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井の頭公園の冬鳥たち


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「かいぼり」という方法で井の頭公園の池の水は透明感が格段に増した。

今年は冬鳥たちもいつになく多く飛来しているように思う。特に、「オオバン」と「キンクロハジロ」がいつになく多数飛来しているように感じる。温暖なせいか、カイツブリの雛も冬になってもみかける。

画像は、井の頭公園内で配布されているチラシである。市民、有志による開かれた観察(モニタリング)は、以前は皆無であったと思うが、ここ20年くらい盛んに行われている。自然環境の維持は、今後ますます人間の手に委ねられることになる。

個人的には井の頭公園を貫く玉川上水の自然にはまったく手が入っていないのが残念である。井の頭公園のように公園ではないことが、それを妨げているのだろう。親水できるスペースの工夫など、景観に配慮しながら上水を観察できるような場所をつくる必要があるのかもしれない。


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by kurarc | 2020-01-30 10:53 | nature(自然)

イベント参加 『相続から考える持ち家の活かし方』

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東京建築士会多摩ブロック南部支部が三鷹市と空き家に関する協定を締結して初めてとなるイベントが行われる。そのイベントに相談者として参加することになった。

空き家問題は、地方都市ではかなり深刻なようで、空き家問題はむしろ地方の活動に学ぶことが多いが、三鷹市においても空き家はもちろん存在し、その相続、利活用などに苦労されている方も多いはずである。

そうした方々にすこしでもお役に立てればと思う。三鷹市民であればどなたでも参加できるので、興味のある方々は是非、ご来場いただきたい。

by kurarc | 2020-01-28 15:46 | 建築活動記録

春田俊郎著『自然界83の謎 地球が生き残るための知恵』

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春田俊郎先生は、わたしの母校(都立調布北高校)の校長先生であり、生物学者であった方である。その春田先生は晩年に、1973年に出版された『自然界99の謎』を原本として文庫化したのが本書である。

高校時代、山岳部で活動していたわたしは、春田先生が山にも詳しい方だったことから、夏合宿の前など、校長室へ行っては、これから登る山のことを相談に行っていた。高校生では厳しいと思われる山でも、春田先生はただ「行ってらっしゃい」というだけ。わたしたちはその言葉に励まされて、山に出かけていった。

本書は自然の謎について平易な文章でまとめられているが、興味深いのは、第8章に「災害をめぐる自然の謎」という章をもうけていることである。火山、地震、豪雨、台風、洪水、高潮、異常気象、雪崩、雷、火災という項目から構成される第8章は、最近の災害を予見しているように感じられるが、実はそうではない。春田先生は、災害の歴史を遡って記述しており、災害が繰り返されていることを警告しているのである。良識ある科学者であるならば、災害とはいつの日にも起こりうるものであるというのは過去が示している、ということはわかっているはずだが、春田先生はただそのことをとりあげたにすぎない。自然の美しさのみをとりあげるような本になっていないのは、春田先生の自然観からくるものだろう。

また、あとがきに驚くべきことが書かれている。「・・・地球上の人間によく似た宇宙人は存在しない・・・」と春田先生は言っている。それは、物事には因果がからんでいて、この宇宙には地球が存在している要因はここでしかありえない、という考えを春田先生はもっていたようである。どこかに我々と同じような宇宙人が存在するのではないか、と安易に想像してしまうが、確かに、地球が生まれた要因はこの場所でしかありえなかったのではないか、わたしもそう思いたい。

春田先生と山のことだけでなく、自然について議論をしておくべきであったが、そう思うにはあまりにも遅すぎた。偉大な人は意外と身近にいるものなのだ。そんなことを今更ながら思うこの頃である。

by kurarc | 2020-01-27 23:06 | nature(自然)

ルイス・バラガンのヒラルディ邸 カナリア色

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図書館でメキシコの建築家ルイス・バラガンの建築空間を分析した書籍を読む。

彼の建築を、回遊性、スケールと素材、内向性、庭、重層性、色彩と光の6つに分類し、まとめたもの。

バラガンの建築は、様々な面で興味深い仕事が多いが、この書籍の中の「色彩と光」の章で、特に色彩にこだわったヒラルディ邸のコリドール部分(上写真、HP  VIVA! MEXICOより借用)の色彩として、「カナリア色」という色名が出てきた。日本ではあまり使われない言葉だと思うが、単に黄色というのではなく、カナリア色というと、もちろん、鳥のカナリアを思い浮かべるし、黄色の中に何か微妙な差異まで表現できる命名だと思い、感心した。

カナリア色はスペイン語で、「Amarillo  Canario」(ポルトガル語だと、Amarelo Canario、・・・na・・・の”a"にアセント・アグードがつく)と表記されていた。また、興味深いことに、色彩の要素のなかに空の色彩「Azul  Cielo」まで含めていたことである。確かに、建築本体の色彩ではないが、空の色は、建築の背景として重要である。

日本の建築家はあまり色彩を使うことをしない。色彩の使い方は難しいし、色彩を使うことを求めるクライアントも少ない。しかし、バラガンの建築をみていると、それも消極的な思い込みのように思えてならない。色彩を有効に使うことは、建築をより活き活きさせる要素になると思う。

*上の写真コリドール右にはめ込まれたガラスもカナリア色で、斑点模様が施されている。

by kurarc | 2020-01-26 14:17 | colors(色彩)

りぶうぇる練馬ディサービスセンター(05) 基礎、地中梁配筋検査

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本日、りぶうぇる練馬ディサービスセンターの基礎、及び地中梁(一部エレベーターピット・スラブ配筋)の配筋検査を行いました。

特に大きな問題なく、終了。梁下の捨てコンクリート面の清掃が完了していないので、それをやった後、型枠工事に入ります。

来週は雪との予報が出ているので心配ですが、この時期は避けて通れない問題。大雪にならないことを祈るばかりです。

下のようにマグネットを置いて、鉄筋が正確に配筋されていることを確認して、撮影します。

大梁は、梁の中央と端部で鉄筋の本数が異なる場合が多いので、注意が必要です。スラブ筋(床になる部分の鉄筋)も、規模が大きい建築になると、柱で囲まれたスラブの中で端部と中央で4〜6箇所程度配筋が異なる場合があります。

最も下の写真は、ロールマークという鉄筋を識別するためのマークで、こうしたものも撮影しておきます。

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by kurarc | 2020-01-24 15:38 | りぶうぇる練馬ディサービスセンター

写真家ウイリアム・クラクストンのドキュメンタリー映画 『JAZZ SEEN』

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ジャズ・ミュージシャンの写真で有名なウイリアム・クラクストンの『JAZZ  SEEN』(2002年)というドキュメンタリー映画をみる。

このドキュメンタリーの音楽を担当したのは、ジャズ・トランペッターのティル・ブレナーだが、こちらのサウンドトラックは随分と前に購入し、音楽を楽しんでいたが、肝心のドキュメンタリー映画の方は未見であった。

映像と音楽がこれほどかみ合っているフィルムも珍しい。クラクストン自体、ミュージシャンのようなカメラマンだったからそれは当然かもしれないが、ティル・ブレナーの力も大きいのだろう。ティル・ブレナーが作曲した『Clax's  Theme』はミュートを使ったトランペット音だが、その音は、マイルズともチェット・ベイカーの音とも異なり21世紀らしい音に仕上がっている。サウンドトラックは、このテーマ曲とその変奏の合間に、ルイ・アームストロングやダイアナ・クラール、エラ・フィッツジェラルド、デューク・エリントンらの音楽で彩られている。サウンドトラックの副題が「カメラが聴いたジャズ」とあるように、クラクストンの写真から発せられるような音楽に仕上がっている。

映画の中でクラクストンは興味深いことを話していた。モデルとなったミュージシャン(ダイアナ・クラール)にあるポーズをお願いしていたが、そのようにポーズをとることはまったく期待していなかったのだという。そのポーズをとることが恥ずかしい、といったその表情を撮影することが狙いだったというのである。本物の写真家とはやはり戦略家なのである。

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by kurarc | 2020-01-23 19:27 | cinema(映画)

ドキュメンタリー映画『スケッチズ・オブ・フランク・ゲイリー』

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カナダ生まれ、アメリカの建築家フランク・ゲイリーの自伝的なドキュメンタリー映画をみた。ロシア(父)やポーランド(母)のユダヤ系の血をひいていることもあり、かなりの苦労人であることを知った。

彼のインタビューを交えてのドキュメンタリー映画であるが、正直で率直な物言いは好感が持てた。先日紹介したフライ・オットーの建築もそうだが、ゲイリーの建築も日本人の感性からは生み出されそうもない建築と思われるが、彼は、建築家になる前、陶芸を学んでいたことを知り、その造形力はそうした彼の生い立ちが影響しているように感じられた。また、破産寸前になったり、同僚からバカにされていたりと当初から恵まれた建築家ではなかったことを知る。彼は初めの奥さんと離婚したが、その奥さんに名前を変えるように言われ、現在のフランク・ゲイリーという名になったという。そうした、隠しておいたほうがよいようなエピソードも、笑いながら話すゲイリーの懐の深さにも感心した。

映像中で、彼の要望を模型にする所員の姿が映されていたが、正直、かなり理不尽な要望で、所員も辛そうであったが、ゲイリーはむしろ収まりの悪い建築を求めているようなところがあり、驚く。こうした建築のつくり方は、日本のような雨の多い気候ではなじまないだろう。彼は、クライアントを大切にする建築家でもあるようで、よいクライアント(ゲイリーの建築に理解のあるクライアント)にはよい建築ができるという信念を持っているという。だからといって、事細かにクライアントの要望を聞き出すようなことはしないらしい。彼なりにクライアントの考えを察し、それをカタチに反映させるということである。こうした考えは、建築家が中心となって進めるべきといった普通の建築家の感性とも異なっている。

ゲイリーのような建築は私には到底できそうもないが、彼から学ぶべきところは、先入観を持たないで仕事に取り組むというところだろうか。

by kurarc | 2020-01-22 21:56 | architects(建築家たち)

グランドツアー17/ミュンヘン 1984/08/13-08/15

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グランドツアーは久しぶりの投稿になる。11ヶ月に及ぶ旅の2ヶ月分までしか紹介できていない。スキャナーが故障し、ずっと更新がおろそかになっていた。スキャナーを新しくしたので、今後はマイペースでこのカテゴリーを続けていきたい。

今回は、ミュンヘンである。ウィーンからミュンヘンに入った。

これからドイツの旅が続くことになる。ドイツの全体的な印象はとにかく都市が美しく、清潔であったことが印象に残っている。一方、ラテン諸国で旅をして感じられるような人間臭さは失われ(窓の外に洗濯物を干しているような景観はなくなる)、料理が単調になったことなど、ゲルマン民族の特徴を嫌というほど味わうことになった。地続きのヨーロッパでもこれほど異なるのかと驚くことになる。

ミュンヘンの街中の印象はあまり記憶にないが、ここではミュンヘン・オリンピック時に建設された選手村やオリンピック・スタジアムを見学に行った。その中で、後にも先にも体験できないような建築、フライ・オットーによるオリンピック・スタジアム(オリンピアシュタディオン、上下写真)は、真に圧巻と言える建築であった。最近竣工した東京の新国立競技場は、フライ・オットーの建築と比較すると、残念ながら子供と大人ほどの差があるように思う。

ダーシー・トムソンのような生物学者(数学者、博物学者でもあった)の業績や、生物学の研究から始まったオットーの建築は、日本の数寄屋建築のような感性から最も遠いところに存在する建築のように思う。わたしは彼のような建築家に憧れるものの一人である。そういった意味で、わたしは日本の建築に興味がないと言っているのだが、彼の建築は自然の研究から導き出された「自然な構造体」と言えるものなのである。オットー他の共著による『自然な構造体』の中で、オットーは、「・・・自然と闘うのではなく・・・自然に親しい技術・・・」を眼差すことを書いている。

しかし、オットーの言う技術が本当に自然に親しいものになるのか、その回答はここでは控えておきたい。もしかしたら、数寄屋建築の方が自然に親しいものと言えるかもしれないからである。ただ、わたしは、日本人の感性から最も遠い位置にいる建築家に敬意を払いたいし、彼の仕事を現在、改めて学習したいと思っている。

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by kurarc | 2020-01-20 20:27 | archives1984-1985

フェリーニ 『アマルコルド』

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初めてイタリアのリミニを訪れたのは1984年10月26日である。これ以後、一度も訪れたことはないが、この都市はフェリーニの故郷であるという。その時、そんなことは少しも知らなかったが、建築に興味のある人間は、テムピオ・マラテスティアーノという建築物を見にこの都市に行く。ルネサンス期にこの建築物の改修に携わった建築家がアルベルティだからである。

中世の構造体の周囲を囲むようにルネッサンス建築をデザインしたこの建築物は、興味深いことに、中世の開口部の位置をある意味でまったく無視するようにルネサンスの構造体で被覆するようデザインされている。それは、中世期の窓とルネサンス期のアーチのズレとして表現されているが、現在から見ると、非常にモダンな改修方法に思える。もし、中世の窓の配置に対して、過剰な気の使い方をしていたならば、ルネサンス期の意匠は中世の意匠と同化し、新たに付加したという意図が不明瞭になっていたと思う。

それはさておき、フェリーニの『アマルコルド』(”アマルコルド”は、ロマーニャ地方の方言で、「わたしは思い出す」という意)は、フェリーニの幼少体験、あるいは幼少期の記憶の断片を四季の季節の中に織り込んだような映画で、そうした断片の積み重ねとアルベルティの手法とがわたしには重なって見えてきたのである。

この映画の中には、幼少期に体験した二人の年上の女性との失恋(別れ)も描かれており、少年が大人へと成長していく人生の中の断片を切り取ったような映画である。『フェリーニのローマ』に続く映画であり、1970年代の傑作の一つといえる映画だろう。四季という時間の経過はあるが、その流れは曖昧で、様々なエピソードの積み重ねとして描かれている。それぞれのエピソード一つ一つが強烈であるために、むしろ時間感覚が後退してしまうのだろう。映画のラストになって、わたしは初めて四季が描かれていたのだと気づかされた。

この映画は物語でありながら、その物語性が希薄なのは、フェリーニとシナリオを協力しているトニーノ・グエッラの意図、構成力によるものだろう。



by kurarc | 2020-01-19 22:09 | cinema(映画)

阪神・淡路大震災25年

阪神・淡路大震災から25年が経過した。今から思えば、オウム事件からこの大震災が21世紀の始まりだったのだと思う。

わたしは25年前、この大震災の日、ある著名な建築家の事務所で仕事を手伝っていた。ちょうど、某大学の助手に就任することが決まっていて、それまでの空き時間、アルバイトをしていた。ラジオでまずこのニュースを知った。

アルバイト先から帰宅し、テレビで映される映像を眺めながら、以前、旅行で行った神戸で、たまたま入った床屋のビルが倒壊していることを知った。昨年になるが、ある建築家が被災した経験を話すのを聞いたが、その建築家の方は、ありふれた商店街が倒壊し、その後まったく無味乾燥な商店街へと変貌していったことの寂しさを語っていた。立派な建築でないもの、何気ない風景が重要であることを身にしみて感じたと言う。

阪神・淡路大震災以後、災害は連続して発生し、3.11を迎え、その後も水害など終わりの見えない状況が続いている。今後、地震だけでなく、巨大噴火も懸念されている。わたしはこの巨大噴火(破局噴火)が最も重大な災害と思っているが、それもいつ起こるのかわからない。それは日本だけでない。このブログでも以前に書いたが、リスボンは200年から250年の周期で巨大地震に見舞われている。1755年に大震災を経験したので、いつ巨大地震に見舞われても不思議ではない都市なのである。

大江健三郎は、避けることのできない災いや苦しみを「人生の親戚」と呼んだ。大災害も人にとって「人生の親戚」のようなものだろう。できるのはその大災害をなるべく小さなものにする工夫と知恵をはたらかせることしかない。



by kurarc | 2020-01-17 17:44