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伊勢新富座

NHKのクローズアップ現代で、伊勢進富座というフィルム上映にこだわる映画館が紹介されていた。店主の水野昌光さんはあの名画『ニュー・シネマ・パラダイス』によって映画の魅力を教えられたという。

私が子供の頃は、このような映画館が東京の街には数多く存在したのだが、今は数える程になった。映画のデジタル化、大手のデジタル上映の映画館の台頭によって、進富座は経営が成り立たなくなっているという。

大手の映画館は都市にあるが、街と断絶したかたちで大きなビルの中に存在する。しかし、かつて映画館は都市の一部であり、映画館は八百屋や魚屋、風呂屋と同じレベルで街の中に存在し、街並と共にあった。

映画館は最近何か奇妙なスペースになってしまった。映画館という空間の新しい提案、組み替えもほしい。それは我々のような建築に携わるもののアイディアが必要だろう。また、水野さんのようなフィルム映画に情熱をもつような映画人をバックアップする組織づくりはできないものだろうか。それは、映画づくりにかかわるもの、映画好きのものらが支えるような仕組みとなろう。映画批評家も批評ばかりしないで、こうした組織づくりにこそ力を注いでほしいものだ。

*1995年にパリへ行ったときに入った映画館は、入り口を入るとすぐ目の前にスクリーンがある映画館。ホールのようなものもなし。街路の延長として映画館が存在していた。映画館の前ではマダムが上映される映画を大声で叫んでいた。観た映画はヴェンダースの『リスボンストーリー』。
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by kurarc | 2012-05-31 00:18 | cinema

北鎌倉のランドスケープ

北鎌倉は横須賀線を挟んで伸びやかな谷状のランドスケープをもつ。

昨日は昼過ぎに北鎌倉女子学園の裏にでる道を自宅の梶原から北鎌倉駅に下って行った。この道は、犬の散歩にはもってこいの山道で、山道にしては明るく、北鎌倉のランドスケープを堪能できる道。女子学園付近から円覚寺方向を望むスケール感は見事で、円覚寺までの距離はおよそ1km。眺望と呼ぶのにふさわしい距離感である。鎌倉の中で最も美しい谷風景と言えるのではないか。

しかし、この道の途中で大規模な開発が始まろうとしている。この付近には開発反対の旗が道沿いに並ぶ。最も美しい風景を狙い撃ちしたような開発事業である。この土地からの眺めはさぞかし美しいに違いないが、対岸の円覚寺方向からの眺望がどのようになるのか気がかりである。

女子学園の裏山の道は相当の鎌倉好きの方しか行かないと思われるが、名所旧跡巡りだけでなく、このようなガイドブックにも載っていないような山道を歩くのも鎌倉の楽しみの一つと言える。梅雨に入る前の新緑の季節、北鎌倉周辺や台峰と言われる地域は絶好のハイキングコースと言っていい。
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by kurarc | 2012-05-27 00:56 | 鎌倉-Kamakura

ジョン・ルーリーの絵画

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ジョン・ルーリーの絵画に出会った。『パリ、テキサス』という映画の中で異様な風貌をした男が一瞬現れるシーンがある。それがジョン・ルーリーだった。強烈な印象を残すも、彼がどのような俳優であるのか知らずにいた。(サックス奏者のルーリーがハーモニカを吹くシーンがカットされたことは、少し前のブログに書いた。『パリ、テキサス』という一つの映画は異世界の凝縮されたものであることを教えてくれる。映画は数多く観ればよい、ということではないようだ。)

彼は現在ライム病という難病に冒され、音楽家(サックス奏者)や俳優という道を断念し、絵画に打ち込んでいるという。上から下へと絵具が滴り落ちてくるような独特のタッチの絵画は、彼の病と関連するのかもしれない。しかし、考えてみれば絵具は液体なのだから、そうしたタッチは最も素直なことのように思われる。彼の絵画にはそれぞれ短いフレーズが挿入され、絵画のタイトルのようにも、詩のようにも思われる。

こんなフレーズがある。

There Is A Terrible Problem. But No One Is Sure What It Is.
深刻な問題だ。しかし誰もそれがわからないでいる。

ワタリウム美術館『ジョン・ルーリー展ドローイング You Are Here』より
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by kurarc | 2012-05-25 21:27 | art

未来は過去の中にある

「未来は過去の中にある」というのが私が日々感じていることである。

何気なく買った書物やCD、意識しないで訪ねた旅行先、美しいと思える風景、居心地のよい場所、何度となく登っている山々、何か好きな映画等の中に、未来に自分の中で改めて考えることになる出会いがある。

最近映画『パリ、テキサス』についての文章を書いた。この映画はおよそ25年前に観たが、この映画の中には原作の小説、私が気づいていなかった俳優のこと、音楽やさらには家族のこと、人間の生き方のことなど自分が現在、つまり25年経って考えることになるすべてが含まれていることがわかる。

25年前にこの映画を観た時には想像もしなかったことが、すでに先取りされていたということになる。それは以前も書いたポルトガルに住むようになったことも同じであった。ポルトガルを初めて訪れたのは1984年12月。スペインほどの感動もせず、リスボン、エボラ、エルバスという3つの都市を訪ねただけであったが、そうしたささやかな経験がなければこの国に住もうなどとは思わなかったし、高校生の頃聴いていたヴィラ=ロボスやジスモンチのブラジル音楽の記憶がなければポルトガル語を学ぼうなどとは思わなかったはずである。

50歳を過ぎて、この意識せずに見過ごしてきた様々な事物を意識し、できるだけ掘り下げて考えてみたい衝動にかられている。それは、忘れていた自分探しのようなものと言っていい。そうした自分探しの一方で、新しい未知の事物に興味をもつことも忘れてはならないが・・・

*たとえば、『季刊リュミエール』(筑摩書房)という映画の雑誌は25年以上大切に保管してきた。この創刊号の表紙は映画『パリ、テキサス』である。この創刊号には『パリ、テキサス』のシナリオが完全採録されている。こうしたシナリオに25年経ち興味を持つようになったことは、偶然とは思えない。25年前に25年後がすでに予見されていたのだと思う。
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by kurarc | 2012-05-24 23:16

フィン・ユールの自邸について

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先日、建築家で写真家の吉村行雄さんによるフィン・ユール(以下FJ)の自邸(上写真はオードロップゴー美術館HPより借用)に関するスライド会(+動画)に参加し、FJの自邸についてかなり精緻に把握する機会をもった。

FJの自邸は、現在コペンハーゲンの北郊外に位置するオードロップゴー美術館内の展示施設に含まれており、美術館のように自由に見学ができる。吉村さんは直接許可をとり、3日間撮影を許されたときのエピソードなども交え、お話を伺うことができた。

奇をてらうことのない住宅の中に、FJが何十年もかけてデザインし選定した家具や美術品、絵画などが何気なく飾ってある。これほど家具と住宅が建築的に一体化された仕事は今までに見たことがない。家具や住宅にはピンポイントとして色彩が施され、空間を引き締めていることが理解できた。

今回地下室には入ることができなかったということだが、吉村さんの話では、FJは釣りが好きで、釣ってきた魚をさばくような設備が地下室の一部に施されていたようだ。

日本人には空間としては大きいような気がするが、この住宅の空間をもう一回り小さくまとめれば、緊張感のある日本的な住宅ができるように思った。

盗難事件も頻繁にあるということで、美術館関係者はぴりぴりとしていたということだが、その中で撮影されたFJの自邸は、北欧の水平に近い光の入り方など、朝から夜までの自邸の様相を見事にとらえていた。

竹中工務店の季刊誌『approach』最新号で、このFJの特集が組まれているので、FJの自邸について詳しく知りたい方は、手に入れることをお薦めしたい。

*フィン・ユールの家具と住宅は、例えばチャールズ・レイニー・マッキントッシュのような装飾的に家具と建築を重ねあわせていくような手法と異なる。家具は住宅の中で自立した存在であり、そのところが現代に通じていて新しい。
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by kurarc | 2012-05-23 00:18 | architects

『パリ、テキサス』再び

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映画を理解するということはどういうことなのか?『パリ、テキサス』を再び観て、そう思った。こうした好みの映画はすでにDVDを購入しているから、毎日観ようと思えば観ることができるが、多分5年ぶりにこの映画を観て、未だに新しい発見がある。つまり、映画を安易に理解することは危険であり、映画を矮小化してしまう。

予算はたいしたことはなかったと思われる映画であり、兄弟の二つの家族のあり方を描いているというテーマは平凡と言える映画だが、なぜこんなに引きつけられるのだろう?今回観て思ったことは、小津安二郎を敬愛するとうヴェンダースらしく、これはテキサス(及びロスアンジェルス、ヒューストン)を舞台にした小津映画と言えなくもない、と思った。

映像での発見は、あの有名なマジックミラー越しのジェーン(ナスターシャ・キンスキー)とトラヴィス(ハーリー・ディーン・スタントン)の会話のシーン。彼が2回目に訪れたとき、はじめは背を向けてジェーンと会話をするのだが、途中からジェーンと面と向かって話すとき、ジェーンとトラヴィスの顔が一瞬重なることに気づいた。これは全くの偶然ではない。椅子の位置を検討して、重なるように演出したのだろう。

また今回はシナリオに注目した。原作と言われるサム・シェパードの『モーテル・クロニクル』は読み始めたばかりだが、ヴェンダースはまずこのクロニクルから連想されるアメリカの荒地を映画のモチーフとして選択したことは確かだが、このクロニクル内に挿入されている馬のネオンサインの写真からヒントを得たのか、映画の中にこっそりと忍び込ませていることにも気がついた。

ラストシーン、トラヴィスは一人去って行くが、彼はどこに行ってしまったのか、それが最も気になるが、彼の原点、パリスというアメリカの土地に家族と暮らすことを夢見て、果たせなかった男は、また次の原点を探す旅に旅立ったということなのだろうか?

*DVDには特典映像が付属していた。今回初めて観たが、カットされたシーンを観ることができる。俳優として参加したジョン・ルーリー(サックス奏者)のマジックミラー越しのハーモニカ演奏などがカットされたことが語られている。映画とは撮影されたフィルムのコラージュということ。
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by kurarc | 2012-05-19 22:05 | cinema

川崎の住宅が上棟しました。

5月14日に川崎で進めている住宅が上棟しました。

屋根形状は将来太陽光発電をすることを想定したため、南面の屋根面積を増やすために偏芯させた形状にしています。写真左手には母屋があり、母屋の高さに合わせてこの離れのボリュームが決定されています。

写真左手には母屋の庭が、奥には隣地の広大な緑地があり、その緑を借景として取り込めるようにデザインされています。8月末竣工をめざして進めています。
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by kurarc | 2012-05-15 22:20 | archi-works

リシャール・ガリアーノ7重奏団が9月、鎌倉へ

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リシャール・ガリアーノ7重奏団が9月16日にピアソラ没後20周年を記念するプログラムで来日するという。

Milan Surから出ているガリアーノの『BALLET TANGO』を久しぶりに聴いてみた。アコーデオンとバンドネオンによるすばらしいCD。

この中では「CHIQUILIN DE BACHIN」が出色のでき。ピアソラの曲は相変わらず廃れるところを知らないが、私は彼の音楽は「世紀転換期の音楽」のようなイメージがある。過ぎ去った20世紀への郷愁のような響きといったらよいだろうか。20世紀の鎮魂歌のような音楽とも勝手に思っている。

ガリアーノのコンサートはチケット代金も以外と安いので是非聴きに行きたいと思う。
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by kurarc | 2012-05-14 22:49 | music

椎の樹の香り

今の季節、鎌倉の山の中を歩くと、生臭い、青臭いにおいを感じる。以前から何のにおいだろうと疑問に思っていた。たまたま通りがかった方が「椎の香りがするね」と話していたため、その正体に気づいた。

椎の雄花は虫媒花で、その雄花から生臭いにおいが放たれるという。竹の子の香りと間違える人もたまにいるらしいが、竹やぶでは椎のような強烈なにおいはしない。

椎のにおいは東京に住んでいるときには特別感じたことはなかったように思う。やはり、鎌倉くらい南下してくると照葉樹林が東京近辺より数多く分布しているのだろう。
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by kurarc | 2012-05-13 20:21 | aromascape

長谷川きよしさんのギター

久しぶりにテレビで長谷川きよしさんの歌とギターを聴く。

伸びのある若々しい歌声は相変わらずであったが、今回は彼のギター(奏法)に注目していた。

長谷川さんは2歳で緑内障により失明したという。ということはギターも失明した後に始めたことになるのだろう。どのようにギターをマスターしていったのか知らないが、注意深く観察すると、彼のギター奏法はやはりかなり特殊であった。特に右手の使い方。たとえばクラシックではアルペジオを弾く場合、なるべく指だけを動かすことに集中して、手首を動かさない。つまり無駄な力を使わないようにする。

しかし、彼の奏法は、ストロークとアルペジオが同等のように扱われ、彼独特の力強いギター奏法を導きだしていた。それはフラメンコギターとも異なる。アル・アイレ、アポヤンドと言われる奏法も大胆で、指をピックの替わりのように激しく動かしていた。こうした奏法は、長谷川さんが耳によって音を探りながら身につけていった奏法、音から要求された奏法と言えるのだろう。こうした楽器へのアプローチは健常者が楽器を習得していくときにも大きなヒントになるだろう。
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by kurarc | 2012-05-13 00:24 | music

Archiscape


by S.K.
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