けました

「プラナビ」という建築家の紹介サイトから本日取材を受けました。

建築家の紹介だけでなく、建築家お薦めの商品、技術(匠)の紹介など建築家と住宅を建設したいと思う方々に役立つような情報のサイトです。まだサイトを立ち上げて1年も経過していないこともあり、今後、さらに充実したサイトにしていきたい、とのこと。

わたしはまだ仕事など情報を入力できていませんが、今週中にも入力を完了させたいと思っています。

プラナビ URL https://www.pla-navi.com


by kurarc | 2019-03-04 23:54 | archi-works

上越市高田 雁木という「都市の建築」 瞽女の風景



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上越市高田を訪れた。修士論文で取り上げたブルーノ・タウトが、日本に滞在中、冬にわざわざ秋田の横手を訪れ「かまくら」を見学に行ったことを彼の日記で知った。戦前、交通も不便であったであろう時期に真冬の秋田を訪れたタウトの心意気に感心した。建築を見に行くにはどうしてもこの時期に行かなくてはならないということもある。

高田に存在する雁木を見学するのは冬の雪の降る時期でなくてはならないとずっと思っていた。この時期でしかないと思い、この連休中に出かけることにした。それだけではもちろんない。幸運にも、興味を持っていた瞽女門付け風景の再現イベントもあり、かつ、高田には以前から行きたかった最古級の映画館、高田世界館まであるからである。

まずは雁木の街並みを歩いて、高田小町(イベント会場、町家を保存活用した建築物)へ向かう。北国の雪は東京で経験するぼた雪とは異なり、軽く舞い上がって降いていて美しい。雪の降る美しさ、雪国の風景の美しさを久しぶりに経験した。午後13時20分からいよいよ瞽女のイベントがはじまった。先頭で三味線を弾き、瞽女唄を歌うのは月岡祐紀子さんという東京生まれの三味線奏者の方である。雪の降る中、瞽女がめぐったようにいくつかの商家をめぐりながら瞽女唄を披露していく。彼女たちはもちろん盲女ではないが、瞽女の体験をトレースすることで、瞽女の記憶を蘇らせ、再現保存していることになる。

短い時間であったが、高田の旅は密度の濃いものであった。書くことが山ほどありすぎるので、また日を改めてふれることにしたいが、雁木というイタリアのボローニャに存在するような都市の装置(イタリアではポルティコと呼ばれる。ボローニャは、雪よけという機能、装置ではない。)が豪雪を凌ぐ工夫としてこの日本でも存在することに感心するとともに、それが「都市の建築」として個々の建築の連続としてつくり続けられていることに驚きを隠せない。

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*「都市の建築」と括弧書きしているのは、イタリアの建築家、アルド・ロッシの著書『都市の建築』を類推させるためである。ロッシの言う「都市的創成物」としての建築を高田の雁木にみたからである。



by kurarc | 2019-02-11 21:06 | archi-works

パサージュからリベタージュへ

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パリのパサージュを初めて見学したのは1984年のことになる。当時15程のパサージュをめぐった。18世紀後半から19世紀の空間を残すパサージュは1984年当時は忘却された空間であった。人通りも少なく、汚ならしさが目立った。1990年代になり、ベンヤミンのパサージュ論の影響もあり、パリでパサージュの再評価が広がり、1995年に再度パリを訪れたときには随分と様変わりしていた。人通りも多く、整備されていた。

日本にもパサージュとは言えないまでも、鉄骨造の構築物が残存している。日本において主に20世紀に建設された構築物である。それらは、リベット接合で建設され、機能的な表現だけでなく、装飾的で、手工技術が感じられる。これらをわたしは総称して「リベタージュ(rivetage)」と名付けた。それらは、かつてのパリのパサージュのように、現在でも忘却された技術であり、空間である。

「リベタージュ」は、橋桁、あるいは駅舎の中に残り、ガード下の空間をかたちづくったりしている。普通の人は意識することはないこれらの技術空間を解体される前に撮影しておきたいと思っている。

こうした活動を「リベタージュ・プロジェクト」と勝手に名付けたが、今後どのような広がりが待ち受けているのか、自分でもわからない。見捨てられたもの、忘却された空間、それらを残しておきたい。ただそれだけのことであある。

*写真:神田駅ガード下(リベタージュ事例)






by kurarc | 2019-02-09 20:37 | archi-works

防災建築

阪神淡路大震災から24年が経過した。3.11からも8年を迎えようとしている、その間、防災について私たちの身の回りは進んだのだろうか。まずは、他者に頼るのではなく、自分で工夫できるところ、準備すること、ものなどを考えておかなければならない。

わたしは建築を設計する立場から、建築の中で、いざというときに役に立つデザイン、しつらえなどを考えた空間をつくりたいと思う。単に「きれいに」、「かっこよく」デザインする建築はわたしは必要ないと思っている。建築が地震や火災に強いものとすることは当然だが、万が一の災害のときに、思いがけない機能を果たすような建築、住宅を設計することが必要に思われるが、その実現にはクライアントの方々にも賛同していただかなくてはならない。

たとえば、来月着工される建築には土間がある。こうした空間をつくっておけば、ここで自由に直火も使えるし、煮炊きもできるだろう。フローリングだけの住宅では、万が一のとき、火を使うことは危険である。土間ができなければガレージのようなスペースや屋上、軒の深いテラスなども有効利用できそうである。

住宅を設計するときに、日常的な機能だけでなく、災害時など非日常的な出来事にも想像力をはたらかせて、空間をしつらえておくことが望まれるだろう。そうした防災建築でもある空間を地域の中に確保したい。もちろん公共の建築物でこうした備えがあればよいのだが、住宅の中で一つ一つつくっていくことも必要だろう。その結果、住宅は個人のものから離れて、地域の財産となるだろう。そうした広がりのある住宅を設計をしたいものである。

*土間のある住宅の土間は、わたしからの提案ではない。しかし、万が一のときに有効活用できる空間になりそうだと、勝手に思っている。

by kurarc | 2019-01-19 17:07 | archi-works

"Rivetage" プロジェクト

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今年から2020年にかけて"Rivetage"(リベタージュ)プロジェクトを開始しようと思っている。東京(一部東京以外)に残存するリベット留めが使われた鉄の構築物を撮影するプロジェクトである。

リベットが使われた建造物で最も知られているのはエッフェル塔であろう。東京では東京タワーだろうか。すでにこの技術を使って鉄骨造の建物をつくることは行われなくなったが、この技術を使った建造物は橋桁や鉄道駅舎など都市の中を歩いていると目にする建造物に見られ、19世紀から20世紀の日本の建築技術の残照といえる。

単純には、フランス語の男性名詞”Rivet"(リベット)と現されるが、"Rivetage"の方がその技術の行為自体を象徴できるような語感があり、"Rivetage"と名付けることにした。

現在、鉄骨を留めつけるのはボルトに変化したが、リベットはボルト以前の鉄と鉄を結びつける技術であった。高温に熱せられた鋲(リベット)を職人たちが一つ一つ鉄を接合するためにかしめていく。そうした技術、職人技はすでに忘れ去られたが、その残存物が都市の中に何も覆われることなく露呈している。その生々しい残存物を写真に残しておこうと思っている。

今日は午前中、30年ぶりくらいになると思うが、東京タワーの柱脚を見学に行ってきた。久しぶりに東京タワーを訪れたが、この構築物は未だに未完の塔、仮設性の強い構造物であると感じられた。多分、エッフェル塔のような芸術性、デザイン性がみじんも感じられないからだと思う。ただただ、高い鉄の塔をいかに建設するのか、それだけを目指して建てられたという必死さだけが感じられた。1950年代後半の建設技術、建築状況を表現した構造物であるといえるだろう。

こうした構造物を写真技術の勉強も兼ねて白黒写真で収めていこうと思っている。

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by kurarc | 2019-01-03 15:15 | archi-works