人気ブログランキング |

みたか防災マルシェ

b0074416_15190367.jpg

初めて開催されたという「みたか防災マルシェ」を見学した。今日は東京大空襲の日と重なり、また明日は3.11から8年が経過する。こうした日に防災に関するイベントを催すことは非常に重要である。

東京建築士会多摩ブロック南部支部の準会員である、山崎氏が実行委員長になり開催された。携帯トイレやマンション居住者の心得など興味深い催しが多かったが、わたしが第一に見学したかったのは、ゴミ袋をつかったシェルター(下写真)である。

ゴミ袋に空気を入れ(空気は空気入れなどは使用しない。両手でゴミ袋の口を開けて、空を切れば空気が入る)、その口をひもで結び、それらをつなげて、ドームのような空間をつくる。これで冬場などかなりの暖をとることができるという。ゴミ袋も馬鹿にできない。ゴミ袋は仮設トイレなど様々な用途があるから、多めに買って、万が一の時に備えておいた方がよい。

会場でもらった東京都のリーフレットも良い内容であった。備蓄品目の解説から備蓄のポイント、災害時の食材活用法、備蓄食材をつかったレシピ紹介など参考になる。こうしたリーフレットはすべての都民に配布しておくべきだろう。

b0074416_15191802.jpg
b0074416_15210893.jpg



# by kurarc | 2019-03-10 15:19 | 三鷹-Mitaka

ドリップコーヒー用 コットンペッパーフィルター

よく立ち寄る新宿のコーヒー器具店でドリップ用ペーパーフィルターを物色していると、店員の方から、ペーパーフィルターよりこちらの方がおいしく淹れられますよ、とコットンペッパーフィルターを薦められた。そう言われると買いたくなってしまう。大した金額でもないこともあり、試しに購入してみた。

正確にはコットンリンターパルプと木材パルプのハイブリッドであり、100%のコットンではないが、このペーパーでコーヒーを淹れてみたが、確かにひと味違う。新宿のコーヒー器具店のマスターは味が3次元になったようなふくよかさがでてきますよ、とうまい形容をしてたが、風味が増した感じである。

但し、このコットンペーパーのせいかどうか判断するのは早合点のような気がしている。このペーパーで淹れるとコーヒーがカップに落ちていくスピードがかなりゆるやかになる。もしかしたらただそれだけのせいなのかもしれない。ペーパーでもゆっくりと落ちていくような繊維に変えれば味が変わるのかもしれない。また、ドリップの穴を小さくしてもよいのかもしれない。

コットンペーパーもよいが、やはりネルのフィルターはよいのかもしれない。以前、使ったこともあったが、冷蔵庫に保管するなど手入れが大変ですぐに止めてしまった。その頃の味をもはや思い出すことはできないが、再度挑戦したくなった。コーヒーは現在フィルターの材質の選定に向かっているようだ。果たしていつまでこのコーヒーの流行は続くのだろう・・・


# by kurarc | 2019-03-09 20:36 | gastronomy

柄谷行人著『遊動論 柳田国男と山人』

b0074416_21202303.jpg


柄谷行人著の『遊動論 柳田国男と山人』を読み始めた。1980年代後半から1990年代の前半に、わたしは柄谷の著書を集中して読んだことがあった。『マルクス その可能性の中心』や『日本近代文学の起源』などであるが、柄谷はこれらの著作と同時代に柳田国男論を執筆していたが、わたしはまったく気づいていなかった。

『遊動論』は近年の柄谷の「柳田国男論の中心」をまとめたものであり、改めて柄谷の著作に興味を持つきっかけとなった。柳田国男を通して、日本の近現代史をたどる内容でもあり、さらに柳田の伝記的著作にもなっていて、柳田の仕事の意義を改めて発見する手がかりを与えてくれている。

一部の軽薄な建築家は、一時期、「ノマド」などといった言葉を建築ジャーナリズムで発言していたこともあったが、この著作ではそうした「ノマド」という言葉自体を批判的に捉えなおしている。

柳田民俗学は、常民=農民をベースに構築されたと言われるが、それは彼の仕事の一部を取り上げ、そのように理解しているに過ぎないことがこの著作で明らかにされている。「遊動民」についても、定住以前、定住以後を区別し、厳密に論じているあたりは、さすがに柄谷らしい。

柳田国男の再評価、再定義に結びつく画期的な著作であることは間違いなさそうである。

# by kurarc | 2019-03-07 21:18 | books

「プラナビ」から取材を受けました

「プラナビ」という建築家の紹介サイトから本日取材を受けました。

建築家の紹介だけでなく、建築家お薦めの商品、技術(匠)の紹介など建築家と住宅を建設したいと思う方々に役立つような情報のサイトです。まだサイトを立ち上げて1年も経過していないこともあり、今後、さらに充実したサイトにしていきたい、とのこと。

わたしはまだ仕事など情報を入力できていませんが、今週中にも入力を完了させたいと思っています。

プラナビ URL https://www.pla-navi.com


# by kurarc | 2019-03-04 23:54 | archi-works

映画『熱波(原題 Tabu)』再見 テレーザ・マドルーガとの再会

b0074416_23465853.jpg

映画『熱波(原題 Tabu)』(ミゲル・ゴメス監督)を久しぶりに再見。この映画でピラールという信心深い中年女性の役で登場するテレーザ・マドルーガ(下写真)の演技を確かめたかったからである。

テレーザ・マドルーガは映画『白い町で』の中でブルーノ・ガンツの相手役としてポルトガルの女性らしい演技で印象深かった。そのテレーザがこの映画に出演していることを以前この映画をみたときには気づかなかった。彼女を初めて映画でみて、35年経っていたから、気づかないのも無理はないが、再びこの映画を観て、幼なじみに35年ぶりに再会したような感激があった。彼女は着実に演技を磨き、その落ち着きと、地に足の着いた演技を身につけていた。

この映画をみるのは2回目になるが、かなり実験性の強い映画である。サイレントの手法を取り入れたり、ポップスの音楽を挿入したり、アフリカでの映像にかなりの比重をおいたりと、主題はタブーを犯した二人の男女の恋愛を描いたものだが、その単純な過ちの中に様々な情景と時間を重ね合わせた映画と言える。最初にみたときよりも見応えのある映画であることに気づかされた。特に、テレーザの演技がよい。お手伝い役に黒人を配役したり、植民地での原住民との交流など、いかにもポルトガル世界の過去を想像させる。そうした時間、歴史の挿入に嫌気がさすような鑑賞者も存在するかもしれない。

この映画でもっとも感心したのは、最初と最後に挿入されたJoana Sa の演奏による「Insensates」の変奏曲である。よく知られたアントニオ・カルロス・ジョビンによる曲のアドリブであるが、「Insensates」の原義「軽率な行動」の意があるから、映画の主題「Tabu タブー」と対置させたのかもしれない。(『Tabu』はムルナウの映画の名前から採用されたとWikipediaにあるが・・・)

テレーザ・マドルーガはリスボンを舞台とした映画『イマジン』にも出演していたことを最近知った。わたしが彼女のことを忘れていただけで、彼女は多くの仕事の経験を積んでいたのである。決して美しい女優とは言えないが、個性的な名脇役といえる女優である。彼女の円熟した演技を今後も期待したい。

b0074416_23470721.jpg

# by kurarc | 2019-03-02 23:45 | cinema

大船今昔

b0074416_23502694.jpg

打ち合わせのため横浜の本郷台に出かけた。現在、お世話になっている工務店が本郷台にあるためである。本郷台は大船駅経由で行くが、大船は母の実家のあった街である。早く着いたこともあり、打ち合わせ前、大船観音(写真)を望みながら母の実家のあった周辺を歩いてみる。柏尾川沿いにあった母の実家は大きな庭をもつ典型的な日本家屋であり、洋間も併設された立派な住宅であった。子供ながら、夏休みなど滞在するのが楽しみであった。ここから、海水浴は必ず逗子に出かける。子供の頃の夏休みの定番の過ごし方であった。現在はアパートに建て替えられてしまい、その面影はひとかけらも残っていない。わたしが東京へ移るおよそ5年前、近くにわたしの子供の頃のままのお菓子屋さんが残っていたが、現在はなくなり、アパートに建て替えられていた。

打ち合わせ後、鎌倉に住む従兄に会い、昔話に花を咲かせた。わたしと17歳年上の従兄は、昔の大船のことをよく知っていて、わたしの知らなかった大船の街の姿を語ってくれた。興味深かかったのは、わたしの母の実家の近く(大船から藤沢寄り)に古くはよく栄えた商店街があったことであり、昔は母の実家の近くに映画館もあったこと、また銭湯もあり、そこに従兄がよく通ったが、その銭湯で笠智衆さんに度々会った、という話を聞いた。また、母の実家の隣の魚屋は、大船軒のアジの押し寿司のアジを一手に取り仕切っていたことなどを聞いた。この魚屋は笠智衆さんがよく立ち寄っていたということは母からよく聞いていた。

従兄は鎌倉に関する著作もあり、鎌倉に関してかなり詳しいのだが、笠智衆さんのお墓が、成福寺(大船-北鎌倉の間、横須賀線から見える)にある、ということも教えてもらった。鎌倉に住んでいた頃、この近辺をよく車や自転車で通っていたが、まさかこの寺に笠さんのお墓があるとは知らなかった。浄土真宗のお寺は鎌倉ではここしかないから、ということらしい。

従兄とはもちろんこうした話だけではない。ブログではとても書くことができないようなそれぞれの苦労話、涙なしでは語れないような話、家族の話など、従兄同士でなければできないような話を交わす。わたしにとって良き兄のような存在である。若いことは美しいが、若いものとは交わすことのできない話もある。笠智衆さんと一緒に風呂に入った人など、今どこにいるだろう。

# by kurarc | 2019-02-27 23:55 | 鎌倉-Kamakura

『世界はなぜ月をめざすのか』(講談社ブルーバックス 佐伯和人著) 月について

b0074416_21554771.jpg



「はやぶさ2」が無事着陸に成功したニュースが舞い込んだ。「はやぶさ」が近年大々的に取り上げられ、その影に隠れてしまったのは「かぐや」である。月探査は地球から近い衛星探査ということから、「はやぶさ」に比べて、ロマンに乏しいせいであろうか。

しかし、『世界はなぜ月をめざすのか』(講談社ブルーバックス 佐伯和人著)を読むと、宇宙を知るにはまずは月からがよい、ということがよくわかる。わたしのような宇宙のことをなにも知らない人間が、基本的な事項からよく理解できるように解説してくれている。全体は10章よりなるが、それぞれの分量が適切で、10回の講義を編集したような内容にまとめてある。

まずは、「はやぶさ」がなぜ注目されているのかについてどれだけの人がその意義を理解しているだろう。この著作ではそのことを容易に説明してくれている。このことを理解するためにはまず「分化」という言葉を理解しなければならない。地球や月は「分化」の進んだ天体である。「分化」とは均質なものが異質なものに分かれることであり、地球や月は溶けたマグマが再び固まり、様々な化学組成の物質が誕生している。それと比較して、「はやぶさ」が訪れたイトカワ(「はやぶさ2」であればリュウグウ)は、「未分化な」天体であるということが大きな意義をもっているのだという。太陽系初期の塵が集まってできた天体を維持しているため、太陽系初期にどのような物質が宇宙を漂っていたのかについて研究できると言う訳なのだ。

この書物は、こうした天体に関する用語を具体例を交えて解説してくれる。興味深かったのは、たとえば満月を地球から眺めたとき、よく知られた歌「・・・盆のような月・・・」という表現は、なぜなのか、について解説している箇所である。月は丸いのだから、常識的には中心から周辺に向かって影ができ、地球から観たときも球体として毬のように見えるのが普通ではないか、と著者も考えていたが、現実は平坦な盆のように見える。これは衝効果(しょうこうか)という現象であり、満月のように月に影ができにくい太陽の位置では全体的に明るく見えるために、月は盆のように均質な光の面に見える(月の表面がレゴリスという細かい砂で構成されていることも影響している)。よって、「盆のような月」という表現は、詩的な表現というより、むしろ科学的な表現であったということが理解できるのだという。

このように本書は、初学者でも宇宙について丁寧に解説してくれているために、いつのまにか基礎的な知識を吸収できるように編集されている。「はやぶさ」もよいが、まずは月について知ることが宇宙を知る上での出発点なのだと納得させられる。21世紀は月への開発が進む世紀であるだけに、予備知識としてまずは本書を読むことをお薦めしたい。ブルーバックスはそれぞれ出来不出来に差があるが、本書はその中でも名著と言われる書物になるに違いない。

# by kurarc | 2019-02-25 21:54 | nature

映画『くりびるに歌を』と鉄川与助の教会建築

b0074416_22125879.jpg

映画『くちびるに歌を』(三木孝浩監督)を鑑賞。わたしは10代、特に中学生や高校生を俳優とした青春映画が好きである。すでに忘れそうになってしまった10代を思い出すことができるし、若い俳優たちの演技が好きだからである。

舞台は五島列島の福江島である。まず、この島のランドスケープの美しさに引き込まれた。起伏のある地形、坂道、そして、海を望み、その中に佇む美しい教会の姿。この教会は鉄川与助設計の水ノ浦教会(下写真)であることをあとで知った。わたしの手元にある『鉄川与助の教会建築 五島列島を訪ねて』の中には掲載されていない教会であった。鉄川の最晩年の仕事である。

五島列島での中学生たちが合唱コンクールを目指す物語だが、その先生役には新垣結衣が演じる。彼女は憎たらしい教師を演じていて、かわいらしい様子は一切みせないという役柄であり、なかなかの名演技であった。

それにしても、たびたび登場する鉄川の教会建築の美しさに心が奪われてしまった。真っ白い色彩と、小さな尖塔が海に面するロケ地、岐宿町と見事に調和している。隠れキリシタンの島として有名な五島列島は一度訪ねてみたいと思っていたが、この映画を観て、その思いはますます膨らんだ。

三木監督の丁寧な映画の作り込みにも感心した。音楽をテーマとした映画は数多くあるが、その中でも映画『スウィング・ガール』のようなユーモアのある作品と異なり、真摯な物語に仕上がっている。三木監督の映画はこれが初めてだが、他の作品も観たいと思わされた。

b0074416_22143368.jpeg

# by kurarc | 2019-02-23 22:08 | cinema

ブルーノ・ガンツ追悼

b0074416_19403699.png

ブルーノ・ガンツが亡くなられたという。彼の演技に初めてふれたのは、多分映画『白い町で』(上写真)だと思う。ちょうど、この映画でガンツとの不倫を演じた女優、テレーザ・マドルーガが気になっていて、久しぶりに『白い町で』を観たいと思っていたところであった。(映画『熱波』に彼女が主演していたことをまったく気づかないでいたためである。)わたしはこの映画で初めてリスボンという都市を意識したといってもよい。この映画を観て以後、リスボンに暮らすことになった訳だから、ガンツはわたしにとって大切な俳優の一人といってよい。

晩年の演技では、アンゲロプロスの最後の映画『エレ二の帰郷』が、わたしが観た最後の演技であったかもしれない。この役は非常に悲劇的な役どころであり、こうした狂気を内在しているような役どころが彼の真骨頂であったような気がするが、きっと、実生活では人の良い紳士であったのではないだろうか。

1970年代から80年代はヴェンダース映画の常連として、また1990年代からはアンゲロプロスの映画で輝いた俳優であった。実はわたしはまだ『永遠と一日』のガンツを観ていない。これはなるべく早く体験したいが、できれば映画館で観てみたいものである。彼の映画特集がどこかの映画館で企画されることを望みたい。

合掌

# by kurarc | 2019-02-22 19:33 | cinema

月 17世紀 ケプラーの『夢』

b0074416_23164495.jpg

映画『FIRST MAN』を観て、「月」について忘れかけていたことに気づかされた。

2013年12月14日、中国の月着陸探査機「チアンヤ3号」が月着陸に成功しているというが、こうした報道について、わたし自身まったく記憶はない。また、NASAは「月面史跡保護ガイドライン」をすでに定めていて、月面のアポロ着陸地点を歴史的遺産と定め、立ち入りを禁止するという指針だという。メキシコ国境に壁をつくるなどと騒いでいる間に、アメリカは宇宙へのフロンティア拡張を着々と進めているのである。(『世界はなぜ月をめざすのか』佐伯和人著より)

ユートピア物語が海上を舞台とした航海者の漂流譚を発端にもつ(花田清輝)ことから宇宙へと拡張されたのが17世紀である。ティコ・ブラーエの天体観測データと天体運動の整合性を検討したケプラーが、天体運動を円運動から楕円運動であることを導き、地動説は自明のものとなった。ケプラーは『夢』という月旅行の空想科学小説を著し、同時代のミルトン『失楽園』にも影響を与えたという。

20世紀が16世紀、ルネッサンスからマニエリスムに対応するとすると、21世紀は17世紀、ケプラーやスピノザの世紀と対応するのではないか、と勝手に思っている。18世紀が啓蒙主義の時代とするならば、17世紀は一言でなんといえばよいのか(人口に膾炙されたことばとしては、「バロック」だろうか)、わたしにはわからないが、ケプラーのような独創的、先駆的な研究が行われ、次の世紀にその成果が結実していくという過度的な時代であり、21世紀も22世紀にその成果が結実するような時間になるのでは。宇宙(極大)とiPS細胞(極小)のような二つの流れ、つまり円から楕円のように二つの中心が、あるとき一つに結びつくのが22世紀であるのではないか。

それにしても、今年は「月」(あるいは宇宙)についても学習することにしたい。

*日本では現在興味のある井原西鶴や近松門左衛門、関孝和(数学者)も17世紀人である。



# by kurarc | 2019-02-20 23:13 | nature