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韓国映画『建築学概論』

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建築に携わるものとして、このタイトルに惹かれ、ずっと観ようと思っていた映画である。

建築家ともと付き合っていた彼女との物語。過去と現在が折り重なるように映像化される。最後に、建築家はその彼女の住宅をつくることになるが・・・

ラブストーリーとしてよくできていた。笑えるような場面もいくつかあり、楽しめる映画であった。韓国ではかなり流行ったようで、実際につくられた住宅は現在カフェとして利用されるようになったという。(映画でつくったものとはデザインが多少変更されたようだ)

やはり興味深かったのは、映画の中で実際に建築学概論の講義が行われるが、その課題の出し方である。ある課題は、自分の住む街を旅し、観察し、写真に収めなさいといった課題。またある課題は自分の住む街から「遠い」ところとはどういうことか考えなさいなど、建築だけでなく、都市的な視点を考えさせるような課題であったことである。

実際に設計された住宅も興味深かった。フラットルーフの上に瓦屋根が載り、フラットルーフ部分は芝生で覆われていた。屋根が芝生の上に帽子を被せたように載っている感じである。屋根から流れた雨水は芝生の上に注がれ、その芝生はルーフガーデンにもなっている。

建築をテーマとしたもの、あるいは建築家が主人公の映画はたまにあるが、建築事務所の中が舞台となることは珍しい。そうした意味で、この映画は希少価値がある。しかし、映画『ル・コルビュジェの家』のような毒のある映画を知っているが故に、少し物足りなさは残った。

*最近観た台湾、韓国映画での共通点、それは、恋人たちが音楽を共有する場面である。こうしたシーンを観るとわたしが思い出すのは映画『ラ・ブーム』の印象的なシーンである。この映画から影響を受けてつくられたことは予想できる。それだけ、『ラ・ブーム』はアジアにも浸透していたのだろうか?

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by kurarc | 2018-10-30 00:38 | cinema

神代植物公園 バラと音楽

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秋のバラの季節、神代植物公園バラ園に出かけることが習慣になってきた。今日は天気もよく、バラは満開。

たまたま午前11時からコンサートがバラ園ステージで行われるということで、演奏も鑑賞。演奏は"TRIO KARDIA"(”KARDIA"とはギリシャ語で「心」を意味するという)という国立音大卒業の女性トリオ。ピアノ、バイオリン、フルートという3人編成。天気がよく、背景に満開のバラを眺めながらの演奏はすばらしく、CDを販売していたこともあり、映画音楽を集めたCDを購入。

どのような曲が入っているのかもわからず購入したが、「ラ・ラ・ランド」や「ロシュフォールの恋人たち」といった大好きな映画の曲が並ぶ。コンサートを聴きながらピアソラの曲をやってくれたら、などと思って聴いていると、アンコールでピアソラのリベルタンゴを演奏。(こうした曲はすでにポピュラーになったことを実感する)

多分わたしの娘のような世代であるから、この世代とは音楽の趣味が合うのかもしれない。ブログで早速紹介しておく。

*バラの写真はフランスのバラ。名は”Destiny"(避けがたい運命)


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by kurarc | 2018-10-28 13:59 | nature

映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』

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以前から観たいと思っていたエドワード・ヤン監督の映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』をやっと観終わった。4時間近くの映画である。こうした上映時間の映画は最近ではあまりお目にかかれないが、こうした長時間の映画を観るのはベルトリッチの『1900年』以来かもしれない。

問題作である。この映画を理解できる日本人は数少ないと思われる。わたしが受けた印象は、アンゲロプロスと小津、溝口の映画を同時に観ているような印象であった。この映画を理解するためには、台湾の1960年前後の台湾人心理を知っていなければならないし、もちろん、台湾の戦後史を理解していなければならない。

実際に起きた少年の殺人事件をもとにヤン監督が映画にしたものだというが、この映画はホウ・シャオ・シェン監督の『悲情城市』の影響もあったに違いないし、台湾の民主化の影響にもよるだろう。台湾人が冷静に台湾の戦後を見つめること、表現することが許される政情になったことがこの映画の出現する大きな要因になったことは間違いない。

こうした「暗い」映画を好んで台湾人が観るとは思えないが、ヤン監督にとって表現しなければという衝動を抑えきれなかったのだろう。外省人の苦悩、そして戦後にも消えない日本の陰についてこれほど濃密に表現した映画はこの映画以降ないのではないか。

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by kurarc | 2018-10-27 11:38 | cinema

建築士会全国大会 さいたま大会 空き家まちづくりセッション参加

今日は、第61回建築士会全国大会さいたま大会に参加。会場の大宮ソニックシティビルへ朝から向かう。大宮はレディオヘッドのコンサートへ行って以来となるから、10年ぶりくらいになる。

わたしが参加したのは、「空き家まちづくりセッション」。結論から言うと、非常に有意義なセッションであった。驚いたのは、徳島県や山形県での空き家対策に関する活動の先進性である。山形県鶴岡市ではすでにNPO法人も設立され、都市レベルでの空き家対策が始動しはじめているということである。

また、徳島では空き家判定士という資格が知事の肝いりで制定され、現在90名が登録されているという。空き家判定講習に使われるテキストも士会のメンバーが独自に作成したという。

空き家問題は少子高齢社会が進行する中で、大きな課題の一つになっているが、地域差があり、統一した方策に還元できない難しさがある。同じ東京都でも、空き家が深刻な市、区とそうでないところがある。それぞれの地域で独自の方策、展開が必要となる。

しかし、こうした組織がつくられたのはよいが、空き家対策はなかなか進まないということである。それぞれ個別に相続や権利関係が入り組んでいる場合が多く、問題が複雑であることがその大きな要因らしい。わたしの住む自治体でも空き家対策が行政主導で組織化される動きがある。建築家だけでなく、弁護士、宅建士、不動産業者、コンサルタントなど様々な職種との連携が空き家対策のカギとなる。

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by kurarc | 2018-10-26 20:39 | archi-works

箱根湿性花園

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箱根湿性花園は年に一度は訪れる。植物園であるから、植物を見に行くのであるが、それだけではない。植物を観るだけでなく、あの場所に行くことが目的なのである。単に好きな場所なのである。湿性花園に行くと、常に立ち寄るのはポーラ美術館。昨日はルドン、それにモネの絵画を楽しんだ。こちらも単に好きな場所(建築)であるから立ち寄る。

昨日は快晴。あの場所に行って、ススキが風に揺らいでいる姿を見るだけでよい。揺らぐ音を聞いていると、わたしになにか話しかけているのでは、と思えてくる。空気がきれいなのもよい。冠雪した富士を眺めながら、駿河湾や相模湾を望むランドスケープを感じることも東京のような場所ではできない。

箱根は東京から最も行きやすく、食べ物もおいしく、それに過剰に混雑していないのがよい。今回は小田原を起点にドライブを楽しんだ。小田原も豊かな街で好きな場所である。神奈川は湘南だけでなく、こうした西南部の観光地は捨てがたい。

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by kurarc | 2018-10-22 22:05 | nature

トランペットで吹く『淡水海邊』

中国(あるいは香港?)のギタリスト、STEVEN LAWさんがYou Tube上でジェイ・チョウの音楽をギター譜におこし演奏している。

彼のHPではその演奏と、楽譜のPDFを公開していて、誰でもダウンロードできるようになっている。その中から、『淡水海邊』というゆったりとしたテンポの曲をダウンロードして、トランペットで吹いてみる。

ギター譜のまま吹くと、高音ではハイCの音が出てくるので、かなり厳しい。1音または2音下げた方がよいかもしれない。もちろん、ギターで弾くことも練習したい。D tuningで5カポ。クラシックギターよりこの曲はスチール弦のアコースティックギターで弾くのがよい。STEVEN LAWさんもクラシックギターとアコースティックギターの二つのバージョンで弾いている。

STEVEN LAWさんは、You Tube上ではバッハの演奏なども公開している。星野源の曲もある。You Tubeは音楽好きにはなくてはならないコミュニケーションツールに成長している。


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by kurarc | 2018-10-20 09:48 | trumpet

映画『PORTO』

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ジム・ジャームッシュ製作総指揮による映画『PORTO(ポルト)』を鑑賞。結論から言えば、この映画は、リスボンで撮影されたアラン・タネールの映画『白い町で』(1983年)のポルト版といえるものではないか、ということ。

この映画で再認識したのが、ポルトの都市(まち)の美しさである。この映画を観ていただくと、ポルトガルの都市が他のヨーロッパの都市とは異なる様相を帯びている、ということがわかるのではないだろうか。それは、霧がかかっていなくとも、霧に覆われたような都市、むしろ東欧諸国の都市の様相に近似しているのかもしれない。

映画に登場する"CAFE Ceuta"はどうみても21世紀のカフェとは思えない。それは日本で言うと昭和のイメージであり、1950年代くらいの雰囲気を漂わせる。"Ceuta"(セウタ)とは、ポルトガルがアフリカの植民地活動に乗り出したときに初めて足がかりとし、攻略した都市であり、現在はスペイン領となっている。わたしもモロッコへの旅はこの都市へスペイン、アルヘシラスから船で渡ることから始まった。

この映画は、アメリカ人(男)とフランス人(女)のラブストーリーだが、こうした物語はポルトガルや他のヨーロッパの都市においてもリアリティがある。様々なルーツの異なる人々が交錯し、そこから恋愛がうまれることはヨーロッパでは日常茶飯事だからである。そういった意味ではごく普通の物語なのだが、実は、この映画の主人公はポルトという都市なのである。『白い町で』もそうであったが、1980年代初期のリスボンという都市の暗さを映画の中でよく表現していた。人はその時代の都市という霧の中に包まれてしまう存在であり、都市という舞台から抜け出す訳にはいかないのだと思う。ポルトというポルトガル特有の濃霧状の都市の中で、男女は「ポルトのような」愛を交わすしかできないのであろう。この映画は、『白い町で』ほどの後味の悪さはないが、それに近い余韻を残して終わる。

時間の流れを感じさせない都市、時が止まったような都市ポルト。恋愛にはふさわしい都市と言えるのかもしれない。


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by kurarc | 2018-10-20 00:44 | cinema

台湾からアジアへ

台湾映画にすっかり魅了されてしまった。文化を知る上においても、また娯楽の面においても優れた映画が数多い。相変わらず、一日に数回は『不能説的・秘密』のサウンドトラックを聴き続けている。誰もがつくれそうなシンプルなメロディが多いが、通俗的な音楽になってしまいそうなメロディーとは一線を画して、ジェイ・チョウがつくる音楽には癒やされる。

あっという間に台湾に関する書物も増えて、10冊に届きそうになってきた。わたしの世代ではなつかしいテレサ・テンは、先日観た『軍中楽園』などにも名前が出てきたが、金門島へ慰問に訪れていたという事実も気になり始めた。台湾人は日本のなかに根付いているが、その過去、生い立ちなど想像したこともなかった。

日本の過去を消し去ろうとする韓国とは異なり、台湾では日本の過去を消し去ろうとすることをしないことにも複雑な政治的背景があることが少しづつ見えてきた。映画『藍色夏恋』では、好きな男の子の名をボールペンでひたすら書くシーンが登場するが、ふられた途端、その名前を木村拓哉に変える、というシーンがある。これは日本人や日本好きな台湾人しかわからないシーンであるが、こうした細部に日本が現れるのが今の台湾文化なのだろうか?

台湾を知ることは大きくアジアを知るための手がかりとなりそうである。そして、台湾はわたしのようなアジア初心者には近づきやすい地域であり文化である。今年は台湾イヤーとなりそうである。正月に久しぶり(34年ぶりとなる)に台湾旅行ができたらと思うが・・・

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by kurarc | 2018-10-19 00:22 | asia

映画『軍中楽園』

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映画『軍中楽園』は非情に興味深い映画であった。金門島に実在した「特約茶室」と呼ばれる娼館を舞台とした映画である。この中で繰り広げられる男女4人を中心とした悲哀の物語。

映画としての完成度は高く、今年観た映画の中で、最も楽しめた映画であった。金門島という台湾の特異点とも言える場所を恥ずかしながら初めて知ったが、この場所で行われた台湾、国民党軍の訓練についても初めて認識させられた。

この映画では注意深さが必要であると、青井哲人氏(明治大教授)が指摘するように、この物語は台湾の外省人に偏った物語であるということである。男女4人の内、3名が外省人として想定され、その外省人の悲哀と喪失観が強調され、美化されている、と青井氏は指摘する。そうした細部を読み込むためには、台湾の民族性に熟知していなければならない。

それにしても、そうした細部に目をつぶる訳にはいかないが、映画としての出来はすばらしいものであった。特に映像と映像のつなぎが絶妙であり、退屈しないし、喜劇と悲劇がうまく共存している。また、特に注意をひいたのは、娼婦を演じたレジーナ・ワンの抑制された演技である。この映画の中で最も光っていたと思われる。

台湾は魅力的な世界であるが、その民族の混交した社会を理解するのは容易なことではない。映画の中で悲哀を悲哀としてぼーっと眺めていることは許されないのである。その悲哀がどのような立場の人間から発せられているのかについて常に意識していなければ、大きな誤解を生みかねないということである。

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by kurarc | 2018-10-16 22:38

ベルイマン 映画『秋のソナタ』 母と娘の愛憎劇

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ベルイマン生誕100年映画祭が下高井戸シネマで開催されていることもあり、ベルイマンの映画『秋のソナタ』を初めて鑑賞。ベルイマンの映画はかなり前にいくつか観たが重い映画が多く、ずっと避けていた。しかし、傑作といわれている『秋のソナタ』はその重々しさが清々しさに変わる希有な映画であった。映画館は立ち見が出るほどの活気に満ちていた。ベルイマンファンは多いのだろうが、イングリット・バーグマン目当てに来られている方も多かったに違いない。

母と娘の確執、母と娘の愛憎劇と評される映画だが、その構成の簡素さ、母と娘の対話に絞った映画の作り方は、映画を観ているというより、生の演劇を鑑賞しているような迫真性が感じられた。ここでは、バーグマンよりも娘を演じたリヴ・ウルマンの演技が圧巻。

・・・のソナタというと、エリック・ロメールの『春のソナタ』や『恋の秋』を思い出してしまうが、こうした重厚な映画を観た後には、ロメールの映画も無性に恋しくなった。映画祭は19日まで。もう一回くらいは行けるだろうか。購入したベルイマンの生誕100年を記念したパンフレットもよい。様々な映画監督に影響を与えたというベルイマンを再度観るきっかけをつくってもらった気がする。

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by kurarc | 2018-10-14 20:06 | cinema

Archiscape


by S.K.
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