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中国映画『薄氷の殺人』

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久しぶりに台湾映画を観たことから、アジア映画に火がついた。仕事の合間を縫って、ティアオ・イーナン監督の映画『薄氷の殺人』を観る。

驚いたのはその映画のシナリオの緻密さであり、映画の古典をよく知り尽くしたと思われる映像である。そして、娯楽性に秀で、政治性を感じさせないサスペンスと、中国人がつくったとは思えないような斬新さを感じる映画であったこと。日本で言えば黒沢清の映画との同質性を思わせる。

この映画では中盤にひとまず事件は解決されるが、その後に巧妙なストーリーが隠されている。また、氷上を滑るスケートのシーンがこの映画に緊張感を与えている。こうしたスケートのシーンを映画で観ることは初めてだが、なにかヒントになった映像があるに違いない。

ラストシーンで白日のなかで打ち上げられる花火は、様々な映画の中に登場する花火のシーンのメタファーと思われるが、わたしには花火というと、ワイダ監督の『灰とダイヤモンド』が思い浮かぶ。暴力的な花火を打ち上げるのが誰なのかを想像させることで映画が終わる。

映画『藍色夏恋』にも登場したグイ・ルンメイがここでも光っている。『藍色夏恋』では十代の少女であったが、ここではすでに大人の女を演じている。彼女は美しいだけではない。演技派女優といってよいだろう。そして、主役のジャンを演じたリャオ・ファンの熱演も見事。

アジア映画を最近観ていなかったことが悔やまれた。これほど新しく、力のある映画をつくっていたことに驚かされた。今年はアジア映画を忘れないようにしたい。

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by kurarc | 2018-08-26 00:52 | cinema

台湾映画『藍色夏恋』

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台湾映画は、ホウ・シャオシェンの映画で注目していたが、あまり詳しい訳ではない。この映画を恵比寿ピクニック・シネマで知り、観たい衝動が抑えられなくなった。それは、この映画タイトルを観て、直感的に思ったことだが、ホウ・シャオシェンの映画のタイトルのようであったこともある。

すばらしい映画であった。80分ほどの短い映画だが、その短さが感じられない。一つ一つのシーンと台湾の空気感がよい。撮影されたのは台北?だと思われるが、日本映画とは全く異なる空気感なのである。映画はその空気感を味わうものでもある。日本で言う高校生の一夏の恋を描いた映画である。その恋も単なる男女の恋を描いていないところがよい。2002年の映画だが、その主題は今日的であり、新しい。

この映画の監督を務めたイー・ツィーエンは、残念ながら発表された作品は数少ない。これほどの映画を撮影できる監督であるのに、何か理由があるのだろうか?映画の中で登場するプールのシーンが夏の終わりの記憶を蘇らせる。プールには久しく行っていないが、子供の頃によく通ったプールの水の記憶は心の中に深く根付いていることに気づかされた。

この監督の映画をまた観てみたいと思った。新作が発表されることを期待したい。

*下:主役のグイ・ルンメイ。この映画では多くの自転車のシーンが印象的であった。


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by kurarc | 2018-08-23 21:56 | cinema

ヘリンボーン模様

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現在進めている住宅で、クライアントの方からヘリンボーン(herringbone)仕様(正確には、フレンチ・ヘリンボーン、写真上下はWikipediaより引用、建築や布に現れたもの))の床組にしたい、というご要望があった。この模様をどこかで記憶していたが、先日久しぶりに訪ねた従兄の家の床組がこのヘリンボーンであった。

日本語では、杉綾とか矢筈模様などと表記されるようだが、英語の意味は「ニシンの骨」の意味。こうしたどこの世界、土地にも普遍的に現れる模様には、幾何学的、数学的合理性が潜んでいることは間違いない。この模様を立体的に積み上げたのが、ブルネレスキによるフィレンツェのドーモのレンガ積みであることは建築学でよく知られている。

昨日行った恵比寿ガーデンプレイスの床のタイルもこのヘリンボーン模様であった。この模様は靴底にも使用され、その模様の特性からだと思うが、滑り止めとしての効果を発揮する。建築になぜこのような模様が使われるようになったのかは不明だが、やはり、構造力学上、また、床のような箇所では、堅牢に組み上げられることなど、その機能的特性に優れているからだと思われる。

こうした模様の組み方が最初、どのような土地で使われたのかも不明だが、わたしは現在のエジプトや中近東のイスラム圏であったのではないかと想像する。タイルの発達しているこうした地域で、日干しレンガなどの組み方の中に、最初に現れてきたのではないか?と想像するが、確かなことはわからない。

模様は平面だけでなく、立体的にどのように展開できるかを考えていくと興味深い。ブルネレスキの矢筈積みというのも、なんとはなしに頭に思い描くことはできるが、どのようにレンガを積んでいったのか未だ理解できていないし、謎である。

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by kurarc | 2018-08-19 11:57 | design

リスボン クルーズ船ターミナル 

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リスボンで活躍する建築家カリーリョ・ダ・グラッサによるクルーズ船ターミナル(上パース:カリーリョ・ダ・グラッサのHPより引用)がCASABELLA最新号に掲載された。リスボンの都市を知るものにとって、この計画がどれほど優れた計画であるか、パースでの段階で直感的に理解していたが、竣工した建築の写真を見て、その直感は正しかったことを再確認した。

リスボンのサンタ・アポローニャ駅に近いこの計画は、中心からは東にずれるが、リスボン、サン・ジョルジョ城からの景観を意識すると、ほぼその視界の中心に位置する建築であるだけに、慎重な計画が要求される。少しでも手荒な計画をしようものなら、リスボンのテージョ川に広がる伸びやかな景観を台無しにしてしまう危険性がある、そのような敷地なのである。

カリーリョ・ダ・グラッサの計画は、日本人建築家の無神経なデザインような目立だそうとすることを極力控えて、低層の地形をつくりだした。その建築のボリュームは客船の高さよりも低く抑えられ、リスボンの都市に対する敬意が感じられる優れた計画である。今後は、テージョ川沿いに並木道も整備され、樹木が成長するころ、この建築はほとんどその存在感をなくし、リスボンの都市の中に埋もれてしまうだろう。

現在、ポルトガルにおける最も理性的で信頼に足りうる建築をつくる建築家がカリーリョ・ダ・グラッサである。


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by kurarc | 2018-08-13 11:04 | Portugal

従兄のT君

千駄ヶ谷に住む従兄のT君を訪ねた。わたしと同世代のT君は、幼少の頃、父親(わたしの叔父)の仕事の関係で、アメリカ住まいとなったが、その際、ある病気から脳に障害をもってしまい、言葉を話すことができない。

久しぶりにT君を訪ねたが、元気そうで安心した。彼とどのようにコミュニケーションしたらよいのか、いつも迷うのだが、こちらから一方的に話すしかない。今日は彼の好物であるブドウとベーコンを持参した。

彼のことを思うと、自分の人生が幸せか、不幸せかと考えることは愚かなことだといつも思う。叔父は障害をもったT君を普通の生活ができるようにと遺言を残し、死んでいった。だから、T君は未だに施設に入ることもなく、自宅でヘルパーの方の力を借りながら生活している。

わたしはT君とコミュニケーションができないという先入観をもって接していたが、それは間違いであったということをポーランド映画『幸せのありか』から学んだ。彼は話せないだけで、きっとわたしの言うことや思っていることを感じとってくれているに違いないと今は思っている。

T君はわたしとほぼ同世代であるだけに、普通の生活ができていればわたしのよき相談相手になってくれていたのだろうと思うと残念で仕方がない。彼を思うと幸せか、不幸せかなど考えることは単なるわがままに過ぎないということに気がつく。外に出かけ、自由に歩き、人と話すことができるだけで、人は十分幸せなのである。

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by kurarc | 2018-08-12 16:29

ジャズギタリスト ジョー・パス 『intercontinental』

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久しぶりにジョー・パス演奏のアルバム『intercontinental』が聴きたくなり、CDショップに買いに行った。今時のCDショップは、オヤジのたまり場と化しており、花がない。ジャズコーナーということもあったと思うが、こうした音楽を熱心に物色する女性を見たことがない。ジャズはオヤジの音楽と化してしまったのか?

閑話休題、このCDが聴きたくなったのは、20歳の頃、この中のミシェル・ルグランの曲(Watch what happens) を一生懸命コピーしていたからである。今でもその楽譜は手元にあって、たまに見てみるが、よくこれだけの曲をコピーしたなあ、とため息が出る。その頃はこの曲がルグランの曲であるとか、映画『シェルブールの雨傘』で使われたこともまったく意識せずにコピーしていた。それがわたしとルグランの出会いであったことを何十年も先に気づくことになる。(そして、ジャック・ドゥミとの出会いでもあった。)

ジョー・パスはシチリアのイタリア系移民としてアメリカで生まれたという。鉄工所を経営する父から無理矢理ギターを弾くように押しつけられたらしい。きっと、貧しい鉄工所を継がせることを父親は考えなかったのだろう。わたしの実家も鉄工所であったから、そう思う父親の気持ちはよく理解できる。

このCDは彼が20代に麻薬にさいなまれ、それを断ち切り、彼のスタイルが開花するまさにジョー・パスの黎明期を想像させる録音であり、この録音の3年後にはあの名盤『ヴォーチュオーゾ』を録音することになる。このCDは、早弾きよりも、むしろゆっくりとした確実なフィンガリングによる演奏に好感がもてる。パスがイタリア系ということを初めて気がついたが、彼がブラジルなどラテン系の曲を得意としたこともうなずける。

現在、再び彼の曲をコピーしてみたいと思っている。

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by kurarc | 2018-08-10 21:51 | music

ブログ スキン変更

長年使用してきたブログのスキンを変更した。今までのスキンのトップの写真は井の頭公園弁財天の水屋の装飾をかたどったもの。自分で撮影した写真では気に入っていたので使用した。今度はエキサイトブログの標準のスキンを使用した。多少建築的な雰囲気のあるスキンを選択してみた。

変更したのは、文字が小さくて、わたしがわたし自身のブログを読みづらくなったことが大きな原因。しかし、広告は大きくしっかりと侵入してくる。無料で使用させていただいているので、文句はつけられない。

これからも日常生活のなかで感じたことを書き続けるつもりである。

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by kurarc | 2018-08-04 22:55

マウスクリック腱鞘炎(けんしょうえん)

WindowsのPCでもCADを使うようになったが、2クリックのマウスだと、人差し指を酷使するため、最近、人差し指の付け根に軽い痛みが生じるようになった。どうも「マウスクリック腱鞘炎」という病の一歩手前かもしれない。

2クリックのマウスは大変便利だが、我々のようにCADを使う人間はその使う頻度、クリックする頻度が半端ではない。よって、腱鞘炎のような症状になる可能性は高いわけである。

Macではいまだにワンクリックマウス(それもボールマウス)を使用し、常に人差し指と中指でクリックしているためか、こうした症状に陥ったことは今までなかった。思わぬ落とし穴というほかはない。キーボードを一日中使う事務職の方々なども腱鞘炎になる人が多いという。

パソコンは指や目を酷使し、座る作業を強制するわけであるから、腰にも負担がかかる。パソコン病にやられるまえに手を打たなければならない。その対策として、わたしは、2クリックのマウスを人差し指ではなく中指と薬指で使ってみようと思っている。人差し指の酷使を少しでも軽減しなければ!

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by kurarc | 2018-08-03 23:00

日常の中のデザイン23 ビル表示盤

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五反田の東京デザインセンターへサンプルを受け取るために立ち寄った。東京デザインセンターは、マリオ・ベリーニの建築である。日本人では発想できないオフィス建築だな、と行くたびに思わされる。

敷地が傾斜地であり、その斜面を利用した建築は表と裏でまったく様相が変化する。4階のショールームからでも斜面の緑が目にはいてくるから、4階にいる感覚はない。裏側につくられた開放的なギャラリーもよい。重い建築であるのに、その重さが重さとして感じられない。落ち着きと言ったらよいのだろうか。大人の建築である。

今日は、エントランスの壁面にデザインされたビルの表示盤(上写真)に目が行った。これも、ベリーニのデザインなのだろうか?一つ一つのオフィス(ショールーム)の名称が美しく飾られた表示盤である。こうした細部まで手の抜いたところは見られない。いつも思うのは、こうした建築がもっと近くにあればと思うのだが、立地の斜面もこの場所特有の斜面なので、やむを得ないのかもしれない。

わたしは日本人にはできないようなデザインに興味をもっている。いわゆる日本的なものは苦手である。

下:ベリーニ氏デザインの椅子(キャブ・アームレスチェア)とテーブル(ラ・ロトンダ)
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by kurarc | 2018-08-02 18:22 | design

Archiscape


by S.K.
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