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薫啓章(トン・カイチョン)著 『地図集』

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台湾や中国関連の映画を観ていて、出会った書物である。その書物のタイトルにまず興味をもったことと、香港人によるボルヘス、カルヴィーノ風小説だ、という点にも興味をもった。わたしとほぼ同世代の作家である。驚いたことに、香港文学がその原文から翻訳されたものは、この書物が初めてということである。

読み始めたばかりであるので、詳しくは語れないが、論文を読んでいるような感覚でありながら、それらはすべてデタラメ、そしてれっきとした小説である。この書物には『地図集』以外の小説も含むが、『地図集』は理論篇、都市篇、街路篇、記号篇という4つのパートからなる。1997年のイギリスから中国への香港返還がこの小説を書く動機となったということだが、そのタイトルからわれわれのような建築や都市を考えているものにとって刺激となる。カルヴィーノの『見えない都市』が様々な都市を記述しながら、それらの都市が実は一つの都市ベネチアを舞台としているように、この小説も香港という唯一の都市の記憶とそこから発生する幻想を小説に現したようである。

たとえば、地図篇の「取替地|displace」では、地図の本質(地図という虚構)が語られる。最近、日本でも北方領土問題がメディアで取り上げられるが、そもそも北方領土とは「日本固有」の領土(土地)であるのか?

薫啓章(トン・カイチョン)は上の章でこんなことを語っている。
「・・・地図上すべての場所は取替地であり、どんな場所もかつてはそれ自身でなかったし、永遠に別の場所に取り替えられるのである。・・・実のところ地図では、我々は永遠に行きたい場所にはたどり着けず、同時に我々はすでに避けようもなく、その場所の取替地へたどりついてしまっている・・・」

地図(場所)、都市、街路、記号・・・などを問題としていることからわかるように、彼はわたしと同時代の知を生きてきた青年であったようだ。それは香港という場所で育ったからなのだろう。台湾と同様、香港人の知性にも敏感でいた方がよいようである。

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by kurarc | 2018-11-27 22:12 | books

京都、奈良への旅

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久しぶりに連休を利用して京都、奈良の一泊旅行を楽しんだ。京都では竜安寺石庭、仁和寺を、奈良では東大寺、唐招提寺、薬師寺、奈良まちなど巡る。今回はそれに加え、恩師と20年ぶりに再会することも目的であった。恩師の住まいの近くにある大和文華館(吉田五十八設計)も見学した。

久しぶりの古刹見学は感動の連続であった。また、東大寺の南大門など改めて観ると、その屋根の架構の軽々しさに驚いた。古代建築(南大門は中世か)とは重々しいものだという先入観が吹き飛ばされる思いであった。また、東大寺大仏殿内にあった、焼失以前の重源による大仏殿の模型を発見できたことは収穫であった。現在の大仏殿よりも重源の設計した大仏殿の方が構造的に明解で、現代人の目からみると優れているように思われた。


唐招提寺に訪れたのも何年ぶりだろうか、全く記憶にないほどであったが、やはり金堂の勇ましい架構はいつ観てもよい。京都、奈良は観るものすべてが絵になる、それが驚きであった。もう少し冷静になってからまた、今回の旅について振り返ることとしよう。

*恩師からは、日本美術に関する造詣が深いことから、いろいろと解説をいただく。わたしは全く日本美術について無知であるため、恥ずかしくなる。お会いするたびに多くを教えていただく、わたしにとって貴重な師である。ラスキンの翻訳が近いうちに出版されるという。

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by kurarc | 2018-11-26 00:16 | archi-works

台湾映画『セデック・バレ 第1部 太陽族』

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世界で一番親日的と言われる台湾で、これほど日本人に対する恨み、憎しみを映像化した映画はないのではないだろうか。それも、日本が3.11でカタストロフィを迎えたまさにその年にこの映画は公開された。

台湾における抗日蜂起事件、霧社事件を題材にした映画である。台湾の日本による近代化の中での闇を描いた映画である。こうした映画を観ただけでも、20世紀とは恐ろしい時代であったと思われてならない。近代化の過程で、人間は何を失い、何のために近代化していったのかについて考えさせられる。

台湾は今や日本人が最も気軽に旅することができる海外だと思うが、100程前にはどのような歴史がこの南国で刻まれていったのか、そのことを知ってから旅するべきである。この映画には、日本で以前活躍されたビビアン・スーさんが女優として出演している。彼女はこの映画の中で蜂起に加わったセデック族(タイヤル族)の血をひくという。

台湾映画は日本に気を使っている映画、好意的な映画が多いと思うが、無理はよくない。この映画のように歴史的事実を描くことも台湾と日本の理解を深めるために重要である。この映画には第2部がある。まだ観ていないが、どのような結末を描いているのか楽しみである。

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by kurarc | 2018-11-23 22:55 | cinema

鎌倉からの便り

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鎌倉から便りが届いた。鎌倉在住時、知り合いになった建築家の奥様からである。残念ながら建築家のご主人はお亡くなりになり、現在は稲村ヶ崎にお一人で暮らしている。

この建築家の方のお兄様も著名な建築家であり、鎌倉に名作といわれる住宅を残している。わたしは偶然にこの建築の耐震診断を行うことになり、知ったのだが、その後、この建築家の弟さんであることを後で知った。

そして、また偶然にもこの建築家の方とあるご夫婦でデザインしたスツールが天童木工で発売されており、わたしとわたしの友人でデザインしたテーブルも天童木工で発売されたこともり、こちらでもつながったのである。

偶然に偶然が重なったとはこのことで、それ以来、鎌倉で一杯お付き合いするような間柄になったが、知り合ってから5年ほどであろうか、旅立たれていった。

奥様からは、アルヴァ・アアルト展に行った感想が綴られていた。鎌倉にはもう6年は訪れていない。来年は一度、訪ねることにしよう。

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by kurarc | 2018-11-22 16:46 | 鎌倉-Kamakura

『BUILDING THE ESCORIAL』 ジョージ・クブラー著


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久しぶりにアマゾンで洋書(古本)を購入した。イギリスからおよそ1週間で届いたが、その古書を見て驚いた。どうも、大学の図書館から盗まれたものらしく、ロンドンの"BIRKBECK COLLEGE LIBRARY"の印が押してあった。アマゾンも気をつけてほしいものである。

今年、ジョージ・クブラーの翻訳本が出版された。日本では多分初めてのことではないだろうか。クブラーは中南米美術の研究者であり、その関連で、スペインやポルトガルの美術、建築に造詣が深い。

エル・エスコリアルを訪ねたのは、ポルトガル滞在中の1999年であった。マドリードから列車で1時間ほどであったと記憶している。エスコリアル宮という特殊な建築を見学するためだが、その当時、この建築とポルトガルの建築との関連性などは考える力もなかった。しかし、このエレーラによる建築が、スペインで無装飾様式と呼ばれ、同時代のポルトガル建築の無装飾性とどのように関連しているのかは、クブラーにとって重要なテーマであったに違いない。スペインとポルトガルの影響下にある中南米を研究するためには、必然的にイベリア半島全体の文化の探求が不可欠になることは言うまでもない。

スペインにおける無装飾様式というテーマを研究するものが日本にいるのかどうかは知らないが、興味深いテーマである。それは、機能主義、合理主義建築の発端を考えるときに重要であるから。クブラーは両国の無装飾様式、スペイン(ディスオルナメンタード)とポルトガル(エスティロ・シャオン)がどのように異なるのか、どうも本書で結論づけている。そこが知りたかったのである。



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by kurarc | 2018-11-20 23:40 | books

映画音楽の研究へ

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このところわたしの中で映画音楽が特別なものに変容していることを感じる。それは、映画に付属しているだけと思われる音楽が、実は音楽として自立し、わたしに語りかけてくるようになったことである。

ジェイ・チョウの映画音楽や昨年では映画『La La Land』の映画音楽などもトランペットで吹いてみるとなかなか心地よい。今日は、持っていた映画音楽の楽譜集の中に、映画『マイ・フェア・レディ』の「踊り明かそう」が入っいたこともあり、ジェイ・チョウの採譜した曲などと共にカラオケボックスで練習してきた。

最近は映画と映画音楽との関係も気になってきた。優れた映画は、その映像と音楽がよく調和しているように感じられるが、それはどのように生み出されるのか?わたしが調和していると感じられるだけなのか、あるいは、その関係には必然性があるのか、ないのか?

当面、音楽を映画音楽に絞って考察することをライフワークとしてみたくなった。そして、トランペットのレパートリーにするべく、練習することも必要だろう。「踊り明かそう」をトランペットで吹きながら、またヘップバーンの映画『マイ・フェア・レディ』も久しぶりに鑑賞したくなった。わたしにとってヘップバーンの映画は、仕事で疲れていたときに、元気をもらった想い出があること、それによって映画好きになる大きなきっかけとなっただけに、音楽を含め大切にしなければならない宝物である。

*自由が丘に住んでいたとき、今はなき自由が丘武蔵野館でヘップバーン映画の3本立てを観て、一気に仕事疲れからぬけられた経験がある。この映画館は、いわゆる名画座で、キェシロフスキなどの映画を上映していたようだ。シネフイルには想い出深い映画館として知られていることは、ネット上を検索するとよく理解できる。

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by kurarc | 2018-11-18 20:54 | music

日常の中のデザイン24 今治謹製至福タオル

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結婚式の引出物に今治謹製至福タオルをいただいた。一見普通のタオルだが、肌触りがまったく異なる。優しいタオルである。今治タオルはデザイン界ではよく知られていただが、ここまで使い心地が異なるとは思わなかった。

それでは、何が違うのか?

素材:新疆綿
製法:甘撚り(ひねり)
水:晒し方(先晒し)

の三つが大きく異なるようだ。つまり、今までやっていたことをもう一度見直し、高品質のものを生み出しただけなのだといえる。大発明など必要ないのである。


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by kurarc | 2018-11-17 11:12 | design

映画『台北カフェ・ストーリー』

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台北でカフェをオープンした姉妹の物語。全く性格も生き方も異なる姉妹が、物々交換をテーマにカフェを営んでいく。その中で、「もの」にはそれぞれ固有の物語があり、「もの」の価値はそれぞれの記憶、思い出など人の心が決めるものだと気づいていくが・・・

魅力的な映画である。こうしたある意味で軽い映画が最近、心地よい。映画には映画監督の思い入れがあるのはわかる。しかし、その映画を観るものには重さに耐えきれないときもある。一時、キム・ギドクの映画を集中して観た時期もあったが、今は観ることができない。あまりに残酷なシーンが多く、なぜそうしたシーンを観せられなくてはいけないのか、と疑問に思ってしまう。

映画『台北カフェ・ストーリー』は爽やかさが残る映画である。姉は勉強を母から押しつけられ、妹は世界旅行を押しつけられ育ったが、今度は姉が世界旅行へ旅立つことになるが、その理由はなぜか・・・

映画の中の音楽がよい。また台湾のミュージシャンを発見した。雷光夏という女性のシンガーソングライターである。50歳?くらいの女性であるが、その声を聞くと50歳とは思えない。日本で言えば大貫妙子のような感じだろうか?アジア人のボサノヴァと言えるような語りかける音楽である。残念ながら歌詞はわからないが、映画とのコラボレーションが絶妙である。それにしても、やはり台湾は興味深い。

*この映画のストーリーは、映画の中の台詞にも登場する「カウチサーフィン」(海外旅行などをする人が他人の家に宿泊させてもらえるという仕組み)というシステムがヒント(下敷き)になっているようだ。

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by kurarc | 2018-11-15 22:17 | cinema

映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』

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先日観たポルトガル(ポルト)を舞台とした映画『ポルト』に続いて、ポルトガルと日本(浜松)を舞台とした映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』を鑑賞。

映画は2部からなる。第1部は18世紀。リスボン大震災後のポルトガル、リスボンが舞台。復興にかり出された日本人奴隷を柄本佑と中野裕太が演じる。第2部は東京オリンピックが終了した2021年の日本(浜松)。外国人労働者が働く日本が舞台。この二つの時代に時間を超越した男女の恋物語が重ねられる。

アクチュアルな映画である。日本における3.11のカタストロフィ、そして現在、外国人労働者の法案がもめている時期でもある。その問題を先取りしたような題材を日本とポルトガルという二つの世界から描いている。まったく無関係といえるような出来事にもある必然性があるのではないかと思わせる映画である。

日本人俳優ふたりの間に立つポルトガル人女優アナ・モレイラがよい。彼女は映画『トランス』や『熱波』以来。ヨーロッパ人の女優の中で、どこの国とも異なるポルトガル人女性としか思えない彼女の佇まいがよい。個性的な女優である。フランスで言えば、イザベル・ユペールであろうか。そうした女優を感じさせる。

この映画は決してポルトガルを美化していないのもよい。リアルな時代と同時代を描いている。そして、「ジャポネイラ」とポルトガルで呼ばれる椿の花にからむラストシーンがよかった。

*たとえば、わたしがポルトガルに住むようになったのも、単なる偶然とは思えない。もしかしたら、わたしの祖先の中にはポルトガルに連れて行かれた奴隷がいたのではないか?または、ポルトガルが支配していたマカオと交流があったのではないか?などと思うことがある。わたしはそうした祖先の軌跡をたどることになったのではないか?その理由として、わたしは沖縄から台湾、そしてタイを通過してヨーロッパへ向かったのである。まさに祖先が通過していったであろう?軌跡をたどっていったような旅路を歩んでいるのである。

*映画のタイトルは今ひとつ。原題 ”Lovers on borders" をうまい日本語に変換できなかったのだろうか。

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by kurarc | 2018-11-11 20:49 | cinema

雑誌SD 『音楽のための空間 1989年10月号』

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久しぶりに雑誌SD(古書)を購入した。特集は『音楽のための空間』である。国内外のコンサートホールが数多く紹介されていることと、ホールの特性や楽器、例えばピアノの音の伝達方向などのコラム記事が収録されている。

ピアノの音について、郡司すみ氏(当時 国立音大教授)による興味深いコラムがあった。ピアノという楽器は、ヴァイオリンやトランペットのように携帯できる楽器ではなく、演奏音の一部が直接床に伝達されるために、建築構造内部にピアノの音が深く関わることになる、と郡司氏は指摘する。ピアノを演奏するための建築、空間は建物全体がピアノを含んだ楽器としてとらえなければならないことになる。(チェロなども同様かもしれない)

また、ピアノの特性上、ピアノは舞台のある位置に固定され、演奏されなければならない。そのことは必然的にピアノの音の方向性を注視しなければならないことにつながる。郡司氏は、ユルゲン・マイヤー氏が行ったピアノ音源の測定を紹介しているが、その測定によれば、ピアノの多様な音は、鍵盤の延長上(奏者の右側に伸びる線)を中心として左右に5度振れた狭い範囲に集中するということである。つまり、ピアノコンサートを聴く場合には、鍵盤の延長上の席で聴くのがもっともよい、ということになる。

その他、建築家の吉村順三氏や、様々な音響設計者のコラム記事が豊富に紹介されている。かつて、SDはこれほど力の入った雑誌を出版していたのか、と改めて驚かされた。音響に興味のあるものには必見の特集と言えるだろう。

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by kurarc | 2018-11-07 22:26 | books

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