ブラジルの水彩画

カフェで本を読んでいると、アリ・バホーゾの名曲「ブラジルの水彩画」が流れてきた。歌は、ジョアン・ジルベルト、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルで、日本で『海の奇跡』という題名で発売されているジョアンのCDの1曲目に収録されたものである。

この曲を聴くと、なにか肩の力が抜けるような心地よい感覚を味わう。特に、上の三人で歌うバージョンがよい。ボサノヴァ・シンガーの山本のりこさんがblog内にこの曲について書いた箇所があり、参考になる。歌詞も訳してくれている。この歌の歌詞はブラジルのご当地ソング的内容なので、当初はかなり評判の悪いものであったらしい。そうした歌をジョアンがまったく別物に変えてしまったのである。

何と言っても曲がすばらしい。ブラジルを「月が遊びにやって来る」と歌うあたりは、ブラジルらしい。ディズニー映画『ラテン・アメリカの旅』(原題、友だちによろしく、下画像)の中にもこの曲が使用されているという。

CD『海の奇跡』も全体がジョアンのプロデュースでつくられた傑作である。ブラジルは現在、新型コロナウイルスで大変なことになっているというが、このCDを聴いていると、心配するな、とどこからか聴こえて来るような気がする。

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by kurarc | 2020-05-30 23:22 | Brazil(ブラジル)

映画『ビブリア古書堂の事件手帖』

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原作や漫画ではかなりヒットしたものらしいが、残念ながら映画の出来は今ひとつだった。映画では、太宰の『晩年』と夏目漱石の『それから』を主題にしている。古本とミステリーを重ね合わせたテーマは興味深いが、なにか歯車が噛み合っていないような感覚である。

まずはロケ地である。中心は鎌倉であるが、鎌倉で収まらずに様々な場所をコラージュして制作されている。こういう場合、できれば一都市のなかで完結させたいところだろうが、舞台が鎌倉だけでは足りなかったのだろう。鎌倉の風景を知っているものには、やはり違和感がぬぐえない。

過去と現在を交錯させた描き方も少し稚拙で、舞台の古書店はセットであると思われるが、古書店や看板のデザインなどにリアリティ、説得力がない。ヨーロッパあたりであれば、実際の古書店が舞台として使えるのだろうが、日本では舞台として使用できるような優雅な古書店は限られている。

いろいろ不満は残ったが、かといって観ることのできない映画というわけではない。主人公の黒木華さんの演技がよいこと、野村周平さんの演技の素直さもよい。

昭和の文芸ものの情景を描くような映画はもはや撮影舞台が難しいだろう。日本から昭和が急速に消滅しつつあるからである。昭和の人間としては悲しいが、最近、昭和が懐かしいというより恋しい想いが強い。いろいろ問題の多い時代ではあったが、まだ舗装道路もあまりなく、雨が降ると、砂利道に水たまりができる。そのような道が最近よく思い出される。

この映画では、最後にサザンオールスターズの『北鎌倉の思い出』という曲が流れるが、原由子のボーカルが新鮮でよかった。

by kurarc | 2020-05-29 22:01 | cinema(映画)

ジャン・ヌーベル  フィルハモニー・ド・パリ

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来年のオリンピック開催はかなり現実的ではなくなってきているような気がしてきた。新国立競技場も竣工したのはよいが、衝動的に見に行きたくなるような建築では残念ながらない。それに比較して、海外には理屈なしに見に行きたくなる建築が数多くある。わたしは、まずはノーマン・フォスター設計のベルリン、ライヒスターク(国会議事堂)、それに、パリに2015年に竣工したフィルハモニー・ド・パリの建築である。(パースはジャン・ヌーベルHPより引用)設計はジャン・ヌーベル。彼の建築はリスボンに滞在中、パリに行った時に見学したが、それ以来、見ていない。

BRUTAUSでクラシック音楽の特集があり、その中で、この建築を紹介していた。N響のコンサートマスターである篠崎史紀氏はこのホールで演奏したらしいが、かなり音響がよいとのこと。建築のかたちは奇抜だが、どうもそれだけではないようだ。ヌーベルの建築は直線的な建築が多いが、これはかなり冒険したと思われる形態である。そのコンセプトがどこから導き出されたのか興味深いが、この建築について詳しく資料にあたっていないこともあり、図書館が開館したら調べにいきたいと思っている。

*ライヒスタークについては、CASABELA最新号906に赤坂喜顕氏の論考がある。ライヒスタークのガラスのドームとブルネッレスキのサンタ・マリア・デル・フイオーレのクーポラ(ドーム)が比較され論じられている。

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by kurarc | 2020-05-28 20:38 | architects(建築家たち)

『重力とは何か』(大栗博司著)を読む

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ブラックホールの画像が話題となったのはいつだったか。新型コロナウイルスの報道で、そうした最も興味を持つべき情報がかき消されてしまっている。現在、最も刺激に満ちた分野といえば、わたしの中では物理学である。

表題の『重力とは何か』は、その名の通り、重力の研究史であり、ニュートンからはじまる重力という発見からアインシュタイン、超弦理論までのパースペクティブである。新書でおよそ300ページほどの本書を要約することはわたしには不可能であるが、大栗氏は、物理学初学者にもアクチュアルな物理学の最前線の事象を平易に解説してくれている。

重力は通常、物理学を知らないものにとっては、ニュートンの世界で終わっている。少し興味のあるものは、アインシュタインの相対論までは知っているかもしれない。問題は、その後である。ホーキングが宇宙には特異点が存在することからアインシュタインの理論が完全ではないことを証明したこと、そして、相対論に対して量子力学というミクロの世界との統一理論は可能か?最後に、重力は消えてしまうのだが、そのあたりから、現代物理学は素人では感覚的につかみきれない世界に入っていくようだ。

本書で興味深かったのは、宇宙の根源を説明する究極の基本法則は必ずある、と言い切っていること、また、マルチバース(多重宇宙)についてであった。マルチバースが事実として発見されれば、ユニバースという言葉が辞書からなくなるかもしれない。そして、宇宙が一つではないならば、それによって、神の存在は否定されるだろう。

物理学は現在、中途半端なSF小説を読むより刺激に満ちていることだけは確かである。今後は超弦理論についていけるように大栗氏の著作をフォローすることにしたい。

by kurarc | 2020-05-26 20:37 | books(書物・本)

りぶうぇる練馬ティサービスセンター(17) 外壁材・耐火被覆材施工

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りぶうぇる練馬ティサービスセンターの外壁材(ALC版)設置と内部の耐火被覆がはじまった。

ALC版は厚50mmで、この上からリシンという吹き付け材を塗装し仕上げていく。梁の耐火被覆は、今回、巻きつけるタイプ(写真、下)を選択している。柱の耐火被覆はボードにて行う。

外壁材が施工されると、内部の部屋の大きさが明確に把握できるようになる。光の入り方も、おおよそつかむことができるようになる。

来週からは、内部の軽鉄(壁材の下地材)の施工に移行していく。並行して、外部周りの防水工事も進んでいく。


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by kurarc | 2020-05-24 00:05 | りぶうぇる練馬ディサービスセンター

鳴り砂考

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晴れた日に砂浜を歩くと、クッ、クッ、と音のする砂浜がある。三陸海岸には九九鳴浜や九と九を加えて十八(ぐぐ)鳴浜があるという。このような砂を「鳴り砂」と呼ぶが、こうした浜は、北陸や山陰地方では琴ケ浜、琴引浜などの名前をつけられていることが多い。

『粉の秘密・砂の謎』(三輪茂雄著)には、こうした粉や砂、いわゆる粉体と物理学で呼ばれるエピソードを集めた物理学書であり文化人類学、民俗学書のような書物である。

三輪氏は、「九九」という音から、九十九里浜もこの鳴り砂だったのでは、という推測をたて、調査に行ったのだという。しかし、砂は鳴らなかったが、その砂を研究室に持ち帰り、調べてみると、黒い砂が大量に含まれ、土砂による汚れもひどく、鳴り砂の条件から外れていることがわかった。

しかし、よくよく調べると、砂の主成分であった石英粒は鳴り砂の特性をもっていることがわかった。採取してきた砂を洗浄したところ、見事に鳴いた、という。これは、江戸初期に行われた利根川改修により、もともと東京湾に流れていた川砂がこちらに流れ込んでいたことが原因であったのである。

上のようなエピソードをはじめ、砂や粉にまつわる興味深い話が本書には数多く含まれている。実は、我々のまわりは少し考えてみればわかるが、粉や砂だらけなのだ。抹茶、コーヒーの粉、小麦粉や砂糖などを想像すればすぐわかることである。抹茶も江戸後期に臼でひかれた抹茶が製品として出回る前は、てん茶という茶葉を石臼で飲む前にひいていたのだという。つまり、日本人は「インスタント抹茶」を江戸時代から飲むようになっていたと言えると三輪氏は述べている。

砂丘がつくる模様(バルハン)に興味をもったことから、粉体力学(粉体工学)という学問があることを知ったが、特に砂は文学の題材にもなり、建築資材にかかせない物質でもある。一粒の砂の中に宇宙を感じることができる、そこが粉体という物質、物理対象の興味深いところかもしれない。

by kurarc | 2020-05-20 19:29 | nature(自然)

落し物

3日ほど前にSuicaを落とし、もう出てこないだろうと、使わずに用意しておいた東京駅100年記念のSuicaを使用していたが、今朝方、武蔵野警察署から電話があり、Suicaの落し物が届いているという連絡が入った。

こういう場合、日本人の親切心とかで通常は説明されるが、Suica程度のものでもちゃんと届け出てくれる日本人の律儀さはいったい何なのか?わたしは単なる日本人の親切心とかいうことから説明できる問題ではないのでは、と思い始めた。

わたしが感じるのは、日本人の「もの」に対する感覚が例えば欧米人とまったく異なるのではないか、という仮説をたててみたくなるのである。もしかしたら、欧米人はたとえば、Suica程度の「もの」は「もの」としてしか見ないのではないか。だから、落し物は落とされた時点で誰のものでもなくなる。よって、わざわざ届け出るようなことは避ける。

日本人は「もの」の中に、同時に「人」をみる。「もの」にはその所有者の大げさに言えば「魂」のようなものが感じられ、それを所有しようとは思わないのではないか。「もの」に対する畏怖とでも言おうか?だから、親切心というより、そのものに対する恐怖心のようなものから、それをむしろ手放したい衝動があるのではないか?その行動が、警察に届け出るという行為につながるのではないか?そんなことを思ってみたりするが、定かではない。

それにしても、Suicaのような些細なものを届け出てくれた方に感謝するしかない。

by kurarc | 2020-05-19 18:19

古語辞典

手元に古語辞典がないことに気づき、購入することにした。(もちろん、古本でである。辞典は古本でもきれいなものが手に入り安い。)

驚いたことに、今時の古語辞典は、至れり尽くせりで、古典にあらわれる動植物や色、衣服の襲(かさね)の色目、服装、武具、鎧の縅(をどし)、輿車(よしゃ)、建築、調度、楽器、干支・方位、月齢等々が図解で掲載されていた。本文にはコラム記事も数多く、文法の解説も丁寧である。

英和辞典の進化、深化もめざましいが、古語辞典の方もこれだけ使いやすいものに変化していることに驚く。ことばとその意味だけを掲載するという従来の辞典を学生時代使っていた世代にとっては、あらゆる分野において、これほど学習しやすい環境が整ってきた時代はかつてないのではないか、ということに気づかされる。

たとえば、コラム記事の最初に、「愛敬(あいきょう、古典ではあいぎょう)」ということばが解説されていた。源氏物語では、光源氏を「愛敬のこぼれ出づるぞ」と形容しているという。これは、現代の「愛想のよい」という意味ではなく、「優美な魅力」を表すことばとして使用しているとのことである。

古語辞典は、収録語数も2万から4万程度で、非常にひきやすい語数であることにも改めて気づかされた。高校まであれほど古典を学習してきたにもかかわらず、それ以来、古文を読むような時間をまったく設けていなかった。それは、過去のことばに対する感性の欠落だろう。映画『ちはやふる』でそうしたことを気づかせてもらったのは幸運であった。今後は、古典の学習にも感性をひらいていくことを忘れないようにしたいと思っている。

by kurarc | 2020-05-17 09:52 | books(書物・本)

映画『ちはやふる』

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2年ほど前、かなり話題になった日本映画『ちはやふる』の上の句、下の句、結びと3本を鑑賞。原作は漫画で、かなり緻密に描かれているようだが、それとはまた違った魅力を映画で表現できたのではないか、と思わされた。

競技かるたをテーマとしてこれほど魅力的な映像とストーリーを組み立てられるのかという驚きとともに、日本映画は、こうした学校(学園)を舞台としたものに優れた映画が多いように思う。

百人一首のかるた遊びは小学生の頃、正月になると友達らと集まって楽しんだものだが、それ以降、まったくやらなくなった。日本的な遊び(スポーツ?)と言える競技かるたと現代の高校生の一瞬の輝きとしての時間をうまく表現したこの映画を観ていると、日本の言葉の豊かさに改めて気づかされたし、古典をもう一度学び直したい衝動にかられた。そして、この映画は、競技かるたについてだけでなく、高校生たちの友情、絆を同時に表現しているところが優れている。

映画の中で、「ちはやふる(ちはやぶる)」の意味を説明する場面がある。「ちはやふる」とは、たとえれば、静止しているように回転しているコマであるというのだ。スタティックな激しさを表現する言葉なのだという。今まで、この言葉にこんな意味があることなど考えたことはなかった。

この映画は、完璧な娯楽映画なのだが、それだけではない。映画の構成の仕方も見事で、3本それぞれの仕掛けも異なり、まったくあきることはなかった。学園もの映画の傑作と言えるだろう。

by kurarc | 2020-05-15 21:00 | cinema(映画)

りぶうぇる練馬ディサービスセンター(16) アルミサッシ取り付け開始

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りぶうぇる練馬ディサービスセンターは、いよいよアルミサッシの取り付けが始まった。1階から順にサッシの取り付け高さを確認しながら、溶接して設置していく。今週中にはすべてのサッシの取り付けが完了する予定で、来週より、外壁のALC版の施工にはいる。

写真下は最上階の北側斜線によって斜めに削られた外壁面(屋根面)の部分である。日本では、用途地域によって、こうした斜線制限があり、外壁の一部が削られ、北側に隣接する住宅等の日照(裏の住宅にとって南面になる)に配慮しなければならない。

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by kurarc | 2020-05-14 17:10 | りぶうぇる練馬ディサービスセンター