横須賀市の空き家対策

横須賀市では2012年から興味深い空き家対策を行っていることを知った。県立保健福祉大学との協働で行っている試みである。

横須賀汐入地区の谷戸の中の一軒家(シェアハウス)を学生に貸す。大家さんはリフォーム代の補助が受けられ、学生はこの空き家に住むことで月1万円の家賃補助(わたしが学生であれば、もう少し補助が必要に思うだろう)が受けられる。但し、学生たちは汐入地域の高齢者のゴミ出しの手伝いや、夜回りなどへの付き添いなど、地域活動を手助けすることが義務付けられる。

つまり、空き家対策と高齢化対策を学生の力を借りて解決しようという試みである。まさに一石二鳥の試みである。汐入地区はわたしもよく知っているが、起伏が激しく、坂道の多い地区である。また、車も入れないような小径が多い。よって、ここに昔から居住し、高齢になった住民は、日常生活に不便を感じているに違いない。

果たして学生たちはこの空き家に現在住んでいるものはいるのだろうか?今度、横須賀に行くことがあれば、是非訪ねて、こうした空き家対策の試みをヒアリングしたいものである。

こうした試みは横須賀市だけではできなかっただろう。県立保健福祉大学の理事たちは先進的な試みを行おうとする方々が多いのかもしれない。それにしてもよく考えられた空き家対策である。

by kurarc | 2019-10-31 00:45 | 横須賀-Yokosuka

建築家吉田鉄郎の展示会

吉田鉄郎、と聞いてあの建築を設計した人と思い浮かべることができる人は相当の建築フリークだろう。東京住まいの人間にとっては東京駅脇に建つ旧東京中央郵便局((現在KITTE)が最も著名な建築だろう。11月1日から、国立近現代建築資料館で、『吉田鉄郎の近代 モダニズムと伝統の架け橋』と題された吉田鉄郎の展示会が開催されるという。これは必見である。

吉田は典型的な旧制高校出身の秀才建築家と言えるだろう。彼の出身地は少し前に訪れた富山県高岡のずっと南の山奥である。吉田は設計力も優れていたが、ドイツ語で日本の建築に関する著作を著すなど、語学力にもたけていた。わたしが修士論文で取り上げたブルーノ・タウトも日本の建築家の中で吉田を最も高く評価した。

わたしも逓信省時代の建築は知っているが、彼の仕事の全貌については把握していない。この機会にこの展示会で彼の業績を改めて学習したいと思う。

吉田は長生きはしなかった。1956年に62歳の若さで亡くなっているが、あと10年長生きしたならば、日本の建築界を変えるだけの仕事を成し遂げたのではないか。それも、その当時は気付かれずに、後になってわかるような仕事を。

*こうした展示会は残念ながら東京近郊住まいの人間でしか楽しむことはできない。その辺りが東京住まいのメリットだと言える。地方に住むことは、こうした企画を楽しめないことになる。財力と時間がある人は別だが、地方に住む場合はまた別のメリットがあるということを謳歌すべきなのだろう。

by kurarc | 2019-10-28 19:55 | architects(建築家たち)

最近のトランペット用具事情

最近のトランペット用具について書いておく。

1)MAWバルブ

BACHのトランペットにMAWバルブがセットせれたものが発売された。某楽器店で試奏させてもらった。BACHのトランペットは、クラシック奏者御用達のトランペットである。その音色は独特であり、拭く時に抵抗感が少し強めであることから、ある程度上達したものがこのトランペットを使用する。
MAWバルブは、その抵抗感を減少させるような構造のバルブである。

吹いてみた感じは、やはり抵抗感はなくなるが、音色も変わっていた。バックの艶やかな響きというより、より太い音になり、わたしは吹いたことはないが、ロータリートランペット寄りの音に近づくようなコンセプトのようだ。従来のBACHの音に親しんでいるものにとっては、このバルブはあまり興味を持たないのではないか。
初心者でBACHのトランペットを吹きたいというものに向いているかもしれない。

2)okura+mute
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トランペットは大きな音が出るため、自宅での練習ではプラクティスミュートといって、消音されるミュートを使う。その中で、現在最も注目されているミュートがokura+muteである。
わたしも早速購入して、使用してみた。確かに強い抵抗感はなくなり、練習しやすいミュートに仕上がってる。ミュート内が掃除できるような構造になっているのもよい。

素材がプラスチックであることから、音の感じは今ひとつといったところである。また、トランペットに垂直に差し込まないと変な音になってしまうので、差し込む時に注意が必要である。この形状で金属にしたらどうなるのかが気になるが、価格を抑えることもあり、プラスチック以外のものはつくられないかもしれない。組み立てには障害者の方に作業をお願いしているという。made in kumamotoである。

by kurarc | 2019-10-26 20:27 | trumpet(トランペット)

ブルージャイアント BLUE GIANT

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久しぶりに漫画を楽しんでいる。石塚真一さんの『BLUE GIANT』である。主人公は、JAZZのプロ・サックスプレーヤー(テナーサックス)を目指して仙台から東京へと移り住む。(3巻目はそこまで)

JAZZ好きにはたまらない漫画であろう。サックスでなく、トランペットであればわたしにはなお興味深かかったが、かなり高度な音楽用語も使用されており、理論的なことを少しわかるような人でないと楽しめないと思われる。

主人公の宮本大は、河原で毎晩のようにサックスを練習している。しかし、楽器を少し知っている人は、外では練習しないのが今では常識となっている。昔は、公園のベンチに座ってサックスやトランペットを練習している人をよく見かけた。最近は騒音の問題から禁止されているから見かけなくなったが、それだけではない。外で金管楽器を使用すると砂などが楽器に入る可能性があり、楽器のためにはよくないのである。

作者の石塚さんはJAZZ好きなのだろうか?相当、勉強してこの漫画を創作したことが伺える。JAZZは西洋音楽へのカウンターカルチャーであったが、そのことが今後描かれるのかどうか?そうしたことまで描かれているのであれば、申し分ないが、単に宮本大のサクセスストーリーだけでは片手落ちだろう。

寝る前のひととき、まずは全10巻を楽しみたい。



by kurarc | 2019-10-25 18:28 | books(書物・本)

移住計画

昨年末から日本国内を旅することが多くなった。地方都市を訪れるたびに思うことは、わたしはなぜ東京に住んでいるのだろうか?ということであった。先日、久しぶりに訪ねた福岡の印象がはなはだ良かったこともあり、還暦になる頃、どこか地方都市へ移住するのも悪くないのではと思うようになった。

地方都市の良いところは、自然と都市化というものがうまく共存していることである。福岡についていえば、街を歩いていて海を感じられること(自然が近いこと)、電車が混まないこと、食べ物が美味しいこと、都市がコンパクトであり落ち着いていること、アジア諸国(沖縄含む)に近いことetc.である。もちろん、東京にしかないサービスは福岡では期待できないが、すでに、歳のせいもあり、過剰な情報は必要なくなってきている。必要なのは自分の時間を充実させることである。東京は自分を犠牲にする都市であり、自分を見失うような都市であるとも言える。

もうここ(東京)に住む必要はないのではないか、と今さらながら気が付いてきたのである。但し、わたしは山奥や誰もいないような海辺などに住もうとは思わない。他者と負担にならない程度のコミュニケーションは取りたいし、映画館くらいは行きたい。

それでは、神奈川や埼玉、千葉でよいかというと、そうではない。これらはわたしにとって東京に住むことと変わらない。東京の文化圏であり、東京の呪縛から逃れられないから、そして、人が多すぎるから。

移住ばやりではあるが、本当に考えてみてもよいと思うようになってきた。

*20代の頃、福岡の磯崎新さんOBの方の設計事務所に面談に行ったことがあった。そこでは採用にならなかった。そこで、採用になっていたら、福岡に今でも暮らしていたのかもしれない。

by kurarc | 2019-10-23 22:43

珈琲美美

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福岡へ行った折に、珈琲美美(びみ)(上写真 福岡移住計画HPより)に立ち寄った。前川國男設計の福岡市立美術館を見学し、その足で、美術館近くにある珈琲美美へ向かう。残念ながら、その日は豆販売だけの日であり、美美で珈琲を飲むことはできなかった。

よって、中味ブレンドという豆を購入し、東京へ戻ってから飲むことにした。このカフェの店主は、若い頃、吉祥寺にあった”もか”という珈琲店(井之頭公園へ降る坂道の途中にあった)で勉強されたことを知り、立ち寄ってみたくなったのである。わたしはかろうじて、この珈琲店を知っている世代である。現在はチャイ専門店に変わってしまった。

中味ブレンドは非常にバランスの良い珈琲であったが、わたしには少し煎りが浅い気がしたので、今度は濃味ブレンドと吟味ブレンドを東京から注文し、味わってみた。どちらも捨てがたいが、わたしは濃味ブレンドあたりがちょうど口にあう。吟味ブレンドはカフェオレ用にちょうど良い気がする。

珈琲は少し価格の高い豆であっても、スタバなどで飲むことを考えれば、自宅で飲む方が圧倒的に経済的である。なかなか自分の口に合う珈琲(特にブレンド)を見つけることは難しいが、ここの珈琲はわたしの好みによくあっていた。

当面、美美から珈琲を買うことにしようと思っている。




by kurarc | 2019-10-19 00:06 | gastronomy(食・食文化)

チェット・ベイカーの映画 

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来月チェット・ベイカーの映画『My Foolish Heart』が封切られるという。ミュージシャンの映画が最近、数多くつくられている。今回の場合、トランペットを実際に演じる俳優が吹いているとは思えない。チェットの音はプロでも出すことはできない。だから、あまりこの映画を観たいとは思えないのだが、多分観に行くと思う。

ピアノであれば、なんとか真似はできるが、トランペットはそうはいかない。この楽器を知っている人であればわかるが、人それぞれ音はまったく異なる。同じマウスピースをしてもである。それは声が人それぞれ異なるのと同じようなものである。

チェットのYou Tubeを最近よく見る。彼の指使い、彼のフレーズの勉強のためである。幸い、彼の映像は豊富にあるようなので、トランペットを学ぶ者にとっては貴重である。彼の最晩年の映像の中に、”Blue In Green"(チェットが亡くなる43日前のライブ)を演奏しているものがあるが、その映像が最近のお気に入りである。音を一つ一つ確かめるように演奏している。その音の繋がりが限りなくモダンで知的なのだ。

酒、ドラッグに溺れた人間の奏でる音とは思えないくらい暖かい音だが、溺れたものだからこそ出せる音なのかもしれない。世間一般の人から見れば、彼はクズのような男であったが、彼のトランペットは誰にも真似はできない。

by kurarc | 2019-10-18 01:21 | cinema(映画)

災害をおもう

最近、自然災害が絶えない。特に、今回ショックだったのは、上田周辺の災害で、わたしの姓の故郷といえる別所までの上田電鉄の鉄橋の崩落である。9月末に富山、金沢への旅の折、この辺りの風景を見ながら新幹線を通り過ぎたばかりであったので、信じられない光景であった。

今回は、堤防の決壊が大きな災害の原因となった。しかし、この堤防がつくられる前はどうだったのだろう?堤防に隣接する田畑や住宅のある地域ももしかしたら古代、あるいは中世の頃は川だった箇所ではなかったか?もしそうだったとすると、自然は単に元の状態に戻ろうとしているだけであって、災害を引き起こしているのは、強引な堤防建設をした人間の方に無理があったのではないか、と思えてならない。

わたしの住む地域も、少し南へ下ると、古代の多摩川の流れのあった地域に遭遇する。調布の街あたりは古代多摩川の中に開けたような街である。よって、古代の人間からすると川の中に住んでいるようなものである。

3.11の時にも先人たちが残した神話のようなものが取り上げられた。寺や神社がなぜこの位置に建設されたのかなども注目された。こうした災害を見ると、我々の街づくり自体に問題があったのではないか、と思わざるをえない。街を広げすぎたのである。治水という対処はもちろん必要だが、街をつくるとき、我々は古代にまで視野を広げてつくることが必要になってきているのではないか。自然に対してもっと素直に街をつくるべきではないか。災害に会うたびにそう思う。

by kurarc | 2019-10-15 19:30

ドビュッシー 『沈める寺』

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青柳いづみこ著『ドビュッシーとの散歩』の中に、ドビュッシーの『沈める寺』に関する文章がある。

ドビュッシーがこの曲を作曲したのは、パリの語源となっている「イス」(Par-Is イスを超えるの意)という街の伝説を知ったことがきっかけだという。(これはあくまで伝説)ブルターニュの海辺の街「イス」は、4、5世紀頃、悪魔にそそのかされた王女が水門を開けたため、海に沈んだという伝説である。この街には巨大なカテドラルがそびえていた。海に沈んだ後も、海中から僧侶の声と鐘の音が聴こえてくるという伝説だそうだ。

この曲の原題 "La cathedrale engloutie" (正確には、この後に、"Profondement calme"がつく)を直訳すると「沈んだカテドラル」、あるいは「消滅したカテドラル」である。現在でも「沈める寺」として流通しているのは何故なのだろう?多分、お偉い方がこのように訳されたのだろう。それを現代的に変えるようとする人はいないのかもしれない。

青柳氏によれば、楽譜を見ると、様々な教会のアーチが組み込まれているのだという。このあたりも、ドビュッシーらしい。そうした独創的な手法をとりながら、一方で様々なハーモニーとスケールを組み込んでいるに違いない。7分弱のピアノ曲だが、モダンな音づかいは素人のわたしでもよく理解できる。こうした短い曲から自分でアナライズできるようになりたいと思う。

by kurarc | 2019-10-14 23:15 | music(音楽)

ヴィスコンティ 映画『白夜』 

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ヴィスコンティの映画『白夜』を観る。DVDは買っていたが、ずっと観ることを逃していた。この手のDVD は現在安く手に入るのでありがたい。

以前、ロベール・ブレッソンの映画『白夜』を観たが、こちらとどのように異なる表現になっているのか興味があった。ブレッソンは舞台をパリに選定していた。ヴィスコンティは運河のある架空の都市を舞台としていた。それもすべてセットでつくられたものであるという。その遠近感のあるセットが素晴らしい出来であり、セットにはどうみても見えない。日本のように木造建築のセットであればすぐに組み立てられるが、ヨーロッパのように石造り、レンガ造りのセットは相当時間がかかるのではないだろうか。

ヴィスコンティの『白夜』はイタリア人らしく、ブレッソンのものよりわかりやすい表現になっていた。わたしが関心したのは、主人公の背後に何気なく登場する通行人や酔っ払い、職人や浮浪者、犬などの動きである。ヴィスコンティはこうした背景まで見事につくりこんでいるのがわかる。

孤独な青年を演じたマストロヤンニは、この映画が転機となって、のちにフェリーニの『甘い生活』で一躍名声を獲得する。妄想から逃れられない少女を演じるマリア・シェルの熱演も光っていた。ニーノ・ロータの音楽も抑制の効いた素晴らしい音楽であり、映画と見事に調和していた。

ヴィスコンティの映画の中ではあまり取り上げられない映画にも思えるが、バランスのとれた名画といえるのではないだろうか。ブレッソンのものもかなり前に観ているので、記憶が定かではない。改めてもう一度観て、比較したいと思っている。



by kurarc | 2019-10-13 23:00 | cinema(映画)