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エレーラ・イ・グティエレス・デ・ラ・ベーガ

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丸善のような書店へ行くと、その膨大な書籍量に圧倒されるが、その中に自分の探し求めているものが書かれた書物があるか、というとはっきり言ってないに等しい。どれだけ書物が山積されていても、日本語ではわたしの求めているものは読むことができないのである。

ブログのタイトルにあげたのは、スペイン、ルネサンス期の建築家。通常は「エレーラ」とだけ呼ばれる。イタリアのサン・ピエトロ寺院建設時にミケランジェロのもとで働いた経験を持つファン・バウティスタ・デ・トレドの助手として、トレドの死後はエレーラが工事を引き継いだ建築物があのエル・エスコリアル宮(上、ウィキペディアより)である。この宮殿を訪れたのは、リスボン滞在中、スペインを旅行したときであった。マドリードから列車で1時間ほどであったと記憶している。この巨大な宮殿をまかされたエレーラについて、日本語で読むことができる書物を探したが、今のところ見つけることができない。

ポルトガルのルネサンス期の建築の研究者であるジョージ・クブラーがこの建築物について一冊の書物を著している。エレーラの携わった建築はエレーラ様式と呼ばれるほどスペインでは重要であり、意義深いものである。エレーラはこの宮殿の建設において、石材のプレファブ化やクレーンを発明した、と丹下敏明氏は書いている。(『スペイン建築史』相模選書)

エレーラが重要なのは、彼の建築コンセプトのポルトガルへの影響の大きさである。いまだにどこで建築を学んだかもわからないエレーラの経歴もあり、現在でもアカデミックな立場のものからはあまり注目されないのかもしれない。しかし、ポルトガルを含めたスペイン、すなわちイベリア半島全体の建築史を知りたいと思うものには避けることができない建築家と言えるだろう。

多分、どのような分野でも同様だと思うが、何かを知りたいと思うものは、必然的に原書にあたるしかないのである。

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by kurarc | 2018-02-27 23:17 | architects

工房都市へ

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調布で東京建築士会多摩南部支部の設立総会があり、その総会の始まる前に、猿田彦珈琲調布焙煎ホール(上:猿田彦珈琲HPより転写)でエスプレッソを飲んだ。かなり待たされるが、エスプレッソは酸味のきいた珍しい味であった。

カフェの中には焙煎機が何台も設置されていた。カフェのデザインは売れっ子の建築家、デザイナーである谷尻誠さん。カフェの中に様々な場所をしつらえ、お客さんたちは、各々お気に入りの場所を見つけて、珈琲タイムを楽しんでいる。

カフェのデザインも優れているが、わたしが注目したのは、やはり「焙煎機が設置された場」である。ここはカフェでありながら、珈琲をたのしむための工房、あるいは工場である。

わたしの生まれた三鷹も、1960年代までは町工場が数多く存在した。わたしの実家もその一つであったが、1970年代になり、こうした町工場は郊外へと移転していき、その跡地は住宅へと変貌していった。

あれから50年近くも経過するが、都市はまた都市の中に工房、工場(こうば)を求めている。3Dプリンターの工房、洗濯を専門とする工房など、機械の進化、小型化とカフェのような慰安の場が都市の中でマリアージュされてきたのだ。考えてみれば、街の中に数多く存在する洋菓子店やパン屋も工房である。猿田彦珈琲調布焙煎ホールが新しいのは、工房の内部を隠さず、大胆に可視化しているということ。

こうした都市の変化を仮に「工房都市」と呼んでみようと思う。かつての「町工場」という泥臭い工場(こうば)から、都市の中で21世紀型の工場、工房型店舗が顕在化してきた。今後、どのようなタイプの工房がうまれてくるのだろうか?

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by kurarc | 2018-02-24 10:00 | architects

富山デザインコンペティション

富山デザインコンペティションの受賞作品を掲載しているリーフレットをいつも郵送いただいている。わたしも毎回ではないが、作品を提出しているが、まだ入選、入賞はしたことがない。片手間でやっていることと、富山へ行く時間がなく、富山県のもっている技術力を実際に実感できないでいるので、なかなかリアリティのある作品を発想することができないのが敗因だと思う。

2017年のコンクールでとやまデザイン賞を受賞したのは、段ボールのガムテープを切断するためのカッターのようなもの。しかし、カッターではない。「石器」という意味のタイトルがついているように、石器時代の道具を想像させるデザインである。アマゾンなどで届く段ボールを開封するための道具といえる。段ボールとつきあうことが多くなった現代人に必要なものだが、そのデザインが非常に原始的であることが評価されたのだろう。

しかし、よく考えると、わたしはいわゆるカッターで開封すればよいのではないか、と思うのである。このデザインが万人に普及するとも思えない。このデザインは、そのフォルムの美しさが評価されたのであって、日常的に使用される道具とはなりそうもない。カッターは紙も切れるし、お菓子の袋も切れる。そしてもちろん、段ボールのガムテープも切ることができる。そうした汎用性は捨てがたい。

デザインコンクールにはそれぞれ入賞する作品にコンクール独自の癖のようなものが感じられる。その癖に自分の発想が受け入れられるのか、ということが入賞するには重要になる。つまり、審査員の顔をみて作品を考える、ということもある意味で必要になってくる。コンクールとはそもそもそのようなものかもしれないから、こうした事実は否定すべきものでもないと思うが、入賞するために努力するのではなく、あくまで商品として流通し、日常的に使用されるデザインを目指したいものである。



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by kurarc | 2018-02-22 23:01 | design

カミュ 晩年の土地 ルールマラン

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カミュは晩年、アルジェリアに帰還したとばかり思っていたが、晩年は南フランスのルールマランという街で暮らしたのだという。(旅するフランス語 2018年3月号より)

1985年にアルジェリアのアルジェを歩いた。アルジェリアへの旅は、オラン、アルジェ、ガルダイヤ、コンスタンティーヌが主に訪れた街である。今から思うと、アルジェは、アフリカというより、どこか地中海ヨーロッパの都市といった趣であったように思う。

カミュが交通事故で亡くなった後、鞄の中にあった原稿が『最初の人間』という自伝的小説として出版された。わたしはこの小説をもっているが、映画『最初の人間』に満足してしまって、未だに読んでいない。

訳者あとがきによれば、最初の人間とは、「経済的にも文化的にも何一つ引き継ぐものがなく、頼れる人間もいないままに自分一人で成長していく人間」であるという。もちろん、誰もが「最初の人間」にはなりえないが、カミュはアルジェリアへの移民としての父親を、また、その先祖を思い出しながらそのような言葉を思いついたのだろう。それは、貧しいアルジェリアに生まれ、知識人として成長したカミュが慎ましやかに語りたかった真実の言葉である。

それにしても、カミュが暮らしたルールマランとはどのような街なのだろうか?カミュの娘さんが、いまでもここで暮らしているという。3月の『旅するフランス語』が楽しみである。



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by kurarc | 2018-02-19 23:26 | France

韓国のMoonさん

韓国に住むMoonさんに誕生祝いのメールを送った。誕生祝いのメールを送るのは、外国人の友人だけである。彼女はポルトガル時代のリスボン大学ポルトガル語コースでの同窓生である。すでに、20年会っていない。

ポルトガルでは、彼女をはじめ、アジア人留学生との食事を楽しんだ。彼女はわたしより一回り以上若かったこともあり、わたしはあまり意識していなかったが、彼女の方が気にかけてくれていたようで、フェイスブックに友達申請を彼女から申し出てくれた。ちょうどその頃、わたしは身体を壊して、回復しかけた頃であったので、彼女からのメールはなにか縁のようなものを感じた。

誕生祝いのメールにも返信をくれた。「わたしたちはいつ会えるのか?懐かしいですね。」といった返信であった。韓国には優れた建築も数多くあり、いつかは行きたいと思っているが、彼女には「1年以内には韓国に行くつもりです。」と返信した。

彼女はポルトガル時代の生活が相当気に入っていたらしく、また、懐かしいらしく、ファイスブックの表紙にもリスボンのジェロニモス修道院の写真を掲載している。以前にも書いたが、韓国という最も近い国の友達と最も遠い国の言葉といっていよいポルトガル語でコミュニケーションをするという不思議な関係だ。

わたしはかなりポルトガル語から遠ざかってしまっているので、思い出すのが大変だが、実はポルトガル建築史のある時代について、小論を書きたいと思っている。できれば、今年の日本建築学会の大会で発表することが目標だが、どうなることやら。



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by kurarc | 2018-02-17 00:11 | South Korea

上連雀の飛地

わたしの実家はわたしが幼い頃、「上連雀」という地名(現在は下連雀)であった。上連雀というと、三鷹駅から西側であり、隣接する地区は「下連雀」という地名であり、なぜ、わたしのところだけが「上連雀」という地名を残しているのか、ずっと疑問に思っていた。

武蔵野郷土史刊行会から出版されている『井の頭史跡散歩』の中に、その答えが書かれていた。井の頭の史跡を調べるために図書館へ行ったのだが、ついでに、わたしの長年の疑問が解けたかたちとなった。

本来であれば「下連雀」という地名の中に「上連雀」が存在したのは、上連雀を開墾した井口家の飛地であった、ということである。現在も、「狐久保」という地名が残っているが、このあたりは湿地であり、開墾されず残された荒れ地であったようだ。井口家はこの荒れ地の開墾に乗り出したようで、その土地を上連雀と名付けたのである。

すでに移転してしまったが、このあたりはその後、日本無線、正田飛行機、三鷹航空などの軍需工場が進出した。わたしの実家は町工場だが、こうした軍需工場が近くに存在したこともこの地に工場をかまえた理由の一つなのだろう。そのあたりは父親から話を聞いたことはない。いまとなっては調べるすべもない。

三鷹はその後、高級な住宅地へと方向を転換した。しかし、わたしの中の三鷹は工場の数多く残る町工場街のイメージである。そうした工場や工場の廃墟がわたしの子供の頃の遊び場だったのである。

*つまり、由緒ある地名がいつのまにか変えられてしまった、ということになる。

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by kurarc | 2018-02-11 13:57 | 三鷹-Mitaka

(仮称)牟礼6丁目ディサービスセンター 建設過程 最終回

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明日2月9日、(仮称)牟礼6丁目ディサービスセンターは、竣工、引き渡しを迎えることとなった。

この工事では、近隣の方々に温かい目で見守っていただけたことは幸運であった。通常、住宅地の中での建築工事では必ず何らかのトラブル、クレームが発生するが、今回の建設過程ではまったく問題は起こらなかった。それは、わたしが地元出身者であるからという訳ではなく、近隣の方々に恵まれたというただそれだけのことである。

2階建てとし、建築の高さを抑えたことは好感をもっていただけたようで、もし、無理をして3階建てにしていたら、なんらかのクレームが発生していたかもしれない。予算上の問題もあって切妻の屋根をもつ2階建てにしたが、無理をせず設計したことが今回のよい結果に結びついたのではないか、と思っている。

引き渡し前、最後に1階食堂・機能訓練室の写真をアップしておく。1枚はキッチンから、もう1枚はキッチンの写真である。(今回、インテリアはグリーンを基調色としている)天井からぶら下がっているのは、レッドコードと呼ばれるリハビリ用トレーニング機器である。

このディサービスが地域の人々に愛されることを願って、カテゴリーを終えることにしたい。
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by kurarc | 2018-02-08 22:35 | 三鷹ディサービスセンター

忘れえぬ街

夢の中にでてくるような街であるが、夢ではない街がある。海外に行ったことがある方ならば、そうした街をいくつか思いつくはずである。国木田独歩の小説に『忘れえぬ人々』という短編があるが、国木田が「忘れえぬ」と感じる人々は、なにも特別な人ではない。電車に乗りながら外を眺めているとき、視界に偶然入ってきた農夫のような何気ない人なのである。

それと同じように、パリのように美しい特別な大都市でなくとも、忘れられない街がある。わたしの場合、その一つはポルトガル滞在中に訪れたリスボン近郊の街である。残念ながら、その街の地名や正確な場所を思い出すことができないが、リスボンの北西、大西洋沿いの小さな街であった、と思う。海へと伸びる木陰の路が忘れられないのだが、現実に訪れているにも関わらず、いつも思い出すたびに、夢の中の街のような情景が想起される。

考えてみれば、20年以上過去に暮らしたリスボンでの体験も、すでに現実(過去の事実)でありながら遠い過去になり、夢の中の時間であったようにも思えてくる。海外で暮らすということがどれだけ特別なことなのか、今になって身にしみてくる。それ以前に訪れた海外の街も遠い遠い過去になるが、未だに忘却できるものではない。こうした膨大な記憶をどのように整理していけばよいのか?作家であれば、旅行記に表現できるのだろうが、もはや、旅行記にするにはあまりに時間が経過しすぎている。

先日、千葉の千倉へ行ったのも、そうした忘れえぬ街(場所)の一つであったからだが、海外の場合は簡単に再訪することは望めない。当面はGoogle earthででも探すしか手立てはないかもしれない。それにしても、国木田の「忘れえぬ」ものへの定義は興味深い。「中心」ではなく、その「周辺」が忘れられないという国木田の感性は斬新である。

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by kurarc | 2018-02-07 00:55 | Portugal

日常の中のデザイン19 歯ブラシ システマC41超コンパクト

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歯ブラシの選択は結構苦労する。文具もそうだが、日本ではあまりにも多種多様なデザインが発売されており、そのどれを選択するのか困惑してしまうのだ。

以前、入院した際、その病院の売店で購入した歯ブラシの大きさが使いよく、それからは超コンパクトの形状の歯ブラシを購入している。こうした歯ブラシだと、奥歯の裏までよく磨くことができるため、歯医者に行ったときに、磨き残しがある、といわれることはなくなった。(デンタルフロスの使用も必須であるが)

最近購入した歯ブラシの中では、システマC41超コンパクト(色:ナチュラル)が使いご心地がはなはだよい。堅さはふつうだが、歯茎にあたる感触はきつくなく、歯ブラシの腰が強いため、歯と歯の隙間もよく磨くことができる。さらに気に入ったのは、この歯ブラシは、枝が透明なデザイン(ナチュラル)があることである。歯ブラシの色彩などどうでもよいことかもしれないが、どういでもよいものであれば、色彩などないのがもっとも好ましい訳である。

歯ブラシは毎日使用するものだけに、選定には注意が必要である。

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by kurarc | 2018-02-04 20:36 | design

吹奏楽「 LA LA LAND」から「エビカニクス」まで

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地元の吹奏楽団で3月の演奏会に向けての練習がはじまった。子供たちと一緒に演奏する曲が多いため、その選曲も子供向けのものが多数含まれている。

わたしも初めて知ったケロポンズの「エビカニクス」というひょうきんな曲。こうした曲は実はあなどれない。単純な曲であるだけに、基礎的な技術を向上させるのにはもってこいの曲なのだ。「ダンシング・ヒーロー」といった荻野目洋子の曲も含まれている。このあたりの選曲は世代がばれてしまうかもしれない。もっとも演奏したいのは映画「LA LA LAND」から「Another Day of Sun」だろうか。残念ながら編曲は今ひとつだが、吹奏楽にも適したよいリズムの曲である。

自分では絶対に目もくれないであろう曲を演奏することは意外と多くのことを学べる。集団で音楽をやること、吹奏楽団に入ることの意義はもしかしたら自分の世界を崩してくれることなのかもしれない。どのような曲に対しても手を抜かないで演奏することが大切であり、そのことが自分の技術向上につながる、ということである。

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by kurarc | 2018-02-03 19:03 | music

Archiscape


by S.K.
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