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パリのマドレデウス

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ブラジル音楽を聴くと、必ず聴きたくなるのがマドレデウスの音楽である。ブラジルとポルトガルの音楽は陽と陰。いわば対となっているような関係で、どちらかだけでは満足できないのである。楽しい音楽の後は、少し物悲しい音楽が欲しくなる。

マドレデウスの『AINDA』というCDは、映画『リスボン物語』というヴェンダースの映画のサウンドトラック。映画の出来について、ヴェンダースもあまり気に入ってはいないらしいが、音楽の方はマドレデウスの音楽の頂点の頃の録音となっていて、ボーカルのテレーザ・サルゲイロの声が美しい。ヴェンダースはこの映画を撮影しながら、一方でミケランジェロ・アントニオーニの実質的な最後の映画『愛のめぐりあい』をアントニオーニを助けながら撮影していた。

この映画を初めて観たのはパリであった。ある大学の助手をやり、その初めての夏休みに11年ぶりにヨーロッパ(スペイン・ポルトガル・フランス・ベルギー)を旅することができ、パリに立ち寄った時に観た。1995年の夏のことである。その映画館がよかった。パリのどこだったのかうる覚えだが、映画が始まる前に、映画館の前で中年女性が映画のタイトルを叫ぶ。この映画の場合は、「リスボン・ストーリー」と英語で叫んでいた。映画館は街路から入るとすぐに映画館内になる。つまり、ホールのような空間がないのである。扉一枚で都市と映画館が連続しているのだ。

このCDの中に「MILAGRE 」という名曲がある。この曲は難解な詩の多いマドレデウスにしてはわかりやすい歌詞。この歌詞がわかればポルトガル語初級は卒業といった感じだろうか。

*マドレデウスは、世紀転換期に花開いた希少なポルトガルの音楽ユニットといってよい。以前にも書いたが、EUというインターナショナルな動きに対するナショナルな、かつポジティブな反応としてポルトガルで形作られた音楽ユニットとわたしは理解している。このような音楽を奏でるユニットはそれ以後来日することはなくなった。ポルトガルには音楽性の優れたミュージシャンが数多い。ポルトガルギター奏者であるリカルド・ロ(ホ)ーシャなど一流ミュージシャンの来日が待たれるが、日本のポルトガル大使館にはそうした意志、力を持ち合わせていないようだ。

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by kurarc | 2017-11-30 21:11 | music

1級建築士定期講習会終了

3年に1度の1級建築士定期講習会を受講してきた。この拷問のような講習会にはいつも閉口する。建築士事務所を営む限り、建築士(建築家)は死ぬまでこの講習を受講しなければならないのである。なぜ3年に1回なのかも合理的な理由はないはずである。3年に1回は認めるとしても、なぜ1万円以上の講習料なのかも不明だ。我々意匠を担当するものはこれだけでよいが、構造設計1級建築士、設備設計1級建築士の方々は、この講習に加えて、専門の講習も受講しなければならない。

講習会の最後の1時間に行う修了考査もあまり意味はない。それより、講習会時間を1時間増やしてくれた方がよい。朝10時から夕方5時頃までの講義は、あまりにも内容が大すぎるために、ほとんど棒読みに近い講義が続く。なぜ、これだけの内容をすべてにわたり網羅しなければならないかもまったくわからない。ご年配の方は、修了考査のマークシートの仕方もわからず、質問をしている有様だ。わたしはまだ40代後半から始まったからよいが、今の若い建築士、建築家たちは、20代から受講しなければならないのである。これは悲劇といってよい。

本来であるならば現場で実地講習などを行うべきなのだが、何十万という建築士がいる状況では不可能である。どうせならば身になる講習会を望みたいが、それは望んでも無理な注文というところか。せめて、受講料を現在の半分の5,000円程度にすべきと思うが、それも無理な注文だろうか。現在の受講料であるならば、テキストをもっと充実したものにすべきである。このテキストに1万円以上を払うことはとても納得がいかないのだが・・・

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by kurarc | 2017-11-29 23:32 | archi-works

陳凱歌監督 映画『さらばわが愛/覇王別姫』

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このブログで映画をよく取り上げるようになってきた。映画をメインにするつもりではないのだが、最近、よい映画にめぐり合うことが多く、必然的にブログに登場することが多くなったということである。

陳凱歌監督の映画『さらばわが愛/覇王別姫』を観るのは二度目(20年ぶりくらいだろうか)であるが、最近観た映画の中ではその出来は突出している。カンヌのパルム・ドールを受賞するのもうなずけるし、これほど人を泣かせる映画も珍しいのではないか。わたしは最初から最後まで涙が止まらなかったくらいである。

京劇の役者が中国の近現代史をどのように生き抜いてきたのかを表現した映画であり、途中に日中戦争時の時代も含まれる。この映画では、日本を中傷する場面はあるが、かといって台詞の中に日本兵を弁護するような場面も含まれている。それは陳凱歌監督の考えなのか、原作がそうなっていたのか定かではない。とにかく、原作を読みたくなった映画である。

中国映画は、1980年代によく観た。チャン・イーモー監督の『赤いコーリャン』に衝撃を受けてからであったと思う。その後、『芙蓉鎮』、『紅夢』他やウォン・カーウェイ監督の一連の映画などを観た後に、この映画を観たのだと思う。映画の中の色彩が強烈に印象に残っていて、また観たいとずっと思っていたが、台湾、韓国映画などに興味が移り、ずっと中国映画から遠ざかっていた。わたしは、特に天安門事件以後、中国映画への興味がうすれていったと思う。

しかし、この映画を見直して後悔している。『悲情城市』、『恋恋風塵』といった台湾映画と共に、わたしが観たアジア映画のベスト10に入るといってよいだろう。まさに圧巻と言える映画。この映画によって、ずっと遠ざかっていた中国にまた興味が湧いてきた。

*中国文学者の藤井省三氏はこの映画を優れた映画であると認めながらも、かなり批判的に眺めているようだ。どのような視点なのか気になる。

*来年2月には、陳凱歌監督による映画『空海』が封切られるという。
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by kurarc | 2017-11-26 20:33 | cinema

溝口健二監督 映画『浪華悲歌』 

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溝口映画は、戦前のものでは『残菊物語』(1939)以前の映画を観たことはなかったが、今回、初めて映画『浪華悲歌』(1936)を観た。この映画は、様々な意味で、その後の溝口映画における転換点を示す映画と言われている。

それは、関西弁によるリアリズム映画としてエポックメイキングであったこと。シナリオを担当した京都生まれの依田義賢が初めて参加した映画であったことである。依田義賢はあの映画『スターウォーズ』シリーズに登場する「ヨーダ」のモデルと言われるが、定かではない。しかし、それくらい、溝口映画をシナリオで支えた依田の功績が世界に知れ渡っているのである。

映画は、ある薬問屋で働く女性の破局を描いているが、その女性は破局を迎えても力強く生き抜いていくであろうというラストシーンで終わっている。特にこの映画でわたしが興味を引いたのは、そのモダンな映画セットである。螺旋階段やデザインされた家具類などが登場して、日本のモダニズム期である1930年代のインテリアを感じさせるが、その出来はというと、残念ながら少し陳腐であるが、モダンな世界を不器用にしか表現できなかった溝口のセンスがわかる貴重な映像であると思う。

モダンな世界が映画の背景に映し出されるかと思うと、その一方、人形浄瑠璃(『野崎村』近松半二作)が映画の中に挿入されていて、「世話物である浄瑠璃」、「世話物としての映画」という二重性を表現しているようにみえた。佐藤忠男氏は、溝口の作風を、先行する欧米の監督の影響をもたない監督として位置づけていて、溝口は、歌舞伎や、能、人形浄瑠璃、日本舞踊といった日本の古典芸能(さらに新派劇など)を映画の世界に移行させたと分析している。この映画の中で、人形浄瑠璃が引用されたのも偶然ではないのである。

依田義賢は著書『溝口健二の人と芸術』の中で、主演の山田五十鈴にふれ、ちょうど山田が結婚して子供を産んだ後の第1作に当たることを指摘しており、立派な仕事をしなければスターの座に留まれないという覚悟、意気込みであったことを述べている。(戦前、特に結婚して子供を産むということは女優(スター)にとっては致命的であった)そうした山田の気迫がこの映画に力強さを与えているのかもしれない。

古い映画だけに、映像が劣化していて見苦しさはあるが、溝口-依田映画の第1作として記念すべき映画と言える。この映画には1950年代に開花する溝口映画の種子のようなものがみえる気がする。

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by kurarc | 2017-11-24 22:28 | cinema

二つの音のボサ・ノヴァ "CORCOVADO"

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ギタリスト鳩山薫さんによる『アントニオ・カルロス・ジョビン ボサ・ノヴァ名曲集』という名著(名譜面集)がある。ギターの譜面はいい加減なものが多いが、この11曲のジョビンのギター曲が収録された譜面集は、ジョビンの音楽の繊細なコード進行を再現してくれている。選択されたコードも的確であり、コードの流れも優れたギタリストならではの滑らかな進行を表現している。多くがジョアン・ジルベルトの名盤『ジョアン・ジルベルトの伝説』のコピー譜でもあり、ジョアン・ジルベルトのギターを学ぶための譜面集としても優れている。

この4、5年、トランペットの方へ意識が集中していて、長い間ギターを弾いていなかったのだが、最近、ギターのリハビリをはじめている。そのリハビリに選んだのが、鳩山薫さんによる『アントニオ・カルロス・ジョビン ボサ・ノヴァ名曲集』の"CORCOVADO"(コルコヴァード)や"平和な愛"という曲である。

コルコヴァードのメロディーは、二つの音の繰り返し。実にシンプルだ。最初は、「ミ」と「レ」。次に「ソ」と「ファ」。サビまでは2音の繰り返しが続く。しかし不思議なことだが、まったく貧しいメロディーという感じがしない。それは、サビに入り、思いがけない展開をするから、ということもあるが、ジョビンはワン・ノート・サンバといった曲でもわかるように、この曲も、最小限の音の選択で魅力的なボサ・ノヴァをつくろうとしたことは明らかだろう。

ギターとトランペットは構造の異なる楽器であるだけに、相補的で練習していて楽しい。この二つの楽器を同時にマスターすることがここ数年の大きな目標の一つである。



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by kurarc | 2017-11-23 20:59 | music

(仮称)牟礼6丁目ディサービスセンター 建設過程-07

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年末に向けて、現場は慌ただしく動いている。外部廻りの防水シート(タイベック シルバー)を貼り終え、内部の軽鉄下地(上写真は2階)が進んでいる。2階は天井高さが2100mm、2400mm、3500mmの3種類の異なる高さが用意されている。天井高さを波のように上下させ、変化をつけ、空間が単調にならないよう配慮している。

今日から、1階のモルタル下地の施工も始まった。これが終わると、床仕上げ、壁のボード貼り、防水の作業など、内装仕上げの工程へと進んでいく。

*2階前面道路側に掃き出し窓(2階への荷物の出し入れ、避難用として。内部手すりあり)を設けたが、これは建設途中、材料の搬入搬出、人の出入りなど多くに役に立っている。ある規模以上の建築を計画するときには、建設過程までも考慮したデザインが望ましいことがわかる。

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by kurarc | 2017-11-22 15:52 | 三鷹ディサービスセンター

古典研究から

大学時代、古典研究という講義があった。例えば、ルドルフ・ウィットカウアーのミケランジェロの論文(英文原書)を読む、といった講義だったが、新しい分野だけでなく、過去に目を向けて、その中に同時代性を読むことと、今この時としての同時代を批判的にみる眼差しを養うことが目的であったと思う。

最近、自分で古典研究を意識的に行なっている。日本の古典、特に江戸以前の世界に興味が湧いてきた。それは、専門の建築だけでなく、少し前にふれた近松門左衛門の人形浄瑠璃(文楽)であるとか源氏物語といった文学の古典、古代の夢の世界であるとか(『古代人と夢』西郷信綱著)、遊民、漂流民の世界(瞽女、道の人など)等々。日本の漂流民からは、ユダヤ人についての興味へ、また、カリブ海流域のクレオール文化への興味へとつながっていっている。建築では、現在、龍安寺石庭や法隆寺夢殿など、「もの」としての捉え直しではなく、文化としての捉え直しに興味を持っている。

こうした分野へなぜ興味を持つのか。それは頭の中の認識を流動させること、固定した歴史観を疑うためである。例えば、『古代人と夢』(西郷信綱著)からは、古代において「夢」とは、ある特権階級の者にとっては個人を超え、祭式的なものであったこと。夢託を乞い、公的な性格をもつものであったことなどを知ると、今まで「夢」という言葉から想像していた世界は一気に崩れ去り、また新たな世界が見えてくるという新鮮な認識を獲得できる。(この著書のあとがきで市村弘正氏が言及しているように、西郷氏の認識は、ベンヤミンにもつながっていく)

こうした自己認識の揺さぶりを行う時期というものは、それぞれある年代の中で行われていくものだろうが、ちょうどわたしの場合は、この50代後半という年齢が適齢期を迎え始めたということなのかもしれない。今はそうした様々な分野での発見がおもしろくて仕方がないような状況である。この歳になって遅ればせながら「学ぶ」ということがやっとできるようになった、ということなのかもしれない。

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by kurarc | 2017-11-21 01:04 | archi-works

映画『HEAT』 音楽から

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稀なケースだが、映画を観る前にその映画音楽を先に把握して、その後映画を観る、ということがある。日本で公開されていない映画の場合は、その音楽だけしか把握できないものもある。

映画『HEAT』は、まずブライアン・イーノとU2による"PASSENGERS" というユニットの音楽に興味を持ったことから、この映画を知り、観ることになった。アル・パチーノとロバート・デ・ニーロの事実上、初の顔を合わせた共演映画である。広義のフィルム・ノワール的映画といってよいものだと思うが、なかなか楽しめた。

アル・パチーノ(警部)とロバート・デ・ニーロ(ギャング)との対決がどのようなかたちに収束していくのか、この映画ではそれが見ものとなるわけだが、ラストシーンは絵になるシーンで終わる。

音楽から入った映画であったが、その音量はかなり映画の中で控えめに使用されており、大きく主張することはない。"PASSENGERS"のユニットによる音楽よりも、クロノスカルテットとテリエ・リピダルのギターの方がこの映画では重要なシーンを演出している。特にテリエ・リピダルのギターはこの映画に官能性を付加することに成功している。

映画と音楽、二つをどのように設定するのか、このコンセプトを明確に位置付けた映画でなければ、映画は成功しないと思う。映画『HEAT』はそうした映画と音楽という面からのみ考察しても、相当に興味深い作品に仕上がっている。わたしにはまだ映画と音楽の連関という二つを分析できる力量はないが、今後も注視していきたい領域である。


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by kurarc | 2017-11-19 10:57 | cinema

(仮称)牟礼6丁目ディサービスセンター 建設過程-06

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今週、梁の耐火塗装(上写真)を確認した。今回の仕事では、1階食堂・機能訓練室と厨房、トイレ部分は天井内で防火区画しなければならない。通常は耐火被覆材を使用し、吹き付けて定着させる施工をするのだが、それを避けて、耐火塗装を選択した。

その理由は、周囲が住宅地であること、福祉施設であることが大きい。もちろん、現在アスベストは耐火被覆材に含まれていないが、周囲に被覆材が飛散することはどうしても避けられない。身体に影響がないにしても、周辺住民の方々はあまり気分の良いものではないだろう。耐火塗料であれば、そうした心配もいらない。耐火被覆材より単価が高いが、その方が総合的に考えて優れた選択と思えた。

周辺への配慮は、建築現場では常に求められる。よく問題となるのはアスファルト防水である。アスファルトを大きな釜で溶解させて塗るのだが、その時の匂いが強烈であり、近隣から苦情がくる場合が多い。(最近では、アルファルトを粘着させた防水材が使われることが多い。ガスバーナーでその都度溶解させて施工していくが、これも匂いは発生する)音の問題も苦情のタネになる。

建築をつくるということは、こうした近隣への配慮を考えていかなければならない。設計は、その土地で自己完結するものではないのである。建てる側からすると法規さえ守れば何をしてもよいではないか、と思いがちであるが、法規とは最低限の基準であることを忘れてはいけない。建築を計画するということは、その土地と周辺、そしてその街全体を含めて計画することが求められる。

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by kurarc | 2017-11-18 09:06 | 三鷹ディサービスセンター

映画『ジャック・ドゥミの少年期』を観る

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映画監督ジャック・ドゥミが少年から映画学校へ入るまでの物語を妻である映画監督アニエス・ヴァルダが撮影した映画が『ジャック・ドゥミの少年期』(原題:ナントのジャコ(ジャコはジャックの少年期の愛称))である。この映画の物語が真実に近いものであるならば、その後彼が発表する映画は、彼の少年期の様々な経験の中にすでに含まれていたと言える。

それが真実なのか創作なのかはむしろ問題ではないかもしれない。この映画では、ジャコが少年期の夢をそのまま一生涯の仕事にしてしまった物語が語られる。この映画を観ながら、ふと自分の少年期のことが思い出された。小学生の時に建築をやろうと思ったこと、小学生の頃住んでいた町工場のこと、である。わたしの実家は半分が町工場であり、普通の住宅ではなかった。玄関はなく、工場にまず入るのである。入るとすぐ頭上には工場で働く職人さんがセルフビルドでつくった昼寝用のスペース(4畳間ほど)である中二階があった。

現在進めている仕事で事務室の中に宙に浮いた吊り戸棚があるが、考えてみたらわたしの少年期に暮らした町工場の空間(中二階)とそっくりではないか。もちろん、この吊り戸棚は小屋裏収納がつくれないことからの苦肉の作ではあったのだが、わたしの頭の中にこうした吊り戸棚という回答がすぐに思い浮かんだのも少年期の町工場の空間を経験していたからかもしれない。

ジャコの映画は、映画をつくるための生涯であった、と考えるとわかりやすい。彼は10代までに経験したことを映画にするだけでよかったのであるが、そうした経験を映画という作品に孵化させることは並大抵の苦労ではなかったはずである。そのことをもっとも近くにいてわかっていたのがこの映画をつくった妻ヴァルダであったのだろう。ジャコはこの映画の撮影中、すでに難病に侵されていた。彼女はそうした苦労を語ることなく、ジャコの少年期の輝きを映画にした。そして、ジャコは少年のまま亡くなっていったのである。

*下写真は、ジャコを演じた子役たちとジャック・ドゥミ(右)。
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by kurarc | 2017-11-18 00:02 | cinema

Archiscape


by S.K.
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