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ブラックホール

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ブラックホールの撮影(上写真)に成功したというニュースが飛び込んだ。最近の天体に関する業績にはめざましいものがある。天体にうといわたしでさえも、天体に興味が引きつけられる。アインシュタインのことばかりが報道されるが、ブラックホールの入門書などを渉猟していると、そもそもアインシュタイン以前の18世紀、ニュートン力学によって、暗黒天体がイギリスの天文学者ミッチェルやフランスの数学者ラプラスによって不完全ながら考えられていた。

今年はちょうどイギリスの天文学者エディントンがプリンシペ島で日食を観察し、「光の曲がり」を観測、一般相対性理論を実証して100年という記念すべき年にもあたるという。ニュートン力学では水星の軌道計算(水星の近日点移動の問題)が正確に計測することができなかったが、重力の概念を物体間の引力から空間の歪みという概念に変換した一般相対性理論により、その軌道計算が正確に算定されることで、20世紀、ニュートン力学はアインシュタインの力学へ転換することになる。第一次大戦の最中にこうした大きな研究、発見をやり遂げたことは特出すべきことだが、一般相対性理論をいち早く理解し、ブラックホールの存在を予言するブラックホール解を発見したドイツの天文学者シュヴァルツシルトは、第一次大戦の犠牲となったことは天文学の進展に大きな損失を及ぼしたに違いない。

はやぶさといいブラックホールの撮影といい、今年は天文学、宇宙から目が離せない年となりそうである。それにしても、ブラックホールとは本当のところどのようにしてできるのだろう?地球を角砂糖1粒の大きさに圧縮していくとブラックホールができるというが、それはなぜなのか?物質と反物質とはなになのか?宇宙の対称性とはなになのか?etc.・・・宇宙に対する興味が膨らむ1年になりそうである。(以上、『ゼロからわかるブラックホール』(大須賀健著)より)

# by kurarc | 2019-04-13 19:36 | nature

カフェとソファー

先日、吉祥寺と西荻窪間の中央線ガード下にできたカフェに昼食に行った。デザインは今時のものだが、ガード下ということもあり、天井高さは6m程度あるだろうか。2階もあり、開放的なカフェであった。

あまりカフェには訪れないが、最近は入るとしてもスタバやドトールなどのチェーン店には入らず、昭和時代からおばさん、おじさんがやっているような喫茶店に入るようにしている。定食屋さんもしかり。こうした店は、対応が自然で、でてくる食事もオリジナルだから個性的でよいし、値段も良心的なところが多い。

しかし、今回、このガード下のカフェに行き、一つ気になったことがあった。それは、椅子だけでなく、かなりゆったりとしたソファーをしつらえていたということである。小さな子供連れの母親たちは、そのソファーに子供を寝かし、母親たちで会話を楽しんでいた。

こうした光景は、昭和の喫茶店ではありえなかった。昭和の喫茶店、あるいはファミレスでは子供用の椅子はしつらえるが、ソファーまで置かれた空間は記憶にない。スタバも店によってはソファーを設置してあるところもあるが、小さな子供たちのベッド代わりになるような使い方はわたしも想像していなかった。

お母さんたちは、こうしたソファーがしつらえてあることを知って、このカフェを選択していたのかもしれない。椅子(ソファー)は座るためだけでなく、子供たちにはベッドになる、ということを想像しておかなければならないことに気づかされたのである。

*下写真:中野駅南口の定食屋わしや。最近入った定食屋さんの中で気に入った店。

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# by kurarc | 2019-04-13 00:20 | design

エルブ・ド・プロヴァンス

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寒さも一段落してきた。我が家ではスープからマリナードの季節に移り変わる。我が家の常備菜は、冬場はスープ、初夏からはマリナードに変わる。スープもマリナードもそうだが、一度に5日から1週間分くらいをまとめてつくり、冷蔵庫に保管する。

スープにもマリナードにも共通して使用するハーブはエルブ・ド・プロヴァンスである。かつて、フランスのプロヴァンス地方を旅行したときには、このハーブを楽しむような料理は食べた記憶はないのだが、ギリシャ(クレタ島だったと記憶している)旅行の時に食べた料理が、このハーブに近い香りがして、その記憶を今でも持ち続けている。

このハーブを意識的に使うようになってもう10年近くになると思うが、いまだ飽きることがない。ローレル、ローズマリー、セイボリー、オレガノ、バジル、マジョラム、フェンネル、パセリ、タイムがわたしのよく使用するもの(上写真)には含まれている。プロヴァンス地方ではどういった調合かは正確にはきまっていないようだが、このハーブの匂いになぜか惹かれる。母親がこのハーブをつかって料理をつくっていたわけではないので、母の料理の記憶でもない。単に好きな匂いなのだと思うが、異国的な香りであり、日本的な香りではないという魅力だと思う。


# by kurarc | 2019-04-10 19:36 | aromascape

映画『天地明察』 渋谷春海と関孝和

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映画『天地明察』を観る。17世紀、改暦に貢献した将軍家碁所であり、和算家でもあった渋谷春海の生涯を描いた映画である。日本映画としてよくできていたが、数学者の藤原正彦氏(著書『天才の栄光と挫折 数学者列伝』文春文庫)によれば、春海の業績はあまり評価されていない。そして、人間的にもである。

藤原氏が評価するのは圧倒的に関孝和である。関は春海と同世代。生年も同じと考えられているが、春海の方は囲碁の名家に生まれ、一流学者に教育を受けたいわばエリートであるのに反して、関の方は田舎侍にして7歳で両親に死に別れ、養子に出された苦労人であったこともあるが、その数学的な業績の深さは比べものにならなかったからである。

春海は確かに当時流布し、誤差の激しかった授時暦から、貞亨暦への改暦に貢献したが、これは、授時暦の常数や係数を調整した、と言う程度に過ぎなかった。それに比べ、関の方は、その探求が根源的であった。授時暦を理解し、清から輸入されたいわゆる『天文大成』80巻を読破。日本独自の方程式の解法、点竄術(てんざんじゅつ)を導いた。筆算代数を創造し、デカルトと同時代人といえるようなレベルに達していたのである。和算によって、代数学、微分積分学に到達したということである。

現在、わたしが興味をもつ17世紀人の中で、特に日本におけるその代表は関孝和である。しかし、こうした天才も子供には先立たれるなど、晩年は恵まれなかったようであるが、その意志は、一番弟子の建部賢弘に引き継がれることになる。

# by kurarc | 2019-04-08 23:25 | cinema

イチロー

イチローが引退した。野球にはあまり関心はないが、彼の言動は気になる。中学時代に野球部に所属していたこともあったが、その野球部の練習、試合のやり方がひどく、野球からは遠ざかることとなった。

引退後に放送された番組をyou tubeでみた。シアトルの豪邸にも驚いたが、彼の言葉にも驚いた。「引退は死と同じ」であるとか、一つ一つ選び出された言葉に無駄がないということが印象的であった。

これは新たな発見だったが、彼は一人で戦うのではなく、ある時期から周囲の人々を巻き込みながら成長してきたということである。オフシーズンの神戸での練習には一般人を参加させたり、高校生の応援団を参加させたりと、ポジティブな人々に門戸を開いていったのである。

冷静に振り返ると、彼が年間200本安打を打てなくなった時点で、彼は終わっていたのかもしれない。それ以後の年月は苦難を極めたと思われる。引退は苦渋の決断ではなく、ずっと前から予想されていた結論であったと思われる。

わたしが最も注目したいのは、彼の品格がどのようにしてかたちづくられたのか、ということである。あれだけの記録をつくったから生まれたのか、品格をもって練習にのぞんだから記録がうまれたのか、そのどちらなのか、あるいは、両方なのか?

イチローが今後どのような活動をするのか興味深い。少なくともバラエティー番組にたびたび出演するような芸能人になることはなさそうだ。

# by kurarc | 2019-04-07 10:33

ジョルジュ・ムスタキ 「ポルトガル」

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高校時代、ムスタキの音楽をよく聴いたことを思い出した。その頃、小椋佳さんがムスタキとレナード・コーエンの歌をよく聴くということを知り、わたしも聴くようになったのである。思えばこれがフランス語に出会うきっかけでもあった。

彼の曲で思い出深いのは、「わたしの孤独」、「希望」だが、彼のベスト盤に「ポルトガル」と題する歌があり、初めて聴いた。これは1974年のポルトガルのカーネーション革命を歌った曲で「植民地帝国に終わりを告げる」といった歌詞が含まれている。

ムスタキは政治的な歌を歌った歌手であったが、その声とメロディーはやさしく、ロックのような過激な音は使わなかった。根は詩人なのだと思う。詩にメロディーをつけたのだ。音の新しさを求める現代人には物足りない音楽に思えるかもしれないが、歌手には二通りのタイプ、つまり、詩人と音楽家の両方が存在していてかまわないと思う。

ムスタキは映画『死刑台のメロディー』にも楽曲「勝利への賛歌」を提供しているというが、わたしは気がつかなかった。今度、映画をみなおしてどのような曲であったのか確かめたいと思っている。

# by kurarc | 2019-04-06 14:31 | music

空を飛ぶ蜘蛛 池澤夏樹

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池澤夏樹さんの小説(あるいは手紙小説、詩のようでもある)『きみが住む星』に空を飛ぶ蜘蛛の話が書かれていた。

この小説は、旅だった男がその恋人(あるいは妻)にあてた手紙という形式をとっていて、旅先での出来事を短い手紙として恋人(妻)に送るというもの。この手紙はラブレターのようでもあり、こうした手紙を受け取った女性はきっと喜んでくれるはずである。

全部で23通の手紙のなかで、「雪迎え」という手紙に蜘蛛の話が登場する。「雪迎え」とは、晩秋に小蜘蛛が糸をひいて飛んでいく様を言う言葉だそうで、こうした蜘蛛の飛行の後に、雪が降ることからこのように名付けられたという。

蜘蛛の飛行、すなわちバルーニングと言われる現象のため、蜘蛛は思いがけない場所に現れる。上空2000mを超えるような空の中、あるは離れ小島など・・・だからこうした場所で新種と思われる蜘蛛を発見しても、それは遠くの場所から運ばれてきた蜘蛛かもしれない、という疑いをもたなければならない。

空を飛んでいく蜘蛛。このシュルレアリズムのような光景が実は現実の世界のことなのである。池澤さんの小説はこうした自然現象がよく取り上げられるが、なにかラテンアメリカの小説を科学というフィルターで透明にしたようなテイストを感じる。

この手紙小説の最後はすべて「バイバイ」で終わる。わたしはこの「バイバイ」が必要であったのかどうか疑問だが、愛する人への照れ隠しのような感じがしないでもない。

この小説にそえられたエルンスト・ハースの写真は、小説をイメージで補足してくれて、とてもよい写真ばかりである。

# by kurarc | 2019-04-04 19:00 | books

"If You Went Away"   マルコス・ヴァーリ vs 原田知世

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マルコス・ヴァーリのCD『SAMBA '68』(上写真)の中にはいくつかの名曲が収められている。

その一つは、”Summer Samba"という曲。特に、カエターノ・ヴェローゾの『a bossa de Caetano』の第1曲目に収録されているアレンジでわたしは親しんでいる。

もう一つは、”If You Went Away"である。驚いたことに、原田知世さんが『恋愛小説』(下写真)というCDの7曲目でこの曲を歌っている。アレンジがよく、原曲のマルコス・ヴァーリのものより優れているとおもわれるくらいだ。”If You Went Away"は、音程をとるのが難しい曲と思われるが、原田さんはこのメロディーをうまく歌い上げている。

彼女のこのCDはなかなかよい出来で、日本語でうたっているものと声の印象が異なり、大人のCDに仕上がっている。

原田さんにはヴァーリの曲だけでなく、今度はブラジルの曲だけでCDをつくってもらいたい。そして、できればブラジル・ポルトガル語に挑戦してほしいものである。

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# by kurarc | 2019-04-02 22:04 | music

都市問題としてのシュロの繁殖

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都心部でシュロが急激に繁殖しているという。温暖化の影響により、亜熱帯性の植物であるシュロが越冬できるようになり、野生化しているのだそうだ。また、ヒヨドリがシュロの種を運び、繁殖していると推察されている。

しかし、最も大きな原因は、繁殖しかけたシュロが手入れされず、放置され繁殖してしまっていること、つまり、温暖化という理由よりも、人の自然管理の問題であるということのようだ。

シュロは成長は遅いが、ひとたび大きく成長するとそれを取り除くのに手間がかかり、造園業者からも敬遠される樹木ということである。都市部の美しい自然といわれるものは、実は自然ではなく、人の手が入り初めて美しく維持されるということなのである。
(上写真:国立科学博物館付属自然教育園内のシュロ。都市特有の姿をとどめる教材としてシュロの繁殖をわざと展示している場所。
下写真:じろぼうえんごさく 稀少植物である。)

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*目黒駅から徒歩10分程度、白銀台にあるこの自然教育園は稀少な植物の宝庫であり、見応えがあるが、周辺部が都市化され、車の騒音がひどく、落ち着いて植物を観察できる環境にないのが残念である。その点、地元の神代植物公園は周辺環境には恵まれている。)

# by kurarc | 2019-03-31 22:38 | nature

イームズハウスのプロブレマティーク


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昨日、ギャラリーエークワッドで『イームズハウスの魅力を語る』と題する建築家岸和郎氏と評論家植田実氏の対談を聴講した。

イームズハウスは日本のインテリア雑誌で度々取り上げられ、建築関係者以外でもファンの多い住宅であると思う。しかし、その成立過程、立地、建築のディテールなどをみていくと、様々な問題群(プロブレマティーク)が浮かび上がってくる。そうした問題群を出発点として、この住宅の意味を捉え直すという主旨の講演+対談であった。

特に、上の問題群は岸氏より提出され、議論された。イームズハウスには第1案(上写真)があったが、彼らはそれを放棄し、第2案をつくり建設した。岸氏によれば、第1案は、敷地が海に近いこともあり、その景観を取り込むような案で、普通の建築家であれば誰もが考えつく案であるが、これを止めたところにイームズの素直でない部分がある、と指摘していた。
(素直でない、とは悪い意味で使っている訳ではない。イームズ夫妻は次元の異なる解を選択した、ということである。)

また、実現されたイームズハウスの出隅に着目すると、こうした収まりはミースのような「建築家としての収まり」とは思えないとし、彼らは建築家という感じがしないことも指摘していた。

また、イームズハウスが色彩を採用した壁面など、スクリーン(マルチスクリーン)を意識したものづくりを行っていることに着目し、極めて映像的な建築、面の連続を意識した建築であることなども指摘していた。

その他、様々な問題群を取り出し、この建築がいかに特殊な建築であるかを述べていた。ジャーナリズムの中では、単に魅力を述べるだけで終わる場合が多いが、我々のような建築家はそうした見方につられてはならない。この建築がまずどのような都市(ここではロスアンゼルス)に建設され、どのような特性をもった敷地であり、なぜ既製部材で組み立てられたのか、近隣にはどのような建築があるのか、敷地内にはどのような植栽があり・・・などあげれば切りがないが、そうした文脈を一つ一つ考えながら、この建築を批判的に読解していかなくてはならない。単に「きれい」、「美しい」ではすまされないのである。

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# by kurarc | 2019-03-29 18:56 | architects