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グランドツアー/16 ウィーン 1984/08/08-08/12

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フィレンツェからウィーンに入る。ドイツ語圏の都市に初めて訪れたことになる。まず、その都市の美しさに魅了された。イタリアの都市とはまた質の異なる美しさ、都市に張りつめた緊張感の漂うような美しさであった。

宿はユースホステルを初めて利用した。4人、5人の共同部屋(ドーミトリー)で、家庭的な感じの心地よいユースホステルであった。この宿で日本人画家の方とお会いし、ダ・ヴィンチやラファエロの話など、美術館に行っては模写を繰り返している、といった話をお聞きする。

ウィーンにはすばらしい建築が数多く存在するが、まずはオットー・ワグナーの建築の数々を見学。その後、アドルフ・ロース、ホフマンやカール・エーン(ワグナーの弟子)の集合住宅(カール・マルクス・ホーフ)などを見学。ベートーベンの家にも立ち寄った。旅行ノートによると、ウィーンでは道路を横断しようとすると車がかならずといってよいほど一時停止をしてくれる、とある。市民が非常に礼儀正しく親切であった。

また、市電が多く残る街としてウィーンは有名であり、その市電を使い、主な名所に出かけることができた。市電も大きな幹線道路を通るだけでなく、郊外の整備された住宅地の幅5メートル程の街路にも延びていて、ベートーベンの家も市電を使って訪ねた。後に、リスボン、ミラノなど市電の多く残る都市と出会うが、このウィーンの市電の優雅さは忘れられない。

ウィーンは8月であったが、すでに肌寒く、確かこの街で防寒着を買った記憶がある。寒さが気になる季節に入っていた。

*上写真、ワグナーの郵便貯金局内部、下写真、カール・マルクス・ホーフ。
ホーフ(hof)とはドイツ語で中庭をもつ住居タイプを示す。カール・マルクス・ホーフはウィーンの戦間期(第一次大戦と第二次大戦間)、社民党政権下における記念碑的な集合住宅。ナチスとの抵抗の砦となったことで有名。

*カール・マルクス・ホーフについては沖縄でお世話になった建築家、末吉栄三さんがすばらしい文章を書いています。詳しくはこちらを参照ください。

*私はこのブログでたびたび書いているが、感性だけで建築を判断していたら、カール・マルクス・ホーフのような建築物は蚊帳の外に置かれてしまうだろう。都市には、その都市の歴史を考えた時、必ず見学に訪れるべき建築物が存在する。カール・マルクス・ホーフはそのような建築物の代表的事例と言える。
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by kurarc | 2013-08-31 18:22 | archives1984-1985

集合住宅=マンションではない

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普通の方に、「どういう建築がやりたいのですか?」と聞かれることがある。その場合、通常、「住宅や集合住宅がやってみたい」と答えるが、そうすると、「マンションを設計したいのですか?」と聞き返されることがある。

私たちのような建築を生業とするものが「集合住宅」というときには、マンションはまず想像しない。マンションはもちろん良質なものもあるが、通常は建ぺい率、容積率を最大限に活用した巨大な「共同住宅」をイメージする。ときには、景観上好ましくないものも多い。

「集合住宅」という言い方は、建築基準法上の「共同住宅」という言い方と異なり、私の場合は、歴史的な概念を含むものをイメージする。たとえば、少なくとも以下のようなことを頭に思い描く。

1)フーリエのファランステール
2)ロンドンのテラスハウス(ローハウス)
3)20世紀初期の近代建築家による集合住宅事例
4)ウィーンの集合住宅(カール・エーンによるカール・マルクス・ホーフなど)
5)アムステルダムをはじめとするオランダの集合住宅事例
5)ワイマール共和国時代のジードルンク(集団住宅と訳される)(エルンスト・マイ、ブルーノ・タウト他による)
6)バナキュラーな集合住宅(アフリカや中南米、インド、中国他のアジアの集合住宅)
7)日本の長屋や町家
8)同潤会による集合住宅
9)日本の戦後の公団住宅
etc.

上記のことを一つ一つ説明するのは省略するが、言いたいことは、人間が集まって住むということに関して、現在までに様々な実験が行われてきた。そうしたパースペクティブを頭に想像しながら集合住宅を考える。だから、いわゆるマンションは共同住宅ではあっても、集合住宅という言い方を私は避ける。

そして、以上の事例のような集合住宅を私は初めて海外を旅した1984年から85年にかけてできる限り見学して来た。現在は世界遺産となるブルーノ・タウトのベルリンにあるブリッツ(稲妻の意)のジードルンク(上写真、ジードルンクはドイツ語で集団住宅の意)との出会いは修士論文というかたちでタウトの軌跡をまとめる結果となった。

だから、集合住宅と言えるような建築を一日でも早く実現したいと思う今日この頃である。

by kurarc | 2013-08-29 21:44 | 建築活動記録

日本の家具に何かが足りない

今日は無垢の良質な家具を販売するA社のショールームへ見学に行く。

このショールームにはコンペティションをへて製品化された椅子や有名デザイナーによってデザインされた椅子、テーブルなどが並んでいた。一昔前の日本の家具メーカーのショールームとは比べ物にならないその質の高さに感心した。

しかし、展示された家具は、たとえば北欧の著名なデザイナーの椅子をみたときに受ける印象とどこか異なる。その差が日本的な感性によるものなのか、あるいはそのメーカーの方針によるものなのか判断しづらいが、特にヨーロッパのデザイナーのものはどこか突き抜けていて、デザインがよい意味で軽いものが多い気がする。

その差がいつも気になっている。建築では日本とヨーロッパでは地震等の与条件が根本的に異なるので、建築が重くなる、骨太になるのは当然だが、家具はどの地域でも与条件に大きな違いはない。よって、その差は文化の違いは当たり前のこととして、製品化までの時間のかけ方の違いや、デザイナーの力量、センスの差や素材感の違い等によるのかもしれない。私は正直に言うと、やはり北欧のデザイナーのものにひかれる。日本人デザイナーによる家具は非常にきれいに製品化されているが、そこに「もの」がもつ色気というか、官能性が欠けているのである。(もちろん、すべてではない。中にはよい家具もある。)何かをそぎ落としていったとき(ミニマリズムということではなく)に初めて醸し出されるような「もの」の清潔な官能性、そうした臭気を放つ家具をつくりたいと思った。

by kurarc | 2013-08-25 23:18 | design(デザイン)

オーシャンズ10月号に鎌倉IS-Houseが紹介されました

オーシャンズ10月号、「OH! 家事情」(pp.190-191)というコーナーに鎌倉稲村ケ崎の住宅(鎌倉IS-House)を紹介していただきました。よろしければ本屋さんで手に取ってご覧ください。

by kurarc | 2013-08-25 17:12 | 鎌倉IS-House(リノベ)

Schilke(シルキー) 13C4

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現在、トランペットで使用しているのはBach(バック)の3Cという型のマウスピースである。他社のものをもう一つほしいと思い、楽器店へ。

いくつか試し、結局、Schilke(シルキー) 13C4という型を選定した。このマウスピースはBachでは5Cに相当するものらしい。しかし、不思議なことにBachの5Cは私にはなじまない。

マウスピースはメーカーによりリム(唇をがあたるところ)形状が微妙に異なるし、同じメーカーでもリムがフラットのもの丸いラウンドタイプのものなど、多種多様である。

その中で、唇にあてた感じの最もよいものと吹いた感じで判断するしかない。プロのトランペット奏者の方々は多い人だと何百というマウスピースをもっていると聞く。その中で使用するのはせいぜい両手の数くらいだろうが、そこまでに絞るのに、それだけ試したということだろう。

シルキーのマウスピースは初めてトランペットを買ったときにも使っていたもの。やはり、相性がよいのかもしれないが、シルキーのトランペットの方は高価で手が出ないし、私のようなアマチュアには使いこなせる楽器ではない。

by kurarc | 2013-08-24 15:49 | trumpet(トランペット)

吉祥寺の洋食屋 シャポー・ルージュ(旧バンビ)

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今日は久しぶりに吉祥寺のシャポー・ルージュ(旧バンビ)という洋食屋で夕食をいただく。洋食には目のない方である。洋食はカロリーが高いから、もうそろそろひかえなくてはならないが、好きなものはしょうがない。

吉祥寺には昔からやっている洋食屋はほとんど姿を消してしまった。子供の頃、よく利用したのは、吉祥寺駅南口にあった「おしどり」という洋食屋であった。小学生の頃は、木造2階建ての洋食屋で、いつもは2階を利用した。ここはハンバーグが特に有名であった。私をひきつけたのは、デミグラスソースにシナモンを使っていたことである。小学生の頃はシナモンのことはよくわからなかったが、物心ついたときに初めて意識した。シナモンの香りを嗅ぐと、今でも「おしどり」のハンバーグを思い出す程である。

そして、昔は「バンビ」といっていた「シャポー・ルージュ」が吉祥寺では最も古い洋食屋の一つになるのでは?20年程前に改装されたが、どのような料理でも丁寧に調理してあっておいしい。この店は店内が非常に狭いが、そのスケール感がよく、落ち着いて食事をすることができる。店員の方の応対もよい。壁のクロスのはがれたところが少し目につくようになったので、もうそろそろメンテナンスが必要な頃だろう。

こうした老舗は街の宝物のような存在。いつまでも老舗が存続することができるような街であってほしいものだ。

*写真は、2012年6月3日に撮影したもの。

by kurarc | 2013-08-23 22:05 | 吉祥寺-Kichijoji

グランドツアー/15 シエナほか 1984/07/31-08/08

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archives1984-1985は久しぶりの更新となる。

29年前の今頃、私は南イタリアを巡り、イタリアを北上し始めた時期であった。以後、オーストリア、ドイツ、北欧などを廻って、再びイタリアに戻ることになる。この時点で既にイタリアには魅了されていた。ドイツもイタリアと同等の時間をかけて旅をするが、イタリアをはじめとするラテン諸国への志向を変えるにまでには到らなかった。

シエナ、オルヴィエート、サン・ジミニャーノを駆け足で旅していた。シエナとオルヴィエートは、ポルトガル滞在中の1999年に再度訪れた。シエナのカンポ広場の強烈な印象と、煉瓦によって築かれた重厚な街が忘れられなかったこと、さらに1984年、ある日本人にお会いしていたのだが、シエナの祭り、パーリオ(競馬の祭り)の観戦のため、一月前から滞在していることを聞いた。それほどの価値のある祭りなのか、と驚いたが、このとき、いつかはパーリオの観戦に訪れたいと思い、ポルトガル滞在中の1999年にその祭りのために、フィレンツェから日帰りで再度シエナを訪れることになる。真夏の猛暑と人ごみの中の観戦は苦労したが、忘れられない祭りとなった。

オルヴィエートは小さい街ながら、空中都市のような城塞都市であり、駅からケーブルカーに乗り、街の中心まで向かうのだが、中世をそのまま残したような街とケーブルカーという現代的な装置の調和がとれていることに驚かされた。ケーブルカーは1984年の時点で、車いすでも余裕を持って乗車できる仕様になっていて、日本のケーブルカーがいかに遅れているか思い知らされた。街の中は時が止まったかのように穏やかで、ブドウ棚の下で食事をしたレストランの心地よさが忘れられず、ポルトガルから再度訪れたときに、このレストランを探したのだが、みつけることはできなかった。

シエナの街に私はフィレンツェ以上に興味をもった。山岳都市といってよい街であり、起伏を巧みに利用した街路、広場など他のイタリアの都市と比較しても、この街に匹敵する都市を見いだすことはできない。海に開かれた都市としてベネツィアを挙げるとすれば、山に開かれた都市としてはこのシエナがイタリアでは最も記憶に残った。

いよいよこのあと、イタリアを出て、ウィーン、ミュンヘンなど北へ向かうことになる。
(写真上:シエナ、カンポ広場 下:カンポ広場、大聖堂より 最後:オルヴィエート大聖堂)

*オルヴィエートはサン・パトリツィオの井戸が有名。二重螺旋の階段をもつ。アントニオ・ダ・サンガッロの設計による。
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by kurarc | 2013-08-21 20:47 | archives1984-1985

カクテル トム・コリンズ

映画『チャイナタウン』の中で、フェイ・ダナウェイがカクテルの「トム・コリンズ」を頼む場面が登場する。最近は、ビールのように量を飲む酒よりも、強い酒を少量飲むことが増えてきた。しかし、トム・コリンズのカクテルのようにシュガーシロップを加えることはしない。

ウイスキーであれば、炭酸水割りにかならずレモン汁を少量まぜる。これは、ジン・フィズのウイスキー版(ウィスキー・フィズ)に近い。ビールもレモン汁を少量入れて飲むとフルーティーでおいしい。

よいバーのバーテンダーはこうした古い歴史のあるカクテルの由来等をさりげなく話せる人だと思う。グラスはもちろんコリンズグラスで。逆に言えば、こうしたことを知らずにバーを営むことは許されない。そして、フェイ・ダナウェイが映画『チャイナタウン』で頼んでいたカクテルです、と一言加えることができれば文句なし。


カクテル トム・コリンズの標準的レシピ(Wikipediaより)

オールド・トム・ジン - 45 ml
レモンジュース - 15〜20 ml
砂糖 - 2tsp
炭酸水 - 適量
レモン・スライス
マラスキーノ・チェリー

トム・コリンズの由来(サントリーのHPより)

19世紀半ば、ロンドンのハノーバー街、コンデュイット通りにあった”リマーズ・コーナー”という店のボーイ長、ジョン・コリンズが創作したカクテル。はじめは自分の名前をとって「ジョン・コリンズ」としていたが、ベースをジュネバ・ジンからオールド・トム・ジンにかえ、「トム・コリンズ」と命名した。アメリカで生まれた「ジン・フィズ」は、材料も作り方もほぼ同じ、分量だけが違う兄弟のようなカクテルである。

by kurarc | 2013-08-18 21:31 | gastronomy(食・食文化)

fragment/2013/08/18  流体力学

流体力学を知るための基礎

*レイノルズ数
*層流と乱流、攪乱
*KH不安定
*マグデブルクの半球ーゲーリケの実験
*カータ・ディクストン『爬虫類館の殺人』、A.C.クラーク『渇きの海』
*パスカルの原理
*ベルヌーイの定理
*重力流
*ファラデー、オイラー、ラグランジュ

木村龍治著『流れをはかる』(日本規格協会)より

by kurarc | 2013-08-18 16:47 | fragment(断章・断片)

映画チャイナタウンのテーマ曲

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ポランスキーの映画『チャイナタウン』を初めて観たが、映画が始まり、トランペットによるテーマ曲が流れてくると、どこかで聴き覚えのある曲が流れてきた。

それは4、5年前よく聴いていたティル・ブレナーの『OCEANA』2曲目。ティルのCDを聴いていたときは全く意識していなかったが、改めてライナーノーツをみる。何もこの曲についての解説はないが、「チャイナタウン」の愛のテーマ、とタイトルにあった。このタイトルが映画「チャイナタウン」・・・と記しておいてくれればすぐにわかったのだろうが、こうして映画を初めて観て、またこの曲に再会する。

映画はいわゆるフィルム・ノワールといわれる淡々とした手法で描かれた探偵、サスペンス映画であり、ジャック・ニコルソンとフェイ・ダナウェイの熱演が楽しめる。この映画を観て、ポランスキーの『ゴーストライター』という映画がやっと腑に落ちた。『チャイナタウン』の延長線上に『ゴーストライター』があるのが理解できたのである。『ゴーストライター』も新しいフィルム・ノワールの手法、表現のように思えて来た。

それにしても、好きなものを突き詰めて行くとこの映画音楽のように、どこかで出会い、全く違う場所で再会することが多いのは不思議だ。好きなものはどこかですべてつながっているのだろうか?

*映画チャイナタウン、愛のテーマはこちらから聴くことができる。

*愛のテーマのトランペット演奏は、ハリウッドのスタジオ・ミュージシャンであったカナダ出身のUan Rasey(ユアン・レイシー)とのこと。

by kurarc | 2013-08-17 18:08 | music(音楽)