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マイルズからビル・エヴァンスへ

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平成最期の日は、仕事をしながらジャズを楽しんだ。マイルズ・ディヴィスのCDを初期のものから後期まで年代順に10枚ほど聴いていった。マイルズの実験音楽と言えるようなジャズを聴いて、時代と共に変化していく彼の音楽に圧倒されたが、やはり、弧線にふれるもの、ふれないものに分けられる。弧線にふれるものは以下の通り。

*MILESTONES
*KIND OF BLUE
*BITCHES BREW
*THE MAN WITH THE HORN

マイルズのCDは何百枚も発売されているが、その中で評論家が薦めるものは40枚程度である。そのすべてを聴いた訳ではないが、わたしは『BITCHES BREW』が最も好きかもしれない。マイルズの音楽は以外にも仕事の邪魔をするような音楽ではない。通俗的な調性音楽と異なり、彼の音楽は、「音楽という運動」のようなものだと個人的には思っていて、感情に訴えるよりも、身体に直接働きかけてくるようなクリエイティブな音楽である。

マイルズを10枚ほど聴いた後、先日ドキュメンタリー映画が公開されたビル・エヴァンスの『Walts for Debby』で締めくくる。映画の方は期待外れであったが、ビル・エヴァンスのピアノはマイルズとは異なり、感性、理性に働きかけてくるような音楽か。マイルズの音楽よりは感情にも響いてくるが、邪魔になるような音楽ではもちろんない。

最期の最期は、映画のタイトルにもなったビル・エヴァンスの『Time Remembered』でも聴いて終わることにする。

*以前紹介したが、ジョン・マクラフリンの『Time Remembered』はもうかれこれ25年以上聴き続けている。名盤中の名盤である。

*マイルズ・デイヴィス最晩年のCD『AMANDLA』もよい。特に、「 MR.PASTORIUS 」は泣ける。

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by kurarc | 2019-04-30 22:21 | music

平成を振り返る

平成が終わろうとしている。平成がはじまった年を振り返ると、わたしにとって第2のステップがはじまろうとしていた年だったような気がする。昭和は、わたしにとって建築の基礎を学習した時代であったとすれば、平成は建築をはじめ、様々な興味を掘り下げた時代であった。

社会人を4年ほどやり、建築学科を卒業した訳ではなかったため、建築の学習不足を感じて、大学院に入り直したのが平成元年(1989年)であった。それから1991年までの2年間は我ながらよく勉強したと思う。ちょうど28歳から30歳までの間である。修士論文は幸運にも日本建築学会修士論文賞を受賞した。仙台での授賞式に参加したが、ホテルはどこも予約が取れず、やっとのことで探した宿は窓のない3畳間ほどの宿であった。仙台駅近くにあったが今はないに違いない。

ベルリンの壁崩壊も衝撃的であった。壁のあったベルリンを旅していたこともあり、また、東ベルリンを体験してもいたからである。修士論文では、そのベルリンのジードルンク(社民党政権下の集団住宅)がサブテーマであったから、わたしにとってはなおさら印象深い出来事であった。余ったマルクを何に使うか迷ったあげく、東ベルリンの楽器店で購入したフェルナンド・ソルのクラシック・ギターのピースは今でも手元にある。

その後、Y事務所で2年、1級建築士となり、T大助手として2年、リスボンで2年、帰国してから鎌倉で12年、そして、生地の東京都三鷹市に戻ってからの7年がわたしのおおまかな平成である。

昭和の時代を28年、平成を30年、次の令和では人生の締めくくりをしなければならない。今まで以上に緊張感をもち、仕事に取り組むとともに、興味のあること、有意義なことすべてに全力をそそいでいきたい。



by kurarc | 2019-04-30 00:12

ジャズ・トランペッター トニー・グラウシー(Tony Glausi)

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ビル・エヴァンスの映画が昨日封切られた。最近はジャズ・ミュージシャンの映画が数多く製作されている。ジャズは、映画『LA LA LAND』でもすでに終わった音楽のように紹介されたが、実は、また力を取り戻しているように思う。

わたしも再びジャズの学習を始めた。もちろんトランペットでだが、改めてジャズのフレーズや響きを感覚的につかむこと、ジャズ理論などを頭に描きながら、クリフォード・ブラウンやブッカー・リトル、チャット・ベイカー、フレディ・ハバードらの1950年代の名盤あたりから聴き直している。その中で、若手のジャズ・トランペッターのクリエイティブな音楽にも特出するものが現れてきたことを感じる。その中でも特に注目しているのが、トニー・グラウシー(Tony Glausi)という白人のトランぺッターである。若干24歳の若さで、すでに名盤と呼べるような録音を残している。

わたしがもっているのは、『IDENTITY CRISIS』というCDだが、4曲目にブッカー・リトルに対するオマージュとして、彼の作曲方法からインスパイアーされた曲をつくるなど、多彩な音楽づくりが目につく。感性の豊かなミュージシャンなのだろう。CDの中に曲のコンセプトが平易な英語で書かれていて、好感を持てた。

by kurarc | 2019-04-28 00:25 | music

完本 檀流クッキング

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檀一雄の小説を読んだこともあり、檀の著作が気になった。その中で、『完本 檀流クッキング』という著作が目についた。文庫本の『檀流クッキング』は我が家の台所に常備しているが、「完本・・・」とはどのような内容なのか?

これは、「檀流クッキング」を檀一雄の長男夫妻である、檀太郎さんと晴子さんが料理をすべて再現し、後半にはその料理写真が掲載されたもので、さらに、檀家の定番であったビーツサラダのレシピを加えたものであった。

わたしが『檀流クッキング』に興味をもったのは、もちろん、レシピの多彩さ、奥深さもあるが、ポルトガルの干ダラをつかったコロッケ、パスティシュ・デ・バカリャウのレシピが掲載されていたからであった。檀一雄は「干ダラのコロッケ」として紹介している。

干ダラの料理などというと、おいしい魚を食べなれている日本人の中にはバカにする人もたまに見かける。あんなものは魚ではない、などと言って。しかし、檀の本にはこの干ダラ(棒タラ)が、かつて、日本の農家ではお中元の贈り物の定番であったことが書かれている。日本の食文化の中になじんでいた食材なのである。(しかし、檀の本のなかでも、特に棒ダラはすでに手に入りづらい食材として記述されている。干ダラ(棒タラ)は戦前、山深い農家などの貴重なタンパク源であったに違いない)

後半に掲載された「干ダラのコロッケ」の写真を見てみたが、ポルトガルで食べていたものとはかたちが異なるが、味は檀がポルトガルで教えられたものであるから、おいしいはずである。

わたしがもし料理屋をやるとしたら、メニューの中に、この檀一雄のメニューの何品かがかならず食べられるようにすることだろう。まずは、ビーツサラダをつくってみたくなった。

by kurarc | 2019-04-26 20:44 | books

『花筐』 映画と小説

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大林宣彦監督の映画を続けて観ている。映画『花筐(はながたみ)』(小説では「はなかたみ」と読ませている)は、大林監督が原作者の檀一雄に直接会い、檀に映画化の快諾を受けていたものだという。映画化には旬というものがあるのだそうだ。大林監督は快諾はいただいていたものの、この戦争をテーマとした小説を映画化するには時代があまりにも平和ぼけしはじめた時期であったこともあり、ずっと映画化をためらっていたのだという。そして、この映画化に踏み切ったのは、例の3.11という悲劇があったためであった。

わたしは映画を観てから小説を読んだが、映画は大林監督の脚色もあり、それはそれで興味深く、また、小説は、何か戦争がこれからはじまるという時代の十代の若者たちを取り上げたものだが、その艶めかしさは、単に戦争をテーマとした小説というより、むしろ、戦争を副題とした青春期の男女の愛と友情が主題となっており、さらに、小説内に描かれた色彩や匂い、光や風、海への景観など、様々な要素が生々しく想像できるような不思議なテイストをもつ小説であり、今までに経験したことのない小説という印象であった。その生々しさは、ガルシア・マルケスのような中南米の小説とも異なる。(映画では、檀のアドバイスもあり、唐津を舞台に選定している)

日本人の小説を読んだのは久しぶりのことだが、檀一雄がこうした小説を書いていたとは知らなかった。三島由紀夫はこの小説を読んで、作家になりたいと思ったと言われているそうだが、この小説は、ポルトガル、スペイン、オランダなど異国と交流の深い九州の文化的コンテクストなしには生み出されなかったような小説ではないかと感じられた。


by kurarc | 2019-04-25 00:21 | books

カルロス・ガルデル 「想いの届く日」

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映画『タンゴ-ガルデルの亡命』のサントラを中古CD店で購入した。音楽の大半はピアソラが担当したものだが、サントラの最後にカルロス・ガルデル(曲)とアルフレッド・レ・ペラ(作詞)作による「想いの届く日」(El Dia Que Me Quieras)が入っていた。

この映画は何十年も前に観たきりで、ガルデルの曲が使われていたことも忘れていたが、わたしはこのサントラをピアソラが演奏した「想いの届く日」のみを聴くために購入したようなものである。ピアソラの曲は悲しいものが多いが、このガルデルの曲は、春の訪れを告げるような曲である。恋人に「想いの届く日」、といった歌詞であり、ピアソラの演奏は、聴き終わった後、春風が過ぎ去っていくような清々しい余韻を残して終わる。

ガルデルとアルフレッド・レ・ペラは共に乗り合わせた飛行機事故で焼死している。タンゴをダンス音楽から歌への音楽へと変革していった二人は、最期まで一緒だったのである。

by kurarc | 2019-04-23 15:53 | music

パリのノートルダム 水平性と垂直性


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ノートルダムの大火災から一夜が過ぎ、少し落ち着いてこの大聖堂を改めて眺めてみた。この大聖堂の特徴は、西側のファサードに限ると、その水平性と垂直性を見事に解決した造形であることに気がつく。

アミアン大聖堂、ランス大聖堂等と比べても、水平性の強調が目につく。ゴシック建築というと垂直性ばかりに目がいってしまうが、ノートルダムに限っては水平性と垂直性の対立を統一した大聖堂といった方がよいのではないだろうか。

この大火災の前日にたまたま『大聖堂のコスモロジー』(馬杉宗夫著)の古本を購入していた。この書物にもそのことが書かれていて、「王のギャラリー」と言われる旧約聖書に登場するユダヤの王たちを表現した水平性とその上部に表現された水平帯の表現は素直で、他の大聖堂と大きく異なる要素になっており、バランスのよいデザインにまとめられている。

「王のギャラリー」の像はフランス革命時に破壊され、19世紀に復元されたものだという。1977年、偶然にも彩色の残るオリジナルの像の断片が工事中の現場から発見されたということだが、このようにこの大聖堂は、何百年の間、様々な苦難に耐えてきた建造物なのである。

よって、再建されることは間違いないのだが、マクロン大統領が言うように、早急に再建すべきではないし、できるものでもないと思う。大聖堂のオリジナリティー、オーセンティシティーを慎重に議論した上で再建されるべきである。

*わたしが2年ほど過ごしたポルトガル(スペインも同様)では、「水平性(水平的)ゴシック」という様式がある。

by kurarc | 2019-04-17 23:11 | design

パリ ノートルダム火災

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パリのノートルダムの大規模な火災のニュースが入ってきた。驚きを隠せないと共に、パリの象徴とも言える大聖堂の大火災について悔やんでも悔やみきれない。パリ市民、及びフランス人の方々の悲しみは想像を絶することだろう。

起きてしまった事故は取り返しがつかないが、建築を専門とするものとしては、今後のことについて考えが及ぶ。まず、どのように修復(あるいは復原)されるのかについて多くの議論がなされると思われる。それはなぜかというと、特に今回倒壊してしまった尖塔は、ヴィオレ・ル・デュクにより19世紀に修復されたものだが、その修復の仕方は、現在の保存の概念と異なっていたためである。

ヴィオレ・ル・デュクは、それ以前のオリジナルの尖塔とは異なる尖塔を復元してしまったのである。(建築学でいうところの復原ではなかった)このことは現在では復原とはみなされない。したがって、フランスで今後議論されることは、ヴィオレ・ル・デュク案を復原する(つまり火災で倒壊した尖塔を復原する)のか、あるいはヴィオレ・ル・デュク以前の尖塔にもどして復原するのかについて議論されることになるだろう。(ヴィオレ・ル・デュク以前の尖塔の十分な資料があればのことだが)

こうした議論がなされた後、復原(修復・復元)工事に着手されることになると思われるが、フランスのことであるから、倒壊する前の図面等は残されていると思われる。あとは予算と技術的課題をクリアすれば問題はない。今後のフランスの文化力、技術力に期待するしかない。

*なぜこのような悲劇が、と思われる方々が大半だと思われるが、大聖堂や巨大なモスク等はこうした火災や倒壊を何度もくぐり抜けて再建され、今日に至っているものも多いのである。たまたま我々はこうした悲劇に居合わせてしまった、ということである。

*フランスでは尖塔について新しいデザインも公募するという。この考えには及ばなかった。但し、すべての案を検討し、火災前のデザイン(ヴィオレ・ル・デュク案)に復原することも考えられる。つまり、大きく、ヴィオレ・ル・デュク以前案、ヴィオレ・ル・デュク案、新しいデザイン案の3つからの選択になるということである。(2019/04/19)

by kurarc | 2019-04-16 21:25 | conservation design

代官山今昔 都市の品格とは


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久しぶりに代官山を訪れた。代官山は20歳の頃、ある設計事務所がヒルサイドテラス内にあり、アルバイトに通った街である。その頃代官山には同潤会アパートがあった。傾斜地を利用した同潤会アパートは敷地になじみ、すばらしい住環境を形成していた。アパート内には銭湯があり、また、誰もが利用できる食堂もあり、わたしはたまに利用した。おばさんが窓口にいて、定食を頼むと、勝手にソースをかけてくれる。余計なことをするな、と当時は思っていたが、今では懐かしい想い出である。

その当時と比べると、代官山は商業施設が増え、超高層建築も建設され、随分と様変わりしてしまった。ヒルサイドテラス周辺がかろうじて当時の記憶を残しているが、わたしからみると、随分と品格のない都市に変化してしまったな、と思う。

最近、自分でもよく使う言葉に「品格」がある。人としても品格をもっていたいし、ものにも品格がある。都市にも建築にも品格がある。言葉にも食事の仕方にも品格が現れる。すべての面で品格を失いたくないと思いながら生活をしている。それは難しいことだが、わたしの目標でもある。

都市にも品格をもってほしい。建築に携わるものであれば誰もそう思うだろう。しかし残念ながら、品格を感じる都市は少ない。特に東京都内ではなかなか経験できない。品を感じるのは地方の都市の方が多い気がする。わたしの中で同潤会がある当時の代官山がそうであったが、今は昔のことになってしまった。

*上写真:ヒルサイドテラス。この奥に見える緑を過ぎた地下にアルバイト先の事務所があった。

*下写真:ヒルサイドテラスと蔦屋との境界。このあたりは、ヒルサイドテラスとの連続がよく意識され、外構がデザインされている。こうした連続がすべての領域に広がっていければよかったのだが・・・

*それでは、品格を感じる都市とは何か?それは都市がきれいか汚いかでもないし、お金をかけることでもない。都市に「筋が通っている」こと、と言ったらよいだろうか。2月に訪れた新潟の高田にはそうした筋を感じた。建築の単なる集合ではなくて、建築によってその場所固有の都市がつくられている、と感じられる都市、それが品格のある都市である。

by kurarc | 2019-04-15 22:32 | saudade-memoria

オスカー・コルベルク ポーランド民族音楽の収集家

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住宅の打ち合わせの後、日本-ポーランド国交樹立100年のイベントに参加するため、代官山に出かけた。イベントの登壇者は、ジャズピアニスト小曽根真さんとポーランド人女性歌手のアンナ・マリア・ヨペックさんである。

アンナ・マリア・ヨペックさんの音楽に出会ってから7、8年になるだろうか。ポーランドの民族音楽をベースにした彼女の音楽にすっかり魅了されてしまったのである。また、わたしの好きなジャズギタリストのパット・メセニーとの共演によるCDや、ポルトガル(リスボン)音楽を主題にしたCDにも驚かされた。

今日の小曽根真さんとの対論で彼女の音楽にインスピレーションを与えてくれている19世紀の作曲家、民族学者であるオスカー・コルベルク(Oskar Kolberg)の話にふれる場面があった。わたしはコルベルクについてはまったく無知であったが、帰ってから早速グーグルで検索してみると、彼はショパンと同時代人であり、ショパンの家族と交流があり、ショパンの友人でもあったらしい。

コルベルクは、1857年から1890年までに『Lud』(「民族」の意らしい)と題されたポーランドの民族音楽を収集し、編集した書物を出版した。(生前に33巻、彼の死後3巻が出版される)12000曲の民族音楽、1250の民話、2700のことわざ、350のなぞなぞ等をポーランド全土に渡り調査を行い収集したとwikipedia(英語版)にある。ヨペックさんは、彼の収集した民族音楽から主題をとり、そこから自由に曲を膨らませるような音楽づくりを最新のCDで展開しているという。共演者のブランフォード・マルサリスのサックスと最新のCD『ULOTNE(幻想)』がどのような音楽を奏でているのかを聴くのが楽しみである。

by kurarc | 2019-04-14 23:50 | Poland