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「プラナビ」から取材を受けました

「プラナビ」という建築家の紹介サイトから本日取材を受けました。

建築家の紹介だけでなく、建築家お薦めの商品、技術(匠)の紹介など建築家と住宅を建設したいと思う方々に役立つような情報のサイトです。まだサイトを立ち上げて1年も経過していないこともあり、今後、さらに充実したサイトにしていきたい、とのこと。

わたしはまだ仕事など情報を入力できていませんが、今週中にも入力を完了させたいと思っています。

プラナビ URL https://www.pla-navi.com


by kurarc | 2019-03-04 23:54 | archi-works

上越市高田 雁木という「都市の建築」 瞽女の風景



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上越市高田を訪れた。修士論文で取り上げたブルーノ・タウトが、日本に滞在中、冬にわざわざ秋田の横手を訪れ「かまくら」を見学に行ったことを彼の日記で知った。戦前、交通も不便であったであろう時期に真冬の秋田を訪れたタウトの心意気に感心した。建築を見に行くにはどうしてもこの時期に行かなくてはならないということもある。

高田に存在する雁木を見学するのは冬の雪の降る時期でなくてはならないとずっと思っていた。この時期でしかないと思い、この連休中に出かけることにした。それだけではもちろんない。幸運にも、興味を持っていた瞽女門付け風景の再現イベントもあり、かつ、高田には以前から行きたかった最古級の映画館、高田世界館まであるからである。

まずは雁木の街並みを歩いて、高田小町(イベント会場、町家を保存活用した建築物)へ向かう。北国の雪は東京で経験するぼた雪とは異なり、軽く舞い上がって降いていて美しい。雪の降る美しさ、雪国の風景の美しさを久しぶりに経験した。午後13時20分からいよいよ瞽女のイベントがはじまった。先頭で三味線を弾き、瞽女唄を歌うのは月岡祐紀子さんという東京生まれの三味線奏者の方である。雪の降る中、瞽女がめぐったようにいくつかの商家をめぐりながら瞽女唄を披露していく。彼女たちはもちろん盲女ではないが、瞽女の体験をトレースすることで、瞽女の記憶を蘇らせ、再現保存していることになる。

短い時間であったが、高田の旅は密度の濃いものであった。書くことが山ほどありすぎるので、また日を改めてふれることにしたいが、雁木というイタリアのボローニャに存在するような都市の装置(イタリアではポルティコと呼ばれる。ボローニャは、雪よけという機能、装置ではない。)が豪雪を凌ぐ工夫としてこの日本でも存在することに感心するとともに、それが「都市の建築」として個々の建築の連続としてつくり続けられていることに驚きを隠せない。

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*「都市の建築」と括弧書きしているのは、イタリアの建築家、アルド・ロッシの著書『都市の建築』を類推させるためである。ロッシの言う「都市的創成物」としての建築を高田の雁木にみたからである。



by kurarc | 2019-02-11 21:06 | archi-works

パサージュからリベタージュへ

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パリのパサージュを初めて見学したのは1984年のことになる。当時15程のパサージュをめぐった。18世紀後半から19世紀の空間を残すパサージュは1984年当時は忘却された空間であった。人通りも少なく、汚ならしさが目立った。1990年代になり、ベンヤミンのパサージュ論の影響もあり、パリでパサージュの再評価が広がり、1995年に再度パリを訪れたときには随分と様変わりしていた。人通りも多く、整備されていた。

日本にもパサージュとは言えないまでも、鉄骨造の構築物が残存している。日本において主に20世紀に建設された構築物である。それらは、リベット接合で建設され、機能的な表現だけでなく、装飾的で、手工技術が感じられる。これらをわたしは総称して「リベタージュ(rivetage)」と名付けた。それらは、かつてのパリのパサージュのように、現在でも忘却された技術であり、空間である。

「リベタージュ」は、橋桁、あるいは駅舎の中に残り、ガード下の空間をかたちづくったりしている。普通の人は意識することはないこれらの技術空間を解体される前に撮影しておきたいと思っている。

こうした活動を「リベタージュ・プロジェクト」と勝手に名付けたが、今後どのような広がりが待ち受けているのか、自分でもわからない。見捨てられたもの、忘却された空間、それらを残しておきたい。ただそれだけのことであある。

*写真:神田駅ガード下(リベタージュ事例)






by kurarc | 2019-02-09 20:37 | archi-works

防災建築

阪神淡路大震災から24年が経過した。3.11からも8年を迎えようとしている、その間、防災について私たちの身の回りは進んだのだろうか。まずは、他者に頼るのではなく、自分で工夫できるところ、準備すること、ものなどを考えておかなければならない。

わたしは建築を設計する立場から、建築の中で、いざというときに役に立つデザイン、しつらえなどを考えた空間をつくりたいと思う。単に「きれいに」、「かっこよく」デザインする建築はわたしは必要ないと思っている。建築が地震や火災に強いものとすることは当然だが、万が一の災害のときに、思いがけない機能を果たすような建築、住宅を設計することが必要に思われるが、その実現にはクライアントの方々にも賛同していただかなくてはならない。

たとえば、来月着工される建築には土間がある。こうした空間をつくっておけば、ここで自由に直火も使えるし、煮炊きもできるだろう。フローリングだけの住宅では、万が一のとき、火を使うことは危険である。土間ができなければガレージのようなスペースや屋上、軒の深いテラスなども有効利用できそうである。

住宅を設計するときに、日常的な機能だけでなく、災害時など非日常的な出来事にも想像力をはたらかせて、空間をしつらえておくことが望まれるだろう。そうした防災建築でもある空間を地域の中に確保したい。もちろん公共の建築物でこうした備えがあればよいのだが、住宅の中で一つ一つつくっていくことも必要だろう。その結果、住宅は個人のものから離れて、地域の財産となるだろう。そうした広がりのある住宅を設計をしたいものである。

*土間のある住宅の土間は、わたしからの提案ではない。しかし、万が一のときに有効活用できる空間になりそうだと、勝手に思っている。

by kurarc | 2019-01-19 17:07 | archi-works

"Rivetage" プロジェクト

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今年から2020年にかけて"Rivetage"(リベタージュ)プロジェクトを開始しようと思っている。東京(一部東京以外)に残存するリベット留めが使われた鉄の構築物を撮影するプロジェクトである。

リベットが使われた建造物で最も知られているのはエッフェル塔であろう。東京では東京タワーだろうか。すでにこの技術を使って鉄骨造の建物をつくることは行われなくなったが、この技術を使った建造物は橋桁や鉄道駅舎など都市の中を歩いていると目にする建造物に見られ、19世紀から20世紀の日本の建築技術の残照といえる。

単純には、フランス語の男性名詞”Rivet"(リベット)と現されるが、"Rivetage"の方がその技術の行為自体を象徴できるような語感があり、"Rivetage"と名付けることにした。

現在、鉄骨を留めつけるのはボルトに変化したが、リベットはボルト以前の鉄と鉄を結びつける技術であった。高温に熱せられた鋲(リベット)を職人たちが一つ一つ鉄を接合するためにかしめていく。そうした技術、職人技はすでに忘れ去られたが、その残存物が都市の中に何も覆われることなく露呈している。その生々しい残存物を写真に残しておこうと思っている。

今日は午前中、30年ぶりくらいになると思うが、東京タワーの柱脚を見学に行ってきた。久しぶりに東京タワーを訪れたが、この構築物は未だに未完の塔、仮設性の強い構造物であると感じられた。多分、エッフェル塔のような芸術性、デザイン性がみじんも感じられないからだと思う。ただただ、高い鉄の塔をいかに建設するのか、それだけを目指して建てられたという必死さだけが感じられた。1950年代後半の建設技術、建築状況を表現した構造物であるといえるだろう。

こうした構造物を写真技術の勉強も兼ねて白黒写真で収めていこうと思っている。

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by kurarc | 2019-01-03 15:15 | archi-works

新国立競技場

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昨日、障害をもつ従兄にクリスマスプレゼントを渡した帰りに、新国立競技場の状況を見にいった。従兄の家のすぐ近くなので、立ち寄ったのである。

この建築の評判は、建築家たちからは何気なく聞いていた。あまりよい仕事ではない、と言う評判である。建築を設計しているものなら見ればすぐわかる。競技場の軒にあたるデザインだけ見ても、この建築の詰めの甘さが露呈しているのである。

軒を木材のタテ格子のデザインで埋めているが、その木材のピッチが開きすぎていて、緊張感がないのである。そのピッチと鉄骨の柱との取り合いも不自然であった。

設計者はこのようなずさんな建築をつくるような人でないと思うが、この建築に限ってどうしたことだろう?設計に時間をかけられなかったのだろうか?あるいは、模型での検討が不十分であったのだろうか?

とにかく、ただただ大きいなぁ、と関心(感心でなく)しただけであった。

*千駄ヶ谷駅前、槇文彦氏設計の津田ホールが解体され、なくなっていたのには驚いた。

by kurarc | 2018-12-25 23:21 | archi-works

京都、奈良への旅

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久しぶりに連休を利用して京都、奈良の一泊旅行を楽しんだ。京都では竜安寺石庭、仁和寺を、奈良では東大寺、唐招提寺、薬師寺、奈良まちなど巡る。今回はそれに加え、恩師と20年ぶりに再会することも目的であった。恩師の住まいの近くにある大和文華館(吉田五十八設計)も見学した。

久しぶりの古刹見学は感動の連続であった。また、東大寺の南大門など改めて観ると、その屋根の架構の軽々しさに驚いた。古代建築(南大門は中世か)とは重々しいものだという先入観が吹き飛ばされる思いであった。また、東大寺大仏殿内にあった、焼失以前の重源による大仏殿の模型を発見できたことは収穫であった。現在の大仏殿よりも重源の設計した大仏殿の方が構造的に明快で、現代人の目からみると優れているように思われた。


唐招提寺に訪れたのも何年ぶりだろうか、全く記憶にないほどであったが、やはり金堂の勇ましい架構はいつ観てもよい。京都、奈良は観るものすべてが絵になる、それが驚きであった。もう少し冷静になってからまた、今回の旅について振り返ることとしよう。

*恩師からは、日本美術に関する造詣が深いことから、いろいろと解説をいただく。わたしは全く日本美術について無知であるため、恥ずかしくなる。お会いするたびに多くを教えていただく、わたしにとって貴重な師である。ラスキンの翻訳が近いうちに出版されるという。

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by kurarc | 2018-11-26 00:16 | archi-works

建築士会全国大会 さいたま大会 空き家まちづくりセッション参加

今日は、第61回建築士会全国大会さいたま大会に参加。会場の大宮ソニックシティビルへ朝から向かう。大宮はレディオヘッドのコンサートへ行って以来となるから、10年ぶりくらいになる。

わたしが参加したのは、「空き家まちづくりセッション」。結論から言うと、非常に有意義なセッションであった。驚いたのは、徳島県や山形県での空き家対策に関する活動の先進性である。山形県鶴岡市ではすでにNPO法人も設立され、都市レベルでの空き家対策が始動しはじめているということである。

また、徳島では空き家判定士という資格が知事の肝いりで制定され、現在90名が登録されているという。空き家判定講習に使われるテキストも士会のメンバーが独自に作成したという。

空き家問題は少子高齢社会が進行する中で、大きな課題の一つになっているが、地域差があり、統一した方策に還元できない難しさがある。同じ東京都でも、空き家が深刻な市、区とそうでないところがある。それぞれの地域で独自の方策、展開が必要となる。

しかし、こうした組織がつくられたのはよいが、空き家対策はなかなか進まないということである。それぞれ個別に相続や権利関係が入り組んでいる場合が多く、問題が複雑であることがその大きな要因らしい。わたしの住む自治体でも空き家対策が行政主導で組織化される動きがある。建築家だけでなく、弁護士、宅建士、不動産業者、コンサルタントなど様々な職種との連携が空き家対策のカギとなる。

by kurarc | 2018-10-26 20:39 | archi-works

2級建築士 製図講師へ

某学校の2級建築士製図講師を務めることが決まった。今年の夏は忙しくなりそうである。

わたしは大学が美大ということもあり、1級建築士の受験資格を得るためには、まず2級に合格しなければならなかった。2級建築士合格はまず一つの大きな山であった。2級建築士を受験することなしに1級を受験できる工学部の卒業生をうらやましいと思ったが、現在ではそうは思っていない。すべての建築士は2級から受験すべきとまで思っている。

わたしの仕事は2級建築士が設計監理できる規模をぬけでていないのが現実なので、1級建築士の資格がなくても困ることはない。1級建築士はいわばステータスで、使用しないがもっていて当たり前という世界、それが建築士の世界である。大手の設計事務所でも勤務しない限り、1級を必要とはしない。宝の持ち腐れなのである。

その点、2級建築士は基本的に木造製図が必須(3年に一度、鉄筋コンクリート造になる)であり、設計事務所を営むものにとってもっとも身近な課題が提出される。また、相変わらず手書きの図面が要求される。このPCの時代に手書きを試されるとはいかがなものか、という議論も当然あるかもしれない。近い将来、CADによる試験が行われるようになるかもしれないが、手を使って描くことの大切さを学ぶ場として、2級建築士の製図は、CADが当たり前となった時代、ある意味で大変貴重な経験となる。

iPadにもPencilを使うように、どのようにITが進化しても、手でなんらかの発想をすることは、人間である限り、なくなることはない。手とPCの両刀づかい、二つの自由で柔軟な使い手こそ求められているといってよい。試験に合格するというだけでなく、その大きな目標の過程として2級建築士製図をとらえてほしいと思っているが、受験生にそこまでの余裕はないのも現実だろう。

by kurarc | 2018-05-13 11:31 | archi-works

龍安寺石庭の謎

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わたしはよくある典型的な日本庭園を好まない。自然を模した人工の局地と言えるような日本庭園は生理的に受け付けない。しかし、そうした庭園とは異なる手法の庭園が日本には存在する。例えば、龍安寺石庭(いわゆる枯山水)である。砂と石、それに石に付着したわずかな苔のみによって、主に庭園がかたちづくられている。その背景には、菜種油を混ぜた土による強固な油土塀が続く。自然は借景として取り込まれている。

この石庭は、いまだに誰が作庭したのか、石にはどのような意味があり、その配置はどのように決定されたのか、といった様々な疑問が未解決のまま放置されている。その難問に、多くの学者が説を繰り広げている。ある学者は、この石の配置がカシオペア座を投影したものだという。また、ある学者は西洋的手法や黄金分割を読み取るものもいる。

果たしてどの説が真実に近いのか、わたしにはわからないが、この石庭が多義的であり、人によって多くの想像を呼び覚ます力を持っていることに敬服する。15の石は実は14であり、一つは崩れた末に15に見えるようになったとも言われており、石の数ですら、確定できない有様なのである。

最近、わたしはこの石庭に特に興味を持つようになった。この石庭は多分、中学の修学旅行時以来訪ねたことはないが、謎の多い庭であるが故に興味をそそられる。先にも述べたように、この庭が、擬似的な自然を模していないことも惹かれる。それは、心の中を模しているようでもあり、哲学的でもある。

こうした古典であれば、わたしは是非その謎解きをしてみたいと思う。まだ、参照している文献はわずかだが、まずは、近いうちにこの庭を訪れ、その魅力を堪能してみたいと思っている。


by kurarc | 2017-12-13 18:10 | archi-works