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座って学ぶ椅子学講座2 

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昨年、武蔵野美術大学で行われた椅子学講座の内容をまとめた「座って学ぶ椅子学講座2」が本日届いた。この講座の受講生には無料で郵送いただいたようである。

この講座は、日本人のデザイナーによる椅子に焦点をあてた講座であった。日本におけるモダンデザインの椅子の解説であり、カタログも兼ねるような編集であるが、それだけではない。椅子の保存修復は今後どうあるべきかについても特別編として付加されている。

日本の椅子を知りたいものにとって最新の文献であり、椅子のデザインに興味のあるものには必携の文献であろう。

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by kurarc | 2018-03-31 17:09 | books

建築家センムト

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NHKでエジプトに関するテレビ番組をみていると、ハトシェプスト葬祭殿(上写真、wikipediaより)が登場した。この建造物を設計したのはセンムト(Senenmut、下写真)というハトシェプストの側近であった人物であったという。わたしは恥ずかしながら初めてこの建築家の名前を知った。

われわれ建築を学ぶものは、建築史といえば西洋建築史であり、古代ギリシャ、ローマの建築から記述がはじまる。つまり、それ以前の古代エジプトの建築史などは蚊帳の外。興味をもったものしか学習しないだろう。わたしは一度エジプトを訪れ、その巨大な建造物に腰をぬかしたが、自分で興味をもったのは西洋(特に近代)の建築であった。

あるお世話になった建築家の方に、古代ギリシャのパルテノンのような建造物には数学(比例)が感じられる、と教えられたことがある。わたしも同感なのだが、ハトシェプスト葬祭殿にも古代ギリシャとは異なる数学が感じられると今日テレビをみていて感じた。

中央に伸びやかな傾斜路をもち、古代ギリシャとは異なる古典的な列柱がかもしだすリズム。岩石から秩序を掘り起こしたようなプロポーション。建築家センムトの設計意図は明らかだ。それは、カオスとしての自然からまさに「建築」と感じられる秩序を現前させることであったのだろう。強烈な太陽光を意識したデザインのようにも思われる。センムトは天文学に精通していたというから、彼のデザインが宇宙と連関するようなコンセプトであったかもしれない。よく知られているように、こうした古典性の表層をナチスは建築に利用した。彼らはこうした古典(廃墟としての古典)を永遠と位置づけ、建築に表現したのである。

しかし、ハトシェプスト葬祭殿はナチスの薄っぺらな古典的建築を遙かにしのぐ繊細さを持っていると感じられた。建築から繊細さが失われること、それは建築の危機と深く結びついているのである。
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by kurarc | 2018-03-27 21:16 | architects

ハリー・ディーン・スタントン追悼

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昨年、ハーリー・ディーン・スタントンが亡くなっていることを最近知った。遅ればせながら、ご冥福をお祈りしたい。

わたしにとって、ハーリー・ディーン・スタントンといえば、映画『パリ、テキサス』である。魂の抜けたような男、不器用な男、男の繊細さ、つまり、男の弱さを見事に演じた。男を描きながら、一方でアメリカにおける家族をヴェンダースは小津映画のように撮影した。これは、ヴェンダースによる小津映画へのオマージュとわたしはとらえている。

以前、この映画について書いたとき、ラストでハーリー・ディーン・スタントン演じるトラヴィスは、車で立ち去っていくが、彼はどこに行ったのだろうか、といったことを書いた。きっと彼はナスターシャ・キンスキー演じるジェーンには二度と会わず、遠いところへ立ち去ってしまったのだろう。そこは日本とは異なるアメリカである。車で3千キロ走ることもできる。そうすれば、もはや、別れた彼女は別の国にいるのも同然だ。

現在、スタントンの最期の映画『ラッキー』が封切られている。これは観たい。ヴェンダースの映画とつながっている気がしてならないからである。

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by kurarc | 2018-03-25 13:07 | cinema

ニコンF3復活

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ポルトガルへ遊学するおりに、建築写真を撮影するために中古のニコンF3とシフトレンズ28mmを購入した。帰国してからはデジタルカメラへ移行したために、ずっと保管したままになっていた。友人のカメラマンの勧めもあり、F3を復活させ、再度この名器といわれるマニュアルカメラを使うことにした。

今朝、早速、コダックの400TMAXという白黒フィルムを装備して、井の頭公園に向かう。桜はまだ5分咲き程度。桜を撮影するつもりではなく、幼い頃から気になっている場所、自然などを15枚ほど撮影してきた。これを現像し、友人のカメラマンの指導でプリントまで行う予定である。

1980年の発売から20年間愛されたカメラということで、現在でもプロのカメラマンにも愛されているという。久しぶりに重々しい感触と心地よいシャッター音を味わう。デジタルカメラのようにその場でどのように写ったのかわからないことが逆に新鮮である。昔は当たり前だったこうした感覚をすっかり忘却してしまっていた。今では露出を気にすることもなく、シャッターを切るようになってしまったが、そのことがカメラの理解から遠ざかってしまったような気がするのである。

これからでも遅くはない。F3を使っていると、やはりわたしはマニュアル派なのだ、と今更ながら気づく。どのような写真が撮影されているのか、きっと一ヶ月後くらいにしかわからないが、その間が楽しいのである。

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by kurarc | 2018-03-24 19:03 | design

マッサ ポルトガルの万能調味料


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たまに立ち寄る「カルディ」で、「マッサ」を見つけたので、早速購入した。「マッサ」とは、ポルトガルで使われる調味料である。赤パプリカの塩漬けをペースト状にしたもので、「カルディ」のHPでも書かれているように、これを料理にひと匙加えるだけで、ポルトガル料理風のコクが生まれる。

試しに、常備している野菜スープにひと匙加えてみると、まったく別のスープのような深みがでた。ポルトガルでは、たとえば、「カルネ・デゥ・ポウコ・ア・アレンテジャーナ」という豚肉とアサリを使ったアレンテージョ地方の郷土料理にもこの「マッサ」が使われ、コクを出す。

ポルトガル料理は、フランス料理のように洗練されてはいないが、日本の田舎に行ったときに味わえるような素朴な料理なのである。もしかしたら、ヨーロッパの古い料理の姿を残しているのではないか?また、アフリカを植民地とし、アジアと早く接点をもったことから、クレオール料理といってもよいような、様々な混血料理が誕生している。それらを味わえるのもポルトガル料理の醍醐味である。

「マッサ」が日本の調味料として根付くことを期待したい。

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by kurarc | 2018-03-23 21:16 | Portugal

人形について

先日、文楽を初めて鑑賞した。この人形を操る古典芸能に接して思ったのは、人形は人間とどのような関わりをもってきたのか、あるいは、人形とは人間にとっていかなる意味があるのか、ということであった。

2016年7月28日のブログ「レオナルドからアンドロイドへ」の中で、人形ではなく、ロボットやアンドロイドという言葉を使ったが、これらは考えてみれば、手工業的な人形の進化形、つまり機械工業技術に置き換えられた「人形」としてとらえられる。人工知能もある意味ではこうした人形の延長線上に登場した技術とみなせるかもしれない。

2016年7月28日のブログの中で、わたしの愛読書、花田清輝著『復興期の精神』の中の「鏡の中の言葉」についてふれたが、花田は実は「人形論」あるいは「玩具論」のようなものを想定していたのである。現代の人工知能のような技術もすでに「人間機械論」の世界の延長であって、決して新しい認識とは言えないと思われる。

人工知能を「人形」のような言葉と相関させて考えてみること、機械人類学(あるいは直接的に言えば、人形人類学)のような学問を想定してみると興味深いかもしれない。我々のまわりは、いつの間にか自動車や電車、コンピューターなど機械に取り巻かれた世界に変化した。そのことと、人形を創作してきた人間の文化とどのような接点をもつものなのか考えてみるとおもしろそうである。

最近興味を持った映画のなかには数々の人形、あるいは、人形らしきものが登場していたことも、わたしが文楽に興味をもったことと無縁ではない気がしてきた。かつて吉祥寺を拠点としていた結城座の操り人形劇の体験も大きい。幼少の頃には、「里見八犬伝」や「サンダーバード」、もっと遡れば、「ひょっこりひょうたん島」などの人形体験も影響しているのかもしれない。「人形」は、現代の最先端の技術から古代までの技術と文化を結ぶキーワードになるかもしれない。

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by kurarc | 2018-03-17 18:33 | art

イザベル・ユペールの映画 ELLE

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観なければよかった、と思える映画がたまにある。残念ながら、映画ELLEは、個人的に絶大な信頼をよせる女優、イザベル・ユペールが主演であっても、観なければよかった、と思う映画であった。

彼女がこれほどの汚れ役をやる必要があったのだろうか、と思えた映画であり、そのストーリーも大した内容ではない。彼女は別として、彼女を支える俳優陣もどれも3流俳優としか思えなかった。映画とはこういう場合には取り返しがつかない。最後まで観なければよいのだろうが、お金を払ってレンタルしてきたDVDだから、やはり最後まで観てしまう。

反対によい映画であるかもしれないが、最後まで観ることができない映画もたまにある。それは、あまりにも現代の状況と乖離してしまっていて、現在の視点にたって鑑賞できないような映画である。つまり、風化してしまったような映画である。古い映画だからといって見るに堪えないかというとそういうこともない。『眠るパリ』(1923)のような映画は、今観ても新鮮である。

映画ELLEは、数々の賞も受賞しているらしく、ある層の人々には評価されたのかもしれないが、わたしはダメであった。後味が悪すぎる映画なのである。当分、ユペール主演の映画は観ることができないかもしれない。

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by kurarc | 2018-03-12 20:58 | cinema

ギブソンのエレキギター

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エレキギターメーカーのギブソン社が苦境だという。アメリカではギター離れが進んでいて、ギターが売れないらしい。レコーディングなどもわざわざギターを弾くこともなく、ギターの音をつくることができるシンセサイザーやコンピューターでの打ち込みが当たり前になったこともあるのだろう。

ギブソンといえばレスポールモデルのギターが思い浮かぶ。ミュージシャンですぐに思い浮かぶのはわたしの場合アル・ディ・メオラだが、日本では渡辺香津美のアルバム『TO CHI KA』での音が思い浮かんだ。1980年にニューヨークで録音したCDである。この中の「UNICORN」という曲は一時コマーシャルにも使われた。天才ギタリストと言われた渡辺香津美がこのCDによって、渡辺の世界を築き上げた記念すべきCDである。

”TO CHI KA"とは、渡辺が当時飼っていた犬(写真下、ジャケットの裏面に登場)の名前。このCDの三曲目にその愛犬を思って作曲した「TO CHI KA」という名曲が収録されている。こちらは、オベーションのアダマスというモデルが使用されている。最近ではあまりお目にかからなくなったが、当時、流行ったギターである。このCD の中でもっとも好きな曲は「SAYONARA」だろうか。CDの中で、もっともスローなテンポの曲。録音された場所、ニューヨークへの別れを惜しむ様と新しい世界へと旅立っていくという二つのイメージを重ね合わせた感じの曲。フレットレスベースがこの曲によく合っている。

日本ではギターは売れているのだろうか?ギターを担いで電車に乗ってくる若者は相変わらず見かけるし、女性が担いでいる姿を見かけることも多くなった。わたしもトランペットだけでなく、もう一度ギターに挑戦したい。できれば、ジャズをギターで奏でられるようになりたいのである。
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by kurarc | 2018-03-09 17:40 | music

日常の中のデザイン20 クリステル社の鍋

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料理研究家の有元葉子さんが、15年ほど前に出版した本、『有元葉子の道具選び』を手に取った。彼女がどのような道具で料理をするのか気になったからである。

最初にまな板の紹介があり、そのすぐあとに紹介されているのが、フランス、クリステル社の鍋である。鍋は台所ではかさばり、置き場所に困ることが多いが、クリステル社の鍋(上写真)は入れ子状に収納することができる。この鍋の廉価版が日本ではコマーシャルなどで紹介されているが、クリステル社の鍋がすぐれているのは、持ち手のデザインである。持ち手のハンドル、クリップが取り外しできるようになっていて、それぞれ、調理の仕方に従って使い分けができるように工夫されていることである。持ち手(長い柄)がないため、オーブンにもそのまま入れることができるデザインにもなっている。

好みの道具が見つかると、料理が目的なのに、いつの間にか、その道具を使いたいがために料理するという目的の転倒がおこる。音楽なども同様のような気がする。わたしの場合は、トランペットという道具から離れられなくなったがために音楽をやっているところもある。これは、あまり好ましいことではないかもしれないが、道具とは行動を促す媒介、相棒なのである。

最初に紹介されているまな板も興味を持った。オリーブのまな板だが、その形状が長方形ではなく、木を切ったカタチのままなのだ。日本のまな板は長方形、または正方形に近い形状がほとんどだが、考えてみれば、その形状にこだわることはない。しかし、こうした自由な形状のまな板を使う場合は、かなり余裕のあるキッチンが必要になるだろう。

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by kurarc | 2018-03-08 22:19 | design

失われる昭和の住宅群

鎌倉から三鷹に戻りすぐのことであったと思う。ある著名な建築家の自邸を三鷹の井の頭1丁目(1961年竣工、建設当時は牟礼)に外観のみ見学に行った。ルイス・マンフォードの翻訳者としても著名な建築家の住宅(下、図面。TOTO通信より転写)である。

先日、気になって再度見学に行ってみたが、解体され、新しい住宅に建て変わっていた。最近、武蔵野市のある戦前の企業の旧寮を実測調査した。こちらも解体が予定されているという。そのときに一緒に調査に参加した建築史家の方が言うには、明治以前の古い建築は残る可能性が高いが、以外と昭和や戦後の建築は残らないんだよ、と言った。戦後の建築、たとえば、1950年代に建設された住宅などもすでに築50年以上経過しており、登録文化財に十分指定できる年月が経っているにもかかわらずである。

新しい建築物はその価値の判断が難しく、その価値を評価してくれる歴史家も少ない。それに、オーナーは古い建物を壊して土地を有効活用したいものが多く、残るはずはない。わたしの身の回りでも、立地条件のよい建築物はすぐに解体され、ハウスメーカーの住宅、あるいは、地元の工務店の住宅にすり替わっている。

昭和ブームなどと世間は騒がしいが、建築においてはまったくブームなどにはなっていない。相当優れた建築物でない限り、見向きもされず解体されるのがオチである。赤の他人が解体をするな、といってもそれはそれで失礼なことになり、オーナーの良識に従うしかない。以前、建築物にもお葬式が必要だ、と言った建築家のことを書いたが、少なくとも、名作と言われる建築物は、解体される前に、有識者に公開し、実測調査など資料を整えた上で、解体されることが望まれる。
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by kurarc | 2018-03-04 19:46 | architects