地元のK大学病院

体調を崩し、久しぶりに地元のK大学病院にお世話になる。地元の耳鼻科では拉致があかないと判断したためである。平成7年以来の受診になる、と受付の方が教えてくれた。

わたしはこの病院で、副鼻腔炎の手術を高校卒業と同時に行った。この時の手術ほど過酷なものはそれ以来体験していない。週1回ずつ、3回の手術を行っていく。その都度、顔が腫れ、腫れが治る暇もなく、次の手術が行われる。(現在は内視鏡による手術であるため、このようなことは起こり得ない)退院した時、ギターを弾こうとしたが、指に力が入らず、弾けなかったのを今でも覚えている。手術によって、身体の力を使い果たしてしまったかのようだった。わたしの浪人生活開始は5月に食い込んでしまうことになる。

その頃に比べると、K大学病院の変化は著しい。以前は、いわゆる大学病院という感じの殺風景な印象であったが、現在は、レストラン、カフェ(スタバとは別)、スタバ、コンビニなど都心の病院に完備されているものはすべて整備されている。大学病院という冷たさもまったく感じられず、地域に根ざした病院に変身していた。

患者に対する態度も好印象で、看護師方々もあたたかみを感じた。生活のインフラとして、こうした病院が近所にあることは心強い。ただ、あまりお世話にならないよう、健康を維持しなければならないが。

[PR]
# by kurarc | 2018-06-18 18:12 | 三鷹-Mitaka

井の頭公園でトランペットを吹く恋人たち

午後、井の頭公園を散歩する。西園を通り過ぎようとすると、トランペットの音が耳に響いてきた。西園グランドの中央で恋人たちが一台のトランペットをどうも交互に吹いているようだった。わたしが聴いたいのは女性が吹いている音であった。

井の頭公園ではトランペットなど大音量の楽器を吹くことは禁じられている。そうした規則を知らない若者たちであったようだが、特に夕方、まだ陽は落ちていないし、迷惑を感じるような音量でもない。

歩きながらその音を聴いていると、倉木麻衣の「Secret of my heart 」を吹き始めるではないか。倉木麻衣の世代とは思えなかったが、偶然に出かけた公園で、わたしの好きな曲に、それもトランペットの演奏で出会うとは、一体どういう風の吹きまわしなのだろう?

いつも思うが、こうした偶然のような必然のような出会いがあると、人の運命とは初めからプログラムされているのではないか、と思えて仕方がない。歩いていながら出会うすべての他者も、偶然ではないのではないか・・・それは、考えすぎだろうか?

[PR]
# by kurarc | 2018-06-17 19:41 | trumpet

FIFAワールドカップ ポルトガル×スペイン

ワールドカップが始まった。サッカーに詳しいわけではないが、まず注目していたのはポルトガル×スペイン戦である。隣国の対戦はいわば代理戦争であり、お互い負けられないという心情は強いに違いない。

ダイジェストでこの対戦を見たが、激しい試合であった。結果は引き分け。ロナウドが輝いていた。終了間際のフリーキックは魂を感じた。

初めてポルトガルに行った1984年12月、リスボンを歩いていると石畳の道でサッカーボールを蹴っている少年に出会った。冬の暗い道の中、ボールを蹴っていた少年は、国木田独歩の言う「忘れえぬ人々」で、強く記憶に残っている。

日本以外で応援したいのはやはりポルトガルだろう。初めてポルトガルに行った頃、産声をあげた選手が今、ポルトガル代表として活躍していることになる。その頃のポルトガルは東欧諸国のような暗さがあったが、今や建築の世界では欧州で重要な位置を占めるまでに成長した。わたしはすでにポルトガル世界から遠ざかったが、英語など語学の達者なポルトガル人は今後、グテーレス国連事務総長のように様々な世界でリーダーを演じていくことになると思う。

[PR]
# by kurarc | 2018-06-16 17:50 | Portugal

波へ 音と光

久しぶりに風邪をひいてしまった。やっと落ち着いてきたが、この間、頭の中にあったのは「波」についてである。

協力させていただくことになった音響設計事務所の所長さんからお借りした『騒音・振動環境入門』(中野有朋著)のまえがきに、「・・・人間は、まさに波間に漂う小舟のようなものである・・・」という文がある。これは、比喩でもなんでもない。この場合、「波」とは音(騒音)であり、振動であり、電波、電磁波、また、光という波etcなど様々な「波」の中に知らずのうちに囲まれている、ということである。

今年のわたしのテーマはこれらの「波」を数学的、物理的に理解すること(フーリエ解析など)、さらに、環境の中の波について理解すること、それらをどのように建築に昇華していくかについて考えること、特に、光についてはカメラを通じて考えてみること等々とすることにした。

我々は誰もがサーファーである、ということかもしれない。我々は様々な波をどのように乗りこなしていくのかについて無意識に学んでいる。それらをもっと科学的に捉え直すことが今年の目標である。音にしても、今までは感覚的につかんでいただけであった。楽譜を正確に読めばよいということでもないし、音楽理論をマスターするということでもない。音響設計に関わることは、音を物理的に解析できるような視点を持つことが要求されることになる。

「波」という言葉はなんと魅力的な言葉であろうか、「波」という言葉からどれだけの世界が広がっていくだろう・・・

[PR]
# by kurarc | 2018-06-10 11:38 | nature

ホルスト

属している吹奏楽団でホルスト作曲(編曲 三浦秀秋(1982ー))の『吹奏楽のための第一&第二組曲 NSBスペシャル』という曲を練習し始めた。

ホルストの『吹奏楽のための第一組曲』、『吹奏楽のための第二組曲』を大胆にアレンジしたものだが、これがなかなか楽しい。かなりポップな感じであり、坂本龍一のイエローマジックオーケストラの中で奏でられる曲のような感じなのである。

ホルストの原曲、特に『吹奏楽のための第一組曲』は名曲である。わたしもこの原曲を練習し始めて初めて聴いたが、ホルストの曲は親しみやすい。ホルストはトロンボーン奏者でもあったというから、吹奏楽にはかなりの思い入れがあったものと思われる。日本でもポップスの歌に取り入れられたり、作曲家としての知名度は高いと思われるが、アマゾンで検索しても、彼単独の書籍(自伝、または伝記のような書籍)は見つからなかった。

以外にも日本において彼の研究者は少ないのかもしれない。惑星を主題にした曲で有名だが、彼が占星術に興味を持っていたこととも関連しているという。このあたりも気になる。夏までにホルストの曲を手当たり次第聴いてみようと思っている。

[PR]
# by kurarc | 2018-06-04 22:26 | music

iMacの修復

机の上のiMacの配置換えを行おうとして、iMacを移動しようとした時に、裏のスイッチを押してしまい、電源を切ってしまった。その後、iMacが立ち上がらなくなってしまった。サポートを利用することおよそ1週間。なんとか回復できた。

外付けハードディスクすらつけていなかったのは、わたしのミスであった。iMacの調子の良いのを過信しすぎていたのである。さすがに8年も使うと新しいOSでは立ち上がりまでかなり時間がかかる。もうそろそろハードの替え時なのかもしれない。

正直、PCに対する経費はバカにならない。1台交換するだけで、ソフトを含めるとすぐに40、50万円という経費がかかるが、これは、個人の支払う経費のレベルをはるかに超えている。一桁違うと思うのだが、普通のユーザーはこうした経費を支払うことをためらわない。携帯電話もいつのまにか7万、8万円が当たり前になった。これも、1、2万円前後が妥当な値段だと思うが、そういう風には考えない人が大半のようだ。

40万、50万円あればヨーロッパ旅行もできるし、2ヶ月くらいは過ごすことができるだろう。この金額をPCに回さなければならないのが21世紀である。

[PR]
# by kurarc | 2018-06-02 12:12

絵本『動物たちは、建築家!』

b0074416_21574416.jpg
この絵本は、地元図書館で偶然目に入った。絵本『動物たちは、建築家!』の文を担当したのはダニエル・ナサル氏でチリ生まれ、バルセロナで活躍する建築家、絵はフリオ・アントニオ・ブラスコ氏でスペイン、バルセロナ生まれのイラストレータである。

14の動物たちの巣のつくりかた、材料やなぜそのようなカタチになったのかを活き活きとした絵と文で説明してくれている。

河川にダムを造ってしまうビーバーの巣の断面が描かれているが、二つの出入り口の勾配を変化させているのがわかる。一つの出入り口は枝を運びやすくなだらかな勾配に、もう一つは水の中にすばやく潜れるよう急勾配につくられる。

ミツロウでつくられたミツバチの巣は、正六角形の小部屋が並ぶ。これは最小のミツロウで最大の空間を確保するためだという。さらに、花の咲かない冬に備えて花粉や蜜を蓄える貯蔵庫としての巣なのである。

チンパンジーは毎日移動する生活を営むため、毎日樹上に枝や葉でベッドをつくるのだという。1頭のチンパンジーは生涯に19000ものベッドをつくると言われている。

この絵本をみていると、人間以外の動物たちは、人間よりも優れた建築家であることがよくわかる。動物たちはわたしの先生であった。文を書いたナサル氏もきっとそのことに気がついたのだろう。


[PR]
# by kurarc | 2018-05-25 21:56 | books

細川博昭著『鳥を識る なぜ鳥は人間と似ているのか』

b0074416_21232648.jpg
都立多摩図書館でこの書物を見かけ、早速地元の図書館からとり寄せた。

まずはこの書物のタイトルに惹かれた。鳥と人間が似ている?普通だれもそのようなことは考えもしない。鳥には翼があるが人間にはないのだから。しかし、そうした相違があるにしても、この書物では、まず最初に人間の特性としてよく話題にのぼるいくつかの事柄、たとえば、道具を使う、二足歩行、文法に基づいた言語をもつ、頭脳をもつ、豊かな感情をもつ・・・といった要素すべてを鳥ももっていることを指摘する。

鳥に対する研究が近年格段に進化したのは、世界各地で発掘される恐竜の化石によることも大きいという。最近の発掘で恐竜には羽毛の痕跡がみつかり、恐竜と鳥との関連が明らかになってきたというのである。つまり、恐竜を識るには鳥を識ることが必要になってきたのだという。

こうした発見は図鑑にも現れていて、2010年代に発刊された恐竜には羽毛が描かれることが常識となっているという。現在、鳥の研究は、こうした恐竜の新たな発見との関連で大きく深化し、今、新たな鳥への認識が求められている、といえる。最近、野鳥の観察をはじめるようになったが、それは単に鳥の声やその色彩の美しさ、愛らしさからであったが、どうも鳥への関心は、動物学の中でかなり重要な位置を占めていることが理解できた。

この書物をまだすべて読んだわけではいないが、目から鱗がおちる、とはまさにこの書物の内容のようなことである。地球外生物への関心も悪くはないが、身近に暮らす鳥たちに目を向けることの大切さを改めて教えてもらった。今に、鳥たちとコミュニケーションが可能となることも夢ではない、と思わせる内容の書物である。

[PR]
# by kurarc | 2018-05-20 21:22 | books

日常の中のデザイン21 手ぬぐい

b0074416_23533415.jpg
手ぬぐいはあまり使用することはない。圧倒的にタオルを使う。しかし、建築現場でヘルメットを被るとき、夏場には手ぬぐいを一枚、ヘルメット内に入れて、汗取りとして使用する。剣道をする人はよく知っていると思うが、面を被るときに頭に巻くあの手ぬぐいのように。

手ぬぐいを1枚しかもっていなかったこともあり、「nugoo」という東京駅前KITTE内の店(上写真、nugooのHPより引用)でフレンチブルーの市松模様のものを1枚購入することにした。「市松模様」の「市松」とは人名で、昔は「石畳」と言ったようだが、歌舞伎役者の佐野川市松が舞台衣装の袴などにこの模様を用いてから市松模様と呼ばれるようになったのだという。

店員の方に、手ぬぐいのについての素朴な疑問をぶつけてみた。手ぬぐいの端部はなぜ切りっぱなしなのか?タオルは端部の処理が四隅になされているが、手ぬぐいは長手のみである。

この質問に対して、店員の方いわく、「よく乾くようにこうしている」ということと、もう一つ、「手ですぐに裂けるように昔からこうなっています」とのこと。非常に合理的な理由で、納得した。反物をただ切断しただけだから、だとも思うが、そのあたりは定かではない。

[PR]
# by kurarc | 2018-05-18 23:51 | design

ナディア・ブーランジェとミシェル・ルグラン

b0074416_21354331.jpg
『ミシェル・ルグラン自伝』第4章に「マドモワゼル・ブーランジェー音楽の母」という章がある。わたしの興味ある音楽家、ピアソラ(タンゴ)やジスモンチ(ブラジルのギタリスト兼ピアニスト)、ルグランetc.はすべて彼女の門下生であった。その彼女がどのような人間なのか気になっていた。以前、ブーランジェに関する本を借りたが、読む暇はなかった。

ルグランの赤裸々な彼女との交流の記述から、彼女の人となりがよく理解できた。やはり、彼女は厳格な教師であったようだ。授業に遅刻することを許さず、あるとき、ルグランに毎日手紙を出すように告げた、という。その手紙の中には「・・・16小節の作曲とひらめいたばかりの楽想を一つ。そこに哲学的概念を一つ加えること。この義務を一回でも怠ったら、あなたとは絶交です!」と言われたという。

ブーランジェは生涯、結婚することもなく、子供をもつことなど考えたこともなく、恋すら興味の対象外、勉強を邪魔するような一切のものを排除したという。彼女にとって恋は病気であった、とルグランは書いている。

しかし、ルグランはそのような彼女の教育に5年間付き合い、音楽の基礎をたたき込まれる。そして、感動的な話が書かれていた。ブーランジェにバレー音楽『リリオム』を作曲するように依頼を受けたが、プロの世界での契約や若気の至りで断ったルグランであったが、その依頼をうけてから60年後、バレー音楽『リリオム』の作曲に取りかかることになる。2010年のことである。すでに彼女は他界、しかし、彼女の望みを60年ぶりに果たしたのである。

そして、2016年に日本でもそのバレエが来日したらしい。これは観て、聴くべきであった。DVDはないだろうか・・・
b0074416_21360285.png

[PR]
# by kurarc | 2018-05-17 21:34 | music

Archiscape


by S.K.
画像一覧