Archiscape


Archiscape
by S.K.
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ギブソンのエレキギター

b0074416_17412284.jpg
エレキギターメーカーのギブソン社が苦境だという。アメリカではギター離れが進んでいて、ギターが売れないらしい。レコーディングなどもわざわざギターを弾くこともなく、ギターの音をつくることができるシンセサイザーやコンピューターでの打ち込みが当たり前になったこともあるのだろう。

ギブソンといえばレスポールモデルのギターが思い浮かぶ。ミュージシャンですぐに思い浮かぶのはわたしの場合アル・ディ・メオラだが、日本では渡辺香津美のアルバム『TO CHI KA』での音が思い浮かんだ。1980年にニューヨークで録音したCDである。この中の「UNICORN」という曲は一時コマーシャルにも使われた。天才ギタリストと言われた渡辺香津美がこのCDによって、渡辺の世界を築き上げた記念すべきCDである。

”TO CHI KA"とは、渡辺が当時飼っていた犬(写真下、ジャケットの裏面に登場)の名前。このCDの三曲目にその愛犬を思って作曲した「TO CHI KA」という名曲が収録されている。こちらは、オベーションのアダマスというモデルが使用されている。最近ではあまりお目にかからなくなったが、当時、流行ったギターである。このCD の中でもっとも好きな曲は「SAYONARA」だろうか。CDの中で、もっともスローなテンポの曲。録音された場所、ニューヨークへの別れを惜しむ様と新しい世界へと旅立っていくという二つのイメージを重ね合わせた感じの曲。フレットレスベースがこの曲によく合っている。

日本ではギターは売れているのだろうか?ギターを担いで電車に乗ってくる若者は相変わらず見かけるし、女性が担いでいる姿を見かけることも多くなった。わたしもトランペットだけでなく、もう一度ギターに挑戦したい。できれば、ジャズをギターで奏でられるようになりたいのである。
b0074416_17482708.jpg



[PR]
# by kurarc | 2018-03-09 17:40 | music

日常の中のデザイン20 クリステル社の鍋

b0074416_22163900.png
料理研究家の有元葉子さんが、15年ほど前に出版した本、『有元葉子の道具選び』を手に取った。彼女がどのような道具で料理をするのか気になったからである。

最初にまな板の紹介があり、そのすぐあとに紹介されているのが、フランス、クリステル社の鍋である。鍋は台所ではかさばり、置き場所に困ることが多いが、クリステル社の鍋(上写真)は入れ子状に収納することができる。この鍋の廉価版が日本ではコマーシャルなどで紹介されているが、クリステル社の鍋がすぐれているのは、持ち手のデザインである。持ち手のハンドル、クリップが取り外しできるようになっていて、それぞれ、調理の仕方に従って使い分けができるように工夫されていることである。持ち手(長い柄)がないため、オーブンにもそのまま入れることができるデザインにもなっている。

好みの道具が見つかると、料理が目的なのに、いつの間にか、その道具を使いたいがために料理するという目的の転倒がおこる。音楽なども同様のような気がする。わたしの場合は、トランペットという道具から離れられなくなったがために音楽をやっているところもある。これは、あまり好ましいことではないかもしれないが、道具とは行動を促す媒介、相棒なのである。

最初に紹介されているまな板も興味を持った。オリーブのまな板だが、その形状が長方形ではなく、木を切ったカタチのままなのだ。日本のまな板は長方形、または正方形に近い形状がほとんどだが、考えてみれば、その形状にこだわることはない。しかし、こうした自由な形状のまな板を使う場合は、かなり余裕のあるキッチンが必要になるだろう。

[PR]
# by kurarc | 2018-03-08 22:19 | design

失われる昭和の住宅群

鎌倉から三鷹に戻りすぐのことであったと思う。ある著名な建築家の自邸を三鷹の井の頭1丁目(1961年竣工、建設当時は牟礼)に外観のみ見学に行った。ルイス・マンフォードの翻訳者としても著名な建築家の住宅(下、図面。TOTO通信より転写)である。

先日、気になって再度見学に行ってみたが、解体され、新しい住宅に建て変わっていた。最近、武蔵野市のある戦前の企業の旧寮を実測調査した。こちらも解体が予定されているという。そのときに一緒に調査に参加した建築史家の方が言うには、明治以前の古い建築は残る可能性が高いが、以外と昭和や戦後の建築は残らないんだよ、と言った。戦後の建築、たとえば、1950年代に建設された住宅などもすでに築50年以上経過しており、登録文化財に十分指定できる年月が経っているにもかかわらずである。

新しい建築物はその価値の判断が難しく、その価値を評価してくれる歴史家も少ない。それに、オーナーは古い建物を壊して土地を有効活用したいものが多く、残るはずはない。わたしの身の回りでも、立地条件のよい建築物はすぐに解体され、ハウスメーカーの住宅、あるいは、地元の工務店の住宅にすり替わっている。

昭和ブームなどと世間は騒がしいが、建築においてはまったくブームなどにはなっていない。相当優れた建築物でない限り、見向きもされず解体されるのがオチである。赤の他人が解体をするな、といってもそれはそれで失礼なことになり、オーナーの良識に従うしかない。以前、建築物にもお葬式が必要だ、と言った建築家のことを書いたが、少なくとも、名作と言われる建築物は、解体される前に、有識者に公開し、実測調査など資料を整えた上で、解体されることが望まれる。
b0074416_19494673.jpg





[PR]
# by kurarc | 2018-03-04 19:46 | architects

文楽 女殺油地獄

b0074416_23470274.jpg
先日、文楽を初体験した。近松の『女殺油地獄』である。今年は古典芸能を学ぶ年にしたいと思っていて、まずは、最も興味のある文楽を国立劇場で観覧する。

このような芸能をもっと早く知るべきであったと後悔した。文楽(人形浄瑠璃)は、太夫(語り)、三味線(音楽、楽器)、人形(人形遣い)が三位一体となった芸能であり、演劇とも異なる新鮮な芸能であった。失敗したのは、近松の『女殺油地獄』のストーリーを把握することなしに観劇したことである。太夫の語りを初めてのものが理解することは不可能に近い。字幕が舞台の両袖に掲げられるが、それを読んでいては舞台から集中がそれてしまう。

人形の迫力もさることながら、三味線の高度な演奏技術にも驚いたし、太夫の変幻自在な声色、そして、人形遣いによる人形の豊かな表情と繊細な動きなど、どれをとっても楽しめる芸術である。『女殺油地獄』では、人殺しのシーンが描かれる「豊島屋油店の段 てしまやあぶらみせのだん」が圧巻。油にまみれる姿を人形の動きで巧みに表現する。文楽は、バロック演劇といってよいような動きと語り、音楽の渾然一体となった芸術であった。

東京では2ヶ月に一度程度しか文楽は催されないが、今年はなるべく多くの作品を観覧したい。文楽ファンが東京には数多く、予約がなかなか取りづらいのが難点である。

[PR]
# by kurarc | 2018-03-03 23:44 | art

映画『レナードの朝』

b0074416_23392498.jpg

ロバート・デ・ニーロ主演の映画をよくみている。映画『レナードの朝』はずっと気になっていたが、観ていなかった。この映画を見る前、この映画は難病を克服した患者の映画、つまり、ハッピーエンドの映画だと思っていたが、そうではなかった。もし、そのような映画であったら、デ・ニーロは出演していなかっただろう。

嗜眠性脳炎(眠り病)に犯された患者たちの映画である。患者たちは、あるとき眠りから覚めるが、そこからがこの映画の優れたところであった。この映画は、単なる難病克服の映画ではない。実は患者たちは、一般市民の隠喩なのである。眠っているのは我々なのである。そうした眠りから覚めたとき、人は真実の姿を把握してしまう。つい最近、日本でもあった出来事である。誰もが、誰かから眠りに誘われているのである。それが権力の姿である。

デ・ニーロの熱演は相変わらずであった。手足、身体の震えの止まらない患者を見事に演じていた。彼は役者のなかの役者のような人。日本人では誰にあたるのだろうか?わたしは少しタイプは異なるが、笠智衆さん、あるいは、田中絹代さんを思い浮かべた。こうした優れた映画を観ると、また次の映画を観たくなる。


[PR]
# by kurarc | 2018-03-01 23:34 | cinema

エレーラ・イ・グティエレス・デ・ラ・ベーガ

b0074416_23203588.jpg
丸善のような書店へ行くと、その膨大な書籍量に圧倒されるが、その中に自分の探し求めているものが書かれた書物があるか、というとはっきり言ってないに等しい。どれだけ書物が山積されていても、日本語ではわたしの求めているものは読むことができないのである。

ブログのタイトルにあげたのは、スペイン、ルネサンス期の建築家。通常は「エレーラ」とだけ呼ばれる。イタリアのサン・ピエトロ寺院建設時にミケランジェロのもとで働いた経験を持つファン・バウティスタ・デ・トレドの助手として、トレドの死後はエレーラが工事を引き継いだ建築物があのエル・エスコリアル宮(上、ウィキペディアより)である。この宮殿を訪れたのは、リスボン滞在中、スペインを旅行したときであった。マドリードから列車で1時間ほどであったと記憶している。この巨大な宮殿をまかされたエレーラについて、日本語で読むことができる書物を探したが、今のところ見つけることができない。

ポルトガルのルネサンス期の建築の研究者であるジョージ・クブラーがこの建築物について一冊の書物を著している。エレーラの携わった建築はエレーラ様式と呼ばれるほどスペインでは重要であり、意義深いものである。エレーラはこの宮殿の建設において、石材のプレファブ化やクレーンを発明した、と丹下敏明氏は書いている。(『スペイン建築史』相模選書)

エレーラが重要なのは、彼の建築コンセプトのポルトガルへの影響の大きさである。いまだにどこで建築を学んだかもわからないエレーラの経歴もあり、現在でもアカデミックな立場のものからはあまり注目されないのかもしれない。しかし、ポルトガルを含めたスペイン、すなわちイベリア半島全体の建築史を知りたいと思うものには避けることができない建築家と言えるだろう。

多分、どのような分野でも同様だと思うが、何かを知りたいと思うものは、必然的に原書にあたるしかないのである。

[PR]
# by kurarc | 2018-02-27 23:17 | architects

工房都市へ

b0074416_10020771.jpg
調布で東京建築士会多摩南部支部の設立総会があり、その総会の始まる前に、猿田彦珈琲調布焙煎ホール(上:猿田彦珈琲HPより転写)でエスプレッソを飲んだ。かなり待たされるが、エスプレッソは酸味のきいた珍しい味であった。

カフェの中には焙煎機が何台も設置されていた。カフェのデザインは売れっ子の建築家、デザイナーである谷尻誠さん。カフェの中に様々な場所をしつらえ、お客さんたちは、各々お気に入りの場所を見つけて、珈琲タイムを楽しんでいる。

カフェのデザインも優れているが、わたしが注目したのは、やはり「焙煎機が設置された場」である。ここはカフェでありながら、珈琲をたのしむための工房、あるいは工場である。

わたしの生まれた三鷹も、1960年代までは町工場が数多く存在した。わたしの実家もその一つであったが、1970年代になり、こうした町工場は郊外へと移転していき、その跡地は住宅へと変貌していった。

あれから50年近くも経過するが、都市はまた都市の中に工房、工場(こうば)を求めている。3Dプリンターの工房、洗濯を専門とする工房など、機械の進化、小型化とカフェのような慰安の場が都市の中でマリアージュされてきたのだ。考えてみれば、街の中に数多く存在する洋菓子店やパン屋も工房である。猿田彦珈琲調布焙煎ホールが新しいのは、工房の内部を隠さず、大胆に可視化しているということ。

こうした都市の変化を仮に「工房都市」と呼んでみようと思う。かつての「町工場」という泥臭い工場(こうば)から、都市の中で21世紀型の工場、工房型店舗が顕在化してきた。今後、どのようなタイプの工房がうまれてくるのだろうか?

[PR]
# by kurarc | 2018-02-24 10:00 | architects

富山デザインコンペティション

富山デザインコンペティションの受賞作品を掲載しているリーフレットをいつも郵送いただいている。わたしも毎回ではないが、作品を提出しているが、まだ入選、入賞はしたことがない。片手間でやっていることと、富山へ行く時間がなく、富山県のもっている技術力を実際に実感できないでいるので、なかなかリアリティのある作品を発想することができないのが敗因だと思う。

2017年のコンクールでとやまデザイン賞を受賞したのは、段ボールのガムテープを切断するためのカッターのようなもの。しかし、カッターではない。「石器」という意味のタイトルがついているように、石器時代の道具を想像させるデザインである。アマゾンなどで届く段ボールを開封するための道具といえる。段ボールとつきあうことが多くなった現代人に必要なものだが、そのデザインが非常に原始的であることが評価されたのだろう。

しかし、よく考えると、わたしはいわゆるカッターで開封すればよいのではないか、と思うのである。このデザインが万人に普及するとも思えない。このデザインは、そのフォルムの美しさが評価されたのであって、日常的に使用される道具とはなりそうもない。カッターは紙も切れるし、お菓子の袋も切れる。そしてもちろん、段ボールのガムテープも切ることができる。そうした汎用性は捨てがたい。

デザインコンクールにはそれぞれ入賞する作品にコンクール独自の癖のようなものが感じられる。その癖に自分の発想が受け入れられるのか、ということが入賞するには重要になる。つまり、審査員の顔をみて作品を考える、ということもある意味で必要になってくる。コンクールとはそもそもそのようなものかもしれないから、こうした事実は否定すべきものでもないと思うが、入賞するために努力するのではなく、あくまで商品として流通し、日常的に使用されるデザインを目指したいものである。



[PR]
# by kurarc | 2018-02-22 23:01 | design

カミュ 晩年の土地 ルールマラン

b0074416_23275774.jpg
カミュは晩年、アルジェリアに帰還したとばかり思っていたが、晩年は南フランスのルールマランという街で暮らしたのだという。(旅するフランス語 2018年3月号より)

1985年にアルジェリアのアルジェを歩いた。アルジェリアへの旅は、オラン、アルジェ、ガルダイヤ、コンスタンティーヌが主に訪れた街である。今から思うと、アルジェは、アフリカというより、どこか地中海ヨーロッパの都市といった趣であったように思う。

カミュが交通事故で亡くなった後、鞄の中にあった原稿が『最初の人間』という自伝的小説として出版された。わたしはこの小説をもっているが、映画『最初の人間』に満足してしまって、未だに読んでいない。

訳者あとがきによれば、最初の人間とは、「経済的にも文化的にも何一つ引き継ぐものがなく、頼れる人間もいないままに自分一人で成長していく人間」であるという。もちろん、誰もが「最初の人間」にはなりえないが、カミュはアルジェリアへの移民としての父親を、また、その先祖を思い出しながらそのような言葉を思いついたのだろう。それは、貧しいアルジェリアに生まれ、知識人として成長したカミュが慎ましやかに語りたかった真実の言葉である。

それにしても、カミュが暮らしたルールマランとはどのような街なのだろうか?カミュの娘さんが、いまでもここで暮らしているという。3月の『旅するフランス語』が楽しみである。



[PR]
# by kurarc | 2018-02-19 23:26 | France

韓国のMoonさん

韓国に住むMoonさんに誕生祝いのメールを送った。誕生祝いのメールを送るのは、外国人の友人だけである。彼女はポルトガル時代のリスボン大学ポルトガル語コースでの同窓生である。すでに、20年会っていない。

ポルトガルでは、彼女をはじめ、アジア人留学生との食事を楽しんだ。彼女はわたしより一回り以上若かったこともあり、わたしはあまり意識していなかったが、彼女の方が気にかけてくれていたようで、フェイスブックに友達申請を彼女から申し出てくれた。ちょうどその頃、わたしは身体を壊して、回復しかけた頃であったので、彼女からのメールはなにか縁のようなものを感じた。

誕生祝いのメールにも返信をくれた。「わたしたちはいつ会えるのか?懐かしいですね。」といった返信であった。韓国には優れた建築も数多くあり、いつかは行きたいと思っているが、彼女には「1年以内には韓国に行くつもりです。」と返信した。

彼女はポルトガル時代の生活が相当気に入っていたらしく、また、懐かしいらしく、ファイスブックの表紙にもリスボンのジェロニモス修道院の写真を掲載している。以前にも書いたが、韓国という最も近い国の友達と最も遠い国の言葉といっていよいポルトガル語でコミュニケーションをするという不思議な関係だ。

わたしはかなりポルトガル語から遠ざかってしまっているので、思い出すのが大変だが、実はポルトガル建築史のある時代について、小論を書きたいと思っている。できれば、今年の日本建築学会の大会で発表することが目標だが、どうなることやら。



[PR]
# by kurarc | 2018-02-17 00:11 | South Korea


検索
最新の記事
カテゴリ
Notes
HP here

e-mail here

■興味のあるカテゴリを見た後に、また最初のページに戻るには、カテゴリの「全体」をクリックしてください。

■カテゴリarchives1984-1985では、1984年から1985年にかけて行った11ヶ月の旅(グランドツアー)について紹介しています。
画像は30年前のスライドをデジタル化しているため、かなり劣化しています。

■カテゴリfragmentでは、思考のヒント、覚書き、論理になる前のイメージ等、言葉を羅列する方法で書いています。

ライフログ
画像一覧
以前の記事