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カンスタルのトランペット MEHA

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現在使用しているトランペットは、アメリカ、カンスタル社のMEHA(上写真)というトランペットである。アメリカ製フレンチ・ベッソンといってもよいトランペットであり、非常に気に入っている。

カンスタルのトランペットを使うミュージシャンは日本では未だにごく少数のようだが、「もの」としての完成度は高く、音もよい。わたしがこのトランペットで最も気に入っているところは、その持ちやすさと指をおくバルブの先端部分である。バック、あるいはヤマハのトランペットはバルブの先端のボリュームが大きく、ごついデザインとなっている。しかし、MEHAは金属製でごく薄いデザインのボタンであり、指を置いた時の感じがよい。他社のトランペットはこの部分に象牙を嵌め込めるようになっていたりするが、わたしには興味がない。

ウォーター・キーの曲線が、トランペットの曲線と合わせてデザインされていたり、第3ヴァルヴ・スライドが部分的に外れるようになっていて、ツバ抜きがしやすいなど、つくりが丁寧であり、日本が誇るヤマハのトランペットも、このトランンペットと比較するとつくりが甘く、繊細さに欠ける。

雑誌『THE TRUMPET Vol.2』最新号では、このカンスタルのトランンペットの特集が組まれている。トランペット奏者アレクセイ・トカレフ氏がこのカンスタルのトランペットを愛用しているという。アメリカ人のつくるトランペットはヨーロッパのものに比べ劣るのではないか、と普通なら思ってしまうが、トランペットに限っては、それは当てはまらない。ジクマント・カンスタルによって鍛え上がられた技術は二人の息子たち、ジャックとマークに受け継がれ今日に至っている。

日本でも、カンスタルのトランペットを使うトランペット奏者が増えてくるのではないか?バックというトランペットに未だに多くのトランペット奏者が呪縛されているが、今後はカンスタル他、バック以外のメーカーが台頭してくるのではないか?

今年は、中盤に体調を崩し、十分トランペットの練習ができなかったが、新年からまた気持ちを新たに、トランペット(それにギター)の練習に励むつもりである。

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by kurarc | 2017-12-30 15:28

今年の10大出来事

今年も残すところあとわずかとなった。今年経験した10大出来事をメモしておく。

1)G6(GINZA 6)手伝いの完了
2)事務所移転
3)ムサビ 椅子学講座参加
4)牟礼6丁目ディサービスセンター設計、着工
5)ガルシア・マルケス、ジュリアン・グラッグ、アントニオ・タブッキなどの長編小説読破
6)45年ぶり、千葉県千倉への旅
7)多木浩二先生の蔵書買取
8)フランス語入門書読破(2回)、フランス語文化圏への傾斜
9)映画への傾斜、特に映画によって江戸文化(古典芸能)へ開眼、中国映画の再評価
10)野鳥観察



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by kurarc | 2017-12-29 15:11 | fragment

味噌汁とスープ

先日、かつての建築事務所勤務時代の同僚と忘年会をやったとき、わたしはほとんど味噌汁は飲まない、と言うと、同僚たちからどうしてといった顔をされた。もちろん、味噌汁は嫌いではないが、自宅ではほとんどつくらない。外出時、定食屋で出てくる味噌汁を飲む程度である。

どうしてそのようになったのかというと、スープを飲むこと(食べること)が日常化したためである。フランスではスープは「食べる」という動詞が使われるというが、汁物に食べる要素を加えるようになり、必然的に味噌汁よりもスープの方が食べやすいから、味噌汁を飲まなくなったのである。

味噌汁の中の具材を豊富にして、食べる味噌汁をつくることも可能だが、味噌汁とスープが根本的に異なるのは、味噌汁はどんなに具を入れても、味噌汁を味わうことが主となるが、スープはその具材が出汁になるということの差である。味噌汁ももちろん様々な出汁を効かせることは可能だが、味噌の個性が強いため、やはり味噌汁から抜け出せない。スープは工夫次第で、様々な素材の味を楽しむことができる。

わたしがスープにこだわるのはそのせいである。ポルトガルに2年間住んだことも大きい。ヨーロッパ人の習慣がわたしには馴染みやすかったのである。繰り返し言うが、味噌汁が嫌いな訳ではない。現在のわたしの食習慣に味噌汁が合わなくなってきたということである。

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by kurarc | 2017-12-27 20:45 | gastronomy

井の頭公園 弁天橋再建

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井の頭公園の弁天橋が再建されるという。老朽化対策と途中にかなりきつい傾斜があるためバリアフリー化の必要性のあることが大きな理由のようだ。現在、橋再建に関して市民から意見を求めている。予定されている新しい橋の手摺は木目調を基調としたデザイン案が考えられている。

わたしはこうしたデザイン案に対して異議を書いて、意見箱に投函した。井の頭の池を渡る橋には本物の木を使うべきだし、木でなくても様々なデザインが無数に考えられるはずである。コンペティションを開催することも希望として書いておいた。

この橋は東京都の管轄になるが、なぜ東京都がこうした低レベルな橋の案をつくるのか理解できない。確かに、現在の橋はベビーカーで通過するには苦労するから、バリアフリー化には賛成だが、「木目調」とは一体どういうことだろう。昭和の頃のデザイン感から抜け切れていないとしか思えない。

写真は、2015年6月15日に撮影した弁天橋である。子供の頃からこの橋は存在したから、小さな子供を持つ親にとっては通過しづらい橋でも、わたしにとってはその傾斜部分が思い出深いことも確かである。数年後には、この写真がアーカイブとしてわたしの記憶の中に保存されることになりそうである。

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by kurarc | 2017-12-26 18:06 | 三鷹-Mitaka

黒沢清監督 映画『散歩する侵略者』

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タイトルを見たとき、この映画を観たくなった。原作も同名。原作者は前川知大氏。劇団イキウメを拠点として活動されているという。黒沢清監督の映画を注目するようになったのは、『ダゲレオタイプの女』からである。本当に最近のことになる。生意気なことを言えば、100点をつけたくなるような映画ではないが、90点はつけたい、そういう映画をいつも見せてくれる、それが黒沢監督である。同時代の日本の映画監督で90点をつけたくなる監督は、今のところ、黒沢監督しかわたしは思い当たらない。

映画『散歩する侵略者』は人によって様々なテーマが思い浮かぶだろう。わたしはこの映画が極めて政治的な映画であると思った。ある人は愛をテーマとしていると思うだろうが、わたしには愛をテーマとしているというには少し弱い。この場合、愛はオブラートであり、その中身は政治ではないか?黒沢監督はもちろん、様々なテーマを重ね合わせているというだろうが、わたしには政治映画として強く意識された。

タイトルが秀逸である。我々のまわりには様々な「侵略者」が忍び寄っている。それは、都市の中、日常に潜んでいる。そういう感覚のタイトルである。映画では侵略者は宇宙人となっているが、この映画では映画が進むにつれ、侵略者とは宇宙人ではないことに気がつくのである。そのことが政治映画であるとみなす理由である。残念ながら愛の描き方は今ひとつ稚拙で、説得力に欠けた。そこの詰めが完璧ならば、この映画は日本映画の中で相当な高得点を与えることができそうである。

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by kurarc | 2017-12-25 22:35 | cinema

トランペット マウスピース

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トランペットのマウスピースの選択は未だに迷う。以前もこのブログに書いたが、自分に合うマウスピースは必ずあるはずだが、それに巡り合っているのかどうか、なかなか確信が持てない。

また、日によって唇のコンディションが違うため、今まで心地よく使用できたマウスピースが、急に使いづらくなることもある。マウスピースは目で見た感じはそれほど差異がなくても、唇にあてた感触はそれぞれ微妙に異なり、しまいにはどのマウスピースが本当に自分にあっているのかわからなくなってしまう。高音の出やすいもの、低音に強いものなど様々で、曲ごとにマウスピースを変えることも可能なのだが、わたしのようなアマチュアはそこまではできない。

写真はわたしが現在所有するマウスピースである。手前の2本が現在最も自分にあっていると思われるマウスピースである。シルキー12番とバック(ラージレター)6C。シルキーの方がマウスピースが浅く、バックの方が深い。どちらも捨て難いが、6:4でシルキーの方が使い易い感じか。この二つで来年は当分がんばるつもりである。

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by kurarc | 2017-12-24 14:00 | trumpet

ニコンF3の復活とゾーンシステム

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友人の写真家からゾーンシステムに基づく写真の展覧会を開催しているので、見学に来ないかとの誘いがあり、昨日、その展覧会を見に四谷に出かけた。ゾーンシステムとは、写真家アンセル・アダムズとフレッド・アーチャーによって考案された写真技法で、フィルムへの最適な露出と現像処理を決定するためのものだという。写真に相当詳しい人でない限り、このシステムを知らないだろうし、知っていたとしても、このシステムに基づき写真を製作する人はごく限られている。

わたしも初めてこのシステムを知り、その緻密な白黒写真に感心しながら、展覧会を楽しんだ。アンセル・アダムズは、このシステムを確立することによって、1枚あたり1000万円もするような写真を製作できる写真家として知られるようになる。このシステムは非常に説明するのが難しいし、わたしも説明できる技量がないので、この程度にしておくが、写真家の友人からは、せっかくニコンF3を持っているのだから、そのカメラを再生させ、マニュアル写真を楽しまないかと薦められた。

ニコンF3を購入したのは20年以上前のことである。遊学先ポルトガルで建築を撮影するために、ニコンF3にシフトレンズ(28mm)を揃えた。お世話になったO先生が、ニコンF3とシフトレンズで素晴らしい写真を撮影されていることを知り、わたしも購入したのである。しかし、帰国後、カメラのデジタル化が進み、デジタルカメラを使うようになり、F3は押入れの中にしまい込まれたままになっていた。もったいないとは思いつつ、気軽に撮影できるデジタルカメラに頼っていたのである。

今回、F3を復活させるちょうど良いきっかけができた。これで白黒写真を撮影し、引き伸ばしから定着まですべて手作業で写真を製作することを来年あたりから少しずず始めてみようかと思っている。ちょうど、ニコンでは来年3月まで特別な修理期間を設けて、F3のメンテナンスを行ってくれるという。すでに2016年に部品の製造は終了。今後は気軽にメンテナンスできる状況ではなくなる。この機会にメンテナンスをして、一生使用できる機種に蘇らそうと思っている。

*カテゴリに「photo」を加えることに。
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by kurarc | 2017-12-21 19:02 | photo

建築家M氏、逝去の知らせ

11月16日に東京藝大名誉教授の建築家M氏が逝去されていたことを今日知った。ご冥福をお祈りしたい。

M氏と初めてお会いしたのは、わたしが大学生2年生の頃(1980年頃)であったと思う。代官山ヒルサイドテラスの一室にあった建築家Y氏の事務所にアルバイトに行くことになり、その同室で別に設計事務所を営んでいたのがM氏であった。

のちに、わたしが某大学で助手をやっていた時には、大学院の講師として勤務されていて、いろいろお世話になった。M氏は建築家としては紳士的なタイプの建築家であった。建築家という人種は、横柄な態度の人が多いものだが、M氏はそうした態度をまったくとることのない繊細な建築家であった。

先日このブログで紹介した『ポルトガルを知るための50章』(初版)を送付した時にも喜んでくれて、確か年賀状にお礼の言葉を書き添えてくれた。3、4年前に東京藝大でのシンポジウムでお会いしたのが最後であったかもしれない。横柄な建築家は長生きするものだが、M氏はその繊細さ故に、死期を早めたのかもしれない。これから晩年の成熟した仕事を拝見できると思っていただけに、大変残念である。
                                                        

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by kurarc | 2017-12-20 09:35 | architects

スターバックス カフェベロナ

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普段使いのコーヒーはいつも迷う。コンビニやスーパーで手に入るものが手軽で助かるが、なかなか良いものが売っていない。高級なスーパーに行くとそれなりの品揃えはあるが、パッケージが凝っているだけで、味の方はなかなか好みに合うものがない。

今日はたまたまコーヒーを切らしてしまい、お客様用コーヒーを買わざるを得なくなり、仕方なくスターバックスのカフェベロナ(中挽き)を買い、試してみることにした。わたしはこのブログで度々書いているように、スターバックスはほとんど利用しない。価格が高いと思われることと、置いてあるパンやお菓子などがどれも糖分過剰のものしかなく、その無神経さに嫌気がさしているからである。

しかし、このカフェベロナはなかなかユニークなコーヒーで美味しかった。このコーヒーがユニークなのは、ローストであるにもかかわらず、甘みをもたせていること、スターバックスのHPでもいっているようにココアのようなコーヒーであるということ。スターバックスは甘口が好きだから、こうしたコーヒーをブレンドしたのかもしれないが、普段使いには良いし、お客様に出すコーヒーとしても無難である。ローストの苦味が好きではないが、しっかりしたコーヒーが飲みたいという人にはお薦めかもしれない。

このコーヒーはコンビニやスーパーで購入できるのも助かる。普段使いのコーヒーの選択肢の一つとしてカフェベロナを加えることにした。

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by kurarc | 2017-12-19 21:17 | gastronomy

明石書店より出版図書目録が届く

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明石書店より出版図書目録が届いた。エリア・スタディーズというシリーズの中で『ポルトガルを知るための55章』という書物に参加させていただいたこともあり、毎年のように送付いただいている。

目録を見ると、このエリア・スタディーズというシリーズもすでに159冊が出版されている。『ポルトガルを知るための50章』(当初は50章であった)はその12番目。シリーズの中ではかなり早く出版された。ほとんどが国単位で一冊というスタイルであるから、100カ国以上取り上がられたことになると思う。中には、都市や国の中の地域、また、『中国のムスリムを知るための60章』のようにテーマ別のものもある。

このシリーズだけでも大変な労力が必要だと思われるが、それ以外に、硬派な出版社として知られる明石書店の書物は重厚な内容のものが多いから、編集者は出版までさぞかし苦労されているに違いない。

本を出版するということは、必ず編集者と著者との付き合いから始まる。本とは人と人との出会いから始まるのである。建築もまったく同じ。何かを生み出すということは、人と人との様々な出会い、関係から生まれる。何かを表現したいという強い気持ちをもったものがこうした出版社のお世話になり、何かを訴えるために骨身を削って文章を書くことになる。

わたしも高々原稿用紙10枚程度の原稿を3テーマ書くのに、2ヶ月間、仕事をそっちのけでやっと書き終えた。文章とは不思議なもので、現在、このような原稿を書け、と言われても書く自信はない。その当時の初心の気持ちに戻ることはできないものなのだ。つまり、文章とは生ものであり、その生ものを閉じ込めたものが本という訳である。

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by kurarc | 2017-12-18 20:32 | books

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by S.K.
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