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日常の中のデザイン22 長財布

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日常よく使用する道具に長財布がある。現金を持たないという若い世代が増える中、わたしは相変わらず財布を持ち歩いている。以前、カードの不正使用を経験し、現金派になったこともあるし、最小限のカード入れとして必要な道具であるから、長財布は手放せない。

使用していた長財布がかなり傷んできたので、新しいものを購入することにした。ずっと使用していた財布は、小銭入れ部分に不満を感じていたこともある。小銭入れ部分にマチがなく、小銭が端部にひっかかってしまうのである。

地元の百貨店で「CYPRIS」というブランド名の長財布(上写真)を購入することにしたのだが、この長財布はカード入れ部分がハニーセルと名付けられ、袋状に編んであり、カードが取りやすいデザインであったこと、小銭入れにマチがついていたこと、最小限の大きさであったことが購入の決め手となった。

以前持ち歩いていた長財布は収納量が多く、それが仇になっていろいろなものを詰め込んでしまい、膨れ上がり、その結果、鞄の中でかさばり、鞄を太らせる要因になっていた。購入したものは、お札、小銭とカード入れのみというシンプルな構造であり、収納量は少ないが、財布が膨れ上がる心配はなくなった。

いつの頃から長財布を持つようになったが、人前でも恥ずかしくない財布をもつことを意識したことがきっかけだったかもしれない。鞄と同様、財布は個性が現れる道具である。お金を入れる道具であるだけに、品のあるものをもつよう心がけたいと思っている。

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by kurarc | 2018-07-29 00:26 | design

熱波 インド

「熱い」夏が一段落した。次は暑い夏がまだ続く。40度を超える猛暑を久しぶりに体験し、かつてインドで体験した猛暑が頭の中によみがえってきた。

33年も前のことになる。1985年の4月、インドの夏に相当する季節に、1ヶ月ほどインドを旅した。暑さと人混みによる暑さで初めてのインドの旅は疲れ果ててしまった。列車を予約しても、自分の座席に行くと、必ず座っているインド人がいた。その人をどかすことから旅は始めなければならない。バスの旅が大半だったが、クッションのほとんど効いていないバスに長時間乗ることは苦痛であった。深夜バスに乗り、バスターミナルで仮眠をとって、また旅が続く。その繰り返しであった。

ニュー・デリーの宿でのことである。わたしが泊まった宿には日本人が3、4人いて、彼らと久しぶりに日本語を使って話した。インドの夏は想像以上に暑かったが、湿気がないことと夜になると気温が冷えてきて、なんとか過ごせるのだが、部屋の中は熱気がたまって眠ることができない。そういうときに、毛布を一枚、屋上に持って行って、星を見ながら眠るのである。

同じ宿に泊まる日本人らと屋上に集まり、星を眺め、旅の話に花を咲かせながら、一夜が過ぎていく。わたしは沖縄から来た、と話すと彼らは目を輝かせてくれた。インドを旅する日本人は変わり者が多かったが、今から思うと変わっているどころか、最もまともな日本人たちであった。その宿で一緒だった日本人たちは今どこで何をしているのか、わたしにはまったくわからないが、きっとそれぞれ個性的な仕事について、一生懸命に働いているに違いない。

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by kurarc | 2018-07-28 00:57 | asia

異境との接点としてのアール・デコ

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大学時代の友人とワールドカップの話になり、優勝したフランスは、フランスといえるチームなのか?という話題になった。つまり、黒人ばかりではないか、ということ。わたしの滞在したことのあるポルトガルも同類に属する国といえるだろう。

しかし、日本人から見るとそう感じるのは当然だとしても、フランスでは当たり前のことなのだろう。10月から催される『エキゾチック×モダン アール・デコと異境への眼差し』といった展覧会が、芸術におけるフランス文化の混血性を明らかにしてくれそうだ。アール・デコというと、モダン・デザインの論理、装飾の特徴のみに還元して理解しがちであるが、異境との文化の接点として理解すること。そもそも文化とは異質なものとの接点から生まれるものであると思うが、わたしはそうした背景をいつのまにかすっかり忘れてしまい、様式の運動として理解してしまうきらいがあった。

久しぶりに東京都庭園美術館に行けることもあるし、アール・デコの理解を深めるよい機会となりそうなので、この展覧会は是非訪れてみたい。

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by kurarc | 2018-07-23 22:32 | art

ボサノヴァ 「O BARQUINHO」(小舟)

品川のレストランで昼食をとっていると、ボサノヴァの名曲「O BARQUINHO」(小舟)が流れてきた。この曲はジョアン・ジルベルトの歌うテンポで理解してたが、そのテンポとは反対に非常にゆっくりとした女性ボーカルの歌い方であった。

ボサノヴァの季節になった。この歌をこれだけゆっくりとしたテンポで歌っているのを聴くのは初めてだったが、この歌の美しいメロディーが強調されることになり、この歌には合っていることに気づかされた。

「O BARQUINHO」(小舟)の軽妙で韻を踏んだ歌詞は、ポルトガル語の美しさをよく表現している。夏の海、小舟の中での物語、小舟の詩趣を歌った曲。「小舟が滑る」と歌っているが、静かな海、水平に滑っていく小舟の動きが頭によぎる。小舟の水平な動き、ポルトガル語と美しいメロディーのスーパーインポーズ。

You Tubeで聴くなら、ナラ・レオンの歌い方、声がお薦めである。しかし、あのレストランで聴いた歌は誰が歌っていたのだろう?

*レストランで流れてきた女性ボーカルは、多分、アン・サリーさんの歌かもしれない。一度ライブを聴いてみたいと思っていたボーカリストである。

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by kurarc | 2018-07-22 09:22 | Brazil

恵比寿ガーデンプレイス

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仕事でよく恵比寿を訪れるようになった。恵比寿は鎌倉に住んでいた頃、一時フラメンコギターを習いに通った街である。恵比寿は坂の多い街であることにも最近気づいた。その坂に沿って魅力的なカフェ、レストラン、酒場などが目白押しと並ぶ。

恵比寿ガーデンプレイスも竣工当時はなにか浮いたビル街というイメージがあったが、最近は街になじんできたように感じられる。特に地下の中庭は様々な用途で使用されている。今日は人工芝が敷かれ、その上を子供たちが駆けずり回っていた。屋外シネマの上映場所にも使われる。

恵比寿ガーデンプレイスは水に囲まれたビル街でもある。夜間にはよくデザインされた照明の中、水の音が街路に響く。水の音はうるさいと感じられないのはなぜだろう。この音は車道を走る車の音をかき消してくれてる機能をもつ。

強いて言えばもう少し文化的な施設がほしいところか。映画、写真のほか、恵比寿らしさを踏まえた文化施設がこのガーデンプレイスを中心とした界隈にオープンされることを期待したい。

*今日の夜、恵比寿の日仏会館で大学でお世話になった多木先生に関するレクチャーがあるが、残念ながら出席できなくなった。日仏会館でのレクチャーはレベルが高すぎるきらいがある。もっと親しみやすいレクチャーを増やしてほしいものである。
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by kurarc | 2018-07-20 01:03 | water

芋焼酎 尽空

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仕事帰り、久しぶりに渋谷の安居酒屋で一杯。この店で定番の卵焼きやチーズのわさび漬けなどを食べながら、初めて芋焼酎「尽空」をいただく。                          
福岡県八女市の株式会社喜多屋さんの焼酎。お酒はあまり飲む方ではないが、たまに焼酎をいただく。ワインはほとんど飲まない。洋酒はブランデー(洋梨のブランデーなども)が主。いい歳になってきたこともあり、蒸留酒を好んで飲む。

久しぶりにおいしい焼酎に出会った。爽やかな芋焼酎でありながら、しっかりとしたコクもある。日本の酒文化の奥深さからすると、おいしい焼酎が数え切れないほどあるに違いないが、お酒も出会い。わたしはこの焼酎の名前に強い印象を感じ注文した。オンザロックがお薦めである。

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by kurarc | 2018-07-14 00:45 | gastronomy

立体音響の発見 クレマン・アデール

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1881年、パリで開催された「電気博覧会」の出来事である。クレマン・アデールはパリオペラ座のステージに80台の電話送話器を1列にセットし、3km離れた会場に設置された受話器で聴く、という実験を行った。偶然、観客の中の一人がその中から適当な距離に置かれた2台の受話器を左右の両耳で聴くと、あたかもオペラ座の客席で聴いているような立体的な音が聞こえることを発見した。アデールは早速、その現象を記録したという。

この偶然の発見が、ステレオフォニック(立体音響)の始まりとなったのである。人間の耳は二つしかないが、360度、前後、上下といった空間を聴覚し、脳内で認識しているという。こうした認識はサラウンド音響として、前方の左右に設置されたスピーカーから、5.1ch等へと発展する360度のサウンドキャンパスへと拡大されていくことになる。(『サラウンド入門』沢口真生他著)

音とは幽霊である。壁から壁を通り抜けてしまうのだから。音という物理現象を最近探求しはじめたが、これほどありふれた物理現象でありながら、わたしはその科学的根拠についてまったく無知であった。雷はなぜ大きい音(空気の膨張による)がするのかとか、夜間には遠くを走る鉄道の音がなぜ聞こえるようになる(空気の温度差による音の屈折による)のかとか、それらはすべてこの音の物理現象による。

それにしても、アデールのような発見はすべて19世紀に存在している。20世紀はそれらを厳密に発展させただけに過ぎないと思える。21世紀もまた20世紀の発見を進めているだけかもしれない。そう考えると、21世紀には何が発見され、何が22世紀にバトンを渡されることになるのだろうか?

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by kurarc | 2018-07-12 22:40 | France

「予実」という言葉

最近、「予実」という言葉を知った。わたしのように一人で仕事をしている人間は、予定をたて、その実績を分析するという習慣はなかった。しかし、ある集団、会社のような組織となると、この「予実」は深刻な問題となる。

予定していたことがそれと同等、あるいはそれ以上の実績があげられればまったく問題はない訳だが、予定より実績が大きく下回れば、それがどのような事由によるのか分析し、その対策を考えなければならない。

こういう言葉を知ると、やはり人間とは言葉によってつくられるのではないか、と思えてならない。ある概念を知らなければその人間は考えが及ばない。言葉を知り、それを血肉化している人間は、その生きた密度が異なるのは当然のことだろう。言葉が先行してしまう人もいない訳ではないが、様々な言葉を知り、その言葉に謙虚に生きる人間が大人、紳士といわれる人間であると思う。

新しい言葉との出会いはその人間の行動を変える可能性があるのである。言葉に対して常に新鮮な感性を持ち続けられることが人を豊かにしてくれる一つの方法であることは確かであろう。

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by kurarc | 2018-07-09 22:27

「かたづけ士」という仕事

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今日は自称「かたづけ士」という資格をお持ちのK氏のレクチャーを受ける。かたづけることを仕事とするK氏は、単にかたづけ方を指導するのではない。かたづけることにどのような意味があり、どのように計画していくのか、また、会社のような集団内でのかたづけがいかに大切か、かたづけとコミュニケーションについて等の講義をしてくれた。

かたづける必要性は常々感じているし、かたづけることが嫌いではないが、どうも苦手なのは机の周りのかたづけと衣服のかたづけである。机の上にいつも資料やレシート、仕事に関係のないもの、果てにはトランペットが横たわることもしばしばである。トランペットが机の上に置かれるのは、PCでYou tubeを見ながら練習することもあるからである。

「わたし」を変えるには、まず机の周り、クローゼットから変えなければならないのだろう。K氏によれば、かたづける範囲を細分化し、毎日1カ所15分、少しづつ行っていくのがよいとのこと。また、ものが置かれる前の空中にあるときに、捨てる、あるいはファイルするということを薦めている。ものが置かれてしまうと、「とりあえず」が続き、机にものがあふれてしまうことになる。

1日15分、かたづけの時間をとると、どれほどの変化が現れるのか、今年、挑戦してみようと思っている。

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by kurarc | 2018-07-07 21:52

アストル・ピアソラの映画

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年末にル・シネマにて、ピアソラの映画『タンゲディア アストル・ピアソラ』が公開される予定だという。ピアソラの演奏が映画の中でよみがえる。生演奏を聴いたことのないものにとっては、またとない機会となるだろう。

わたしは幸いピアソラのコンサートをちょうど30年前、聴くことができた。わたしの経験したコンサートの中で、ベストのコンサート。このコンサートはライブ盤のCDが発売されているから、いつでも聴くことができる。

以前も書いたとおり、母とともに行った最初で最後のコンサートでもあった。母にあげたプレゼントはこのコンサートのみ。母親の思い出とともに、ピアソラの音楽が頭の中に響いてくる。年末が待ち遠しい。

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by kurarc | 2018-07-03 21:47 | cinema

Archiscape


by S.K.
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