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アヴェ・マリア

トランペットの先生からフィンランドのトランぺッター ヨウコ・ハルヤンネのCD『Angel Music』(日本のタイトル アヴェ・マリア-天上の響き-)をお借りする。

ザ・ガード金管7重奏団とハルヤンネによるアヴェ・マリア曲集であるが、その1曲目にカッチーニ作曲によるアヴェ・マリアが演奏されている。クラシックファンであれば、言わずと知れた曲なのだろうが、バッハやシューベルトは知っていたが、カッチーニの曲は恥ずかしながら知らなかった。

本当に美しい旋律である。下降していく旋律の繰り返しが心に響いてくる。こうした1曲が発見できるだけでこのCDは一生忘れられないものとなるだろう。あの左手のピアニスト舘野泉さんのベスト盤の中にもこの曲が含まれていた。聴き比べてみたい。

*ウィキペディアによればカッチーニのアヴェ・マリアは偽作であるとのこと(カッチーニの曲でないとのこと)。偽作であっても、曲の美しさに変わりはない。

*ハルヤンネの生まれた町はフィンランドの西南ラウロという都市である。中世を起源とした木造建築が残る世界遺産の都市として知られている。スウェーデン植民地時代の影響の強い都市と考えられるから、彼の演奏はスウェーデン的な洗練さがあるのかもしれない。
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by kurarc | 2010-11-28 16:43 | trumpet

ポスト・ジェントリフィケーションの都市、建築は?

1980年代前後に21世紀の都市を予見するような著作が数多く出版されたが、その中でも、かなり的確に都市の有り様を予見したのは、粉川哲夫氏の著作の数々だろう。このブログでもかつて2回粉川氏の著作を紹介したが、改めて彼の著作を読み返してみると、その的確な予見は見事としか言いようがない。

たとえば粉川氏は、1970年代にさかんに行われたニューヨークやロンドンにおける都市のジェントリフィケーションに着目し、その動きが東京に波及したことをいち早く察知した。また、そうした都市においては有用性から情報性が優位な価値を持ち始めることも認識していた。(こうした都市の有り様は、前回のブログで述べたパリにおいて19世紀、すでに始まっていた。)

現在、都市がそうした流れをいまだに維持している一方、最近の北欧のインテリアへの人気は、その情報性のみだけでなく、有用性に対する価値がよみがえってきているように感じられる。エコといった観点から、自然素材への関心も新しい有用性に対する評価が再燃したと見なしうると言えないことはない。

但し、有用性と情報性が併存しながら新たな情報性を出現させたという見方、すなわち、情報の情報化(有用性も情報化した)という見方も可能だろう。粉川氏によれば、このような状況の中で、次はどのような方向へ行くのか、と考えた場合、歴史=記憶の再構築へ進むと予想している。アメリカの都市が停滞した一つの要因は、歴史=記憶量の絶対的な不足によると言えるが、アメリカの中で、そのことにいち早く気づいたものは、自分のルーツやアメリカ以前の世界まで遡行して物事を考え、創造することで、乗り越えようとしている。

日本において、都市、建築における記憶の再構築とはいかなることになるのか?それは単に伝統に帰ることではないだろうし、木造建築に戻ることでもないだろう。たとえば、源氏物語を東アジアからとらえ直す試みがあるように、日本の都市、建築を古くは中国、韓国を中心としたユーラシア世界の深淵から、さらに、近代以後においては欧米世界の影響から丹念に読み直し(私はかつて建築家ブルーノ・タウトを通じてささやかな読み直しを行った)、再構築する試みと言えそうである。

*グーグルの試みはその一つの現れだろう。歴史=記憶の再構築がポジティブなことだけにつながるとは限らないことは言っておく必要があろう。
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by kurarc | 2010-11-27 21:53 | archi-works

ショパン生誕200年

NHKで作家の平野啓一郎氏がショパンについて語る番組がある。明日24日が最終回となり、ショパンのラストコンサートについて語ることになっている。

平野氏のテキストによると、ショパンという天才の死がパリにおける2月革命とシンクロしていることに驚かされる。ショパンは新しい第2共和制という時代に生きて行くことができると確信できず、イギリスへ旅立ち、この地で生計をたてることをもくろむが、そのときの長旅が悪影響を及ぼし、パリに戻ってあっけなく死んでしまう。

イギリスに旅立つ前、コンサート嫌いのショパンが今までの自らの人生の総括をするコンサートを行う決意をする。このコンサートは伝説となるほどの名演であったと言われているが、このラストコンサートのプログラムは残されていないらしい。平野氏は、この当時の彼の演奏した曲目から予想して、ラストコンサートのプログラムを再現している。(テキストまたはテレビ番組参照のこと)このプログラムでのCDも発売されているようだ。

ショパンの死後、パリはオスマンによる大規模な都市計画により大きく変化し、現在のパリの骨格が形づくられる。ショパンがもう少し長生きし、パリに暮らしていたとしたら、到底オスマンの計画は受け入れられなかっただろうし、工事の騒音に耐えられなかったに違いない。どちらにしても、彼はパリから遠ざかる運命にあったのである。

喧噪の中で、静かにたたずむ音楽が必要とされている時代である。ショパンの繊細な音楽は、現在最も必要とされる音楽だと思う。
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by kurarc | 2010-11-23 22:40 | Poland

アルマス(荒れ地)という名の家 ファーブルの家

新橋駅前の古本市で、『ファーブル記』(山田吉彦著、岩波新書)を購入。早速読んでみた。わずか100円の古本ではあるが、その内容はとても100円の価値とは思えない充実したものであった。

この本を読むと、ファーブルが落ち着いて昆虫記を書く環境になるまでの苦労がよく理解できたが、著者の描写力はときにユーモラスで淡々と描かれているために、読んでいて苦しくなることはなかった。昆虫記の訳者でもある著者ならではの、愛情にあふれた伝記である。

ファーブルは晩年、といっても50代前半に、やっと自分の家を持つことになる。その家をプロヴァンス語でアルマス(Harmas、荒れた土地、不毛の地を意味)と名付けたという。その名の通り、荒れ地であった南フランス、オランジュからアイグ河を隔てたセリニアンという町に廃屋を見つけ、購入し、家とした。そこで規則正しい生活を心がけながら、昆虫の研究に没頭し、全10巻からなる昆虫記を完成させる。(第1巻はすでにアヴィニョンで書かれた。)この家に住んで数年して妻を亡くしたファーブルは、その2年後には歳が40以上も離れた若い女性と再婚し、1男2女をもうけている。こうしたファーブルの活力、生命力には驚かされる。

ファーブルは極貧の中、研究を続けていったことはよく知られているが、自分の家をもった頃はかなり金銭的には恵まれていたようで、再婚した相手はファーブル家のお手伝いをしていた女性だったらしい。しかし、最晩年はまた苦しい生活を余儀なくされたようだ。

こうした生涯であるにもかかわらず、ファーブルは昆虫記だけでなく、プロヴァンス語の文芸復興運動に携わったり、作曲までやってのけた。知性の光を絶やさなかった偉大なファーブルは、ことフランス本国ではあまり知られていない偉人だという。そして、ファーブル昆虫記が全巻訳されている国も日本だけだという。

最初の海外旅行時にはオランジュに古代ローマ劇場の見学のために立ち寄っているが、ファーブルの家(現在、博物館)については知らなかった。知っていたら訪ねていたことだろう。
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by kurarc | 2010-11-22 20:59 | books

木の家ネット総会 in 鎌倉参加

今日は、木の家ネットという組織の総会が鎌倉で開催され、私は会員ではないが、その第1日目の寺巡りにサポートとして参加した。

コースは建長寺から始まり、明月院、円覚寺を経て、結の蔵、会員の方の仕事の見学後、鎌倉駅に戻るコースであった。鎌倉に住んではいるものの、寺院建築については知らないことばかり。建長寺では普段は入ることができない三門の上階に登らせていただく。上階内部には五百羅漢が安置されていた。(下写真)鎌倉にはこうした隠れたところに多くの貴重な遺産が眠っている。鎌倉好きは、こうしたところを丹念に観て歩いているうちに、深みにはまっていく方々なのだろう。円覚寺の洪鐘(おおがね)がある丘の上からの眺めも、天気が良かっただけに爽やかであった。こうした何気ない自然の眺望も鎌倉の魅力の一つと言えるのだろう。
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by kurarc | 2010-11-20 19:44 | 鎌倉-Kamakura

20世紀を学び直す

最近のブログで、繰り返し語っていることは20世紀のことである。2010年も終わりにさしかかり、1900年代の世界にかなり距離感ができてしまった感がある。また、少し大げさな話だが、今の日本の停滞は、19世紀転換期から20世紀における自らの歴史を総括し、相対化できず21世紀を迎えてしまったツケだという気がしてならない。龍馬について騒がしいが、問題は龍馬以後の世界だと思う。

私は、家具においてデンマーク(その他北欧諸国)の家具を最近特に意識しているのも、日本人が20世紀にやらなければならなかったデザインがデンマークにおいてすでにやられているからである。特にデンマークが行った歴史研究を踏まえたデザイン活動、堅実で地道なデザイン活動を行うことなく、日本は21世紀になり、現在メディアに登場するのは感性のみのデザインが大半である。したがって、私は自分だけで、20世紀にやらなければならなかったであろうデザインを想定し、先日コンクールに家具を提出してみた。時代錯誤と判断されるのであろうか?

20世紀をもう一度意識化するために、20代から30代にかけて読んだ本など、最近読み直すことからはじめている。私の20代は1980年代であり、この年代前後には20世紀がかなり明確に意識できるようになり、それらを総括するような良書が数多く出版され、映画などの分野でも優れた表現が現れた。アップル社のマッキントッシュも1984年であった。(但し、建築においては反動的な運動、ポストモダニズムが現れた。)

たとえば、長田弘著の『私の20世紀書店』は、初版が1982年。岡村昭彦著の岡村昭彦集全6巻は1986年に出版されている。この岡村氏の第4巻の『我々はどんな時代に生きているのか』は、当時読んだときに衝撃を受けたものである。この中に、三つの異なる世界地図の話が出ている。我々はおよそ三つの異なる世界地図をもっており、一つは日本を中心としたもの(日本人が見慣れているもの)、次にイギリスを中心としたもの、最後にアメリカを中心としたものに分けられる、というもの。この三つはよく学校の壁に貼られているような平面上の地図(メルカトル図法の地図)であるが、中心がずれると、世界は全く異なる様相を呈するから不思議だ。(詳しくは岡村氏の著作を参照いただきたい。たとえば、日本が中心の場合、大西洋は分断され、アメリカが中心となると、ユーラシア大陸が分断される。日本人には自然と大西洋が分断され意識されてしまうということ。こうした意識はNATO(北大西洋条約機構)というものの理解を妨げることとなる。)

明治以後、小英国たろうとして小貧国となった日本は、数多くの過ちを犯してきた。そうした日本を憂いた岡村氏の著作が教えてくれたことを最も単純に言うと、日本はたとえば、韓国の立場で物事を考えてみること、あるいは、アイルランドといった小国の立場から世界を眺め、歴史をとらえ直すということの必要性であり、(それに加え、アメリカを深く理解すること。)世界は驚くほどの必然性に満ちて進行しているということであった。
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by kurarc | 2010-11-18 22:15 | archi-works

フランソワーズ・アルディーと荒井由美

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荒井由美の傑作、『MISSLIM』(1974年)というアルバムの中で最も好きな曲、「WATASHI NO FRANCOISE」のフランソワーズがフランソワーズ・アルディという実在の女性歌手であることを最近知った。

アルディのアルバムのいくつかを早速聴いてみる。フランス人であるアルディのフランス語による歌声がなぜかなつかしい響きをしていることを感じたのだが、それは、高校時代にシャンソンのジョルジュ・ムスタキを聴いていたせいのようだ。

荒井由美はわずか20歳で『MISSLIM』というアルバムをつくっているが、彼女の歌詞がすごいのは、「・・・あなたの歌にわたしは帰るのよ・・・」というフレーズである。すでに、20歳で「帰る」場所について歌っていることは私には信じられない。20歳という歳は出発する歳であり、帰る場所などを考える歳ではないと思うからである。

それは、「帰る」ことの意味を歌ったシコ・ブアルキとアントニオ・カルロス・ジョビンの曲『SABIA』に通ずる。しかし、彼女にとって帰る場所が実在の土地ではなく、歌であるというところに都市の人間の孤独を感じてしまうことも確かである。そうした感性は、アルディのパリでの孤独な生活感を表現した歌をいち早く受容できたのだろう。荒井由美は日本において「都市」を最も敏感に感じ、歌に表現した最初の女性と言えるかもしれない。
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by kurarc | 2010-11-14 23:07 | music

文庫蔵について

今日は、前回ブログで紹介した、神奈川県建築士事務所協会鎌倉支部主催の「鎌倉の建築士 仕事展」に立ち寄る。会場で、会員であるO氏の文庫蔵の移築再生に目がとまった。

恥ずかしいことに「文庫蔵」というタイプの蔵について知らなかった。商家で文書、書籍、帳簿類を収蔵する蔵のタイプを言うらしい。「蔵書」という言葉に「蔵」という字が含まれていることに納得する。

興味深かったのは、O氏が移築する前の山形県鶴岡市に建造されていた文庫蔵の解体現場の写真であった。文庫蔵の外壁である土壁や漆喰を落とし、構造が露わになった写真があったのだが、通し柱が90センチごとに規則正しく並んでいて、さらに1階腰回りだけは、その中間に柱が加わっていた。つまり、45センチごとに柱が並んでおり、これは通常の木造建築としては過剰な構造材と見えた。O氏にこのことを質問すると、これは構造上の問題ではなく、防犯上柱を追加しているものだという。O氏の話では、90センチの4等分、22.5センチごとに柱を入れている蔵もあるとのこと。

また、蔵の柱には、土壁を塗る前に外回りだけ漆喰を施している場合があるそうだ。これは、土壁を塗り込めるとき、柱の表面の防水の役割を果たすことになるという。

蔵は構造が明解であるだけに、現代の住宅に再生するには扱いやすく、利用価値の高い資産であることを感じた。但し、住宅のスケールに見合うような規模の蔵は数が少ないらしい。

詳しくは、民家バンクのHPを参照ください。
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by kurarc | 2010-11-13 23:45 | 鎌倉-Kamakura

「鎌倉の建築士 仕事展2010」開催

恒例となりました神奈川県建築士事務所協会鎌倉支部主催の「鎌倉の建築士 仕事展2010」が今月11日から開催されます。今年度も参加することになりました。

今回は、(株)天童木工で本年商品化されました「ガラステーブル(カテナリア)」に関するコンクール時のプレゼンテーション図面、天童木工カタログなどを展示する予定です。

よろしければ是非ご来場ください。

日時:11月11日(木)〜11月14日(日) 午前10時〜午後5時
   最終日は午後4時まで

場所:鎌倉生涯学習センター 地下1階ギャラリー
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by kurarc | 2010-11-09 17:20 | archi-works

ライル・メイズ Lyle Mays 『Street Dreams』を聴く

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ライル・メイズはパット・メセニーグループ(PMG)のキーボードを担当する、PMGの番頭と言って良い存在。1988年に出た彼のアルバムがStreet Dreamsである。

ポスト・ビル・エヴァンスを彷彿とさせるセンスをもったキーボード奏者として、PMGの音楽づくりの中心的存在だが、このCDは、フュージョンというジャンルがまだ活気のあった頃のもので、隠れたフュージョン音楽の名盤と呼べるようなCDである。

ライナーノーツにもあるように、ドナルド・フェイゲン(スティーリー・ダン)のようなポップ感ある曲があるかと思えば、Chorinhoという曲では、ブラジル音楽Choroショーロを新しい感覚で再構成し、メイズ風ショーロを聴かせてくれる。Before You Goという曲では、Vocoderを使い、肉声を電子化し、のびやかなで、心地よいメロディーを奏でている。
(Chorinhoショリーニョはポルトガル語で、Choroショーロの縮小辞といわれるもの。ライルはショーロもどき、といったニュアンスを伝えたかったため、Chorinhoという言い方を選んだのでは?)

映画といい、音楽といい、70年代から80年代のものを最近渉猟している。プログレなど当時聞き逃したものなどもこれから聴いていきたいと思っている。以前ブログにも書いたが、21世紀が80年代後半にはじまっていたと感じている。つまり、80年代までに20世紀の文化の総括が行われていたと仮定すると、このあたりの文化全般を押さえておくことは重要である気がする。

ライルの音楽を聴いていると、自分としては、パット・メセニーより彼の理知的なセンスに興味があってPMGの音楽を聴きつづけてきたのかもしれない、と感じられた。ライルには、もっとリーダーアルバムをつくって活躍してほしいものだ。最後に、ギターで参加しているビル・フリゼールの抑制のきいたギターがすばらしいことも付け加えておく。(ビルのリーダーアルバムの中のギターはあまり気にいったものがないが、このCDの演奏はよい。)
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by kurarc | 2010-11-08 00:15 | music

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