市ヶ谷 記憶の中の家

最近、東京の中でお気に入りの場所は市ヶ谷である。内濠側の靖国通り周辺と外濠側の坂道の街、その両方ともに興味がある。

市ヶ谷には幼少の頃の思い出がある。以前にも書いたと思うが、母の親友が筑摩書房の社長夫人であったこともあり、わたしは何度か市ヶ谷にある社長宅へ遊びに行ったことがある。大きな玄関を入って2階に上がると大きな縁側の外に庭が広がっていた。縁側には卓球台が置いてあり、社長さんの娘さんたちが卓球をして遊んでくれた。わたしは2階に庭があるということをはじめ不思議に思ったが、この家が坂道沿いに建っていることに気がつき、納得した。この時、わたしは初めて空間のようなものに興味を持ったのである。この家の経験がのちに建築に興味を持つきっかけとなったと思っている。わたしにとって市ヶ谷の起伏ある地形、地景はわたしの原点と言えるような場所である。

市ヶ谷は東京らしい街である。堀によって見通しがきく景観があり、直線的に伸びる靖国通りは伸びやかで、通りの左右両側には坂道が続く。ここには新宿や渋谷といった俗化した街にはないオフィス街や大学街としての落ち着きがある。

今日は市ヶ谷の東京家政学院大学で旭川家具に関するレクチャーを聴講してきた。こうした都市の中で学び、生活できる大学生は羨ましいと思った。大学内では女子大生たちが楽しそうに会話していた。

残念なのは、元筑摩書房社長宅がどのあたりであったのか思い出せないことである。記憶の中には前面道路やその周辺の景観など覚えているが、50年近く前のことなので、市ヶ谷駅からどのように歩いて行ったのか全く思い出せない。今、その住宅が残っているとも思えないが、今度時間があれば、市ヶ谷の散策をしてみたいと思っている。

*筑摩書房の社長とは竹之内静雄さんである(2代目の社長である。竹之内さんは、1950年、『ロッダム号の船長』で芥川賞候補になっている。)。著書に『先師先人』(新潮社)がある。出版社の編集者として様々な文士、哲学者などに会った時のエピソードがまとめられている。太宰治の章では、太宰が心中した頃ことが述べられている。竹之内さんが筑摩書房へ入社したばかりの時、太宰は「君は、日本一ぜいたくな本屋に入った」と祝福してくれたという。また、こんなエピソードも書いている。太宰に長女園子さんが産まれた時、「産まれてきた子供を見て、ああ、かわいそうだ、と思った。かわいい、のではなく、かわいそうなのだ」と太宰は言ったという。

by kurarc | 2019-11-30 20:52 | 東京-Tokyo

音楽の未来

今年は音楽を理論的に考察するような時間を多くつくった。その中で、バークリー・メソッドという20世紀に登場した音楽を機能的に理解するマニュアルといってよいものの批判的読解を菊地成孔さんらから学んだが、我々のまわりを見渡すと、音楽は相変わらずクラシックからポピュラー音楽、ロック、ジャズ、ダンス音楽(ループ音楽)など様々な音楽が共存している。この中で、どういった音楽が生き残り、また死に絶えていくのだろう。

少し前にICUや東京外国語大学の学園祭に遊びにいったが、学生たちが最も盛り上がっているのはダンス音楽であった。特別なコード進行もないような音楽でも、ダンスと共存することで退屈することはない。また、わたしはやらないがゲーム音楽も若者たちに浸透していると思われる。先日、ラインホルト・フリートリヒ氏のトランペット・リサイタルを聴いたが、その圧倒的な音量と技術の演奏に感動し、久しぶりにクラシック音楽の良さも味わった。わたしの中でも、全く異なる音楽は共存している。

音楽は個々人によって、その必要性、重要性は異なると思われるが、太古に音楽は呪力、神事であったことから、娯楽へと変化していったように、今後、何かに劇的に変化する可能性があるかもしれない。もしかしたら、巨大な政治力を持つような危険な芸術になるのかもしれない。もちろん、そうならないことを祈るが、音楽には注意深く接しなければならない危険性があることは、バークリー・メソッドを学んでよくわかった。心地よいと思われる音楽は、そのように仕組まれたものであるということ、また、心地よいという感覚も疑わしいものであるということである。

音楽の形式の変化、意味の変化など、興味は尽きないが、音楽の未来を見据えながら音楽をつくっている人、音楽を演奏している人、そのような人に会ってみたいものである。



by kurarc | 2019-11-28 00:24 | music(音楽)

都立中央図書館 有栖川食堂

調べ物をしに都立中央図書館へ。以前にも書いたが、この図書館はわたしが大学院生の頃、論文を書いていたときから通うようになった。すでに30年近く前のことである。この図書館は都立中央図書館という肩書きにしては規模、蔵書は今ひとつだが、場所が麻布十番と広尾の中間にあり、緑が多い環境の中にあり、落ち着いて読書ができる空間となっている。

図書館の5階には食堂があって、最近リニューアルされた。リニューアル後、初めて利用した。こうした公共施設の食堂は、概しておじさん、おばさんたちが普通の定食を振舞っているが、リニューアルされてから、食堂を切り盛りしているのは30代くらいの若い方々に変わっていた。

メニューがかなり変化し、普通の定食の他に、郷土料理をテーマとした定食(今日は長崎県であった)や、世界各国の料理をテーマとした定食などが加わった。今日は南アフリカのボボディー(カレー風味のミートローフのようなもの)の定食があり、注文する。価格は1000円と、公共施設の中の食堂としては高いが、味はよかった。

多分、毎週か毎月か、郷土料理、世界料理のメニューも変化していくのだと思う。この図書館へ行く楽しみがまた増えた。

by kurarc | 2019-11-23 16:15 | gastronomy(食・食文化)

ピランデッロ 『母との対話』

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タヴィアーニ兄弟のオムニバス映画『カオス・シチリア物語』のエピローグ「母との対話」は何度観たことだろう。この映画全体も素晴らしいが、エピローグはこの映画の最後にふさわしいシナリオと映像が用意されている。今年は父の33回忌ということもあったが、死んでいった父や母のことを想うことが度々訪れた。そのせいか、タヴィアーニのこの映画のエピローグを何度も観ることになった。

ピランデッロの原作『カオス・シチリア物語』で、「母との対話」は映画とは異なった内容となっているが、映画の核心の部分は原作を引き継いでいる。わたしは映画の中で付加された前半のシーン、つまりピランデッロが久しぶりに故郷の街に着き、駅で幼なじみが待ち受けているが、ピランデッロはその幼なじみの名前を思い出せない。幼なじみはピランデッロを家まで馬車で送っていくが、それでもピランデッロは彼の名前を忘れたままだったが、彼が馬車で立ち去った瞬間に彼の名前「サロ」を思い出すシーンは秀逸で、大好きなシーンである。

このエピローグの中で、亡霊のように登場するピランデッロの母とピランデッロの対話が描かれるが、その対話の中でもっとも重要な言葉は、生きている人間は、死んでいった人間を想うことはできるが、死んでいったもの(この場合、ピランデッロの母)は、生きている人間を想うことはできない、という言葉であろう。母という存在に想われていたと感じることで、ピランデッロは頑張ることができたが、今は母のように想ってくれる人はいない、ピランデッロはそのことが悲しいと母に話すのである。ピランデッロにとって死とは死者が生者を想うことができないこと、そのことが彼にとっての死という事実であると言っているのである。死者とは想いをもてなくなってしまった人間だということである。(つまり、死者でなくとも、彼に対し想いをもたなくなってしまったのなら、その人は、彼にとって死者と同等であるという解釈も成り立つかもしれない)

そして、原作の最後の母の言葉、「ものごとを、それをもう見なくなった人たちの目でも、見るようにしてごらん・・・」という言葉、これはつまり、「死んでいったものたち(想いをもたなくなってしまったものたち)の目で見てごらん・・・」ということだと初めて気がついた。

by kurarc | 2019-11-21 22:54 | books(書物・本)

渋谷の変貌と國學院大学博物館周辺

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縄文土器などの収集品を観に國學院大学博物館へ。渋谷から麻布の方面へ歩いて、丘上に國學院大学はある。渋谷の中では非常に閑静な住宅街といってよいところで、環境は非常によい。そして、大学自体もまだ新しく、都心部のキャンパスとしては申し分ない。 

こちらの博物館ははじめて訪れたが、内部は非常に整った展示がなされており、観るに値する博物館であった。また、無料であるのもよい。現在、大嘗祭関連の展示もあり、タイムリーであった。

帰りに裏道を通りながら渋谷へと引き返したが、改めて渋谷の変貌ぶりには驚く。その一方で、金王八幡宮付近の静かな佇まいは渋谷という環境を忘れさせてくれるようなオアシスで、貴重な空間と言える。

渋谷は超高層ビルのラッシュである。その超高層ビルをつなぐ空中歩廊のような街路が張り巡らされ、渋谷の都市を21世紀の都市に造り替えている途上である。2025年頃にはひと段落するようだが、ただでさえ落ち着きのない街がさらに喧騒を上塗りすることになっている。

こうした街を人々は楽しそうに歩いているが、それはなぜなのか?日本人はこうした新しい都市が好きなのだろうか?

by kurarc | 2019-11-19 21:47 | 東京-Tokyo

ラヴェルの "ボレロ" と工場

菊地成孔さんのyou tubeを渉猟していると、ラヴェルのボレロが、実は工場音と関係しているということを話されていて驚いた。

ラベルの父親は機械技師であり、ラヴェルをよく工場へ連れて行ったというのである。その頃の記憶がこの曲に表現されているという。クラシックの曲の中で、何を演奏したいかと聞かれれば、わたしはまずこの"ボレロ"と答えるだろう。

一つの調性を保ちながら最後に転調してクライマックスを迎える。曲の中盤で、調性の異なる同じ旋律を演奏させる部分も含まれているという。実験音楽であり、ジャズのようなコンセプトにも感じるモダンな曲である。曲の長さも17分前後であり、飽きがこないのもよい。

you tubeでいくつものヴァージョンを聴く事ができるが、途中で広告が入るのには閉口する。今度、スコアを購入してこの曲を精緻に分析してみたい。

by kurarc | 2019-11-18 21:41 | music(音楽)

菊地成孔+大谷能生著 『憂鬱と官能を教えた学校(上下)』

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久しぶりにとてつもない内容の書物に出会った。わたしははじめてジャズを学んだのは20歳の頃(渡辺香津美さんのお弟子さんのT先生に学ぶ)。楽器はギターであったが、すぐに挫折した。ジャズ理論が理解できなかったのである。当時、1980年の頃、ジャズ理論を一般向けに解説してくれるような本も皆無で、渡辺貞夫の『JAZZ STUDY』という理論書がある程度であった。この書物は、数学や物理学の書物であるかのようにジャズ理論を解説なしで羅列したような書物で、素人のわたしには理解不能であった。この書物は今でも手元にあるが、もしかしたら理解可能になるかもしれない。 


それは、タイトルにあげた『憂鬱と官能を教えた学校( 上下)』(上下巻、およそ文庫で700ページ)を読解できたことによってである。この書物の主題は、アメリカのバークリー音楽院で体系化された「バークリー・メソッド」(音楽を機能主義的に考えられるように考案された体系と理解した)を批判的に読解したものであり、これが20世紀のジャズや商業音楽他に与えた影響を分析している。その一方で、クラシックや民族音楽を踏まえ、音楽全体を相対化することを副題としているような書物である。


手短にこの書物を読むと何が理解できるのかというと、それは、私たちの周りに存在している音楽の理論的背景が理解できるのである。もちろん、ジャズ理論も理解できる。また、音楽人類学的内容も含んでいるため、例えば、アフリカ音楽とブラジル音楽の違いなどについても言及されていて興味が尽きない。


読み始めた当初、この書物はジャズのみに関する書物と思っていたが、その予想は見事に打ち砕かれた。そのパースペクティブの広大さには驚かされた。クラシック音楽おも相対化してしまおうという野望にも、その鋭い切り口にも驚かされた。この内容を21世紀に入ってすぐ、2002年の段階で行なっていた菊池と大谷の音楽に対する博覧強記には脱帽せざるを得ない。彼らの書物はすべて読解したくなった。


*若い時にわからなかったことが、歳をとってわかるようになることがある、ということである。ジャズ理論を理解するのに35年以上かかってしまった。


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by kurarc | 2019-11-17 20:13 | music(音楽)

映画『芳華』

久しぶりに余韻の残る映画を観た。映画『芳華』である。中国の1970年代を中心に現代までを描いた映画。この映画を観て気がついたが、わたしがもし中国に生まれていたら、ベトナム戦争に駆り出されていたかもしれない、ということである。監督のフォン・シャオガンはわたしと同世代。彼も戦争を経験している。

これだけの映画を生み出せる中国がなぜ今、香港のような暴動が起きてしまうのだろう。残念である。

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by kurarc | 2019-11-15 22:23 | cinema(映画)

御茶ノ水 ランチョン

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東京法務局の帰り、御茶ノ水神保町の「ランチョン」へ立ち寄った。ビアホールとして110周年を迎える老舗である。こちらに入るのは初めてのこと。ランチを頼んだ。

「ランチョン」は、嵐山光三郎著『文士の料理店』で知った。御茶ノ水は度々出かける街であるが、こちらのビアホールはまったく気づかなかった。文士、吉田健一の行きつけの店であったという。毎週木曜日の午前11時30分に「ランチョン」にやってきた吉田は、ここでランチを食べ、ビールで一杯やった後、中央大学文学部へ行き、講義を行っていたのだという。飲酒の入った講義は、話に艶がでて、なめらかなものだったそうだ。

「ランチョン」とは英語で ”Luncheon"。しゃれた昼食を意味するという。昼食の堅苦しい言い方である。メニューの中に110周年を記念して110円で提供されるグラスビールがあり、グラス付き(上写真)ということだったので、昼間から一杯いただくことに。苦味の強いビールは食事によく合い美味であった。

「ランチョン」は神保町へ行った時には行きつけになりそうである。

by kurarc | 2019-11-13 18:50 | gastronomy(食・食文化)

国分寺 丘の上APT

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幼なじみと国分寺にある「丘の上APT」(上写真 HPより引用)へ。

こちらの建築は建築史家としても著名な藤森照信氏による設計である。その名の通り、国分寺の丘の上にあり、そこから二子玉川まで国分寺崖線が見渡せるという。こちらの画廊には、現在、古代アンデス染織や縄文式土器他が展示されていた。縄文式土器に興味があるという幼なじみが、是非行きたいというので付きあった。

画廊のご主人と古代の話になり、時間感覚が話題になった。日本人の原風景などと紹介される棚田のような水田風景も実は最近のことで、縄文まで遡れば、そのような風景はなかったのだ。その頃は焼畑が主流であり、水田は自然をある意味で破壊する行為であったなどと話がはずむ。

最近、すべてがインターネットの中にあるかのように錯覚してしまうが、それは大きな間違いであることに気づかされる。インターネットは何気なく検索する時点で、上位に配置される情報に左右され、自分の視野を実は狭めてしまっている。わたしの気になる建築家など、インターネット状に情報がないものばかりである。

ご主人は展示されているような古代の事物に若い人たちに触れてもらいたいと言っていた。漫画などでこうした古代を取り上げてくれれば良いのにとも。インターネットはこうした悠久の時を考えるような道具にはなりえていない。少なくともそうした意識を持たない限り、上澄みの情報に左右されるだけである。

画廊や美術館でよくするように、ただ鑑賞するだけではなく、展示されている事物を見ながら対話を楽しみ、広大、深遠な事物の時間を考えるような機会をつくるべきなのだと思った。丘の上APTは小さな画廊であるが、国立近代美術館などご立派な美術館へ行くより有意義な時間を過ごすことができた。

by kurarc | 2019-11-10 20:53 | art(藝術)