ロラン・バルト再入門

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最近、わたしはロラン・バルトに再び注目している。彼は一時忘れられた批評家、思想家であったが、近年、新訳などが相次いで出版されるようになったことや、石川美子氏によるロラン・バルトの入門書ともいうべき、『ロラン・バルト 言語を愛し恐れつづけた批評家』によって、バルトの思考の全容が理解しやすくなったことが大きい。

石川氏の著書によれば、バルトはかなりの苦労人であることがわかった。父親を1歳にもみたないとき第一次大戦でなくしたため、父の記憶もなく、20代の大半を結核の治療に費やしている。居所も次から次へと転居し、やっとパリに落ち着くのは40歳を超える頃であった。

日本におけるバルトの後継者とも言える多木浩二先生の講義を大学時代に受けたものの、『零度のエクリチュール』の難解さもあり、バルトの全貌を理解するまでには及んでいない。多木先生の著作の理解のためにもバルトの批評への理解は不可欠であることもあり、再び学習し始めたのである。

特に最近読み始めた『明るい部屋』という著作の新鮮さは、バルトをまた新たな眼差しで捉えるきっかけとなった。この著作は、彼の写真に対する思考の軌跡が素直に綴られていて、非常に読み安い。この著作によって、『零度のエクリチュール』のような難解な作者という印象を払拭できたのである。

彼の終の住処は、パリ、セルヴァンドニ通り(上写真)というサン=シュルピス教会とリュクサンブール公園を結ぶ小径に面したアパルトマンであったという。その6階と屋根裏部屋が彼の住居となり、屋根裏部屋が彼の書斎であった。(後に、母親の身体が弱ってきたときには、同じアパルトマンの3階に移った)このささやかな小径をグーグルアースでみると、パリの中でもバルトらしい静寂な空間を住まいとして選んだということがよく理解できる。

常に権威づけられたものを嫌い、「自然」なものとして押しつけられることを嫌った彼の「零度」の概念、思考をもう一度学びなおしたいと思っている。

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# by kurarc | 2018-12-12 17:32 | books

同じ顔、違う言葉の人たちへ

明治以降、近代化の流れの中で、われわれは特に欧米圏の語学(特に英語、戦前、旧制高校では英語の他、ドイツ語、フランス語など)を必修としてきたが、そろそろこうした教育方針が不自然に思えてならない。

こういうわたしもアジアに興味がないわけではなかったが、むしろ視線はヨーロッパの辺境、イベリア半島に向いていた。それは悪いことではなかったが、少し視野の広さに欠けていた。その視線の途中には、アジアがあるのだが、そして、そのいくつかの国にも旅に出かけたが、その土地に住もうなどとは思わなかった。それはわたしの奢りでもあったと思う。アジアを旅しながら、日本より遅れている、いわゆる後進地域という認識であったことは否めない。

台湾や中国映画などアジアの映画をみながら、わたしの考えが少しずつ変わってきた。わたしと同じような顔の人々がなにか愛おしくなってきた。同じ顔で違う言葉を話す人々(特に中国、台湾、韓国の人々)がどのように育ち、何を考えているのかが気になってきた。アジアの一部の富裕層はわたしなどよりも徹底的に欧米教育を受けているものもいるのだろうが、日本人のように欧米にかぶれているような人は日本より少ないのではないか?

ジェイ・チョウのようなポップス系のミュージシャンがピアノを弾きながら、一方で伝統的な楽器も弾きこなしていることをYou tubeでみると、その懐の広さに驚かされる。アジアが少しずつわたしに近づいてきている。この懐かしさのような愛おしさをもちながら、一方で冷静にアジアを学習していきたいものである。

*下写真:映画『台北カフェ・ストーリー』の中で、リン・チェンシーが自転車で台北の街を走るシーン。この映画で最も気に入っているシーンである。この自転車のシーンと雷光夏(サマー・レイ)の主題歌が見事に調和している。こうしたシーンをみていると、何かアジア人としての血のようなものがふつふつと湧き上がってくるのである。この映画ではグイ・ルンメイより、リン・チェンシーのだらしない、かったるい演技が光っている。

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# by kurarc | 2018-12-06 01:26

京都・奈良の旅 メモ

京都・奈良の旅(2018/11/24〜25) メモ

・竜安寺石庭 石の数はいくつなのか? 14or15? 15はあくまで通説に過ぎない。
・石庭を遠近法で説明できるとは感じられない。
・仁和寺 御殿の現代性 通路でつながれた宸殿、黒書院などの遠近感 歩行と建築 
 こうした空間を一つのガラスで囲ってみるとどうなるのか?
 コルビュジェの言う建築的プロムナードはすでに寝殿造りで実現していたのか?
・薬師寺 色彩を含めた復元に対する違和感はなぜか?
・唐招提寺金堂 バランス観、安定感の良さは何に由来するのか?
・東大寺南大門 軽さ、構造的明解さを重源はなぜ実現できたのか?
・東大寺大仏殿 重源の大仏殿の現代性
・吉田五十八 大和文華館 なまこ壁のスクリーン なまこ壁の捉え直し(下写真)
・MIHO MUSEUM I.M.ペイの美術館

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# by kurarc | 2018-12-03 00:35 | fragment

薫啓章(トン・カイチョン)著 『地図集』

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台湾や中国関連の映画を観ていて、出会った書物である。その書物のタイトルにまず興味をもったことと、香港人によるボルヘス、カルヴィーノ風小説だ、という点にも興味をもった。わたしとほぼ同世代の作家である。驚いたことに、香港文学がその原文から翻訳されたものは、この書物が初めてということである。

読み始めたばかりであるので、詳しくは語れないが、論文を読んでいるような感覚でありながら、それらはすべてデタラメ、そしてれっきとした小説である。この書物には『地図集』以外の小説も含むが、『地図集』は理論篇、都市篇、街路篇、記号篇という4つのパートからなる。1997年のイギリスから中国への香港返還がこの小説を書く動機となったということだが、そのタイトルからわれわれのような建築や都市を考えているものにとって刺激となる。カルヴィーノの『見えない都市』が様々な都市を記述しながら、それらの都市が実は一つの都市ベネチアを舞台としているように、この小説も香港という唯一の都市の記憶とそこから発生する幻想を小説に現したようである。

たとえば、地図篇の「取替地|displace」では、地図の本質(地図という虚構)が語られる。最近、日本でも北方領土問題がメディアで取り上げられるが、そもそも北方領土とは「日本固有」の領土(土地)であるのか?

薫啓章(トン・カイチョン)は上の章でこんなことを語っている。
「・・・地図上すべての場所は取替地であり、どんな場所もかつてはそれ自身でなかったし、永遠に別の場所に取り替えられるのである。・・・実のところ地図では、我々は永遠に行きたい場所にはたどり着けず、同時に我々はすでに避けようもなく、その場所の取替地へたどりついてしまっている・・・」

地図(場所)、都市、街路、記号・・・などを問題としていることからわかるように、彼はわたしと同時代の知を生きてきた青年であったようだ。それは香港という場所で育ったからなのだろう。台湾と同様、香港人の知性にも敏感でいた方がよいようである。

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# by kurarc | 2018-11-27 22:12 | books

京都、奈良への旅

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久しぶりに連休を利用して京都、奈良の一泊旅行を楽しんだ。京都では竜安寺石庭、仁和寺を、奈良では東大寺、唐招提寺、薬師寺、奈良まちなど巡る。今回はそれに加え、恩師と20年ぶりに再会することも目的であった。恩師の住まいの近くにある大和文華館(吉田五十八設計)も見学した。

久しぶりの古刹見学は感動の連続であった。また、東大寺の南大門など改めて観ると、その屋根の架構の軽々しさに驚いた。古代建築(南大門は中世か)とは重々しいものだという先入観が吹き飛ばされる思いであった。また、東大寺大仏殿内にあった、焼失以前の重源による大仏殿の模型を発見できたことは収穫であった。現在の大仏殿よりも重源の設計した大仏殿の方が構造的に明快で、現代人の目からみると優れているように思われた。


唐招提寺に訪れたのも何年ぶりだろうか、全く記憶にないほどであったが、やはり金堂の勇ましい架構はいつ観てもよい。京都、奈良は観るものすべてが絵になる、それが驚きであった。もう少し冷静になってからまた、今回の旅について振り返ることとしよう。

*恩師からは、日本美術に関する造詣が深いことから、いろいろと解説をいただく。わたしは全く日本美術について無知であるため、恥ずかしくなる。お会いするたびに多くを教えていただく、わたしにとって貴重な師である。ラスキンの翻訳が近いうちに出版されるという。

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# by kurarc | 2018-11-26 00:16 | archi-works

台湾映画『セデック・バレ 第1部 太陽族』

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世界で一番親日的と言われる台湾で、これほど日本人に対する恨み、憎しみを映像化した映画はないのではないだろうか。それも、日本が3.11でカタストロフィを迎えたまさにその年にこの映画は公開された。

台湾における抗日蜂起事件、霧社事件を題材にした映画である。台湾の日本による近代化の中での闇を描いた映画である。こうした映画を観ただけでも、20世紀とは恐ろしい時代であったと思われてならない。近代化の過程で、人間は何を失い、何のために近代化していったのかについて考えさせられる。

台湾は今や日本人が最も気軽に旅することができる海外だと思うが、100程前にはどのような歴史がこの南国で刻まれていったのか、そのことを知ってから旅するべきである。この映画には、日本で以前活躍されたビビアン・スーさんが女優として出演している。彼女はこの映画の中で蜂起に加わったセデック族(タイヤル族)の血をひくという。

台湾映画は日本に気を使っている映画、好意的な映画が多いと思うが、無理はよくない。この映画のように歴史的事実を描くことも台湾と日本の理解を深めるために重要である。この映画には第2部がある。まだ観ていないが、どのような結末を描いているのか楽しみである。

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# by kurarc | 2018-11-23 22:55 | cinema

鎌倉からの便り

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鎌倉から便りが届いた。鎌倉在住時、知り合いになった建築家の奥様からである。残念ながら建築家のご主人はお亡くなりになり、現在は稲村ヶ崎にお一人で暮らしている。

この建築家の方のお兄様も著名な建築家であり、鎌倉に名作といわれる住宅を残している。わたしは偶然にこの建築の耐震診断を行うことになり、知ったのだが、その後、この建築家の弟さんであることを後で知った。

そして、また偶然にもこの建築家の方とあるご夫婦でデザインしたスツールが天童木工で発売されており、わたしとわたしの友人でデザインしたテーブルも天童木工で発売されたこともり、こちらでもつながったのである。

偶然に偶然が重なったとはこのことで、それ以来、鎌倉で一杯お付き合いするような間柄になったが、知り合ってから5年ほどであろうか、旅立たれていった。

奥様からは、アルヴァ・アアルト展に行った感想が綴られていた。鎌倉にはもう6年は訪れていない。来年は一度、訪ねることにしよう。

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# by kurarc | 2018-11-22 16:46 | 鎌倉-Kamakura

『BUILDING THE ESCORIAL』 ジョージ・クブラー著


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久しぶりにアマゾンで洋書(古本)を購入した。イギリスからおよそ1週間で届いたが、その古書を見て驚いた。どうも、大学の図書館から盗まれたものらしく、ロンドンの"BIRKBECK COLLEGE LIBRARY"の印が押してあった。アマゾンも気をつけてほしいものである。

今年、ジョージ・クブラーの翻訳本が出版された。日本では多分初めてのことではないだろうか。クブラーは中南米美術の研究者であり、その関連で、スペインやポルトガルの美術、建築に造詣が深い。

エル・エスコリアルを訪ねたのは、ポルトガル滞在中の1999年であった。マドリードから列車で1時間ほどであったと記憶している。エスコリアル宮という特殊な建築を見学するためだが、その当時、この建築とポルトガルの建築との関連性などは考える力もなかった。しかし、このエレーラによる建築が、スペインで無装飾様式と呼ばれ、同時代のポルトガル建築の無装飾性とどのように関連しているのかは、クブラーにとって重要なテーマであったに違いない。スペインとポルトガルの影響下にある中南米を研究するためには、必然的にイベリア半島全体の文化の探求が不可欠になることは言うまでもない。

スペインにおける無装飾様式というテーマを研究するものが日本にいるのかどうかは知らないが、興味深いテーマである。それは、機能主義、合理主義建築の発端を考えるときに重要であるから。クブラーは両国の無装飾様式、スペイン(ディスオルナメンタード)とポルトガル(エスティロ・シャオン)の文化的差異についてどうも本書で結論づけている。そこが知りたかったのである。



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# by kurarc | 2018-11-20 23:40 | books

映画音楽の研究へ

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このところわたしの中で映画音楽が特別なものに変容していることを感じる。それは、映画に付属しているだけと思われる音楽が、実は音楽として自立し、わたしに語りかけてくるようになったことである。

ジェイ・チョウの映画音楽や昨年では映画『La La Land』の映画音楽などもトランペットで吹いてみるとなかなか心地よい。今日は、持っていた映画音楽の楽譜集の中に、映画『マイ・フェア・レディ』の「踊り明かそう」が入っいたこともあり、ジェイ・チョウの採譜した曲などと共にカラオケボックスで練習してきた。

最近は映画と映画音楽との関係も気になってきた。優れた映画は、その映像と音楽がよく調和しているように感じられるが、それはどのように生み出されるのか?わたしが調和していると感じられるだけなのか、あるいは、その関係には必然性があるのか、ないのか?

当面、音楽を映画音楽に絞って考察することをライフワークとしてみたくなった。そして、トランペットのレパートリーにするべく、練習することも必要だろう。「踊り明かそう」をトランペットで吹きながら、またヘップバーンの映画『マイ・フェア・レディ』も久しぶりに鑑賞したくなった。わたしにとってヘップバーンの映画は、仕事で疲れていたときに、元気をもらった想い出があること、それによって映画好きになる大きなきっかけとなっただけに、音楽を含め大切にしなければならない宝物である。

*自由が丘に住んでいたとき、今はなき自由が丘武蔵野館でヘップバーン映画の3本立てを観て、一気に仕事疲れからぬけられた経験がある。この映画館は、いわゆる名画座で、キェシロフスキなどの映画を上映していたようだ。シネフイルには想い出深い映画館として知られていることは、ネット上を検索するとよく理解できる。

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# by kurarc | 2018-11-18 20:54 | music

日常の中のデザイン24 今治謹製至福タオル

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結婚式の引出物に今治謹製至福タオルをいただいた。一見普通のタオルだが、肌触りがまったく異なる。優しいタオルである。今治タオルはデザイン界ではよく知られていただが、ここまで使い心地が異なるとは思わなかった。

それでは、何が違うのか?

素材:新疆綿
製法:甘撚り(ひねり)
水:晒し方(先晒し)

の三つが大きく異なるようだ。つまり、今までやっていたことをもう一度見直し、高品質のものを生み出しただけなのだといえる。大発明など必要ないのである。


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# by kurarc | 2018-11-17 11:12 | design