高岡 吉久の街並みと映画『ナラタージュ』

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高岡の市電に乗り、海の近くまで行くと「吉久」(上写真)という米の流通で栄えた街があることがわかり、高岡滞在中に出かけてみた。

高岡には市電(下写真)があることは前から知っていた。映画『ナラタージュ』の舞台が高岡で、重要な場面で登場していたのを記憶していたからである。この映画は特別に好きな映画ではないが、高岡の街は印象に残っていたので、そうしたこともこの街を訪ねたいという動機であった。

市電で「吉久」という駅で降りようとしたが、アナウンスがわかりづらく、その先の「中伏木」という駅まで間違えて行ってしまった。この駅を降りて気がついたのだが、映画『ナラタージュ』のラストシーンで登場する駅だったのである。偶然とはいえ、映画の舞台を訪ねることになった。

「吉久」の街並みは、ごくわずかな通りとはいえ、東京では見ることができない街家がひっそりと残っていて、高岡らしい風情が感じられた。ここには、江戸時代から明治まで多くの人々で賑わっていたのだろうが、流通方法が変化した今では当時の面影を残すのみとなった。

こうした街を見ていつも思うことは、それでも人はここに住み続け、普通の生活を営んでいる人々がいる、という愛おしさである。

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by kurarc | 2019-09-29 11:43 | cinema(映画)

金沢21世紀美術館


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金沢に行った目的の一つは、金沢21世紀美術館を訪れることであった。この美術館の評判はすこぶる良い。それが何によるのか確かめたいということであった。

結論から言うと、この美術館はコンセプトのみを浮かび上がらせた美術館と言えるものであり、建築自体に興味は持てなかった。しかし、それはこの美術館が優れていないと言っているわけではない。むしろ、稀有な美術館である、と言うことである。

美術館は、いわゆる芸術品を収める場所であるから、多くは大げさな意匠を行う建築が多い。しかし、この美術館にはそうした過剰な意匠はまったく見あたらない。円形のボックスに、高さの異なる直方体が突き刺さったような建築、それだけなのだ。さらに、直方体と直方体の間は室内の街路空間と言えるスペースとなっていて、美術館内を自由に歩き回ることができる。つまり、この美術館は都市内都市として計画されているのである。

こうしたことをやっただけで、大げさなことは一切省かれている。これほど明快なコンセプトを体現した建築はあまりお目にかかれない。建築家たちは通常、ディテールなどを見せびらかしたがる。この建築にはそうしたいやらしさが見あたらない。

こう書くと、この建築を絶賛しているように思われるかもしれないが、そう言っているわけでもない。コンセプトのみが浮かび上がるが、ものとしての魅力には欠ける。この辺りのバランスは非常に難しいが、もう少し、意匠を突き詰められたら、もっと優れた建築になったに違いない。

*ここで、「コンセプト」という言葉を使った。学生などが課題発表のとき、よく使う言葉だと思う。もしかしたら、今ではもう死語なのかもしれない。ジャズギタリストの高内春彦氏の著書を少し前に紹介したが、この著作の中でも「コンセプト」という言葉の定義のようなことが言及されていた。
絵画で言えば、遠近法の表現ではなく、印象派以後の表現、これが「コンセプト」である。「コンセプト」とは自己の定義による表現形式のこと。芸術全般は、19世紀のある時期から自ら定義するものとなった。音楽では、ドミナント・モーションが捨てさられたとき、「コンセプト」がはじまる。印象派の音楽である。「コンセプト」という言葉は、実は近代以後の言葉なのだと高内氏の著書から気づかされた。


by kurarc | 2019-09-27 23:39 | architects(建築家たち)

金沢市立玉川図書館


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およそ40年ぶりに金沢を訪れた。金沢21世紀美術館なども訪れたが、わたしにとって思い出深い建築は、金沢市立玉川図書館であったこともあり、再訪した。

谷口吉郎監修、設計は谷口吉生氏という親子共同による仕事として著名な建築であり、40年前にも訪ねた。改めてこの建築を見学したが、日本の図書館建築で、わたしが見学したものの中で最も興味深い建築である。これが金沢中央図書館ではなく、分館であるということにも驚かされる。金沢の建築文化の質の高さを思い知らされる。

この建築が優れているのは、隣接する近世資料館との対比であろう。様式建築とモダニズムの建築がこれほど明確に対比される様相を他に見たことはない。様式建築に媚びることなく現代の建築を素直に設計している。もちろん、隣接する様式建築のプロポーションや高さには注意を払いながら、レンガという素材感だけは何気なく中庭に取り入れて、内部からレンガの質感を鑑賞できるようにして、隣接する近世資料館と連続するようにデザインされている。中庭は連続するための装置でもある、ということになる。

今回、メインは富山の高岡であったため、金沢には時間がかけられなかったが、安い宿でも探し、3日、4日滞在して、じっくりと金沢建築を堪能したくなった。

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by kurarc | 2019-09-26 02:00 | architects(建築家たち)

高岡 クラフトの街視察

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この連休中、富山県高岡を訪問した。以前からクラフトの街として注目していたが、ちょうどこの連休中、街でイベントが開催されることもあり、それに合わせて訪問した。

駅前は閑散としていたが、旧市街である山町筋、また金屋町は蔵造りの街と街屋が連続する街路が構成されていて、金屋町では富山大学の学生が着物姿で街屋の前に座り、観光客のアシスタントを務めていた。

高岡はもともと17世紀初頭、前田利長により開かれた街(つまりもともとは加賀藩)であり、その後、大阪から鋳物職人を連れてきて、金属加工の文化と漆器の文化を築き、商工業の街として栄えた。また、北前船による交易により莫大な富を築いた街である。

およそ400年以上にわたる文化が蓄積された街であり、その全貌を知るまでにはもちろん行かなかったが、街に残る街屋のつくりを見ただけで、その文化の蓄積は十分感じられた。

東京にはもちろんこうした蓄積はない。できればこうした文化都市とつながることでわたしのデザインの幅を広げていきたいと思っている。近いうちに再度訪問できればと思う。
(写真:上から山筋町蔵造りの町並み、金屋町の町並み、その街屋軒先きに吊るされた風鈴)

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by kurarc | 2019-09-23 14:48 | design(デザイン)

父の想い出

来月、父親の33回忌を迎える。父が亡くなってから随分と永い年月が経過した。そうした年月のこともあり、この頃、父との想い出がよく頭の中に甦る。先月、父親との想い出をテーマとした短編小説らしきものを2篇書き著してもみた。

わたしには様々な父との想い出があるが、最も幼少の頃、はっきり記憶に残っていることは、お菓子屋の白い紙袋の想い出である。わたしの実家の近くにはお菓子屋があった。わたしはよく利用したが、当時はお煎餅やお菓子は、ガラスのビンのようなものに入っていて、その中のお菓子を取り出し、薄く白い紙袋に包んでくれた。

その白い紙袋を、お菓子が食べ終わると空気を入れ膨らませ、風船のようにしてから、力一杯手で割ると、大きな音がでる。わたしはこの紙袋割りの音に妙に興味を持ち、父に紙袋だけを買ってほしいとねだったのである。

今から思うと馬鹿なおねだりだったと思うが、あまりにもしつこくせがむものだから、父親は確か500円か1000円か忘れたが、お菓子屋に行って、このお金で100枚紙袋を買ってこい、と言ってくれた。わたしは早速お菓子屋のおじさんにお菓子なしで紙袋だけをほしいとせがみ、おじさんも紙袋だけ100枚売ってくれたのである。

その袋を持ち帰り、わたしはすぐに100枚の紙袋を立て続けに膨らませては割りを繰り返し、100枚すべて割ってしまった。そしてようやく、その楽しみ(イタズラ)から卒業することができたのである。それ以後、そうしたことは一切やらなくなった。それで気持ちが落ち着いたのだろう。

父親は、わたしがやりたい、ということを躊躇なくやらせてくれた人だった。孫のように歳が離れていたこともあるだろうが、わたしはこれがしたい、というと協力は惜しまなかった。今から思うと、そうした父に感謝しなければならない。なぜなら、母親はその真逆で、すべてを禁止する人であったからである。

by kurarc | 2019-09-20 23:35 | saudade-memoria(記憶)

2級建築士実技試験

昨日、2級建築士の実技試験が行われた。わたしもその講師をしていることから、夜11時過ぎまで、試験の復元図面を行う受講生と時間を共にした。

今年の試験はかなり難しかった。設計力(設計のセンスも含めて)が試される課題であったと思う。こうした課題に太刀打ちできる教え方ができていたのか、反省すべき点も多くある。

2級建築士は、設計だけでなく、施工、営業、不動産業など様ざまな職種の方々が受験する試験であるから、設計力の方へ偏るのも良くない気がするが、年々、そうした傾向が強くなってきているように思う。

それにしても、試験にのぞむ受講生達の熱心さには驚く。当たり前のことだが、3ヶ月近く、集中しなければならないことになるが、その努力は並並ならぬものがある。そうした熱心な受講生の方々とお付き合いできることが、わたしが講師を続ける理由である。

3ヶ月必死に何かをやればできないことはない、と思わされるのだ。語学や楽器、その他習い事などダラダラやるのではなく、まず3ヶ月集中してやれば、かなりの成果がでるのではないかと思わされる。

つまり、まずは100日やる。その次は、1000日やる。その次は、10000日やる。その次は一生かけてやる、ということかもしれない。

by kurarc | 2019-09-16 12:24

四谷駅 吹き抜け空間とアールズコート駅


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四谷駅の中に新宿通り下になると思うが、巨大な吹き抜けがあり、その上部に向かってエスカレーターが伸びる空間がある。

この空間を体験するとき、いつも頭の中に思い出されるのは、ロンドンのアールズコート駅である。初めて行ったロンドンで、この駅の近くに宿を借り、ロンドンの観光に向かった。その14年後に再びロンドンに行った時にも、アールズコートに宿をとったこともあり、思い出深い駅である。アールズコート駅も同様の吹き抜け空間があり、四谷駅のこのエスカレーターを登っていく時、ふと頭の中をよぎっていく。

東京の駅内空間は、貧しいものが多い。階段やエスカレーターは単に上下の移動のためだけで、そこを通過するとき、どのような空間を体験できるのかまで考えられていないのである。

その中でも、四谷駅のような吹き抜けは魅力的である。駅舎やホームの空間をデザインする時には、こうした通過動線の空間までデザインしてほしいものである。

by kurarc | 2019-09-16 01:15 | saudade-memoria(記憶)

リベタージュ 飯田橋



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先日、東西線に乗り換えるために中野駅で降りようとしていたが、居眠りをして乗り過ごしたため、飯田橋駅まで行き、東西線に乗り換えることにした。こういう時、若い頃であれば、何をやっていたのだ、と後悔していたが、最近では、逆に何かいいことが起こるかもしれない、多分、寝過ごしたのは何かに出会う運命に違いないと思うようにしている。

そう思っていると、そういうことは本当に起こるものである。普段は降りない飯田橋駅(水道橋寄りの出口)を出ると、わたしが最近「Rivetage リベタージュ」と名付けた、ガード下、リベット留め鉄骨構造物に出くわした。水道橋駅にも立派なリベタージュはあるが、ここ飯田橋の鉄骨もなかなか見ごたえがある。

このようなどうでもよいと思われる空間になぜこうした迫力あるデザインを試みたのか、まだよく調べていないのでわからないが、個人的には東京らしい景観のように思う。もちろん、地方都市にもこうした立派なリベット留めの鉄骨はあるだろうが、わたしは当面、東京のガード下に残るリベット留め鉄骨構造物を「リベタージュ」と呼ぶことにしている。(iPHONEにて撮影)

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by kurarc | 2019-09-14 22:17 | rivetage(リベット建造物)

ジャズを学ぶ 『VOICE OF BLUE』 高内春彦著 



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大学の先輩にあたるジャズギタリスト、高内春彦氏(女優 松坂慶子さんのご主人)の著書『VOICE OF BLUE』を読み始めた。まだ、2章まで読んだだけだが、それだけで名著であることが判断できた。

まず、第1章を読んで、目からウロコが落ちた。ジョビンやルグランの音楽をデューク・エリントンの音楽と比較しているのである。これは、わたしが無知であっただけなのだが、ジョビン自体、エリントンの音楽から多くの影響を受けているというのである。(ジョビン自身がそのように語っているとのこと)

高内氏はアメリカでジャズを長年学んだこともあり、日本で流通しているジャズの常識とはまったく異なる感性を持っている。まず驚いたのは、アメリカでジャズというとエリントン(+ビリー・ストレイホーン)だということ。また、本書の冒頭に「ジャズとは練り歩き(マーチング)の音楽・・・」と言ったことが何気なく語られているが、こうした感性、知識はアメリカで学んだ高内氏ならではの言葉だろう。

また、本書が名著なのは、単なる知識の見せびらかしではなく、理論を説明してくれていること。これはかなり高度な解説だが、現在のわたしの興味にちょうど合致していてありがたい。

現在、日本で活躍されているようなので、近いうちにライブに行き、高内氏の音楽を堪能したいと思っている。

by kurarc | 2019-09-13 23:19 | books(書物・本)

忘れえぬ映画シーン シン・シューフェンの台北駅

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国木田独歩の「忘れえぬ・・・」という言葉について少し前に書いた。何か特別なことでもものでもない。また、特別な人でもないもの。そうしたあらゆる出来事、事物に感じる感情が最近気になっている。昔、父親とすれ違った道の風景であるとか、幼い頃、友人と蝉取りをして遊んだ樹木であるとか・・・映画の中でもそうしたシーンが「忘れえぬ」ものとして感じられる。

いくつかのシーンが頭の中に蘇ってくるが、その中でも「忘れえぬシーン」の一つは映画『恋恋風塵』の中で、台北駅にホン(女優のシン・シューフェン 上写真)が佇むシーンである。もちろん、この映画全体が忘れえぬものでもある。彼女はわずか4つの映画に出演して引退してしまったが、わたしが最も好きな女優のひとりかもしれない。正直、彼女は美しい女優というわけではない。大げさな演技をしたわけでもないと思うが、彼女の存在そのものが愛おしく思えてくる稀有な女優なのである。

リベット留めされた鉄骨の柱にもたれかかるように佇む彼女の姿は、特別な姿ではない。それなのになぜ胸がしめつけられるような感情を抱くのか、正直わからない。わたしが初めて訪ねた台北の頃に撮影された映画であるということも大きいのかもしれない。ホウ・シャオシエン監督がこの女優を見出したのも、そうした特別な感情がわき起こったからだと思う。

わたしはこの映画を台湾版シェルブールの雨傘と思っているが、近いうちに、この映画が撮影された風景を眺めにおよそ35年ぶりにもなる台湾に行きたいと思っている。

by kurarc | 2019-09-09 22:48 | cinema(映画)